シェトマの計画:5
ミチビキ施設内の聖堂に轟く二つの発砲音。
ただ、そこに被害者はいなかった。シェトマに声をかけて来た男は両手を上げたまま立っている。
「……?」
男はシェトマと詩音の狙いが理解出来ず辺りを見回す。そしてあることに気がついた。
「エスカ、それは」
それは、エスカの手に握られているのが赤い銃のフィギライトだということだった。
「どうかしら?まだまだ私、現役でしょう?」
一瞬だけふわりと笑顔を見せ、すぐに冷徹な表情に戻りフィギライトを男に向けて構える詩音。そのやり取りを見たシェトマは詩音に言った。
「ここは任せる」
詩音はシェトマに向けてウインクする。
「行ってらっしゃい、ボス」
応答を得たシェトマは、聖堂を出てとある場所に向けて駆け出し始めた。
シェトマの姿が見えなくなってから、呆気に取られていたミチビキ団員らが彼を追いかけようとしたその時。
「……ふぅ。みなさん、今ここにいるあなたたちは、私に従ってもらうわ」
詩音は『エスカモード』で団員らに声を掛けた。
敵側のサポートをした以上、エスカも敵と見做されるのは当然のことだが、その場の団員らはピタリと動きを止めた。
「良い子ね」
エスカとして振る舞う詩音は、場にそぐわない笑みを浮かべる。
「な、何が目的なんだ」
一人困惑顔の男は詩音に答えを聞く。
「……この聖堂、そして二発の『フィギライトによる攻撃』。頭の回るあなたなら、これくらいもう察しているかと思ったわ」
男はそのキーワードで理解に至ったらしく、聖堂の絵画に視線を向ける。
そこに、二発の銃撃の跡があった。
「やってくれたな」
「あら、どうして怒るのかしら?この絵画は『呪われている』から『処分に困っていた』のではなくて?」
「エスカ貴様ァ!」
男の表情がみるみる怒りに支配されていく。激昂して剣のフィギライトを構える。
「本当に、ダメな男ばかりね。……フレーズの皆さんは少し下がることをお勧めするわ。でも、聖堂から逃げちゃダメよ」
詩音は冷静沈着に幹部団員へそう伝え、フィギライトの銃口を男に向けて構え直した。
「黒野くん!」
「あ、し、白道くん!」
高校へ向かう道中で合流した二人。少しでも早く到着しなければという思いからか、走る足は止めずにそのまま移動を続ける。
「無相くん……。何も、ないと良いん、だけれど」
英也の言葉に同意しつつ、ゼツボウの動きを把握出来ていないこの状況に不甲斐なさを感じる黒野。他の人よりも多くの情報を識る者として、自分がなんとかしなければという思いが強くあった。
「は、走りながらで、ごめん。ちょっと、聞きたいんだけど」
英也から質問が投げられる。
「仮に、無相くんを……こ、この前、みたいに、誘拐するとして……。わ、わざわざ、無相、くんが、あの屋上の部屋に、来るまで待つの、は……、何か、変じゃない?」
「!」
急に足を止める黒野。
「おわっ!はぁ……はぁー、ちょ、ちょっと、ゆっくり歩こうか。流石に疲れるね」
黒野に合わせて英也も足を止める。黒野の息が全く上がっていないのが少し衝撃だった。
「……」
黒野は無言で何かを考え始めた。
深呼吸しながら息を整えつつ、英也は黒野の回答を待つ。
「もしかして……。いや、でもそれなら確かに……」
黒野は独り言を呟く。すると、その声に反応するように黒いフィギライトからラペトリクが口を挟んできた。
「どうやら、『銃』は『正しい』ようだな」
「そうだね。うん、そうだよね」
黒野は何故か少し嬉しそうに見える。
「……何か、分かったの?」
黒野は再び走り出した。
「え?あ、ま、待ってよ黒野くん!」
英也もその後を追いかける。黒野が何を理解したのかは分からないが、その表情から推察すると悪い方面では無さそうだった。
