絶望と計画
自宅に着いた英也は、リモート授業の準備を進めていた。
配られたタブレット端末に入っている専用のアプリに、氏名や初期パスワードなどを入力してログインする。
「普通の会議ツールみたいなのじゃダメだったのかな」
あれこれと準備を進めつつ不満を漏らす。
「これで……よし。明日からこれで授業かぁ」
設定を終え、準備は完了した。
やることが終われば、あとはいつもと変わらぬ放課後。
しかし今は鉄仁が入院していることもあって暇を持て余している。
「……フィギライトねぇ。ちょっとだけ調べてみるか」
スマホを取り出してフィギライトについて検索をかけてみる。
『0件がヒットしました。』
画面には「フィギュア ライト』との打ち間違いを問う内容が出ている。
「なるほど……」
情報はそう簡単に入手出来るものではないらしい。
スレイクについては歴史の授業で取り扱うほど有名であるが故に、少し意外だった。
「でも確かにスレイクを『操作』出来るなんて普通思わないよね」
自答して納得する英也。
世界中のあらゆる箇所に同じような円形の遺産があれば、隠蔽する方が難しい。
「よく分からないそういう過去の産物がある」と言った風に片付けてしまえば、あとは歴史的な遺産扱いに出来ると考えたのだろう。……誰がそう考えたのかは分からないが。
英也は、昨日今日で知り得たことをまとめておくためにノートを開いた。
「たまには紙とペンってのもなんかいいよね」
独り言を言いつつさらさらとフィギライトのことやスレイクのことを書き出していく。
情報を整理するにはアウトプットすることが重要だということはよく言われている。
「……」
英也の手が止まった。
手に握っていたのは、どう見ても、何度見ても。
「え」
灰色ではない、真っ白に染まったペン型のフィギライトだった。
壁掛け時計が一秒一秒をカウントする部屋。
低反発なマットレスに横になっていた無相は、眠気眼を擦りながら時刻を確認する。
午後五時。
普段なら今頃何をしているだろうか。
暮れていく夕焼けを窓越しに眺め、何か忘れてるような……と頭の中で首を捻る。
「ま、いいか」
喉の渇きを潤す方が先だと感じた無相は、財布だけを手にして家を出る。
最寄りの店までは徒歩で数分。そこそこ大きなスーパーマーケットだ。
店内に入ると、ポップな音楽と今日のお買い得商品の宣伝が耳に流れ込んで来た。
ペットボトル入りのお茶を一つ手に取り、レジへと向かう。
「お願いします」
「はい、千ゴールドね」
無相は財布からお金を出そうとしたが、すぐおかしさに気付いて店員の顔を見る。
「何だよー。本当にゴールド持ってるのかって一瞬だけビビったわ」
「……誰?」
見覚えはなかった。
着ているものも店員のそれであり、尚更いつどこで会った誰なのかが分からない。
「あ、そっか。こっちで会うのは初めてだったっけ」
どうやら相手も無相の戸惑いに心当たりがある様子。
「私だよ。ほら、『ティーラス』の」
『ティーラス』と言えば、無相がハードレム・スレイクで色々と連絡を取り合っていた相手先だ。
「……?」
無相は声から誰なのかを推測しようと考え込む。
「えー、ショックだなぁ。君が赤ん坊の頃からの仲だってのに」
「ヒーレルト?」
「あー、惜しい!違う違う、でもそいつと一緒にいる……」
「……誰?」
「ガーン」
無相はとりあえずお茶の値札分の代金を支払う。
「え本当に分からない?」
店員はそう言いながらもレジをポチポチと操作して代金を受け取る。
「アイシア。アイシアだよ。思い出した?」
アイシアと名乗った女性店員はお茶に店のシールを貼って無相に手渡す。
「うーん……」
無相はペットボトルを手にしながら腕を組み考える。
「え、私そんなに影薄いの?」
「いや、影というか存在というか」
「追い討ち!?」
「……まぁいいや。何の用?」
ティーラスの者……、つまりハードレム・スレイク関係者が何もなしに無相へコンタクトを取りに来るとは思えない。
「キャレルから君が狙われたって聞いてさ。確認しに来たんだよ」
「ふぅん。わざわざ空間まで作ってご丁寧に」
