夜更けの潜入
「着いたぞ」
その短い言葉で腰を上げるエスカ。
広い駐車場にぽつんと停まったバスから、白地に青いラインのミチビキの制服を纏った青年が先に降車する。
エスカはバスの後部座席に座らせているシェトマを軽々と担ぎ、バスの通路を歩く。
バスの扉を一歩出たところで、思うことを口にする。
「……私が言うのもなんだけど」
「どうした?」
「普通、こういう役目は無言で引き受けるのが紳士ってものじゃなくて?」
目を瞑ったままのシェトマを肩に担ぐエスカは、涼しい顔で振り返りすらしないデーデュンに苦言を呈する。
「フッ、お前に『紳士』を説かれる日が来るとはな」
言われてもなお態度を変えることなく歩き続けるデーデュン。
「……ダメね」
ため息混じりに文句を吐き捨ててデーデュンの後を追う。
目の前に見えるのは、エスカにとって久しぶりとなるミチビキの中央施設。
ちらほらと外にいるミチビキの『モチーフ』、一般団員たちが、デーデュンやエスカを見るなり作業や歓談を中断して深々と一礼する。
「どうだ?懐かしいだろう」
『モチーフ』らが顔を上げない中で気さくに話しかけてくるデーデュン。
ここにいた当時のエスカなら何も思わなかったのだろうが、計画でゼツボウに潜入してもう長い。
少しだけ、この状況の異様さに気味の悪さを感じた。
「……」
「どうした?以前のお前なら彼らへ優雅に『挨拶』をしていただろう?」
エスカは眉を顰めて視線を下に逸らす。
『モチーフ』もそんなエスカに何かを感じ取ったのか、そそくさとその場を離れて行く。
「エスカ?」
理解出来ないものを見るような目でエスカを見るデーデュン。
数秒して何かに気が付いたように頷いた。
「さてはそいつが重いんだな」
夜になり、青井家では夕飯の支度が進められていた。
バラエティ番組の司会者が出演者にツッコミを入れて笑いをとる中、海花は家族分の食器をテーブルへと並べる。
「海花ちゃん、紅葉ちゃん呼んできてくれるかしら?」
母親に頼まれ、紅葉とやらに聞こえるように大きな声で呼びかける。
「はいよー。もみじー、ごーはーんー」
部屋からドタバタと足音が聞こえ始める。
食卓に着いた海花の妹、紅葉はぼやく。
「お姉ちゃんのあのタブレット、全然面白くない」
「だーかーら、あれは授業に使う勉強道具なの。ゲームとかマンガとかは入ってませんー」
「つまんない」
海花のタブレットを使わせてあげていたようだ。妹の目論見は外れてしまっているみたいだが。
「いいの。お姉ちゃんが勉強に使うんだから」
「ちぇー、色々遊べると思ったのに」
紅葉は不服そうに頬を膨らます。
「あ、そうだ。じゃあ、これはどう?」
海花はフィギライトを紅葉に手渡す。
「何これ?」
「ふっふっふー。何でしょう?」
妹は興味なさげにフィギライトを手にして眺め始める。その間に夕飯の準備を済ませる海花と母。
「ねー、何これー。変な物とか出て来ないよね?」
ペンのような簡単な形なのが不気味さに拍車をかけているようだ。
「あぁー、今は多分大丈夫じゃない?」
海花は黒野がフィギライトで空間に色々描いていたのを思い出しながら返答する。
「えぇっ!?や、やっぱり何か出るの!?」
妹はフィギライトを素早くテーブルに置き距離を取る。
「大丈夫だってー。ほら、まだ色も変わってないし」
「色が変わるって、何!?」
もはや何を言っても怖がられるようになってしまった。
海花はフィギライトを回収して胸ポケットに収める。
「そのうち色が着く、みたいな?お姉ちゃんも分かりませーん」
「えぇ……」
姉妹二人のやり取りをBGMにして準備を着々と進めていた母親が夕飯を並べ終える。
「はいはい。お話は食べながらでもいいでしょ」
二人も着席する。
「お父さんは今日残業らしいから、先に食べちゃいましょう」
「「はーい」」
元気な返事とともに青井家はいつもの団欒に染まっていった。
