絶望の中の光
グェンの攻撃には隙がない。次々と繰り出されるプラズマの弾丸に翻弄される英也と鉄仁。少しでも気を抜けば怪我は免れない。怪我で済めば良いのかもしれないが。
「……遅ェな。もっと反応速度上げろ。あとお前、距離を取れ。あー、怠ぃ」
グェンは一度弾丸のシャワーを止め、銃口を空に向ける。休憩の合図だ。
「ハァ、ハァ、ゴホッ!ハァ……だ、大丈夫か、英也」
「すーっ!はぁーっ!ハァ、ウ、ゴホッ!ま、まぁ……ハァ、な、なんとか、なってるかな」
二人とも息を切らしている。全力で走り回り、全身を使って弾丸を避け続ける訓練は、相当過酷なもののようだ。
「俺がダメ出ししてやってんだ。根性入れろ。ったく……、オイ、次!」
グェンは二人への評価を呟いてからすぐに次の二人組を呼んだ。
訓練は二人一組となって実施している。グェン曰く、二人で行動することが最も怪我や最悪の事態に陥るリスクを小さく出来るらしい。これには黒野も賛同していた。
「海花っち、行くよん」
「う、うん」
次に呼ばれた二人として、張り切ってグェンの前に立つ緑川と、少し歯切れの悪い海花。
「およ?どしたん?」
違和感を察する緑川だが、海花は「何でもない」と言ってグェンの前に立った。
グェンはその二人の準備が整ったところでフィギライトを構える。
「……衣奈ちゃんさ」
海花がそう口にした瞬間、グェンのフィギライトから女子二人に向けて閃光が走った。
「わっ!あっぶなー。当たりゃ『痛飛ん』じゃ済まなくね!?あ、海花っちなんか言った?」
ギリギリのところで攻撃を躱した二人。緑川はこの一発で気を引き締めたらしく、普段のにこにこした笑顔を無表情へと変えた。
「……ううん、やっぱり何でも」
海花は「何でもない」と言いかけたところで咄嗟に言葉を引っ込める。そして一瞬だけ間を置いて再度口を開いた。
「いや、ダメだね、私。あとでまた話しても良い?」
「む?おけまる!じゃあとりま、頑張りますか!」
緑川は海花に向けてパチリとウインクを飛ばしてすぐにまたグェンに視線を戻す。海花もそれを見て一つ頷き、まずは目の前の訓練に集中することにした。
訓練を少し離れたところで見学している黒野は、熱心にその様子をノートにメモしていた。そのノートは将斗から座学を受けるときに配られたもので、「機密情報は紙媒体で残すに限る」とのことらしい。
「黒野くん、それは?」
黒野の隣にやってきた英也がメモに視線を向けて質問する。
「あ、あぁ、こ、これはね、みんなそれぞれの得意不得意、出来ることと出来そうなことを書き留めていっているんだ」
少し見せてもらうと、そこには黒野自身を含むペン型のフィギライトを持つフェルシアス候補生全員のデータがしっかり記載されていた。
一人のデータの後に余白ページを数ページ空けて次の一人、という記載の仕方を見るに、まだまだ自分たちが成長するであろうことを見込んでいるようだ。
「なるほど。こうやって客観的に見ると、自分だけじゃ気付けないことも分かりそうだね」
「うん。正直なところ、僕らはまだ、フィギライトを手にしただけの一般人にすぎないから。みんながどんな風に個々の能力を発揮出来るようになるかは、これからの僕らの行動や気付きで決まると思ってる」
「そうだね」
黒野の言葉に込められた意味に短く肯定だけを返す英也。
目の前で繰り広げられている戦闘訓練を見つめ、自身の置かれている状況を改めて認識する。もう、通常の学校生活を送ることは難しいのかもしれない。少しだけ悲しいような、寂しいような……、懐かしいような気持ちを抑え込む。
フェルシアスになる以上、覚悟は決めなければならない。なりたくてなろうとしたわけではないと反論する自分もいるが、実は英也にとって、今のイレギュラーな状況はそこまで苦痛ではなかった。
「白道くん?」
黒野に名を呼ばれて思考の海から意識を引き戻す。
「あ、ごめんね。ちょっと考え事してたよ」
軽くそう答えた後、英也は丁度休憩に入るらしいグェンに軽く一礼だけして、訓練疲れでその場に座り込む女子二人に駆け寄って行った。
