仲間の存在
ハードレム・スレイクからの定期連絡後、アイシアが無相と接触したことに立腹する神があった。その名は『フィーノ・クアロス』。ティーラスの中でも随一を誇る強さ、そして併せ持つ気性の悪さから単独で行動することが多く、他の神々ともあまり言葉を交わさない一柱だ。
「アイシアは何を企んでいる?」
「まぁまぁ、落ち着いてよ。何も企んじゃいないって。普通に心配しただけだよ」
そう宥めるのはキャレル。ラペトリクの代わりに無相とやり取りを交わした神だ。
「やつならあるいは……。いや、まさか『剣』がとうとう動いたか?」
独り言を並べるクアロスにキャレルは悲しげな表情で返す。
「あー……、まぁ、『剣』も動いてるかもしれないけど……」
クアロスはその言葉に含まれた意味を瞬時に理解した。
「『銃』……。そうか、やはりか」
クアロスが想像しているであろう仮説を読み取り、キャレルは慌てて言葉を返す。
「あ、いや、完全に敵に回ったかどうかはまだ分かってなくて」
「……」
「あちゃー。スイッチ入っちゃったかぁ」
キャレルは説得に失敗したことを早々に悟り、身の安全も兼ねてその場を離れようと歩き始める。部屋の出入り口に差し掛かったところで歩みを止めて振り返る。
「改めて言うけど、クアロスのせいじゃないからね」
そう言ってキャレルは部屋を出た。
出前のラーメンを完食し、食休みにと夜風に当たりながら散歩する無相と友人。日は落ちきり、完全に夜となった道を軽く話をしながら進む。
「ん?おいおい、そっちは拓磨の学校だろ?家はこっちだぞ」
高校へ向かい始めていた無相を引き止める友人。
「ちょっと確認したいことがあって」
「……まさか今からティーラスと連絡取るとか言わないよな?」
「そのつもりだけど」
時間も遅いが、急遽リモート授業に変更になるような事態が起きているその場所に向かうことが危険度を跳ね上げさせている。
友人は無相の前に立ち塞がる。
「今日はやめとけって、な?」
「どうしても?」
「……。急ぎなのか?その連絡は」
友人は困った顔をしつつも、無相の行動を全否定しないように歩み寄る。
「まぁ、それなりには」
「それなりって……俺にも話せない内容か?」
無相は表情を変えることなくつまらなさそうに答える。
「話せるけど、多分どうにも出来ないと思う」
「……分かった。じゃあ、とりあえず話してくれ。それを聞いて俺も本当に今報告が必要だと感じたら、同行する。でも、そうじゃなければすぐ引き返すぞ」
友人は真剣に無相を見る。対する無相は眉ひとつ動かさずに口を開いた。
「まずは、試験について。キャレルに言い忘れたことがある。それを伝える」
「言い忘れ?」
「緑川は普通の言葉より高度な表現をする。あれは婉曲と皮肉、あと暗喩の入り混じった高等話術だ」
「う、うーん。なるほど。試験に関わる問題か……喫緊と言えばそうなのか……?」
「それともう一つ。『短剣』について」
「『剣』!?ちょっと待て。この報告、やつらの動きが関連してるのか?」
友人は慌てた様子で思わず無相の言葉を遮ってしまった。
「あ、いや、ごめん。続けてくれ」
「『短剣』に身を救われた。この事実を伝えなきゃいけない」
「……は?」
『短剣』、つまり『剣』にあたるフィギライトを持つ者は、かの大戦の引き金を引いたダルセンダー・ファーユの手先だ。この友人がどこでその知識を得たかは分からないが、この反応を見るに状況は理解出来ているらしい。
「え、ちょっ……は?なんで?」
「僕にもこれは分からない。意味が分からなさすぎてさっきまで報告忘れてた」
無相にとってもイレギュラー中のイレギュラーだったようだ。
「この事実は早く伝えるべきだと思ってる」
無相はここでようやく友人と目を合わせる。
「分かった」
かくして二人は夜中の『祭壇』へと足を運ぶことにした。
エスカに担がれて数十分。ようやく移動が済んだようで、シェトマは少々雑に床に投げられた。
衝撃で起きたフリも出来なくはないが、それによって計画が狂うのはまずい。痛みに耐え、その時が来るのを待つ。
「おいエスカ、そいつ置いたらひとまず『あの方』にご挨拶だ」
デーデュンが声を響かせる。どうやらこの部屋はそれなりに広いらしい。反響した音がしっかりと遅れて耳に届くほどはあるようだ。
