シェトマの計画:4
いにしえ高校の屋上、祭壇にはグェンと将斗が退屈そうに『来客』を待っていた。
すぐにでも戦闘に移行できるように姿勢を整える二人。開けっ放しの祭壇入り口は敢えて閉じずにそのままにしていた。
「ボスの次はカフかよ」
グェンが不満そうに文句をこぼす。
ボス、シェトマの行動の意図が上手く掴めないまま、今度はカフまでもが似たような奇行に出た。
将斗には思うところがあるようで、特に不満気な様子はない。
「まさか将斗もいきなり何かしやがるんじゃねぇだろうな?」
もはや疑心暗鬼。何を言っても信じてもらえなさそうな雰囲気さえある。
「落ち着きなよ。僕にそんな度胸はないから」
「度胸だ?っつーことはやっぱりお前も何か企んでんのか?」
「……はぁ」
将斗は大きめのため息を吐く。
「あぁ!?んだテメェやんのか!?」
馬鹿にされたと思ったグェンはフィギライトに手を伸ばす。
すかさず両手を挙げて降参のポーズをとる将斗。
「……チッ、すまねぇ」
ゼツボウの他のメンバーと違い、ある程度は寄り添ってくれている将斗に対して残っていた理性が働いた。
「いいよ」
将斗は一言だけぽつりと返し、黙り込んだ。
冷静さを取り戻したグェンは、カフに言われたことを思い返しながら将斗に話し掛ける。
「なぁ、俺らがあのガキ共の教育係ってのは、どういう意味だ?」
グェンも馬鹿ではない。一昨日戦った鉄仁のことを振り返り、彼らの未熟さ踏まえて答えに近いものは理解していた。
しかし、その彼らの面倒を自分たちが見るという点について首を捻っていた。
「……グェンはボスの計画、どこまで知ってる?」
あまり大きくない声で口を開く将斗。
「さぁな。さっぱりだ」
「そっか」
少しの沈黙の後、将斗は静かに声を発する。
「まぁグェンだし、いいか」
「あ?」
余計な一言を添えつつ、話を始めた。
「まずは、エスカ。詩音姉さんの話からしないといけない」
「は?……なら、いい。もうやつのことなんざ」
「『裏切ったように行動する』ことが、ボスの計画に含まれていたとしても?」
「……は?」
無相のことを不可解に思ったのは、英也だけではなかった。
「ウチでも難しいこのタブレットをちゃちゃっと……無相っちらしくなくない?」
「どしたの急に」
緑川は昼休み時間にチャット機能を使って海花とやり取りしていた。
「いやー、ウチの思い過ごしならいいんだけどさー」
周囲の観察に長けた緑川の感じる異変ということもあり、海花は真面目モードで話を聞く。
「あの無相っちだよ?いつもならガン無視じゃん」
緑川のストレートな一言に納得する海花。
「確かに」
「リモートになってさ、誰かがロルってるとか……」
「ろ、ロル……え、ごめん、何?」
緑川の勘は鋭い。状況証拠から見ても、ただの思い過ごしにしては現実味を帯びすぎている。
「これワンチャン無相っちワンモアされてね?」
「……かも?」
緑川の言葉の意味はよく分からなくても、雰囲気から無相を心配していることは海花にも伝わっていた。
二人はまもなくタブレットを片手に自宅を後にした。
鉄仁は無相の異変ではなく海花の異変を察知していた。
そこでチャット機能で話しかけようと思い付いたが……、いざ二人だけの空間になると考えると、どうも指が言うことを聞かず会話ボタンを押せないでいた。
「あ、あれー、おかしいな」
普段の教室と違い、周囲には誰もいないリモート授業。それにもかかわらず、あまりの気恥ずかしさから周りに弁解するような独り言を放つ鉄仁。
「……ふぅー。お、落ち着け。な?大丈夫だ。おう、そうだ」
自分に言い聞かせてボタンに指を当てる。
ついにボタンを押すことに成功し、ボイスチャットが開始された。
「あ、あー、な、なんだ?あれー?えーと……」
これまたいつもの鉄仁とは思えぬ挙動不審な発言たち。今もしカメラがONにでもなろうものなら、茹で上がったカニのような色をした表情を拝める状況だ。
一方で、海花の反応は一切ない。
「あ、あのさ!そのー、あれだ。な、何か、困ってることがあるなら……」
意を決してようやく本題に入れたところで、海花がオフラインになっていることに気が付いた。
「な、なんてこった!」
思わず反射的にチャットを終了する鉄仁。
そして同時に海花への心配が溢れ出す。
「どうする!?いや、待て。こういう時こそ冷静に考えるんだ。そうだ」
呼吸を整えて落ち着きを取り戻す。
「……」
冷静になった鉄仁は、英也へチャットでメッセージを送った。
—今、ちょっといいか?
