宣戦布告
フィギライトを見つめる英也。
「白道くん、黄瀬くんも。あ、あのね、落ち着いて聞いてほしい」
校庭の方を向いたまま、黒野は続けた。
「フィギライトは……、大昔にあった、大戦の遺産なんだ」
「え!?」
「は!?」
驚きを隠せない英也と鉄仁。
「れ、歴史の授業で、覚えてるかな。神と人とが戦った『神人大戦』」
「そ、それは知識として知ってはいるけれど……え、マジで?」
黒野は首肯する。
「その戦いで使われた、人類側の道具。それがこれなんだ」
二人は言葉を失った。
一瞬、思春期特有の症状ではないかと疑念を抱きかけたが、黒野の表情がそれを払拭した。
「な、なんでそんなものを」
「……フィギライトは、この世界に三種類あるんだ」
黒野は続ける。
「一つは今、僕たちが手にしているこれ。そして一つは、まだ何処にあるか分かっていない」
「残りの一種類は?」
「……さっき見つけたよ。あの白いスーツの人が、持っていた」
「!!!」
突然のことで頭からやつのことが抜けていた。
「フィギライトは、異なる種類のものに呼応して光る性質があるんだ」
「な、なんだよー。それじゃ行方不明だったフィギライトが見つかってよかったよかった、ってことか?」
「な、何も起きなければ、それで良かったんだけどね」
鉄仁もパニックのようで、記憶から先ほどの騒動が飛んでいる。
「……詳しく聞くよ」
英也も真剣な表情になり黒野と向き合う。
「……ありがとう」
騒動の後に緊急職員会議が開かれ、生徒はその間自習となった。
窓ガラスが割られたクラスは両隣のクラスに半々に分かれて入ることになり、英也と鉄仁は黒野のいるクラスに入ることに成功した。
「狙われたのかどうか知らんが、まさか攻撃されたのがうちのクラスだったとはな……」
「そうだね。おかげで黒野くんにこうして話を聞けるチャンスにはなったけれど」
「……狙い、か。多分……」
「知ってるの?」
「あ、ごめん、また一人で勝手に進んじゃってた」
黒野は色々と情報通のようだ。
「とりあえず、まずはどうして僕たちにこれを渡そうと思ったのか、聞いてもいいかな」
「そう、だね。……白道くん、ちょっと変なことを聞くけど、数学、得意だよね?」
突然の得意科目質問に勢い削がれる英也。
ただ、話に必要なものなのだろうと解釈して回答する。
「うん。数学だけは自信あるよ」
「そうだよね。それじゃあ黄瀬くん、理科系科目、得意だよね?」
「おう。化学が一番好きだけどな!生物も物理も、地学だって楽しいぞ」
「……これが、僕が君たちにそれを渡そうと思った理由だよ」
二人は首を傾げる。
「えっと……、得意科目とフィギライトに何か関係があるってこと?」
英也の疑問に黒野は慌てて答える。
「ご、ごめん!そうだよね、そこ説明しないと分からないよね。そうなんだ。フィギライトは学問の理解度、そして最大限の表現力を発揮できる僕たちみたいな学生に適応しやすいんだ」
まるで別人のようにスラスラと喋る黒野。
「おぉ、水を得た魚いてっ」
鉄仁の脇腹に一発入れる英也。
「気にしなくていいよ。続けて」
「あ、えと、つまり、そのなんていうか……」
「まーまー、要するに簡単な話、得意科目に適したフィギライトがあって、それを俺たちに配った、そういうことだよな?」
「えっと……うん、そ、そういうこと、です」
鉄仁は話を聞いていないようで聞いている。
黒野が認めたことを踏まえると、複数あったあのフィギライトはそれぞれ科目別に用意されたものということになる。
「僕がこれを選んだのは、数学が得意だからってことなのか……」
にわかには信じ難いが、実際に他のフィギライトとは別物のように感じたのは確かだった。
「ありがとう。とりあえず、フィギライトを渡す相手を僕たちにした理由は分かったよ」
英也はフィギライトを見ながら続ける。
「今なら黒野くんの説明が少しは分かるかもしれない。フィギライトの持ち主を探している理由、今度は最後まで聞かせてもらえないかな」
本題に入る。
