計画と敗北
「さあ、この部屋に入って下さい」
ベーリルに白いフィギライト銃を取り上げられ、背中に艶のある灰色のフィギライト製の剣を当てられた状態で誘導されるシェトマ。
「しかしまぁ、あなた方の蛮行にも困ったものです。あの擬似スレイクを壊してまうとは」
ベーリルが指しているのは、シェトマが詩音と共同で破壊した絵画のスレイクだ。
「……」
シェトマは口を開かないままだが、ベーリルは構わず続ける。
「ただ……、まだ手はありますので」
その言葉でベーリルを見るシェトマ。ベーリルはそのシェトマの様子を見てニヤリと笑って言った。
「我々も組織なのでね。裏切りや一揆などがいつ起きてもいいよう、対策は立てます。……特に、私は『そういう役柄』なのでね」
「……」
ベーリルは道徳のフェルシアス。つまり、規則や行動規範、集団心理について長けている存在ということになる。
「フフフ、あなた方には初めから勝ち目など無かったのですよ」
ベーリルはそう言いながらシェトマの入った部屋に鍵をかけ、フィギライトを軽く操作する。その後、懐から何かカードのようなものを取り出し、扉に押し当てた。
すると、扉にボゥっとスレイクのような模様が浮かび上がった。
「さて、では面倒ですが彼の方も対処しますかね」
ベーリルは独り言を呟いてシェトマを幽閉した扉を背に歩き出した。
施設中枢へのゲートへと急ぐ、元エスカこと詩音。通路を走る中で、ベーリルと遭遇した。
詩音は速度を落としてベーリルへと近付き、近過ぎず遠過ぎない距離で足を止めた。
「何故、あなたが今ここに……?」
詩音はここでベーリルと会うはずがないと踏んでいた。そう、予定では今、ベーリルはシェトマと戦闘中か、あるいはゲート前で倒れているはずなのだ。
「何を言っているのです、エスカ。単純なお話ではありませんか」
詩音の表情に曇りが見え始める。
「……彼は、どうしたの」
詩音が質問すると、ベーリルは笑いながら答えた。
「フフフ、私に敗北し、幽閉中です」
「……」
俯く詩音。ベーリルは満足気な顔で詩音の横を通り過ぎる。
彼は数メートル離れた辺りで足を止め、振り向くことなく詩音に質問を投げた。
「……例の擬似スレイクですが。まさか、関与は……?」
ベーリルはあのスレイク破壊が簡単でないことを理解していた。少なくとも二度以上の『フィギライトによる干渉』がほぼ同時に発生しなければならないことを知っていた。
「ある、としたら?」
詩音は太もものホルスターにしまっていたフィギライト銃を瞬時に取り出してベーリルへ銃口を向けた。
背を向けたままのベーリルは、まだ詩音の体勢を確認していない。
「……いえ、何でもありません。ただ、聞いてみただけなので」
ベーリルはそう言い残し、詩音を見ることなくことなく立ち去った。
「……」
通路に残された詩音は、シェトマが敗北したという中枢ゲートへと急ぎ向かった。
「僕らに……叩き込む……?」
祭壇にて将斗が口にした文言を確認する英也。戦闘のイロハを叩き込むと宣言され、そしてどうやら黒野はこれを受け入れるようだ。戦闘でもないのにフィギライトを取り出して彼らの話を聞き始めたあたり、黒野はこうなることまで予想していたらしい。
「あぁ、安心してほしい。嫌だと言われれば、一方的に攻めて戦い方を覚えさせるだけだから」
将斗はさらりと怖いことを言う。これはつまり、断る選択肢はないということだ。
「白道くん。僕は、この話、受けようと思う。今後、多分なんだけど……必要になるから」
黒野は英也を真っ直ぐに見て言った。
「必要に……。でも、僕らの相手はまさに目の前にいる彼らゼツボウで、その彼らが違うとなると、一体誰が……」
言いかけた英也だったが、一つの可能性が脳裏をよぎった。
現存するフィギライトは、三種類ある。
