託された望み
「神人大戦が、今この時も続いている……?ど、どういうこと?」
英也は黒野とラペに向けて当然の質問を投げる。
黒野の発言が正しければ、今もなお神々と人類は敵対していることになる。
しかし、目の前には神であるラペと、その神と契約を果たした黒野がいる。
混乱するのはもっともな状況だ。
「あ、え、えっと」
慌てた様子で言葉を探す黒野。
そんな彼の代わりに、ラペが仕方なさそうに答える。
「神人大戦は、かの男によって引き起こされた。そして、その者の関係者が現存するフィギライトを手にしている。……そのフィギライトは封印されていない」
「あっ……」
ラペの答えは、今まで聞いた他の説明よりも分かりやすかった。
一触即発。まさにそんな状況だということだ。
「……だが、一応は安心しろ。神人大戦は『表向き』には終戦したことになっている。それは我々、神々とて同じ認識だ。お前たちと敵対することはない」
ラペなりに皆に気を遣っているようだ。
「し、試験で僕たちと契約することに同意してくれてることが、何よりの証拠。そうだよね、ラペ」
黒野もラペの言葉を後押しする。
「……合格をやるかどうかは未定だがな」
さらりと恐ろしいことを口にするラペ。
ただ、どうやら今この瞬間に戦いが始まる、なんてことはなさそうだ。
安心して少し気を緩める一同。
「試験について話をしたのは、今話した通り、いつ再戦の火蓋が切り落とされるかが見えないからだ」
英也と黒野はラペに同調して頷く。
「……心してかかれ」
ラペは英也たちに彼なりのエールを送った。
その後、時計を見た海花が昼過ぎになっていることに気付き、一同は鉄仁の病室から帰路についた。
「ラペさん、いい神様だね」
帰り道で英也が黒野に話しかける。
「あ、う、うん。ラペは、ああ見えて結構心配症なんだ」
「そうみたいだね」
「……」
「……」
英也はラペに聞こうかと悩んだ挙句、結局聞けなかった質問を黒野に相談してみることにした。
「あのさ、ラペさんには聞けなかったけど、神々が人類に対してやってるっていう『実験』については」
「そ、それは」
黒野が珍しく話を遮りにきた。
「その話は、『外』では出来ないんだ」
黒野の言う『外』というのは屋外ではなくは何らかの条件を満たしていないという意味だろう。
「……分かった」
この質問と『ヒデッチ』呼びは次回ラペに会った時に話すことに決めて、英也も家路についた。
校庭のど真ん中に落とされたシェトマの帽子。
カフはそれに近付き、膝をついて拾い上げる。
最後に階段で彼に会った時、何かに追われているかのように焦燥感を露わにしていたことを思い出す。
「シェトマの判断は、正しかったと言うわけか」
帽子の内側に貼り付けられている小さな紙片には、四桁の数字が書かれていた。
「……任せろ」
カフは帽子を被り、応接室へと踵を返した。
「グェン……いる……?」
いかにも面倒そうな声色でグェンを呼ぶ将斗。
廃校舎の一階の状況に驚くこともなく、ただただ「早く終わらせたい」といった様子でグェンを捜索していた。
「おっと」
瓦礫に足を取られた。
「うわ……。なんかよく分かんないけど、派手に暴れたなぁ」
足元を見ずに歩くことすら難しい。
将斗は困り顔のままため息を吐く。
「グェンー、どこー?」
返事はない。
やれやれと首を横に振る将斗。
「……ん?」
ふと視線を落とした先に、赤い銃が見えた。
「……」
ゆっくりと銃に近付く。
その赤いフィギライトは、半分以上が灰色になりつつあった。
「姉さん……」
寂しそうに呟く将斗。
しかし、悲しみに暮れるのも束の間、そのフィギライトのすぐ側に、人の手を見つけた。
「グェン!」
将斗は思わず大きな声を上げる。