「白道くん、これからあのゼツボウって人たちに会うことになるけど……」
高校の校門に到着と同時に英也の方へと振り返る。
「彼らは、敵じゃない」
英也たちが高校の校舎へと侵入を試みる中、別途高校へ向かう通学路で落ち合う二人組の姿があった。
「むむっ、今、英也くんの声しなかった?」
「何そのセンサー、やば」
海花と緑川は互いに自宅が高校に近いこともあり、すぐに合流することが出来た。ただ、二人の目的地は高校ではない。
「よーし、んじゃゴーゴー!」
「ご、ゴー!」
彼女らも鉄仁同様に、無相とばったり会った交差点、そしてその先にあった廃校舎を目指していた。
祭壇にハードレム・スレイクを始めとした無相との関連があると知らない以上、高校は怪しむ選択肢にないのだろう。
「海花っち」
駆けながら話しかける緑川。
「んー?」
「また、あのヤバい人に会ったら……どーする?」
海花の脳裏にもシェトマの姿が浮かぶ。
「……あー」
海花は少し答えに迷ったが、すぐに笑って返した。
「無茶はしないかな」
「え……。あ、ふふふ」
意外な答えに一瞬驚いた緑川だったが、その後彼女も微笑んだ。
「な、なんか変なこと言ったかなー」
「んにゃ?でもまぁ、あざまる!海花っち」
緑川にとっては友達が傷付くのが一番嫌なことであり、これを理解してくれていることが嬉しい。
「どういたしまして?」
海花はよく分かっていない様子だが、素で自制を気にかけてもらえているのなら、何よりもありがたいことだと緑川は思う。
そして二人は件の交差点に到着した。
辺りを見回して無相が見当たらないか確認する二人。当然ながら無相は見つからない。
「まぁ、そうだよね」
分かってはいたが少し気が沈む。
そう、この交差点で見つけられなかったということは、例の廃校舎へ向かわなければならないということなのだ。
「……しゃーなしっしょ。行くっきゃねーのよ」
緑川はポケットに入れてきた未覚醒のフィギライトを取り出す。
「あ……いや、うん。そうだね」
海花もフィギライトを取り出す。こちらもまだ変化はなく未覚醒。
「やる気ゲージマックスで上げてけーっ!」
女子二人の廃校舎突撃作戦が始まった。
無相はカフにとある施設の一室へと案内された。
殺風景な打ちっぱなしのコンクリート壁が剥き出しの部屋。天井を見れば太いものから細いものまで様々な大きさのパイプやケーブルが設置されている。
「……なに、ここ」
カフが車の中で話していたことが正しいとすると、ここはゼツボウのアジトの一つということらしい。確かに、アジトにするには丁度良さそうな質素感はあるのだが。
無相が気にしているのはその内装ではない。
目の前に大きなトンネルがあるのだ。先が見えないほどに奥へ奥へと通じているようで、明かりは一つとして見当たらない。
「ここが拠点の入り口です」
「ここに入れと?」
無相は心底嫌そうな顔をする。
カフはその表情には目もくれずに先にトンネルへと歩き出し、光が届くギリギリのところで無相へと向き直る。そしてトンネルに設置されている懐中電灯を取り外して先を照らす。それでもその先が暗いままなのに変わりはない。
「どうかしましたか?」
「……暗いの苦手なんだけど」
「……は?」
カフはトンネルの中へと振り向き、懐中電灯で光の届く範囲の距離を見る。
「……」
「……」
そして無相の方へと向き直してため息を吐く。
「念のためにお聞きしますが、このライトがあれば?」
「……」
無言のまま首を横に振る無相。
このままでは仕方ないので、カフはもう一度トンネルの先へとライトを向けて少し進んでみる。それから振り向いてみた。
「……」
「……」
微動だにしない無相に負け、仕方なく別の拠点へ移ることにしたカフだった。