「……ふーん。流石は『黒の系譜』だね」
英也が黒野から離れたところを狙ったかのようなタイミングで黒野に話しかけたのは将斗だった。
「あ……。えっ……と……」
信用することにしたとは言え、唐突に呼ばれた『黒の系譜』の呼び方に戸惑う黒野。
「それは『カルセート』、風紀委員としての活動?」
「そ、そう……かも、しれないです」
まだ人見知りな面が垣間見える黒野だが、将斗は全く気にしていないようだ。
「やっぱりか。そんな君に、これを見せようと思ってね」
そう言って将斗は自身の鞄から布に包まれた何かを取り出す。その布の結び目を解くと、所々赤い『塗り残し』があるような、金属製の銃が顕になった。
「そ、それは、一体……?」
自分にその銃を見せて何が言いたいのだろうかと困惑する黒野。
将斗はその銃を布ごと黒野に手渡す。
「これは、姉さんの『擬似フィギライト』さ」
黒野は『擬似』という単語に疑問を抱きつつ、受け取ってしまった銃をおそるおそる手にしてみる。ずっしりとした金属の塊を感じさせる重さ、そして温もりを一切感じない冷たさが手のひらに伝わってきた。
「擬似……?」
珍しい物を見る目で眺めていると、みるみると赤い部分がスゥっと消えていくのを目にした。
「しょ、将斗さん!こ、これ……!」
慌てて擬似フィギライトを提示する黒野だが、将斗は少しも焦る様子なくいつも通りの表情で首を傾げる。
「ほ、ほら、ここ!ここ、です!」
黒野は将斗が状況に気付いていないケースを考え、今まさに色が消えんとしている部分を指差す。
「……あぁ。なるほど」
将斗は冷静なまま、一言だけ返す。
「『解放』はまだ知らないのか」
とあるゼツボウ拠点内で、無相は父であるカイとゼツボウとの関係をカフから聞いていた。
「『世界クリーン活動』……。聞こえはいいですが、この活動はミチビキが水面下で進めている企みのための調査や準備を兼ねていました」
カフは俯いて表情を堅くする。
「タクマくんには隠しても仕方のないことですね。端的に言えば、ミチビキはその活動を介して、世界中のスレイクの位置と種類、状態を調べていたのです」
「種類?」
「……流石は『管理者』ですね。真っ先にそこが気になりますか」
無相は黙ってカフの言葉を待つ。
「お察しの通り、ミチビキは『ハードレム・スレイク』を探していたのです」
「……」
カフに向けていた視線を下へと逸らす無相。
「何を企んでいたのかは分かりません。今になってもまだ推測の域を出ない状態ではあります」
カフは少し申し訳なさそうな声色で話す。そんな時、あまり使われてこなかった施設のためか、蛍光灯がチカチカと点滅を始めた。
「ちょっと調子が悪そうですね」
それは蛍光灯に向けられたのか、はたまた無相へ向けられたのか。
カフは「休憩にしましょう」とだけ言い残し、施設の奥にある部屋へと入って行った。
ミチビキがハードレム・スレイクを狙っていたという事実を耳にした無相の脳内には、ある仮説が浮かんでいた。そしてそれは、この騒動の発端となった、あの瞬間に繋がる。
「ありました、替えの蛍光灯」
カフが奥の部屋から四角く長い箱を手に持った状態で戻ってきた。まるで無反応な無相に苦笑いして交換作業のために準備を始める。
「……この拠点は、シェトマと私、そしてカイが共に長く過ごしていた場所なんですよ」
カフは作業を行いながら無相に軽く話題を提供する。蛍光灯を取り付けるために一度電気を消す必要があるため、懐中電灯を二つ手に取り、一つを無相に手渡す。
「……」
受け取った懐中電灯のスイッチを入れて点灯させる無相。
その様子を確認してから、カフは部屋の電気を消し蛍光灯を入れ替え始めた。
「こうして電気が通っているのは幸いでした。……ただ電気代の支払い先はシェトマのはずなので、後から詰められそうですねぇ。ここ、一番高いので」
雑談を交えて無相の緊張を少しでも解そうしながら、交換を終えて部屋の電気を点ける。
「うわっ」
不意に眩しく照らされた無相が発した気の抜けたような声に苦笑するカフだった。




