赤い脱兎
祭壇ではすでに戦闘訓練が始まっていた。
銃声や斬撃による攻防の音が鳴り響く……かと思いきや、そこにあったのは一人の声だった。
「——というわけで、フィギライトには回転する部位と、そうでない部位がある。ここまでいい?」
「えーと、はい。なんとなくですが」
「ぼ、僕は大丈夫、です」
「よし。僕もあまり時間をかけてられないからね。そう何度もは説明しないよ。……実戦教官くんがイライラしてるし」
将斗による戦闘のための座学を受ける英也と黒野。残りのペン型のフィギライトメンバーは後から来ると信じ、先行して戦闘訓練が始められていた。
グェンは将斗の言葉通り、今にも暴走して銃を乱射してしまいそうな形相をしていた。
「じゃあ、ここから先の話は残りのメンバーが集まってからにしよう。グェンにこれ以上の我慢は多分無理」
「あぁ!?ンだと!?」
「はーいはいその勢いで頑張れー。ボスの言葉思い出せー」
極寒と灼熱の如く正反対な温度差の二人。よくこれでチームとして組織が成立しているな、と黒野は少しだけシェトマのカリスマ性を再評価した。無相を断りもなく攫う方法に出たのはまだ完全に許せていないが。
「……チッ、行くぞ」
グェンは祭壇を出て行く。いよいよ実践訓練だ。英也と黒野も彼の後について行く。
「……フゥ。あー、面倒くせぇなぁ!さっさと終わらせるぞ」
グェンは青いフィギライト銃を構えた。
「いいか?まずは回避だ。死ぬ気で避けろ。俺は殺す気でやる」
ティーラスにて、キャレルは何かを見張っていた。
「こんなことろで何を見てるんだ?」
「あ、ラペくん。試験中でーす」
キャレルは見ていたスレイクをラペに説明した。
「これは失敬。どうだ、彼女は?イレギュラーな形で始まった試験だったと思うが」
通常の試験はフィギライトの覚醒後に行われる。前提条件である覚醒を果たしていないフィギライトに対して試験をしたところで、契約が完了しないためだ。
「うーん、なかなかいい子だとは思うのよね。だけど……」
キャレルは難しそうな顔で口を噤む。
「何か、問題か?」
「いや、問題というか……」
キャレルはふさふさの毛を纏った両腕を組んで困った表情になる。
「たまに、いやー、結構な頻度かな。ちょっと言葉が分からない時があってさ」
スレイクに映る緑川を見ながら悩むキャレル。
「言葉って……、我々に理解出来ない言語ってことか?」
「あー、そうじゃないんだけど……。んー、難しい」
どうやら試験は難航しているようだった。
試験項目は大きく分けて三つ。
一つ、フィギライトを私欲に使用しない者であること。
一つ、神への理解を示すこと。
一つ、世界を委ねるに値する精神の持主であること。
これらの項目について、フィギライトごと、つまり学問ごとに割り振られた専任の神が見極めを行う。
明確な定量的指標があるわけでは無いため、結果は試験担当に大きく左右される。しかし、それは言い換えれば『その神はその者を合格に足ると認めた』ということになる。ある意味で、この試験は神にとっても自身の器量や慧眼の有無を測られる機会でもあるのだ。
「こりゃあムーくんも早めに試験したがるわけだ」
呟くような小声の独り言を空に投げてスレイクに向き直るキャレル。ラペトリクは集中を邪魔しないよう、部屋を退室した。
鉄仁、海花、緑川は高校屋上に向かうべく移動し、校門前までは来ていたが、海花がフィギライトの発光に気付き、足を止めていた。
「これ、な、何、え?どういうこと?」
海花や緑川にとっては初めて見る現象だった。
「ん!?それは!」
鉄仁は戦慄しながら屋上を睨む。そして、女子二人に黒野の言葉を思い出しながら起こっていることについて話し始めた。
「二人とも、警戒を強めてくれ。……いや、いっそ二人はここで待っていてくれた方がいいかもしれない」
「む?どゆこと?」
「このフィギライトの反応、これは俺たち以外のフィギライトを持ったやつがいる時に起こるもんだ」
鉄仁はグェンとの戦闘を思い出し、腹部を押さえる。痛みはないが、そこには衝撃の記憶と拭いきれない恐怖が刻まれていた。
「それって、もしかして……」
「あぁ。多分、英也と黒野は今、戦闘中だ」