英也自身を含む、黒野や海花、鉄仁、緑川が持つ『ペン』型。ゼツボウが所持している『銃』型。そして、かの神人大戦を引き起こした天才科学者、ダルセンダー・ファーユによって設立された組織が持つとされる『剣』型。
「ま、まさか、僕らの本当の敵は」
「うん。『剣』のフィギライトを持つ人たちだ」
これに将斗が首肯する。
「やっと飲み込めた?とりあえずそういうことだから。早速今日からやろうと思うんだけど」
グェンが上着の内側にあるホルスターから青いフィギライトを取り出す。ただ、将斗はフィギライトを出していない。
「……あ、そういえばまだ揃ってないよね。えーと、あのやけに元気な人」
どうやら鉄仁のことを言っているらしい。確かに、以前ゼツボウと対峙した際にフィギライトを持っていたのは英也、黒野、そして鉄仁の三人だ。
黒野がそれに補足を入れる。
「え、えーと。じ、実は、彼と、あともう二人……いるよ」
内部情報を展開する黒野。どうやら本当に信頼できると踏んでいるようだ。
これを聞いてグェンは頭を抱える。
「オイ、流石に全員は無理だ」
どうやら将斗に文句があるようだ。
「えー、僕は知識専門って決めたじゃん」
「ふざけんな。三人でもやれるか分かんねぇのに五人なんざ無理だ」
「しょうがないなぁ。じゃあグェンも少しは座学手伝ってよ」
「……は?」
しばらくゼツボウ内で話し合う二人。
聞こえてくる言葉から推測すると、戦闘について教える際の役割分担についてのようだ。
「チッ、あー面倒面倒!やってらんねぇ!…………オイ、いいか?」
急に声を大きくするグェン。そして今度は黒野に話しかけた。
「俺は気が変わるのも早ェ。分かったらとっとと呼べ」
「え……、あ、そ、そうだね!」
不意に話しかけられて一瞬驚く黒野だったが、すぐに理解して持ってきているリモート授業用タブレットの電源を入れた。
「あ、それ持って来てたんだ」
英也はフィギライト以外持って来ていなかった。
「一応、ね。ぼ、僕、白道くん以外、まだみんなの連絡先、知らないし……」
「なるほど……」
ログインを済ませて個別チャット機能を起動する。
「わっ!」
黒野は画面を見るなり驚いて声を上げた。
気になった英也が黒野に近付くと、黒野はタブレットを英也に見せた。
「うわぁ」
そこには黒野への安否を確認するメッセージが数人から大量に届いていた。
「……ま、まぁ、そうなるか」
英也は納得しつつも今後どうしようかと考え始める。
「仲間、呼べる?」
将斗が催促するように聞いてくる。
「こ、これから呼ぶよ」
短く返答する黒野。安否確認メッセージへの返信は後に回し、英也たちのクラスを選択して鉄仁とのチャットを起動する。学校の屋上に集まって欲しい旨を記載し、氏名一覧に戻った。
「あ、し、白道くん、えーと」
黒野が不安そうに口を開く。黒野が見せて来たタブレットには海花の氏名が見えていた。
「あぁ。うん、分かった。僕が代わりに書くよ」
フィギライトを渡した間柄とは言え、海花と緑川は黒野とまだそう親しくはない。突然のチャットを躊躇っているようだったので代理を了承した。
「僕のアカウントでログインし直せばいいかな」
英也はタブレットを受け取りながらそう言ってログアウトボタンを押す。
しかし、ログイン情報を入力すると『ログイン中です』といった文言でエラーになってしまった。
「ご、ごめん。僕のじゃ入れないみたい」
そう言って黒野に再ログインを依頼した。
「まだ?」
将斗も段々と呆れて来たようだ。
そんなゼツボウ二人に申し訳なさを感じつつ黒野のアカウントで海花と緑川にチャットする英也。入力を終え、将斗に声をかける。
「今、呼んだよ。後は待つだけ」
これを聞いて重い腰を上げるグェン。将斗もフィギライトを取り出して準備を始めた。




