史実と真実
廃校舎の二階にある応接室は、一階の惨劇を思わせないほど日常そのものだった。
「あれ、詩音姉さん?」
将斗が窓の外に彼女の姿を見つけた。
「外、ですか」
カフは動じることなく口を開く。
将斗は目を凝らして詩音──エスカの肩に担がれているシェトマらしき存在を確認しようとする。
「うーん?それとあれはボス、かな?」
「シェトマ?」
カフにとっても想定外だったのか、少し慌てた様子で窓に駆け寄る。
「……どういう、ことだ?」
カフは難しい表情でその光景を目にしつつ、白い帽子が校庭に落とされていることに気付いた。
「将斗。私は少し席を外します。グェンの姿が見えないので、そちらはお願いしても良いでしょうか?」
言いながら外出の準備を進めるカフ。
「えー……。分かった……」
将斗は心底嫌そうな顔をしたが、状況的に面倒というだけで突っぱねるわけにもいかないので渋々了承する。
カフは将斗の返事を聞いて小さく微笑んでから応接室を飛び出して行った。
「……グェン、生きてるかな」
将斗も出撃の準備を始めた。
無事ミッションを成功させたエスカは、シェトマを肩に担いだ状態で真っ直ぐにとある施設へと足を進めていた。
「……私よ。聞こえているかしら?」
人目につかないようルートを選びながら走りつつ、団体の仲間と連絡をとっていた。
「聞こえている。随分と早いな。もう達成したのか」
「私を誰だと思っていて?」
「すまんすまん。だからこその人選だ、文句はあるまい」
「……」
呆れた表情で無言を返すエスカ。
相手もそれを察したのか、本題に戻る。
「で、状態は?」
「軽く例の技をお見舞いした程度よ。数時間もすれば戦闘すら出来るかもしれないわね」
「お前の大技なら戦闘不能まで追い込めたんじゃないのか?」
「……」
「どうした?」
エスカの足が止まった。
「概算は常に誤算を孕んでいるわ」
「……ほぅ。流石は『白の復讐者』とでも言うべきかな?」
「どうかしらね」
角から飛び出して来た野良猫に目を細めてから、再び走り始めた。
ダルセンダー・ファーユ。その名は黒野やラペを除いた一同にとって、初めて耳にするものだった。
神人大戦の引き金となった人物らしい。そして、それは神人大戦が人類側からの宣戦布告によって引き起こされたということを裏付けることになる。
「……話を戻そう。フィギライトとスレイクについて、だったな」
ラペが半ば無理矢理レールを敷き直す。
「スレイクは今話した通り、その男、ダルセンダー・ファーユによって考案された。そして、そのスレイクを操作するために開発されたのがフィギライトだ」
英也たちは納得と困惑のカオスに見舞われていた。
理解出来たような感じはするが、矛盾しているような感覚が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「え、えーっと、フィギライトはこのペンで、スレイクを操作するためのもので、スレイクはフィギライトから出来てて……あれ?」
要約が上手い海花でさえこの有様だ。
黒野もこの辺りの知識は曖昧なようで、説明が難しいようだ。
「……やはりフィギライトの理解が足りていないな」
ラペは状況を察した。
「見た方が早いだろう」
そう言うとラペは自身の手のひらを天井へ向けた。
すると、その手の上にどこかの洞窟内のような画像が映し出された。
「おっ!?すっげぇ!」
「わわっ!そんなことも出来るん!?」
鉄仁と緑川が目を光らせて興味を示す。
「これは……?」
英也がラペに質問する。
「これがフィギライトだ」
思いもよらぬ回答に黒野を含め全員が一瞬言葉を失った。
「こ、これが、フィギライト?」
その画像には灰色の大きな塊が写っていた。
言われてみれば、確かに色味や雰囲気は今手にしているペン型のフィギライトとどことなく似ている。
「こいつを加工してこの形にしたりスレイクにしたりするってことか?」
鉄仁の問いに、ラペはどこか寂しそうに答える。
「そうだ。今はもう、加工する技術が無いがな」
「あ、フィギライトっていうのは本当はこの岩みたいなやつのことで、これを加工したもので固形のものをそのまま『フィギライト』、粉末にして魔法陣を描いたものを『スレイク』って呼んでるってことなのね」
海花もやっと腑に落ちたようだ。