「そうね」
素っ気ない返事で踵を返し、シェトマに背中を向けるエスカ。
「今行くわ。『その時』だものね」
「……!」
エスカは足音を遠くして行く。
「なんだ?その時ってのは?」
「『あの方』へのご挨拶に行く、『その時』よ」
デーデュンは首を傾げるが、あまり深く考えても仕方ないと諦めてエスカの先導に戻る。
「一つ、いいか?」
先が見えないほどの長い廊下を歩きながら、デーデュンが口を開いた。
「何かしら」
「テーマになってすぐにこの計画であの組織に送り込まれたわけだが……」
デーデュンの言葉は何かを濁していた。言い難いことをどうにかして発言しようとしているようだ。
「そうね」
「まぁ、その、あれだ。『あの方』はお前のことを信頼している。……えーと、つまりだな」
話せば話すほど何を言えばいいのか分からなくなるスパイラル。自ら沈黙の時間を増やすデーデュンに少しばかり苛立ちを覚えたエスカは足を止めてため息を吐く。
「何?私が『あの方』を恨んでいるとでも言いたそうね」
語気が強くなるエスカ。
実際、デーデュンが聞きたかった核心はそのことに他ならない。
「す、すまない。話すことで少しでも気が晴れればと思ったんだが」
エスカは呆れ果てた表情でそっぽを向く。
「あなたには足りないものがあまりにも多すぎるわ」
そしてデーデュンを無視して足早に歩き出した。離れていくエスカの背中を見つつ言動を振り返るデーデュンだったが、自覚できた悪手は無かった。
ミチビキ施設内、広めの部屋。
シェトマは周囲に人がいないことを信じてゆっくりと瞼を押し上げる。虹彩が働き出すまで数秒を要したが、幸いその場には誰もいなかった。
「……」
眠らされていた、ということになっているのか、拘束は特にされていない。懐に手を伸ばし、ホルスターに収まっている白い銃がそのままであることを確認する。
真っ白の壁に囲われた何もない部屋。だが監視カメラなどはあってもおかしくない。
しかしシェトマはあたかも監視などされていないと豪語するかのように堂々と立ち上がった。
上着のポケットからスマホを取り出して軽く操作する。地図アプリを開くと、赤く点滅する場所が表示された。『なつかわ高校校舎跡』。シェトマは慣れた手つきで表示を拡大し、赤い点がその建物内から発信されていることを読み取った。
「流石は友だ」
口角を上げてスマホを上着に戻す。
そして、大きな音を立てないようにゆっくりと歩き始めた。
いつもなら寝床に入る時間に、黒野は有用な文献を探して庭先に建つ物置き倉庫にいた。
かつて神々と人類とが戦った神人大戦。その大戦後、人類側の代表として調印に選出された者の一族。それが黒野家だった。この倉庫にはそんな黒野家に伝わる数々の歴史的文献が遺されている。
「推薦枠……推薦……。これしか載ってないなぁ。僕がしっかりしてないといけないのに……」
黒野は書物をひたすらに確認する。人類側の世界において、この場所以上にフィギライトや大戦にまつわる『本当の』史実を記録出来ている所は存在しない。
英也が成した特殊な覚醒について、一族として少しでも情報を集めなければという使命感が黒野を突き動かしていた。
そんな中、不意にフィギライトから人間サイズの竜の姿を模した神、ラペトリクが姿を現した。
「あれ、どうかした?」
「話すべきかは考えたが、他ならぬクロが困っているのをそのまま見過ごすのも気分が良くなくてな」
「も、もしかして、推薦について何か知っているの?」
「……あぁ。しかし……」
ラペトリクは黒野が調べている書物に目を遣る。
「いや、そうだな。現れてしまっている以上は、受け入れる他ない。……推薦は、覚醒とは少し意味合いが異なる」
「意味が、違う?」
「そうだ。一つ聞こう。クロ、覚醒はフィギライトとの関係かどうなることを指す?」
「えーと、フィギライトに認められる、フィギライトを扱う権利を得る、そんな感じかな」
ラペトリクの質問に答える黒野。
この回答はラペトリク本人から教わったものでもある。
「そうだな。覚醒はフィギライトに認められた証だ。それは正しい」
黒野は首を捻る。推薦はそれとどう異なるのだろうか。
「対して推薦だが……。それは、『フィギライトが所有者に認めてもらう』ことを指す」




