4人と作戦
リモート授業の宣言を受け、教室は一瞬静まり返る。
しかし一呼吸あった後、突沸したように勢いよく意見が爆発した。
「やったぜ!」
「えー、リアルでみんなと会えないじゃん!」
「先生、体育はどうなるんですか?」
「俺まだ焼きそばパン買えたことないのに……」
担任は生徒たちに落ち着くよう声を掛け、説明を続けた。
「はいはいみんな落ち着いて。昨日の事件を踏まえて、学校側の対応として安全性が確保されるまでは登校を控えてもらおうということになってな。これから警察の方や先生たちで協力し合って事件の検証や周辺のパトロールなどを行っていく予定になってるんだ」
学校としては至極当然な対応だ。
何の前触れもなく現れた男に銃で窓が割られたのだ。
一昔前ならリモート授業でもなく休校にだってなりかねなかった。
これに副担任が補足する。
「実は隣のクラスとこのクラス以外の全校生徒は、すでに今日から準備期間として登校しないようにしてもらっています。おそらく今頃、その各クラスの担任、副担任と手の空いている先生方でタブレット端末を届けに回っている頃かと」
急すぎて宅配サービスなどは手続きが出来なかったのだろう。
「何でこのクラスと隣のクラスだけ今日の連絡をしてくれなかったんですか」
一人の生徒が担任教師に質問する。
すると担任は生徒たちを見回してから答えた。
「みんなには事情を聞くために集まってもらうことになってな」
副担任教師が黒板に何かを書き始める。
先ほど質問を投げた生徒が再び質問する。
「事情って、昨日のことですか?」
「そう。昨日、この教室の窓だけが割られるという事件が起きたな。でも事件はそれだけではなくもう一つ起きててね」
「……無相くんのことですか」
英也が発言する。
担任教師は英也に向けて首肯して話を進める。
「今のところ因果関係は分かっていないが、何故彼があの状況で行動に出たのか、そして何故隣のクラスの男子生徒までもが同時に動いたのかを確認しなければいけないんだ」
副担任が黒板に昨日の事件についての簡単な時刻と事象のまとめを書き終え、振り向きながらクラス全員に問いかける。
「何でもいいので、何か無相くんに関連して気になったことなどある人はいませんか?」
クラス全員が俯く。
「……無相に関連しなくても何でもいいぞ。購買のパンがいつもとちょっと違って美味かったとか、解けなかった問題が急に解けたとかでもいい」
担任はクラスの暗い雰囲気を払拭しようとユーモアを混ぜて明るく振る舞いながら情報を引き出そうとしている。
英也は胸ポケットのフィギライトに手を当て、言うべきかどうかを考えていた。
ここでフィギライトについて話せば、何かの助けになる可能性は高い。何より、これが核心に迫れるモノであることは間違いないだろう。
しかし同時に、一般的に観測出来ないような事象を引き起こせるなんて、真に受けて信じてもらえるとは限らない。
悩むこと数秒。そんな英也の様子に気付いた海花が唐突に挙手した。
「はい先生!私、情報あります!」
担任と副担任が海花を見る。驚きながらもその表情は少し嬉しそうだ。
「お!なんだ、青井」
「えーっと……あれー?何を言おとしたんだっけー?」
海花はチラチラと英也に視線を送る。
「思い出せるか?何でもいいからな」
担任は海花を受け入れる様子を崩さない。
英也は悩んだまま俯いていて海花の視線に気付かない。
「あー、えー、うーん……」
海花は時間を稼ぎながら英也にアイコンタクトを送り続けるが、届かない。
そして早くも万策尽きた。
「英也くん!そうだ、英也くんが何か知ってます!ね、そうだよね?」
突然の名指しに酷く驚く英也。
「そうなのか。白道、どうだ?何か話せることはあるか?」
「え、いや……」
ここで「ない」と返答するのは簡単だ。
だが、ゼツボウと今後また対峙する可能性があることを考えると、早めに大人や大勢に頼るというのも選択肢としてありなのかもしれない。
「……」
「無理に思い出そうとしなくても大丈夫だぞ。突然のことで気が動転してもおかしくなかったからな」