「……誰だ……?」
砕けたコンクリート片に囲まれた場所に、天を仰いだ状態で動かないグェンがいた。
「僕だよ。カフも心配してた」
「……。チッ……遅ぇよ」
グェンは目だけで将斗を確認し、起き上がることなく声を出す。
将斗はグェンに歩み寄り、近くに座り込む。
「とりあえず、これが『どっちの仕業か』だけ教えてくれる?」
グェンを見つけた将斗は、普段の冷静な彼に戻っていた。
グェンは突然破裂した風船のように笑いだす。
「くくく……ハハハッ!」
「グェン?」
「……」
今度は急に黙り込んだ。
「分かってんだろ、本当は。ボスがこんな荒いこと、やるわけねーだろ」
「まぁ、そうだよね」
将斗もあの詩音がこんな状況を生み出す存在だとは信じたくなかったのか、その返答は弱いものだった。
「……なぁ」
グェンがボロボロの天井を見上げながら将斗に問いかける。
「ボスはさ……。何でいきなりあの『希望』を捕まえたんだ?」
昨日の出来事がとても遠い過去のように感じる。
「さぁ?ボスのエレガントはさっぱりだよ」
「……」
「……」
「俺は、ボスに信頼されてたんだろうか」
「どういうこと?」
「……忘れてくれ」
日が差し込み始める。
つい最近まで廊下だった場所で、二人は少しの間休息した。
人通りのない道を走るエスカ。
シェトマを担いでいる左肩が疲れてきたのを感じ、速度を上げた。
「私に重労働をさせるなんて」
誰に向けたわけでもない愚痴。
「大体、いきなり動き出すなんて聞いてないし、この人らしくないじゃない」
独り言は止まらない。
「帰ったら絶対文句言ってやるんだから」
言葉を捨てつつも、足は止めない。
視線の先に捉えたミチビキのロゴが入ったバスに向けて一直線に走る。
「あ、デーデュン、エスカ帰ってきたよ!」
「……予定の時刻より十分は早いな」
バスからミチビキの一員と思しき一人が降りてエスカを出迎える。
「おかえりーっ!」
大きく手を振って嬉しそうに笑っている。
それを見たエスカもつられて笑顔になってしまう。
「早かったねエスカちゃん!」
バスに乗り込み、安堵した表情を見せるエスカ。
「えぇ。この人が大人しくしてくれたから」
エスカは肩に担いでいるシェトマをバスの最後列に下ろす。
このバスには、運転手と元気そうな子供、そしてエスカとシェトマ以外に乗客はいない。
「戻るぞ。彼が報告を待ってる」
「簡単な報告ならもう済ませてあるわ」
「『管理者』についての報告もか?」
「ええ。予定とは大きく違うタイミングだったけれど」
「ほぅ」
デーデュンと呼ばれた男はシフトレバーを操作してクラッチからゆっくりと足を上げ、アクセルを踏み込む。
緩やかに加速する車内。最前列の席に座り、窓から景色を見つめるエスカ。
「今回の一件、情によっては難航することも考慮されていたが……。杞憂だったな」
運転席からエスカに話を振るデーデュン。
「あら。私にだって人の心はあるわ」
皮肉を込めて回答するエスカだが、その顔は微笑んでいた。
「フ、そうか。てっきり弟くん以外には慈悲のかけらもない冷酷なやつだと思っていたよ」
「……」
弟のことが話題に出た瞬間、エスカは少し寂しそうな表情になった。
「エスカちゃん、大丈夫だよ。デーデュンはああ言ってるけど、エフィーロくんに嫉妬してるだけだから」
最後列でぐったりしているシェトマの頬をつついたりして暇を持て余していたもう一人がいたずらっぽく言葉を挟む。
「エフィーロに?」
「うん。だってデーデュン、エスカちゃんのことが」
「アーセル!降ろすぞ」
「……はーい」
元気を擬人化したかのような笑顔の子、アーセルはエスカに無言でウインクして後部座席へと戻って行った。