フィギライトを握りしめて屋上を睨む鉄仁。すると、その視線の先でボゥッとした光を確認した。屋上の床に光源があるような、そしてすぐにフェードアウトする光り方だった。
「急ぐぞ!」
鉄仁は慌てた様子で校舎に突入する。
海花と緑川も後について校舎へと足を早めた。
ハンナの案内で『あの方』の部屋にたどり着いた詩音は、周囲を確認して扉をノックした。
返答はなかった。中に誰もいないのだろうか。
「私をお探しかね?」
詩音の背後から不意に声がした。
「……」
詩音は振り返ることが出来ずにそのままの姿勢で身動きが取れなくなった。
背中に何かが当てられている。この感触は鋭利な武器の類だ。既にその先端が少し制服に刺さっている状態だった。
「スケジュールが立て込んでいてね。この所は忙しくて、部屋で寛ぐことさえ出来ていないのだよ」
聞き覚えのある声と共に扉が開かれる。詩音は声の主の意図に従い、部屋の中へと足を動かす。
「いい子だ」
そしてシェトマよりも低めの声をした、しかし彼とはやり方がまるで違う『あの方』との『対話』が始まった。
「背中の刃物は、必要でしょうか?」
扉が自動で閉まるあたりで、詩音は『あの方』へと第一声を放った。
「おや、侵入者にはある種で当然の措置かと」
「……」
詩音は沈黙で返答する。どうやら声の主はもう、詩音が『エスカ』ではないことを知っているらしい。
「ところで……、それはお互い様ではありませんか?」
『あの方』は詩音が懐に隠し持っているフィギライト銃を見抜いているようだ。
「あら、今更こんなもので怯むあなたではないでしょう」
「なるほど。どうやら、かの作戦にあなたを選んだのは私の采配ミスだったようですね。……まさか『本物の銃』を手にしているとは」
『あの方』は全く恐れる様子なく言う。ミチビキのフェルシアスは『テーマ』のメンバーのみ。『あの方』と言えど、フィギライトを持たぬ以上は戦闘では圧倒的に不利な立場のはずである。
しかし、詩音はもちろんのこと、ミチビキの全ての団員は『あの方』に対して一切攻撃を仕掛けたことがない。そしてそれは今現在も例外ではなく。
「さぁ、どうしました?私に用事でしょう。忙しいので手短にお願いしますよ」
「……」
詩音はフィギライト銃に当てていた手をゆっくりと離す。まるで、自分の意思とは真逆だと言わんばかりに、抗うような震えを伴いながら手を離す。
「フフ、フフフフフ。やはり私には手が出せないようですねぇ。フィギライトも持たぬ、ただの人間だと言うのに」
詩音はフィギライトを取り出すことすらせず、黙ったままそこに立っていた。
「用がないのであれば……、そうですねぇ。ただお帰りいただくというのはあまりよろしくありませんね。もうあなたは『お客様』なのですから」
『あの方』は部屋に唯一設置されている机の引き出しからバインダーを取り出し、その中にある名簿を眺めながらニヤけた表情で名前を一つ読み上げる。
「エフィーロ」
「……ッ!」
その名前に強い反応を示す詩音。
「フフフ、フハハハハ!そう!その顔ですよ!その顔が見たかった!」
狂ったように声のボリュームを上げる『あの方』と、怒りと憎悪に満ちたまま睨み続ける詩音。
「手土産一つお持ちでなかったようなのでね。僭越ながらこちらであなたのフォローが出来ないかとご用意させて頂きました。……しかしながら、これは。これはこれは。フフ、フフフ。想定以上の反応でしたねぇ」
詩音は今にも飛び掛かりそうになる自分の怒りを抑えるので必死だった。既に右手はフィギライトをいつでも取り出せる状態になっていた。
「おや……、理性の強さは本物ですか。我が組織でかつて『真紅の女優』と謳われていただけはあるようですねぇ」
その異名を聞いた詩音は、シェトマの言葉を思い出した。
それは、本作戦より少し前のこと。
「真紅の女優……、そうですか。あなたにも、『呪い』があるのですね」と。
シェトマはそれ以上のことを言わず、ただ悲しそうな表情で詩音の『呪い』を受け入れた。
「……あなたには」
真紅のフィギライト銃を取り出す。
「私と共演する資格はないわ」
そして、詩音は『あの方』に牙を剥いた。