担任は英也にも優しく接する。
心のケアを欠かさないように注意しながら情報を得ようとしてくれているようだ。
「……すみません、今は、まだ」
「そ、そうか。分かった。後ででも全然問題ないからな。落ち着いて話せるようになったら教えて欲しい」
「はい……」
クラス中からの視線を浴びながら机に顔を埋める英也。
その様子に耐えられなくなったのか、海花が再度挙手して周囲の視線を集める。
「先生!」
「おぉ、今度はなんだ?」
「全員の前でだと言えないことも、あると思ってて……」
海花は英也の方を気にしながら発言する。
「その、無相くんを探しに行った先で、何かがあったのかもしれないし」
海花も廃校舎での出来事を脳裏に浮かべていた。
戦闘、鉄仁の気絶、そして今朝得たフィギライトの情報。
これらを総合して彼女なりに英也へ気を遣っているようだ。
「はいはいはい!ウチもそう思う!」
緑川も声を上げた。
「……なるほどな」
担任も昨日の鉄仁の状態や息を切らしながら戻ってきた英也たちのことを思い返し、理解したようだ。
「分かった。みんな、ありがとう。とりあえず今日はこれで終わろうと思う。各自、帰宅してタブレット端末に必要な情報を入力して明日からの授業の準備をするように」
かくして情報収集のホームルームは終わり、生徒はぞろぞろと帰宅を始めた。
同じ頃、隣の黒野のクラスも情報収集が終わったようで、帰宅の準備をする生徒たちの声が聞こえ始めていた。
「黒野くん」
英也が教室のドア付近から黒野を呼び出す。
「何か、話せた?」
ドアに近付いてくるなり、黒野は英也にそう言った。
「いや、正直なところ、話していいのかどうかというより、話して信じてもらえるかどうかで悩んでね」
「……そ、そうだよね」
「それに、あまり話すべきことでもないんじゃないかとも思ってる」
「え……」
黒野は少し驚いた様子で英也を見る。
「あれ?なんか変なこと言った?」
「あ、いや、別に変じゃないよ」
黒野の表情を気にかけつつ、今やるべきことに目を向ける。
「これから、鉄仁のお見舞いがてらコレを届けに行くんだ。黒野くんも、一緒にどうかな?」
英也は手に持ったリモート授業用のタブレット端末を見せながら黒野を誘う。
「うん。もちろん行くよ」
そして二人は病院へと向かった。
廃校舎の応接室。
淹れたてのコーヒーはそこになかった。
「……」
「……」
グェンとカフはいつもと違う光景に言葉を失っていた。
しかしカフのそれは驚きや恐怖に由来するものではなく、諦めと哀れみのものだ。
「さ、砂糖……足りませんでした?」
床に散らばるコーヒーカップ。辺り一面のコーヒー。
「あ、あれ?お、おかしいですねぇ、い、いい、いつもと、同じくらい、入れたんです、けど……」
詩音の声は小刻みに震えていた。
対するシェトマは背を向けたまま無言で応接室の窓から外を眺める。
詩音は割れてバラバラになったカップを拾うこともなく、ただ泣きそうな表情で立ち尽くしている。
「おい、ボス?」
状況があまりにも悲惨過ぎたのもあり、グェンが思わず声を発してしまった。
「……おや、グェンですか」
とぼけたように顔だけでグェンを見、作った笑顔で答えるシェトマ。
「んだよ、気持ち悪りぃ。そこ怪我すんぞ」
シェトマの足元を見て心配を吐き捨てる。
「あぁ、これですか。……例の団体の差し入れは口に合わないものでして」
そう言いながら振り向いたシェトマは、黒野の技から解放された両手でソーサーとカップを手にしていた。
「……んでだよ」
「グェン。よせ」
詩音に問いかけようとしたグェンをカフが制した。
「……」
グェンは応接室を後にした。
「さぁ、シェトマ。これから我々はどうするんだい?」
カフはソファに腰掛け、作戦会議を行う態勢を取った。
将斗も同じくいつもの定位置で指示を待つ。
「そうですね」
シェトマは机の引き出しから写真を取り出した。
「今度は『あちら』で、お会いしましょう」
そこには、笑顔でシェトマと肩を組む、無相によく似た青年が写っていた。




