理解者の役割
フィギライトを所有するための資格として、学力以外に必要となるもの。それは──
「学校で言う係とかの委員長みたいなものじゃない?」
英也が黒野に提示した答えは、黒野の熟考を吹き飛ばした。
的確だったのだ。
「な、なんで……」
思わず英也にそう聞いてしまう。
「あー、いや、僕もそうだけど、鉄仁は環境委員長やってるし、海花ちゃんは文化副委員長、緑川さんも保健委員長してるからさ。共通点と言えば共通点かなって」
「す、すごい……。そ、その通り、です」
黒野は話がスムーズに進みすぎて前に転びそうになっていた。
「なるほどね。そうすると、『役割』って呼んでいるからにはフィギライトもそれぞれに応じて異なる挙動になる、ってことかな?」
ここまでの話を総合し、黒野が伝えようとしていることについて下地を組んでいく。
理解をより深めるために、正しい先入観を形成して利用するのだ。
「あ……、いや」
ここで英也の想定が外れた。
組みかけの先入観を強引に砕く。
「フィギライトの挙動には特に影響しないんだ」
「あ、そうなの?」
「うん。この『役割』は、フィギライトを持つ者、僕ら自身の振る舞いに影響するんだ」
「……僕らの、振る舞い?」
フィギライトを持つ者のポリシーのようなものだろうか。
「『役割』はさっき話してた通り、僕たちの世界で言う委員長みたいな概念と同じで、決められた任務を遂行する存在なんだ」
「任務って、例えばどんなのがあるの?」
「あ、そ、そうだね……。例えば僕の場合だと、他の『フェルシアス』の言動を注視して、不適切な時にフィギライトの濫用を防ぐ……。そ、そんなところかな」
難しそうな任務に聞こえる。
「『フェルシアス』って言うのは?」
「あっ、えーと、『フェルシアス』は僕たちのことだよ」
「僕たち?」
「か、覚醒したフィギライトを持つ者を『フェルシアス』と呼ぶ……って、ラペに教えてもらったんだ」
つまり黒野の任務は言い換えると仲間の暴走を阻止するということになる。
「なるほど。学校で言う風紀委員だね」
英也は理解した。
「……あれ、黒野くんって、風紀委員なんだっけ?」
興味本位の質問。内心では失礼ながら黒野に務まるものとは思っていない。
柄の悪い連中ならうちの学校にも少なからず存在する。
そんな彼らを一喝したり律したり出来るかと考えると、適しているとは言い難い気がする。
「……実は、一応」
意外な答えを得た英也は、口にしようとしていた言葉を忘れた。
「そうだったんだ。知らなかった……。一年生の時は環境委員だったよね?」
「うん。あの時は白道くんが風紀委員だったしね」
「あ……、もしかして、風紀委員になれなかったから?」
風紀委員は、その校内で執行可能な権力の都合上、クラスで一人までしか選定出来ないことになっている。
「ま、まぁね。先生からもいい顔されなかったし、実際、なれたところで自信はなかったから。仕方ないと思ったよ」
これまた意外な答えだった。
どうやら嫌々風紀委員になろうとしていると言うわけでもないらしい。
「な、なんか、ごめん」
スマホ越しに謝る英也。
「いや、いいんだ。い、今、風紀委員になれてるわけだし。……そ、それで、『役割』については伝わった、かな?」
長くなりそうだと踏んだのか、黒野は少し強引に話題を戻す。
「そうだね。覚醒したフィギライトを手にした僕たち『フェルシアス』に与えられた使命や任務、そんな感じでいいんだよね?」
「うん。大丈夫、合ってる」
「それで、この役割についてを今話してくれたってことは、もう……」
「やっぱり察しが良いね、白道くん。そう。もう、君の役割も決まっているんだ」
「……なるほどね」
先ほどの黒野の話で挙がっていた『風紀委員になろうとしていた』件で、個人の適性や意思とは若干の乖離があると感じていた。
黒野の場合、自身に適していないと分かりつつ、役割全うのために可能な限り風紀に関連する活動がしやすい委員会を選択しているようだ。
「ありがとう黒野くん。とりあえず聞きたいことは聞けたし、何より今日はもうこんな時間になっちゃったから」
窓の外は薄暗くなり始めている。