黒野も少し話しやすくなったようで、ゆっくり話し始めた。
「さっき話した通り、フィギライトは、別のフィギライトに呼応すると光る性質があるんだ。そして今朝、このフィギライトが一斉に光ったのを見て、その別のフィギライトが『近くに来た』ことが分かったんだ」
英也と鉄仁はフィギライトを片手に持ちながら相槌を打つ。
「僕の一族が代々受け継いで来たこのフィギライトは、他の二つのフィギライトとは少し違うものでね。武器としてのものではなくて、例えるならスイッチのようなものなんだ」
「スイッチ?それに武器ってどういうこと?」
「君たちはもう目にしているから分かりやすいかもしれないね。さっきの白いスーツの男が握っていた銃、あれは彼のフィギライトだよ」
「なっ!?」
「じゃ、じゃあこれも物騒な……!?」
「あ、いや、これ自体はそんなに危ないものじゃないんだ」
黒野は自分のフィギライトを取り出す。
何度見ても怪しいデザインなのは変わりない。
「ただ……これを悪用すると、この世界が滅ぶ」
「!?」
黒野の表情に嘘はない。
「なおさら危険なんじゃ……?」
「いや、寧ろ今の状況の方が危険なんだ」
黒野の言葉通りなら、フィギライトは持ち主に渡ってこそ何かを達せるのだろう。
「もしかして、持ち主としてこれを持つということは」
白いスーツの男を思い出す。
「……白道くんはやっぱりすごいや。もう、理解してくれたみたいだね」
そして、英也と黙ったままの鉄仁に向けて、黒野は言った。
「フィギライトと共に……僕と一緒に、世界を守ってくれないかな」
静かになる二人。
「ご、ごめん!急にこんなこと、何言っているんだろうね、僕は」
「黒野くん」
「あ、えっと……」
二人は黒野の肩に手を置いて。
「仲間がいれば、やれることも増えるよね」
「世界を守れたら、俺ら英雄じゃね?」
「ふ、二人とも……!」
二人は改めてフィギライトを手にした。
しばらくして職員会議を終えた英也たちのクラス担任が教室に顔を出した。
「無相、無相拓磨はいるか?」
どうやら英也のクラスメイトを探しているようだ。
「無相くんならこっちのクラスにはいません」
窓ガラスの件があったので点呼をとっているのだろうと思った英也は、もう一方の教室にいるのではないかと伝えた。
「変だなぁ。そっちにもいなかったんだよ」
「え」
「とりあえず、ここにはいないんだな。ありがとう。全く、どこに行ったんだあいつは」
担任教師はぼやきながら教室を出て行った。
「無相のやつ、いないのか?」
「そうみたい。怪我とかしてないといいけれど」
クラスメイトとして彼を心配する英也と鉄仁。
しかし、黒野は二人以上に酷く青ざめていた。
「……無相くんが、いなくなった……?」
「黒野くん、落ち着いて。きっとどこかに避難してるんだよ。大丈夫だって」
無相とどんな関係なのかはさておき、黒野が誰よりも状況を深刻に捉えているのは間違いない。
「無相は教室でよく寝てたからなぁ。今もどこかで寝てるのかもしれないぞ?」
鉄仁も黒野を安心させようと言葉をかける。
「……違う」
「違うって、どういう」
「無相くんを助けなきゃ!」
突然教室を走って出て行く黒野。
英也と鉄仁も慌てて後を追う。
「ま、待って!どこに行くの!?」
ついてきた二人に驚きながらも足は止めずに答える。
「二人とも、一緒にこっちへ!」
普段の黒野とは思えない逞しい誘導に面くらいつつ、英也と鉄仁は言われるがままについて行った。
「……」
校舎の屋上の一角に、ひっそりと設けられた隠し部屋への入り口。
ここを知る者はこの世界で数えるほどしか存在しない。
重い石板の蓋を開け、現れた階段をゆっくりと下って行く。
中に入ると同時に石板の重みで自動で閉まる唯一の扉。
「…………」
数千年ぶりの来客。
その白いスーツの男はフィギライトを構えて銃口を見せる。
「初めまして、Mr.無相。私はシェトマ。シェトマ・トークと申します」
薄暗い中、煌々と光る『スレイク』の前で、ついに平穏は終わりを告げた。