光り始める原石
「そろそろだ。準備をしておけ」
ミチビキのバスはある立派なビルの地下にある駐車場に入り、速度を落としていた。
「いつ来ても慣れないねぇ、ここ」
「この間出来たばかりだからな。……エスカは初めてか」
「え、ええ。いつの間にこんな施設を?」
見知らぬ場所に少し戸惑いを見せるエスカ。
「計画自体は十年前からだ。完成したのはつい最近だな。……おいアーセル、早く降りろ」
デーデュンは扉を開いてアーセルを外に誘導する。
「お前とやつはいつもの場所だから安心しろ」
不安そうな表情のエスカに声を掛けるデーデュン。
アーセルの身支度がもう少しかかりそうだと判断したのか、エンジンを切って伸びをする。
「お待たせー。いやぁ、荷物が多いと大変だよね」
パンパンに膨らんだ鞄を背負ったアーセルは「じゃ、行って来まーす」と言い残して扉から飛び出して行った。
バスに振り返って手を振るアーセルに軽く手を上げるデーデュン。
「……ったく、中身はどうせ菓子だろうが」
そう独り言を呟きつつ扉を閉じてエンジンをかけ直す。
バスは地下駐車場を出て市街地へと進む。
それから少しすると、エスカにとっても見慣れた景色が映り始めた。
「お前があの組織に行ってから何年だ?」
唐突に口を開くデーデュン。
エスカは窓から見える山々を眺めてから目を閉じて答える。
「さぁ……?もう数えるのも嫌になるほど、かしら」
バスはトンネルに入る。
「そうかい。……まぁ、やつは見破れなかった。お前ほどの腕なら当然か」
「……」
エスカと二人という状況が少し気恥ずかしいのか、デーデュンの言葉数が少し多くなっているようだ。
対するエスカは冷め切った表情で窓の外を見つめるばかり。
デーデュンの言葉は車内に消えていった。
揺れる車内。
目を開かずとも瞼から視神経に伝わる光のおかげで、どうやら明るい場所にいるらしいことは把握できた。
身体の隅々まで神経を研ぎ澄まし、自身の怪我や損壊がほとんどないことを再認識する。
「上手くやってくれたな」と心の中で呟いて、状況の整理を始める。
帽子のメッセージは伝わっただろうか。
グェンはまだ背中を預けてくれるだろうか。
目を瞑り身動きしないように気を付けながら、頭の中で仲間のことを考える。
そう言えば少し前から頬を突っつく指の感触がなくなった。
子どものいたずらのような行為だったが、あの程度でも反応を見せてしまっては計画が全て終わってしまっていた。
若干の安堵を得る。
乗せられた車の前方で、何やら会話らしき声がちらほらと聞こえる。
まさか他人に聞かれているとは思ってもいないのだろう。
だが、流石にエスカはベラベラと話さずにいるようだ。
シェトマはそのまま計画に溶け込んでいった。
「はい、お疲れさまでした。以上で検査は終わりです。まぁね、高校生だし、色々アクティブなのは結構だけど。大きな怪我に繋がるようなことにはくれぐれも注意して……」
長々としたお説教を受ける鉄仁だが、彼の目にその医師は映っていないようだ。
「……聞いてますか?」
「あ、はい!もちろんですとも」
「……」
医師と看護師がやれやれと顔を見合わせるも、鉄仁の嬉しそうな表情に負けて微笑む。
「大丈夫!俺、こう見えて賢いんで!」
医師の視線は冷やかだ。
「ほ、本当なんですって。化学とか物理とかめっちゃ得意だし、生物だってほぼ満点で」
「はいはい。分かったので、それじゃあ怪我しないようにも行動出来ますね?」
呆れ気味の医師。
だが、鉄仁はそれを正面から受け止める。
「もちろん!出来ますとも!」
それは一瞬の発言。その場にいた人を圧倒するには十分過ぎるほど力強い答えだった。
「……ふ、ハハっ」
医師は笑った。
「ちゃんと身体を休める時間も作るんだよ。睡眠もね」
その言葉には、もはや家族に当てたかのような優しさすらあった。
鉄仁、無事退院が決定。
元々検査入院とのことでそんなに気にしていなかったが、いざ帰れると分かるとやはり嬉しい様子。
診察室を出た鉄仁は、自由の身になったことを改めて認識する。
「よし!気合いも十分貯めたし、今日から早速」
そんな声が聞こえたからか、診察室から顔馴染みになった看護師が顔を覗かせていた。
「黄瀬さーん?」
圧のある笑顔で鉄仁を見る看護師。
「……あ、いやまぁ、明日から、うん。そうだな。明日から、特訓だ!」
身体を休めるという猪突猛進な彼にしては賢明な判断を下し、明日の退院に向けて荷物の整理などを始めることにした。
『レーシェ・フィアルゼ』とは何なのか。
黒野から脈絡なく問われた、いや、問いかどうかすら分からないはずの聞いたことがない単語に対し、間髪入れず解を投じたのは、他ならぬ英也本人だった。
