侵入者と協力者
推薦。
それは、誰かが誰かを適しているとされる地位や役職に推して薦めることを意味する。
ラペトリクは、英也のフィギライトが『自身を扱ってもらえるよう自ら推薦した』と述べた。
「み、認めてもらう?それに、扱ってもらえるように……?」
黒野は混乱していた。
「フィギライトの『意思』を読み取れる特別な者がいる。これは話していたな」
「う、うん。フィギライトは鉱石でありながら、意思と、感情を持つ……と言われてるんだよね」
黒野は頭を抱えながらも答える。
「そうだ。つまり、フィギライトが所有者を選択することも起こり得る」
ラペトリクの言いたいことはなんとなく理解出来ていた。
ただ、理解出来ないのはそこではない。何故フィギライト自身が『人に扱われることを前提としているのか』である。
黒野など英也以外の覚醒者のように、人類側のエゴでフィギライトを取り扱うならば、フィギライトが『力を与えるかどうかの裁量を持つ』ことは理解の及ぶ範疇だ。
しかし、フィギライトが初めから『力を与えたいとしてその身を差し出す』理由が分からない。自由な意思を持ち、感情を持つ以上、行動には理由が伴うのだ。
「……クロが考えていることは分かる。だが、それは今の我々も『識らない』ことだ。今後、あるいは彼が……答え、いや、その理由を見つけてくれる時が来るかもしれない」
「……」
書物の山を呆然と見つめる黒野。
「そう張り詰めるな。『まだ』動きはない」
そしてラペトリクは静かに姿を消した。
「そう、だね」
黒野は周囲の蔵書を片付けるべく手を伸ばした。
祭壇に入るための扉がゆっくりと開かれる。
扉というよりは重石といったところだろうか。グェンは顔に鮮血を集めながらその石を持ち上げる。
「ば、バカじゃ、ねぇの……?な、なんだ、この……重さは、よぉ」
持ち上がった石の下から薄く光が漏れ出す。
ふと将斗が何かに気付いた。
「あ、グェン。……向き、違ったね」
「あぁ?」
片腕で持ち上げた石が閉じないよう支えるグェン。将斗が指差す祭壇の入り口を見る。
明らかに人工の細長い棒がグェンから見て入り口の前後の壁に突っ張る形で備わっており、その位置は入り口の中央から大きくズレていた。
「……なるほど。グェンは横から無理やり開けたのでしょう」
カフは冷静に状況を理解した。
「ど、どういうことだ?」
「この祭壇の扉の石は、梃子の原理で簡単に開閉できる仕組みになっているということです」
内部に見える棒を支点とし、そこから長辺の方の先を持ち上げるのが正しそうだ。
「……て、テコの原理……。チッ、そ、そういうのは……早く言え」
深夜であることを咄嗟に思い出して声量を下げる。
「あれ?でも、石の面にはグェンが今持ってる箇所に矢印が付いてるよ」
将斗の言う通り、その石にはまるで今のグェンの方法が正しいかのような印が付いていた。
カフはそれについても冷静に答える。
「フェイクですよ」
「は?フェイク?何のためだ」
「その印でミスリードを誘い、無関係な一般の方に『開かない』と思わせようとしたのでしょう」
「はッ!んなもんに騙されるやつ……」
カフと将斗がグェンを見る。
「……お、俺は持ち上げた」
カフも将斗もやれやれと肩をすくめた。
いにしえ高校の校門までやって来た無相とその友。友人は夜の校舎を目前にし、少し緊張していた。
「が、学校って、夜だと雰囲気あるよな……」
「いつもこうだけど」
無相は慣れている様子。どうやら夜に祭壇へ向かうことは今に始まったことではないようだ。
「祭壇って、屋上だったよな」
「そう。元々はあの場所が地上一階だったらしいけど」
「いつの話だよそれ……」
「……大戦前?」
小声で歴史にまつわる雑談を交えつつ、警備員の目に止まらぬよう周囲を警戒ながら校舎内に侵入する。階段を一歩一歩慎重に進み、二人は屋上に到達した。