緑川は首を傾げたまま何も考えてなさそうな表情をしている。おそらく知識量的にキャパシティをオーバーしたのだろう。
「なかなか飲み込みが早いな。まぁ、今はついて来れなくても『フィギライトは加工したものだ』という認識さえあればいい」
ラペも英也たちに歩み寄った説明を心掛けてくれているようだ。
「フィギライトの加工には特殊な工程が必要だ。特定の光による剪断以外では分断後の体積の小さい方はたちまち風化して消えてしまう」
「なッ……。消えるんですか」
「うむ。しかし、もうその光を出力する術はない。故に、今後フィギライトの加工に成功することはないだろう」
ラペは黒野のフィギライトを見つめる。
「また話が逸れてしまったな。フィギライトの加工が簡単ではないということを覚えておけ」
緑川以外は頷いた。
緑川は虚空を凝視したまま左右にゆらゆら揺れている。大丈夫だろうか。
ラペは手のひらを戻して画像を消し、改めて説明を再開した。
「……よし。ここからが本題だ。現時点でこの世界に存在するフィギライトは、神人大戦で作られたものだ」
これは黒野も言っていた。
『ペン』、『銃』、そしてもう一種類で計三種類のフィギライトが現存しているらしいことも聞いている。
「ただ、中でも『ペン』型、お前たちが持つそのフィギライトは、残りの二つとは少し性質が異なる」
「武器としての性質を持っていない、ということですか?」
積極的に質問する英也。黒野に聞いている情報と合わせて理解に努める。
「ほぅ。それを識っているなら少しは理解しやすいかもしれん。他のものと異なるのは、『神と人との和解の証』としての性質を持っている点だ」
この言葉に黒野が反応する。
「和解の……証?フィギライトが……?」
「クロが知らないのも無理はない。これは我々神々と、そのフィギライトを初めて覚醒させた、かの一団しか知らないからな」
ラペは続ける。
「その『ペン』のフィギライトだが、今となっては残りの種類とは管理や扱い方もまるで違う。そのフィギライトにだけ『試験』という制度が設けられているのだ」
ここに来てようやく再登場した『試験』の単語で一同の空気感が変わった。
「通常、フィギライトは人類側で考案、開発されたものであり、神々とは無縁だ。しかし、その『ペン』型は神々と人類との共同開発で唯一『成功』した種。そして、神々の承認無しでは覚醒しても扱うことが出来ない代物だ。……まぁ、覚醒すら出来ないようであれば試験など意味を為さないのもまた事実。我々が認めたところで、フィギライトに認められなければ扱うことは出来ないからな」
四人は自分の灰色のフィギライトを見る。
「そう言えば、現存するフィギライトってハードレム・スレイクから作られたって黒野くん言ってたよね」
英也は黒野を見つつ気になったことを口にした。
「う、うん。封印されてないのはそのため……って、あ、そうか!」
黒野は何かに気付き、ラペに確認する。
「ハードレム・スレイクは神々側にメリットのあったスレイクで、人類側もそれは理解していた。でも、大戦を終わらせるために、作らざるを得なかった。そこで、神々側からの情状酌量として、人類側にもメリットを持たせた……」
「そういうことだ。まぁ、一つだけ補足するなら、フィギライトは『スレイクから作った』ではなく『スレイクに合わせて作った』といったところだ」
黒野とラペのやりとりで英也も理解出来たようだ。
ここまでの情報が伝わっていることを確認したラペは、再び口を開く。
「……本来であれば、全てのフィギライトに対して試験を設けるべきだったのだが」
ラペが得意気な表情を曇らせた。
「『剣』のフィギライトに認められた者が……、ダルセンダー・ファーユの関係者だった」
「!!!」
すぐに反応を示したのは黒野だった。
声にならない驚嘆と、酷く青ざめた顔になっている。
「クロの考えていることは、おおよそ正しい。我々もはっきり言って誤算だった。しかし、当時の我々はそのことに気付けず、そのまま『剣』のフィギライトはかの者の手に堕ちた」
「えーと?」
「ウチもサッパリ」
黒野以外が完全に置いてけぼりになってしまっていた。
しかし、黒野の次の言葉を聞き、戦慄することになる。
「……神人大戦は、終わってなかったんだね」