今の時間帯は買い物客が増加する。そんな状況下で、このレジには誰一人として並んでいなかった。
「そりゃそうでしょうよ。私みたいな最強にキュートな娘がレジ打ちなんてやってたらナンパだらけで仕事にならないじゃん」
「あ、そう」
「んでんで、何があったのさ」
アイシアは無相の身に起こった事件について迫る。
「別に……。そこまで大したことには」
「嘘仰いな。『銃』が主犯だったって聞いてるんだけど」
「……」
無相は顔を顰める。
「事前に連絡とか、なかったの?」
「なかった」
「じゃ、じゃあ、どうしても話せない事情があった、とか?」
「……可能性は、ある」
廃校舎の応接室で会った『銃』とは『違う』女性を脳裏に浮かべる。
「なるほど。ということは、まだ完全に敵になったと言うわけではないってことだね」
「そうあって欲しい」
アイシアは淡々と情報を整理する。
聞きたい情報が得られたからか、空間を解放する。
「んー、一応視ておくべきだねこれは」
空間ごとレジが消えていく。
架空のレジで処理したお茶は、果たして大丈夫なのだろうか。
無相の困惑した表情を見てアイシアはクスっと笑う。
「ムーくんは心配症だなぁ。大丈夫、私これでも君たちの世界でいう神様だよ?やばそうなことになる前に手は打つよ」
「……お茶」
「へ?」
このままだと万引きになってしまう。
「……あっ。…………あちらのレジでお願いしまーす」
頼りにして良いのか少し不安を感じながら、無相は隣のレジへと並び直した。
廃校舎の応接室に急ぎ戻ったカフは、シェトマが普段使っている机の引き出しをチェックしていた。
「鍵付き、鍵付き……。ん?これか」
外装からは分からないが、一つだけ開かない引き出しがあった。
「確かこの引き出しの底に……、あった」
その引き出しのすぐ下の引き出しを引っ張り出し、対象の引き出しの底面を覗き込むカフ。
そこには四桁のナンバーロックがあった。
シェトマの帽子に記載されていた四桁に合わせてみる。
特に解錠されたと分かるような音は無かったが、対象の引き出しの上部が若干重力に引かれて下がっている。どうやら鍵は外れたようだ。
「こっちが本命だな」
その引き出しには一通の封筒が綺麗に保管されていた。
しっかりと封が為されており、透かしも出来ないよう厚紙で工夫されているようだ。
届ける相手の名と、送り主であるシェトマの名だけが封筒の前面に明確に記載されている。
「『白の復讐者』……。お前にはまるで合わない名だよな」
封筒を懐にしまい、姿見で身なりを整える。
「しばらくお前は留守番してろ」
シェトマの白い紳士帽をいつもの定位置に掛け、自身の黄色い帽子を手に取る。
ふと誰かに見られているような気がして応接室に目を向けるカフ。
「……『ゼツボウ』としての活動は、これが最後になるかもしれないな」
独り言にしては大きめの声で呟き、廊下を歩き始めた。
時を同じくして、その廃校舎の一階にいるゼツボウの二人。互いに喋ることなく静かな時間が流れる。
将斗はほぼ灰色になりつつある銃のフィギライトを手にして見つめながら、小さめのため息を吐いていた。
「それ……あいつのか?」
沈黙を破ったのはグェン。将斗の手にある元仲間の証跡を見ての反応だった。
「うん。もう、ほとんど『解放』されかかってるけど」
「ったく……。やっぱりあん時……」
グェンは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「そうだね。僕もそう思うよ」
「……」
再び静寂。
「すまん、今のは俺が悪かった」
珍しく謝るグェン。
将斗はそんな彼に少し驚く。
「俺は、仲間を疑うつもりはねぇ。……ボスもきっと、そうだ」
グェンが起き上がる。
「例えあのエスカみてぇに『裏切る計画』で潜入していたとしてもな」
「……」
「ま、そうあって欲しくはないけどな。せっかくの仲間だ。同志だ。同じ未来を見ていたいのは当然だろ?」
グェンは将斗を見る。
将斗は言葉を返す代わりに頷く。
「……あーぁ、なんか疲れちまったな。将斗、なんか食い行くか?」
柄にもないことを話しすぎたと頭を掻くグェン。
「……そうだね」
将斗はゆっくり頷いた。




