それぞれの信頼
廃校舎一階。瓦礫の散乱する足場に気を付けながら、階段の方へと向かう鉄仁と海花、そして緑川の三名。耳をいくら澄ませど聞こえてこない人の声に戦慄しながら、一歩ずつ警戒を強めていた。
「……」
「……」
声を殺して辺りを見回す女子二人。
「ひょっとするともう誰も……。いや、でもそれを逆手に取って無相をここに……。うーん」
唸りながら考えを巡らせつつ先陣を切る鉄仁。なんだかんだで三名は奥へ奥へと進んでいた。
それから少し歩いたところで、鉄仁が瓦礫に混ざる小型カメラを見つけた。
「またカメラか。侵入者対策ってか?」
今度は拾うことなくそのまま通り過ぎる。カメラの録画ランプが点いていることには気が付かなかった。
しばらくして三人は階段へと到着した。
「あの時は二階で待ち伏せされてたからな……。みーちゃん、怖かったら俺から離れないでくれ。緑川は……、いや、緑川も遠慮しなくていいからな」
「え?あ……えーと、うん。分かった」
「わぁお、そりゃあお言葉に甘えん坊ちゃんラブアンドピース的な?」
そして階段を登り、二階へ到着した。
「誰も……いない……?」
静かすぎる廊下。鉄仁は試しにと声を上げてみる。
「お、おーい!誰も、いないのかー!?」
返答もなければ物音一つしない。
その時だった。
「わわっ!な、何ごと!?」
緑川の持って来たタブレットがバイブレーション機能で震えた。不思議そうな表情でタブレットを取り出す緑川。
「はにゃ?ここ入る前にクラメン通知オフったのになぁ」
タブレットを確認すると、そこには隣のクラスの黒野からチャット通知があった。
「だ、誰からだった?」
「むむむっ、黒野っちだ」
緑川は海花の問いに簡単に答え、チャットの内容を確認する。
「ありゃ?中メンこれひでっちじゃん」
「え、ひ、英也くん!?み、見せて!」
緑川からタブレットを受け取る海花。
そこには「学校の屋上に集まって欲しい」という内容が書かれていた。
「鉄ちゃん、ちょいストップー」
緑川は先へ先へと進む鉄仁に停止を呼びかける。
「んぉ?どうした?」
鉄仁は呼びかけに応じて進むのを止めて戻って来る。二人がタブレットを見ていることに気付き、何かあったなと耳を開いた。
「はい、これ。アカは黒野っちなんだけど、ひでっちがロルってるっぽい」
見せられたタブレットのチャット内容に目を通す鉄仁。
「んじゃ、みんなでレッツゴーっしょ」
鉄仁が何かを言う前に、緑川は階段を下り始めた。
「み、みんなで?」
海花は緑川に疑問を投げかける。確かに英也のチャットには学校の屋上に来て欲しいと書いてあった。しかし、ここにいるメンバーについては触れられていない。つまり、送られて来た緑川のみに宛てられたメッセージの可能性もある。
「モチのロンよ!ひでっちは、ウチらがここにいるって知らないワケっしょ?んで、こーんな意味深オブ深々丸な時にこのメッセ。二人にも同じチャットしてるんじゃね的な?」
「……」
「……」
緑川の頭の回転の良さに言葉を失う二名。
「およよ?ウチ、何か変なこと言った?」
「あ、いや……全然」
屋上へ向かうため、三人は足早に廃校舎を出た。
これまでにゼツボウが転々として来た拠点を巡る無相とカフ。暗がりを拒否したり閉塞感を拒絶したりと、なかなか留まれる拠点が決まらずにいた。
「ここ?」
無相は怠そうな目で建物の扉を見る。
「これまでに頂いたご要望を兼ね備える施設としては、十分な拠点かと」
カフはそんな無相にも丁寧に答える。もちろん、素で敬っている訳ではない。カフの内心は困惑と苛立ちが渦巻いていた。
「……ふーん」
無相はカフの苦労も知らずに拠点の中へと入って行く。
そこでまず目を引いたのは正面玄関の広さだった。
「……」