しかし、数分経っても既読が付かない。
あと三分で昼休みも終わるというのに、真面目な性格である英也が無反応というのは考えにくい。
「英也まで?……これは何かあるな」
そして外出の準備を始めた。タブレット、スマホ、フィギライトを次々と学校指定カバンに投げ込む。一旦キッチンへ向かい、昼食の代わりに食パンを一斤掴んでカバンに入れる。
「よし、とりあえず、まずはあの廃校に行ってみるか」
鉄仁にとって最も怪しい場所へと走り出した。
『ベーリル』と呼ばれたシェトマは、上がってしまった口角をすぐに戻し、目の前の構成員に向けて再度質問する。
「……『あの方』は今、どちらにいる?」
構成員が生唾を飲む音が聞こえる。余程の恐怖に耐えている状態のようだ。
「……いい。行け」
シェトマはこれ以上の情報収集は出来ないと判断し、構成員を解放しようとした。しかし、構成員は動こうとしない。とんでもないことをしてしまったというような表情で視線を落とす。
シェトマはその不可解な挙動に見覚えがあった。
「……」
ミチビキの構成員は、外部への逃亡や告発を抑制するために、とある罰則によって心理的に拘束されている。
「くッ!」
目の前で構成員の口から発言がなくなった。口を開けたり閉じたりしているが、声が全く聞こえない。
そして、絶望した表情でシェトマを見、泣き崩れた。
シェトマはこれと似た光景を、数年前に見ていた。
「……大変申し訳ないことをしました」
小声で構成員に謝罪する。
構成員は酷く驚いた顔でシェトマを見上げる。シェトマは構成員に決意の瞳を向けてから、聖堂へと歩き始めた。
「これで神気取りとはな」
呟きと同時に堂々と正面ゲートから聖堂に侵入した。
「おや、どうやら本日はお客様がお見えのようで」
聖堂に入るや否や、エスカと同じ柄の、しかし少しデザインの違うミチビキの制服に身を包んだ男が反応を示した。
「……」
その男のすぐ近くにいたエスカは、表情を変えずに無言のまま視線をシェトマに向ける。
気付けばシェトマは既にミチビキ構成員に囲まれていた。
「ここまでどうやって辿り着いたのかは分かりませんが……。いやはや、とても、とても残念です。あなたともあろうお方が、正面突破などという野蛮な方法を選ぶとは」
男はエスカを見る。エスカはシェトマから視線を逸らした。
「まぁいいでしょう。……白の復讐者、シェトマ・トーク。あなたは例の『管理者』と随分仲が良かった」
男は何を考えてるのか、カイの話を持ち出して来た。
「あなたはそう思っているようですが……。彼はどうだったのでしょうね?」
「……」
シェトマは俯いた。
「おや、これは失敬。てっきりこの件についての和解にでもいらしたのかと」
男は挑発的な態度を一向に変えようとしない。
エスカもその男を止めることなくそっぽを向いたままだ。
「……そうですか。少しはお話しの出来る方かと期待していたのですがね。これまた残念です」
男は指を鳴らす。
「君たち、彼を拘束しなさい」
指示されたミチビキ構成員らがシェトマ目掛けて一斉に縄や手錠などを掛けにかかる。
しかし、それらはどれ一つとして掛からなかった。
それどころか、シェトマは右手でフィギライトを構えて男の額に銃口を向けている。
「ほぅ。どういうおつもりで?」
男は不気味な笑みのまま両手を上げて少しずつ後ろへと下がっていく。
対するシェトマは左手をフィギライトの下部に添えて狙いを定め直し、深く息を吸い込む。
「詩音!」
シェトマの短く大きなその発言は、聖堂に二つの銃声を放つトリガーとなった。




