絶望する組織
「やっほー鉄ちゃん。元気してるー?」
病室に入るなりテンション高めの挨拶をかます緑川。
「お、ついに来たかお見舞いフレンズ!待ってた、待ってたぞー」
鉄仁もノリノリで応対する。
見たところすっかり元気なようだ。
「昨日は大変だったね。とりあえず無事で何よりだ」
英也の心配を受けて笑う鉄仁。
「あんな怪我、俺様にしてみりゃなんてこともあイタッ!」
「あ、あんまり無理しない方がいいのは間違いないね」
「……そ、そうだなぁ」
なかなかいつもの調子に戻れない鉄仁だが、心の方は問題なさそうで安心する一同。
「ところでそれは何だ?」
鉄仁は英也が手にしているタブレット端末に気が付いた。
「あ、そうそう。これからしばらくはこのタブレットでリモート授業になるんだって」
「なぬ!?」
目をカッと見開いて驚く鉄仁。
「俺ただの検査だし明日には退院なんだけど……」
悲しそうに項垂れている。
「あれ、なんかイベントとかあったっけ」
鉄仁が悲しむ理由がよく分からない英也は他三人にも問いかける。
「馬鹿野郎、みーちゃんに会えないだろうが!」
言い放つ鉄仁、納得する三人、苦笑する海花。
「なんだそんなことか」
「なんだとはなんだ死活問題だぞ!」
「そう……」
「もっと悲しみを抱いてだな」
「はいはい。分かった、分かったから。とりあえずリモート授業になったってことなんでよろしく。で、これからについての話がしたいんだけど」
鉄仁のアツい語りはスルーし、黒野を呼ぶ英也。
フィギライトを取り出して話題を切り込む。
「これからの?……やつらとのことか」
ふざけ半分だった鉄仁の表情が一瞬で真顔になった。
ゼツボウとの対峙により一番のダメージを負った鉄仁だからこそ分かることもある。
──圧倒的な戦力差。
鉄仁は枕元に置いていた灰色のフィギライトに視線を向けてから黒野の方を見る。
「とりあえず教えてくれ。あの後、やつらはまた動き出したのか?」
黒野が答える。
「いや、あれから特に動きはないよ」
「そうか。よかった」
「……動きがない今のうちに、話しておきたいことが、あるんだ」
黒野は緊張の色を見せる。
病室内を念入りにと見回し、自分たち五人以外に人がいないことを確認する。
例のフィギライトの中のものに叱られたからか、今度は慎重なようだ。
「ラペ、話せるかな?」
フィギライトに話しかける黒野。
その光景に鉄仁が動揺する。
「あ、鉄仁、言いたいことは分かるけど、大丈夫らしいから」
「え、あ、あぁ。そ、そうなんだな」
やはりこの絵面は特異すぎる。
初めて見た人は少なからず変に感じるだろう。
「……話せるが、どうなっても知らないからな」
フィギライトからの応答。
驚いた鉄仁は期待の眼差しで自分のフィギライトを瞬時に手に取り、「あー、あー、テスト。テスト」と話しかけ始める。
「あ、黄瀬くん、まだ『それ』じゃ無理かな」
黒野に言われて少し複雑な表情になりつつフィギライトに話しかけるのをやめる鉄仁。
「……開くよ」
「分かった」
黒いフィギライトの先端から病室の床に向かって魔法陣が映写される。
そして、そこから人間より少し大きめな竜のような生き物がじわじわと下から姿を現した。
「な……ッ!え、あ……」
「ちょ、ちょちょちょこれなに!?なにこれ!?」
「わ……」
「すっっっっげぇぇ!」
黒野を除く全員が驚きの声を上げる。
それも無理はない。なんの変哲もない病室の中に、人間よりも大きめの竜が突然出現すれば誰だってこうなる。
「久しぶりだね、ラペ」
「おう。この姿とは言え『こっち』に来るのはもうクロの『試験』以来か」
どうやら黒野が『ラペ』と呼んでいたフィギライトの中の存在はこの竜のことらしい。
黒野は英也たちをラペに紹介する。
「こ、この人たちが、僕が推薦するフィギライトの所有者候補……。『フェルシアス』候補生だよ」
竜に眺められて萎縮する四人。
「クロ、この二人もそうなのか?」
ラペはフィギライトを持っていない女子二人を見て言う。
「あ、そ、そうだった。ここで渡そうと思ってて……」
慌ててカバンから残っている灰色のフィギライトを二本取り出す黒野。
「ん?その二本で合ってるのか?」
「え……?」
ラペは二本のうち片方を指して言った。
「それ、『試験中』だぞ」
白いスポーツカーに乗ろうと廃校舎裏に回ったグェン。
車のドアを開けようと近付いたところで、タイヤがパンクしているのが見えた。
