ゼツボウの詩音
いにしえ高校校舎の階段が慌ただしい駆け足の音を鳴らす。
鉄仁、海花、緑川の三名は、光るフィギライトに焦りと不安を感じながら屋上を目指していた。
「光が強くなってるな……」
鉄仁は階段を駆け上がりながらフィギライトを確認する。屋上へと近付くにつれてどんどん強くなる光。そして煽られる不安。
ただ、そんな中で鉄仁には一つだけ腑に落ちない点があった。それは、この状況を伝えて来た英也のメッセージが「屋上に集まって欲しい」という、戦闘を仄めかすものではなかった点だ。
慌てていて状況の説明を書くことすらできなかったと解釈できないこともないが、危機的な状況に呼び出す文面としては些か雑な気がしてならなかった。
——と、そんなことを考えているうちに、気付けば屋上に出る扉の前まで到達していた。
「やっぱり、始まってるみたいだな」
扉に付いているガラス窓から屋上の様子を確認する鉄仁。そこには、青いフィギライト銃を構えたグェンと、ペン型のフィギライトを手にしたまま攻撃を待っているように見える二人がいた。
同じく扉前で待機する二人に目で合図を送り、突撃するタイミングを計る鉄仁。
しかし、いざ出て行こうとしたその瞬間、屋上で戦闘状態にあった黒野と目が合った。
「あっ」
鉄仁の間抜けな声に士気を少し奪われる海花と緑川。
黒野は黒野でグェンに向けて手を挙げて待ったをかけ、このことを英也に伝える。
グェンは一瞬だけあからさまに嫌そうな表情になったが、屋上へ出る階段の扉の方を一瞥してすぐにため息を吐いて伸びをし始めた。
「え……?」
扉の窓からその一部始終を目にした鉄仁は、何が何だか分からないと言った顔で屋上へと出られずにいた。
「な、何があったの?」
海花の問いかけに振り向く鉄仁だが、困惑した表情で両手を左右に広げ、自分にも分からないとジェスチャーする。
「とりま行けばオールOKじゃね?ほらバトってないし」
緑川が一切躊躇うことなく扉を開けて飛び出して行った。
「やっほーひでっち!衣奈ちゃん参上っ!」
屋上へ出るなり、すぐに英也へと駆け寄る緑川。
「なッ!?」
これにいち早く反応したのは他でもなく海花。慌てた様子で緑川の後を追う。
「あっ、みーちゃん!待ってくれよー!」
こうして、屋上にペン型のフィギライトを持つフェルシアス候補生が集まった。
一方、拠点の清掃がある程度落ち着いた無相とカフは、これからのことについて話し合うフェーズに入っていた。
「学校は仕方ないとして。今日からここに住むの?」
少し不安そうな無相に対し、カフも困り顔で答える。
「住む……、そうなりますね。少なくとも、彼らの動きが把握出来るまでは」
カフの指す『彼ら』はミチビキのことだ。カフはシェトマから伝えられた作戦を無相に展開し始めた。
「慈善団体ミチビキ。あなたはこの組織に狙われています」
「……それは聞いた」
「我々ゼツボウは、あなたの父、無相カイと深い関係にあり、あなたの身の安全と、そしてハードレム・スレイクを守るべく行動を開始しました」
再び耳にする父親の名に反応する無相。カフはその反応を見て一つ深呼吸をする。
「これからのことにも繋がりますし……。そうですね。この話の前に、カイとの関係について、話しましょう」
この話はやはり無相も気になる様子。普段見せない『聞く態度』になる。
「まずは、出会いからお話ししましょうか。シェトマと私がカイに出会ったのは、ミチビキが運営する『世界クリーン活動』のアルバイトでした」
「えっ」
世界クリーン活動。それは、今もなおテレビCMや様々なメディア広告で人員を募集しており、宣伝等によれば『世界各地』で『清掃』を行う活動だ。