「僕の役割についてはまた改めて教えてくれるかな」
英也は新たに得た情報の整理の時間が欲しいこともあり、通話を終えることにした。
「う、うん。もちろん。推薦からの覚醒なんて、ぼ、僕も初めてだからびっくりしちゃったけど、役割についても、ある程度まで知ってもらえたようでよかったよ」
黒野に言われて覚醒したことを再認識する。
通話を切る前に、英也は気になっていたことを一つだけ尋ねる。
「あ、そうそう。最後にそれについてなんだけど」
英也は白くなったフィギライトを見る。
「黒野くんが使ってたあの数列と魔法みたいなやつ、あれって僕も使えるようになったってことでいいんだよね?」
黒野は表情を少し真剣に変えて答える。
「うん。そうだよ」
そしてこう付け加えた。
「でも、まだ何もしないことをお勧めするよ」
「え……?」
「あ、いやぁ、あの、脅しとかそういう変なことじゃなくてね」
スマホから耳を離し、深呼吸する黒野。
「き、危険なものもあるから、今はお勧め出来ないってことで」
「あぁ、なるほど……」
フィギライトは戦いの道具としても使うことが出来る。
武器の形をしていない分、使用者の軽い気持ちで惨劇が起こる可能性もある。
「ごめん。ちょっとテンション上がっちゃってて」
「ううん、全然悪くないよ。こ、こうやって、こうして僕に聞いてくれるだけで、『白道くんは大丈夫だな』って思えるし……」
「……そう、かな。いや、うん。ありがとう、これからも多分相談することになるけど、よろしくね」
「あ、そ、そうだね。こ、こちらこそ」
そして通話は終了した。
なかなかの長電話。英也は時計を確認して明日の準備に取り掛かった。
ようやく部屋に招かれた男子生徒は、無相が使う予定になっているタブレット端末に向き合って操作を始める。
「なんだ、ただログインすりゃ良いだけって感じじゃん。名前……は、いいや。学校から、何か他にもらってる紙とかない?」
男子生徒は無相に質問する。
無相はカバンをひっくり返して空であることを証明する。
「……。あ、そう。困ったな、ここからはパスワードが必要なんだが」
無相が何かを思い出したように言う。
「あぁ、それなら多分、裏のやつ」
「裏?」
男子生徒はタブレット端末を裏返す。
「なッ……」
そこにはパスワードを書かれたメモ紙がテープで貼られていた。
「こ、これ、拓磨が?」
「いや、最初からだ」
「……はぁ。セキュリティ意識、カケラもねぇなぁ」
嘆きながらパスワードの『PASSWORD』を入力する。
無事ログイン出来た。
「ん?この『abcde』っていうアカウントは?」
ログインして早々、無相のアカウント以外にも端末にログイン状態となっているアカウント情報が見つかった。
「んー?あ、適当にやってたときのやつかな」
「えぇ……。本当に管理系どうなってんだよ……」
ログインしたままにするのもよろしくないと思い、『abcde』のアカウントでの再ログインを試みる。
「……。パスワード同じなのか……」
無事(?)ログインに成功し、すぐにログアウトする。
アカウントの削除もした方がいいかと思ったが、当然というべきか上位権限が必要な様子。おそらく先生などがアクセスできる機能ということだろう。
「あ、これもしかしてテスト用のアカウントかな……?」
独り言を呟く男子生徒。
自身のカバンから何かを取り出そうとしたが、すぐにやめる。
「解析しても意味ないか」
チラリと無相を見やる。
その無相本人は何も理解していない様子で男子生徒に問う。
「もう、使えるようになった?」
回答者は「少しは自分でやろうとしないのか」と突っ込みそうになるのを堪え、諦めたように答える。
「まぁ、とりあえずは」
無相のことをよく理解してる様子。彼は苦笑する。
「本当に、全く変わんないなぁ」
「……ん?」
「いや、何でもない。あ、飯くらい食わせてくれよな。仕事には報酬をだな」
「えぇ……、何も無いよ」
「はぁ。じゃあ出前でもとろうぜ」
無相の保護者は仕事で夜まで外出しており、いつもこの時間、この家には無相ただ一人。
「……ピザは飽きたな」
少しだけ嬉しそうな顔を見せる無相だった。