「マジかよ」
落胆するグェン。
付近にそれらしい釘や鋭利なものは見当たらない。
姿を見せない詩音、ゼツボウしかいない廃校舎。
あまり考えることをしないタイプのグェンでも、何が起きたのかは想像に難くなかった。
「んだよ……。これじゃあ本当に……」
脳裏によぎる詩音の優しい笑顔。
「畜生!」
車のキーを地面に叩きつけて校舎へと走り始めた。
同時刻、廃校舎一階の玄関口にて、シェトマと詩音が向かい合っていた。
互いに表情は穏やかなままだが、すぐにでも戦闘に入れるようフィギライトを手にしている。
「いつから……、私が『違う』と?」
詩音はもう取り繕う気はない様子。
「『ゼツボウ』の皆さん以外に心の内を話すつもりはありません」
シェトマも完全に詩音に対して言動を徹底している。
「……そう」
詩音は赤い銃のフィギライトを取り出して構える。
シェトマもホルスターに手を当てて機を伺う。
しかし、シェトマにフィギライトを構える時間を与えることなく、詩音の指は引き金を引いた。
銃口から一直線に向かってくるプラズマの弾。
着弾ポイントが眉間であることを瞬時に察知したシェトマは、頭部を軽く右に傾けた。
「ほぅ……」
シェトマは起こった事象に冷や汗をかく。
撃ち込まれる寸前で回避したはずの光を放つ弾はどこかに消滅し、そしてまるで『今』初めて射出されたかのように銃口からその姿を現した。
詩音の弾丸は、どうやら『当たるまで』何度も何度も銃口とターゲットの予定ポイント間とを繰り返すらしい。
シェトマはひたすらその軌道を読み回避する。
「フフフ、アハハハハハ!滑稽ね。逃げ惑うことしか出来ないなんて」
人が変わったようにシェトマを煽る詩音。
「これがあの『白の復讐者』だなんて、笑っちゃうわね!」
コーヒーカップを片手に笑顔だった彼女はそこにはいなかった。
「……」
一瞬、シェトマの表情が曇る。
詩音はこれ幸いと口角を上げ、容赦なく銃口を向け続ける。
そして、とうとうその僅かな隙が現実で傷となった。
「ボス!」
息を荒らげながら校舎裏から戻って来たグェンが目にしたのは、頭部に弾を撃ち込まれて倒れ込む瞬間のシェトマ。
外傷こそないが、脳震盪を軽く起こせる衝撃はある。
グェンはシェトマに駆け寄り何度も呼びかけるが、開いたままになった口から声は返ってこない。
「あら、あなたも案外アツいのね」
その様子を見下すかのように言葉を投げる詩音。
「……」
グェンはいつの間にか強い力で握り締めていた拳を半ば無理矢理に緩め、ホルスターへと這わす。
詩音も当然その程度は想定内。
フィギライトを構えられる前に引き金を引く。
「……相変わらず、雑用以外はドジしか踏まねぇなてめぇは」
グェンは笑っていた。
詩音は自身の赤いフィギライト銃からプラズマが発砲されていないことに気が付く。
「こ、これは」
詩音の表情にようやく焦りが見え始める。
「てめぇはもう『ゼツボウ』じゃねぇ」
赤いフィギライトの銃口に、封筒だった紙片が詰まっていた。
「このッ……!」
フィギライトと言えど衝撃の緩和は出来ない。
本体は無事だとしても、暴発による熱や波は所有者を襲う。
咄嗟にフィギライトを投げ捨てる詩音。
「やっぱすげぇよ。ボス」
シェトマは詩音の猛攻よりも前にフィギライトを操作していた。
ホルスターに手を当てた時、一発分だけ引き金を引いていたのだ。
……シェトマ上方に一発分。グェンがここへ戻って来て、自分の白いフィギライト銃のシリンダーを回してくれることを見越してのことだ。
倒れたままのシェトマは笑みを浮かべる。
「……非礼をお詫びさせて頂かなくてはなりませんね」
地震にも似た強い衝撃の後、身を守るために伏せていた詩音はぬらりと立ち上がる。
「あなたにはもっと警戒しておくべきでした」
詩音はエプロンドレスから光を放つ真紅の短剣を取り出す。
鞘から刃を出し、その先端を天に向けて胸の前に構える。
そして、目を瞑り一呼吸置いてから、流れるように言葉を紡ぐ。
「神に導きを。我に導きを。汝に導きを」
静かに目を開き、それと同時に慈愛に満ちた優しい表情になる詩音。
「ッ!?」
異変に反応したシェトマはグェンを突き飛ばした。
「うわっ!……な、何だ!?」
グェンがいた床が大きく抉れていた。
「い、一体、何が……?ぼ、ボスは!?おい!大丈夫なんだろうな!?」
酷い土煙の中、グェンの叫び声は響くことなく霧散していった。