外観以上に広く見える空間に思わず驚いてカフの顔を見る無相。
「どうやら、お気に召したようで」
カフの表情にも少し柔らかさが戻る。
「これは、まさか」
無相はカフから目を離して空間を眺め回しながら続ける。
「ティーラスの……」
「ご明察。あなたを保護するにはこれ以上ない場所かと思います」
「ふむ……」
無相にとって、そこは既視感のある場所だった。ティーラスは、無相がハードレム・スレイクを通してやり取りしていた対向先。そのティーラスには、ラペトリクのような神が存在している。
そして無相は、父に連れられて過去に一度だけ、ティーラスへと足を踏み入れたことがあった。
「こちらで、よろしいでしょうか?」
カフは車に積んでいた清掃用品を持って来て軽く壁を拭き始めていた。
「悪くはないかな。……ただ」
「ただ?」
カフは掃除の手を止める。
「学校とかどうすんの?」
今更そんなことを気にするのか、と呆れ返るカフ。ハードレム・スレイクを通してティーラスとやり取りをする立場の無相に、今の状況が分からないはずがない。
「冗談としては落第点かと」
「……ふーん」
それからは互いに施設内の清掃に当たった。
少しして、ある程度埃も取り終えた頃。
「希望……いえ、これからは無相くん、とお呼びすべきでしょうか。なんだか不思議な感じですね」
カフが呼び名についての話を投げかけた。
「不思議?」
「我々にとって、『無相』はあなただけではないのです」
遠回しな言い方だが、これは無相への配慮でもあった。
「……あぁ、そういうことか。じゃあ、名前でいいんじゃない?」
無相も意図を理解したようで、妥当な案を提示する。
「では、今後はそのように。よろしくお願いします。『タクマ』くん」
シェトマの幽閉を耳にした後、ミチビキ中枢へのゲートへ到着した詩音は、自身の身分証を用いて認証を通過した。
目前に広がる巨大な円形の吹き抜け施設。白衣を着た研究員や、ミチビキのイメージカラーである白を基調とした制服を着用した団員らが忙しなく作業に当たっている。
「え、エスカ様!?何故、このような場所に!?」
詩音の右方から声。そちらを見ると、詩音にとっても忘れられない顔があった。
「久しぶりね、ハンナ」
「あ、え?は、はい!お久しゅうございます!」
詩音がここにいることが信じられないらしく動揺を表に出したままのハンナに、詩音は優しく問いかける。
「私がここにいる理由が知りたいようだけれど……。それじゃあ、『あの方』の部屋まで案内してもらえないかしら?」
これを聞いたハンナは少しだけ訝しむ表情を見せたが、すぐに表情を戻して笑顔で聞き返した。
「な、何か、訳があるということですね?」
「……」
詩音は答えない。
ハンナは一瞬何か悪いことを想起したが、頭を振ってその想像を払拭し、答えた。
「……分かりました。こちらです」
「ありがとう」
詩音は『あの方』の部屋へ向かい始めた。
「あ、あの」
「何かしら?」
「私、エスカ様に憧れてここへ来ました」
「……」
ハンナは詩音に心の内を話す。まるでこれが会話が出来る最後のチャンスと言わんばかりに、詩音の答えを待つよりも早く言葉を紡いでいく。
「なんて美しく、なんて華麗で……。そして何より、なんて素晴らしい『演技』なのだろうかと」
「……」
ハンナは詩音の顔を見ない。
いや、見ることができなかった。
「だから」
歩みを止め、詩音に背を向けたまま俯くハンナ。
「憧れのままの、存在でいてください」
制服の上着の内側に隠している赤いフィギライト銃へ手をかけて臨戦態勢の詩音。
「……」
ハンナはゆっくりと前方のとある部屋の扉を指差す。
「……ありがとう」
俯いたままのハンナを後に、詩音はその部屋へと一人進んだ。




