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フィギライト  作者: シリウス
カガヤキの始まり
28/59

シェトマの計画:1

 エスカの部屋に入ったシェトマは、すぐにホルスターからフィギライトを取り出せる体勢をとった。ここは敵地。安息の地などある方が珍しい。

「……なるほど」

 呟きと共に姿勢を自然に戻す。誰もいないようだ。

 周囲を見渡す。殺風景な白い壁だけに囲まれた明る過ぎる空間。部屋らしいところと言えば、隅に置いてある机と椅子、そしてその向かいの隅にある乱雑に整えられたベッドくらいだろうか。

 机の上にある書類に目を通そうとして近付くと、壁の一部がキラリと光を反射するのが見えた。

「鏡か」

 扉のある壁を含めて全てが真っ白で統一されているため気付けなかった。

 書類は一旦後に回して姿見に自身を映してみるシェトマ。

「これは……」

 スーツに言及したエスカの言葉が頭をよぎる。それと同時に、ベッドが少し盛り上がっていることに気が付いた。

 シェトマは黙ったままベッドに近付き、中のものに隙を与えぬよう勢いよく掛け布団を剥いだ。

「……橋に爆弾を仕掛けるとはな」

 ベッドの中には、皺一つないシェトマの洗い替えの白いスーツが横になっていた。


 深夜のいにしえ高校屋上にて、無相はカフから封筒を受け取った。その封筒にはシェトマの名前が書かれており、開けられた形跡はなかった。

「開けていい?」

 無相は相変わらずの緊張感の足りない気の抜けたような声でカフに問う。

「どうでしょう?私も中身は知らないので何とも」

「ふぅん、じゃあ開けるよ」

 話を聞いているのか聞いていないのか分からない微妙な回答と共に、封が切られた。

 封筒には、シェトマがしたためたと思われる手紙と、一枚の写真が入っていた。

「お、おい、拓磨。その人」

 無相の後ろで状況を見守っていた友人が、写真を見て反応した。

「……」

「お前の親父さん、だよな」

 どうやら無相の父はゼツボウと関わりがあるようだ。

「そうです。あなたの父、カイは我々ゼツボウの中心的人物でした」

 関わりがあるどころの話ではなかった。

 カフの話によれば、カイ、無相の父は数年前から姿を見せなくなったらしい。ハードレム・スレイクの管理者を降りる話をした矢先だったという。

「このハードレム・スレイクの管理は、この世界の管理と言っても差し支えありません。その管理者を降りるということは、彼にとってはある意味で解放だったのだろうと思います」

 カフはそう語る。無相本人は特に気に留める様子もなく手紙を読み進めていたが、無相の友人は反発した。

「解放されたってのは、分かる。どれだけ責任が重いかの想像もつかないし、正直なところ『すごいな』くらいしか言えない。……でも、じゃあそれを拓磨に押し付けるのはどうなんだ?」

 無相に移譲された管理者の権限。当然、力と共にその責任も移譲される。

「仮にも親なら、その責任逃れに子を利用なんて」

「雄一。……それは、違う」

 友人を止める無相。

「違うって……、じゃあ、何でその親父さんはここにいないんだよ」

 無相の表情は普段のものではなかった。彼にしては珍しく、悲しみを露わにした顔をしていた。

「拓磨、お前」

「……父は行方不明なんかじゃなかった」

 これはカフも寝耳に水。一瞬だけ目を見開いて驚いた後、冷静に発言する。

「では、一体何があったのでしょうか」

 これに対し、無相は少しの間目を閉じ、そしてゆっくりと開けてから手紙をカフに見せた。

「神々を否定し、今の『我々』の在り方すらをも否定する勢力。一言で言ってしまえば、『スレイク破壊派』とでも呼べる存在。その勢力による侵攻で、父は命を落としたと書いてある」