英也は自身の頭に手を当てて深く考える姿勢をとる。
しかし、いくら考えたところで分からないであろうということも分かっていた。
理解という状態に移行するためには、前提として知識が必要不可欠だ。
しかし、単語の場合は知識があったとしても解せるとは限らない。その単語自体や単語に使われている文字に関連する知識から意味を推測することは出来ても、それが正解である保証がないためだ。
故に、『知らない』時点で理解出来ないと言っても過言ではない。
「白道くん、その言葉……」
「あ……、いや、なんとなく浮かんだというか、勝手に口走ったというか」
ふと我に返る英也。考えてみればまだこの言葉が正解かどうかを黒野から聞いていない。
……では何故、悩む必要があったのだろうか。
その単語があたかも正解であることを前提に頭を回していた。
「なんでだろ。変だよね。適当なカタカナ並べて呪文みたいな」
「あ、合ってるよ」
黒野の口から判定が下された。
「……」
つまり、英也は『識っていた』ことになる。
「これはちょっと……僕も今、びっくりしてて。か、確認してみたいことがあるんだけど、いいかな?」
この展開に少し前のめりな姿勢を見せる黒野。
通話越しに高揚感を感じる。
「いいよ」
英也の脳内はまだ整理しきれていないが、前提理解のないこの状況ではいくら考えても無駄だと思考を止めている。
「フィギライトの夢、なんか変な夢、見なかった?」
「フィギライトの、夢……?」
そんなもの見た覚えはないだろうという先入観が邪魔をする中、記憶を遡ってみる。夢なんてそうそう覚えているようなものでもないし、余程印象強いものでなければ、とっくに──
「……あ」
一連の騒動、その全てが始まる前。
それは英也に訪れていた。
「お、思い当たる夢、ある?」
「合ってるかは分からないけど……、一つだけ」
「ど、どんな!?」
黒野は語気を強める。
「えーっと……、確か、変な空間にいた夢。それで、ぽわっと光るよく分からない塊みたいなのがあって……」
英也は誇張や脚色がないように気を付けながら、思い出せる限りの光景を断片的に言葉へと変換していく。
「あ、そうそう。その光から声がしたんだ。えーと、確か……『暗い。冷たい。寂しい』だったような」
黒野の相槌が消えた。
「黒野くん?」
「……あ、あぁ、ご、ごめんね。……ま、間違いない。間違いないよ白道くん」
英也の見たものは『フィギライトの夢』で合っているらしい。
「フィギライトは、感情をただ吐露するだけの夢を見せることがあると言われているんだ」
「え、フィギライトが、感情を……?」
フィギライトに感情があると言われても、すぐには信じられなかった。
しかし、英也にはなんとなく分かる節もあった。
その夢の中で聞いたその言葉には、温度があったのだ。
「……そう、だったんだ」
「うん。そ、そして、その夢を見せられることを、過去の記録では『推薦』と呼んでる」
黒野は一族に伝わる蔵書の記録を参照しつつ、情報を展開する。
「『推薦』……?もしかして、その夢を見ると覚醒したと同等の資格が付与される、みたいなこと?」
「……本当に、白道くんはすごいね」
英也の考察は正しかった。
「そこまで理解してくれてるなら」と黒野はもう一つ情報を伝える。
「僕ら覚醒した者は、それぞれ教科とは別で役割を持つことになるんだ」
「役割?」
「フィギライトを持つ者が、各学問の教科別になってるって話は、もう知ってるよね」
「そうだね。それがどういう意味なのかはまだよく分かってないけど」
英也の発言で慌て始める黒野。
「あ!ご、ごごごめんね!そっか、そうだよね。まだ話してなかった……」
「落ち着いて黒野くん。責めたりしないから大丈夫」
「う、うん……」
落ち込む黒野。音声通話でもしょぼくれている姿が目に浮かぶ。
「それで、役割って?」
英也は黒野のペースに合わせて会話に初速を与える。
「あ……、えっと」
概念が難しいのか、伝える方法が難しいのか、黒野は説明に戸惑ってしまった。
「ゆっくりでいいよ」
「うん、ありがとう。でも、これはなんで言えば伝わるのかが難しくて……」
英也の方でも何かアシストできないか考えてみる。
覚醒する人は教科によって選ばれている。
しかし、教科別というだけであれば、全教科で高得点の人もいる。
つまり、黒野が選別した英也を含むメンバーには、別の共通点があると考えることが出来──
「あ、黒野くん」
英也は見つけた。
「ご、ごめんね。上手く説明出来なくて……。ど、どうしたの?」
「その役割ってさ、多分なんだけど」
フィギライトを輝かせるために必要なのは、学力だけではないらしい。