カフの口から飛び出したその単語に、思わず声が出てしまった。
「……なるほど。いや、しかし、そうでしょう。我々がミチビキの活動に参加していた事実は変わりませんし……。それに、この活動に与していなければ、今の我々は『キボウ』になっていたことでしょう」
カフは微かに笑って続ける。
「皮肉にも、それが裏切られたために『ゼツボウ』などというネガティブな名前になってしまいましたが。……あぁ、すみません。余談でしたね。ただ、その『裏切り』こそがカイと我々を今日まで繋ぐ糸となっているので」
無相は無言のまま、しかし普段以上に真剣な眼差しで話を聞き続けた。
ミチビキ中枢内部、通称『あの方』の部屋。詩音は赤いフィギライト銃で目の前の男に狙いを定めていた。
「撃ちたいなら撃てばよろしい。私は一向に構いませんよ」
この状況でなお余裕を見せる『あの方』だったが、詩音への挑発は思わぬ形で成立する。
不意に背後で銃声。男がその音に気付き振り向くと、壁に掛けてあった絵画に風穴が空いていた。
「何ッ!?」
続けて詩音は『あの方』が見せたその一瞬の隙をついて扉の電子ロック盤を撃ち抜き部屋から脱出する。
「貴様、逃げるな!」
詩音は叫ぶ男を無視して中枢の円形通路を駆け出す。目的の『一つ』を果たし、シェトマ奪還へと作戦を切り替える。
「……エスカ様」
どこかから聞こえた、少し寂しそうな、悲しげな声を振り切り、中枢ゲートへ向けて疾走する。
エスカの名を発した声の主は悔しそうに唇を噛み、駆けていく元エスカの背中を睨みつける。
そんなハンナの耳に届くのは、かつてのエスカがかけてくれていた優しい言葉ではなく『あの方』の怒号。
「裏切り者めがァ!」
詩音の後を追うように勢いよく部屋から飛び出して来たその男と目が合った。
「……!」
「……」
『あの方』とハンナとの間に無言の時間が流れる。
少し離れたところから「おい!危ないじゃ……エスカ様!これは失礼いたしました!」などと言う声が聞こえて来た。その声の方向や距離感からすると、元エスカはもうそこそこ遠い位置まで移動しているようだ。
詩音の向かって行った先を睨んだまま視線を動かさないハンナ。
それを見た『あの方』は何かを考え始めた。
そして、ハンナの目の前に立ち、ニヤリと笑いながらある提案をした。
ティーラスのとある部屋で、孤独に瞑想するクアロス。今起きている事象への対応が急務となっているはずのティーラスだが、彼はそれを半ば放棄していた。
当然、周囲の神から声は掛かるが、全てを無言の圧力で返している。しかしながら、周囲はこれを受け入れていた。クアロスが『正しい』ことを識っているためだ。
「戻りましたぞ!いやぁ、道中面倒で大変大変……おや?」
そんな状態のティーラスに、また一柱の神が姿を見せた。
神々が普段集まっているはずの中央広間。戻ってきたその神の声のみが空間に飲み込まれていく。
「はて?ここにいないとなると……」
その神はニヤリと口角を上げ、自身に与えられている部屋ではなく、とある神の部屋前に立ち止まった。
そして、勢いよくその部屋空間へと突入した。
「クッアロッスくーん!ボクが戻ったぞー☆」
クアロスは無言を貫いたまま、目を瞑り微動だにしない。他の神から声がかかった時と同じ反応だ。
「おっとおっとー?それはちょいと酷いですぜ兄貴分さんよォ〜」
その神が他の柱とは違うようだ。
クアロスは若干不機嫌になりながら声の方を向いて目を開け、キッと睨みつける。
「おー怖ぇー。……ま、いいけどよ。あんまり追い詰めんなよー」
その神は一瞬だけ真面目な表情を見せてクアロスにそう述べ、その後すぐに踵を返した。
「……」
クアロスは無言のままだった。