「おい、本当に来るのか?」
「……グェンに賛同する訳じゃないけど、僕も今日は来ないんじゃないかなと思う」
「あ?」
「……」
英也たちが通う『いにしえ高校』の屋上。
背の高低差が激しい三人の男が集まっていた。
「ボスが残していったコレを渡せるのは、もはやここしかありません」
カフは懐から封筒を取り出す。中に入っている厚紙のおかげで、ある程度適当に扱っても簡単に折れ曲がらずに済んでいる。
「……どうだか」
呆れたように言葉を発しながらも、周囲の警戒を解くことなく視線を階段の出口にロックするグェン。
「今日来なかったら、来るまで待つの?」
「そうですね……」
カフは少し困ったような表情を見せて答えに詰まる。
ハードレム・スレイクのある『祭壇』への入り口をじっと見つめてから、将斗に向き合い直す。
「もし、彼が今日来なければ。その時は、ボスのお迎えが最優先です」
将斗とグェンは互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「ボスを助けに行く、の間違いだろ?」
「まぁ、お迎えって表現も分からない訳でもないけど」
カフはそんな二人の反応に思わず苦笑する。
「……どうやら、管理者の彼が来るのを待つ以外に手はないようですね」
グェンは階段への視線を解く。
「どういう意味だ?」
「ボスが助けを必要としていない。こう言えばどうでしょうか」
グェンは眉間に皺を寄せ、将斗は顎に手を当てて考え始めた。
体勢をそのままに、将斗が質問する。
「それはつまり、『あの計画』を実行してるってこと?」
カフは少しだけ表情を緩めて将斗を見る。
「おそらく、そろそろ始まる頃かと」
パソコンやタブレット、そして数多のケーブルが蜘蛛の巣のように張り巡られている一室で、タブレット端末とにらめっこする影。パソコンにケーブルで接続されているタブレットは自動で操作されており、人が触れていないのに様々なアクションをこなしていた。
その周りにはポテトチップスやチョコの袋が散乱し、なかなかの『秘密基地』が完成している。
「あ!」
突然、部屋の主たる人物は声を上げた。
「グミ持ってくるの忘れた!」
再度カバンを漁る部屋の主。
様々なスナック菓子の袋がガサガサと音を立てる中、グミの包装を標的として探し続ける。
「どうしよ……。あれ美味しいのに……」
ここまでやって見つからなければもう無いと分かっているのに、そう信じたくない一心でカバンをひっくり返す。すると、個包装されたアメが一粒転がって出てきた。
「うーん、アメで我慢かぁ」
グミ探しは諦めたのか、はたまた疲れたのか。カバンをぽいっと放り投げ、個包装を破いてアメをひょいっと口に含む。それからゆっくりとタブレットの前に戻った。
そのタブレットの画面上に映るのはアニメや映画……かと思いきや。そこにあったのは『リモート授業アプリ』の文字とログイン用のIDとパスワードを入力するテキストボックス、それと「ログイン」と書かれたボタンだった。
そして、そのタブレットを操作しているパソコンのモニターには、何千行かも分からないプログラムのソースコードが映し出されていた。
「ひゃー、これエフィーロくん一人で全部作っちゃったのか。すごいなぁ」
モニターを見て感嘆する。
さらさらと川のように流れるソースコードに芸術的な感覚すら覚えていた。
「あ、そんな場合じゃなかった。ログインしなきゃ」
そう言ってパソコンのキーボードに手を伸ばす部屋の主。自動操作プログラムとは別のファイルを開く。アカウント情報一覧と見られる表形式のデータが表示された。
「えーと、確か色々権限が使える裏アカウントが……あったあった」
表を見ながらアカウント情報をタブレットに入力し、ログインに成功する。
タブレットの画面にはこう表示されていた。
『ようこそ、abcdeさん』