「ここまで来れば警備員も大丈夫」
無相は警戒を解いてもいいと友人に伝える。
しかし、友人は無言のまま首を横に振り、左斜め前方を指さした。
「……?」
無相もその方向を見る。そして気付いた。
祭壇の入り口から薄く光が漏れ出していた。
警備員へ向けていたものより遥かに強く警戒しつつ、おそるおそる入り口に近付く。すると、祭壇から声が聞こえて来た。
「結局、管理者はここで何をしてるんだ?」
「先ほど話した通り、このハードレム・スレイクを通してこの世界を管理しているとしか」
「世界の管理……うぇ、考えただけで胃が痛くなるね」
「えぇ。相応の重責が掛かっているでしょうね」
ハードレム・スレイクを前にしているというのに、特にそれをどうこうしようとはしていない。まるで『誰かを待っている』かのように会話で場を繋いでいた。
「たった一人で、このスレイクを……ん?」
「おい、カフ」
「ふむ……」
突然、その会話が途絶えた。
無相と友人は足を止める。
「……」
小声も全く聞こえない。無相は祭壇の方を向いたまま一歩ずつ後ろに下がる。
しかし、あと少しで校舎の階段に戻れるといったところで二人は見つかった。
「待っていましたよ、管理者さん」
そう言いながら祭壇から出て来たカフは、光る黄色い銃のフィギライトを構えていた。
「……なるほど。失礼しました。始めに断っておきますが……我々は戦いに来たわけでも、あなたを攫いに来たわけでもありません」
カフはフィギライトを上着の下に着用しているホルスターにしまう。
「管理者のあなたに、これを届けに来ました」
ミチビキの施設内部は昼夜問わず白色の光に包まれている。壁も天井も床も真っ白なことも相まって視覚を容易に狂わせられる造りになっていた。
「……」
口を閉ざしたまま壁を這うようにして施設内を進むシェトマ。
扉を見つける度、目的の部屋かどうかを確かめるべくゆっくりと近付いて背中を扉に当てて内部の様子を探る。
話し声や物音などがすれば間違いなくハズレなので、そのまま音を立てないよう注意して離れる。これをひたすら繰り返していた。
「あら、結構いい感じに溶け込めているじゃない。白い迷彩服、お似合いよ」
不意に背後から声を掛けられた。電流のような緊張の信号をそのまま振り返るエネルギーに変換して勢いよく声の方向に身体を回す。
「……あのね。目立ちすぎよ」
そこにいたのはエスカだった。
「君は『あの方』とやらに挨拶しに行ったのでは?」
一瞬で冷静さを取り戻したシェトマは、控えめな声量で応対する。
「えぇ、そうよ。これから行くの。でも折角だからあなたにもお見せしようかと」
エスカは踵を返して言う。
「目的の『サプチュカル』。今、一番近いのは『あの方』よ」
「……計画にはないが?」
シェトマなエスカの突発的な行動に怪訝な表情を見せる。
「あら、これでも誰かさんよりは仲間思いな言動だと思うけれど」
小悪魔のように微笑んだ流し目でシェトマを見る。
「あぁ、そうだわ。それと、その上着は見苦しいから脱いだ方がいいんじゃないかしら」
廃校舎の戦闘でボロボロになったままの白いスーツに言及するエスカ。
その上着を脱げばフィギライト銃がホルスターごと表に顕になってしまう。つまりはそういうことなのだろう。
「勝負をつけるのはまだ早い」
シェトマは上着を脱がずにネクタイを締め直す。
「石橋も叩きすぎると割れるわよ」
「泳げばいい」
「……ふふっ」
エスカはシェトマを振り返ることなく、自分が通って来た方へと戻って行く。少し歩いて右側の壁に扉があるところで足を止め、前を向いたまま扉を指差す。
「私の部屋よ」
そう言って彼女はそのまま通路を歩いていった。