「なッ……!?」

 その場の全員が驚愕し、戦慄した。

「白の人はこれを伝えたかったんだろう」

「すると、シェトマの狙いは」

「まぁ、僕の保護、もしくは『隔離』かな」

 カフは顎に手を当ててこれまでの行動について振り返る。

 シェトマが急に『希望』を攫う計画を立てたこと。

 事前の確認や情報などの準備も出来ていない中で、いきなりこの祭壇へ侵入する強行手段に出たこと。

 無相にその計画を話さずに実行したこと。

 これらだけでも、念には念を入れるシェトマらしくない動きだった。

「……そういうことだったのですね」

 偶然としては出来すぎている、ペン型のフィギライトを持つフェルシアスとの邂逅。これも計画に組まれていたとしたら。

「すべては『希望』……、あなたと、このハードレム・スレイクを守るための咄嗟の行動だったというわけですか」

 将斗は理解出来たようで、無相とハードレム・スレイクに視線を向ける。

「待ってくれ。でもよ、何故今なんだ?カイがいなくなったのなんて随分と昔だったような気がするが」

 グェンが気になっていたことを口にした。

 これについてはカフが答える。

「エスカ……いえ、詩音から聞いたのでしょう。かの組織が彼を『認知』したと」

「あのエスカが?おいテメェ、適当抜かしてねぇだろうな。俺はもう、信じられねぇ。俺らを簡単に裏切りやがったあの女はよ」

「……そう、ですね」

 カフもまだ今ひとつ何かを理解しきれないような顔をしていた。

 詩音がいずれ『団体』の者として動き出すことまでは読めていた。

 そしてやはり襲い掛かりに来たエスカ。しかし、その割には被害は最小限で、かつ、今こうして無相とのコンタクトが取れているようにシェトマが企てたのであろう計画への悪影響も出ていない。

「それで、肝心のそのシェトマとエスカってやつは今、どこで何してるんだ?」

 無相の友人である雄一のその発言が、カフの脳内にあった断片情報を結びつけた。

「シェトマ……。やはりあなたは用意周到ですね」

 シェトマがエスカとの対立で『仕方なく計画を開始した』のではなく、『既に詩音と計画を開始していた』ことを理解した瞬間だった。


 一方その頃、神々の間であるティーラスには久しい顔が帰っていた。

「わぁ!ペルデくん帰ってたなら教えてよー」

 数ヶ月前から試験のために連絡が取れなかったリドリフ・ペルデ。無事に試験を終えて契約も済ませたらしく、安堵の表情を浮かべていた。

「む……、そうだな。今、帰ったよ」

「あ、いや、もういいかな」

「ふむ、やはりコミュニケーションは難しい」

「ペルデくん相変わらずだね。なんか安心した」

 話しているのは、ティーラスの良心であり、神々の中では感情表現に最も長けているキャレル。彼女は基本的に明るい性格な上、得意分野である保健体育の知識や心得も豊富なせいか、常に健康的な笑顔で周りの神を明るく照らす存在である。

「ラペくん、ペルデくんにも話していいよね?」

「もちろんだ。知っていてもらわねば困るしな」

 念のため、リーダー代理のラペに確認を取ってから状況の展開を始めるキャレル。本来のリーダーであるクアロスが、人類——フェルシアスに疑念を抱き、その手の話題に酷く消極的なため、今は代理が機能している。

「ペルデくーん、ちょっといいかな」

「お、おう」

「実はね」

 情報が共有された。

「ふむ……。つまり、もうすでに色無しは渦中にいるということか」

「そういうこと。ま、とりあえずペルデくんは試験終わったみたいだし、一安心だね」

「まぁ、な」

 ペルデはクアロスの部屋に視線を向ける。

「あー、いいのいいの。今はそっとしておこうかなって」

「だが、やつはまだあのことを勘違いしたまま」

「大丈夫!クアロスくんなら。間違ったことだけはしないって分かってるでしょ?」

「それもそうか」

 クアロスはティーラスのリーダーに相応しい信頼を得ていた。

 しかし、今は情報の錯綜が激しく、正しい状況を見極めるのに様々な変数による推測が必要であり、感情のコントロールが不安定になっていた。

「我は、正しく在らねばならない」

 クアロスは閉ざされた空間で呟く。火や電灯の類のない暗闇で、ただひたすらに瞑想に耽る。

「我は、受け入れねばならない」

 仲間と共に夢見た真実への想いを自身に反芻させる。

「我は……、我、は……」

 口上に詰まるクアロス。剣のフィギライトを手にした者が見せた狡猾な表情、そして、その者と意志を共にしたかつての仲間の姿が思い返される。

「何故だ」

 その言葉は、暗闇の中で深い哀しみへと沈んでいった。

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