封印と引き金
黒野は英也の机に灰色のフィギライトを並べる。
「白道くんの質問に答える前に、青井さんにも説明しておくね。もうあの白いスーツの人たち、『ゼツボウ』と名乗った組織のフィギライトは目にしてるよね。銃の形をしてた物。実は、フィギライトは『神人大戦』で武器として使われていたものなんだ」
海花は驚いて目の前にあるフィギライトから少し距離を取る。
「あぁ、大丈夫。これはちょっと違っててね」
黒野はフィギライトを指さして説明を続ける。
「白道くんにはもう昨日話したね。現存するフィギライトには種類があって、ゼツボウの持っていた銃みたいに、人間が思う『武器』の形をしたフィギライトが二種類、そして、僕らが持っているこの『ペン』の形をしたフィギライトが一種類あるんだ」
海花は未覚醒のフィギライトを見る。
「えっと……ということは、これは武器ではない、そういうこと?」
海花が質問するが、黒野は少し難しい表情をして答える。
「一応、そういうことになってる。ただ、さっき見せたみたいに、ちょっと普通じゃ考えられないようなことも起こせてしまうから」
「戦いの道具にもなる、ってことだよね」
英也は自身のフィギライトを胸ポケットに戻す。
「うん。僕らが武器として使いたくなくても、ゼツボウのような組織が存在する以上は、いずれ……」
重い空気が漂う。
この先に起こるであろう戦いを想像し、焦燥感と不安が渦巻く。
「あ、青井さん、とりあえず、ここまで大丈夫?ここから白道くんの質問についてになるんだけど」
黒野は昨日一人語りが過ぎたことを反省しているのか、話すペースを調整しているようだ。
「う、うん。大丈夫かな、とりあえず。海花ちゃん難しい話は分かんないけど、これが使い方次第では危ないってことは分かったよ」
「そ、そっか。分かった」
黒野は英也を見る。
「……質問の答えから先に言うと、今この世界で使われているフィギライトは、『ハードレム・スレイク』による『スレイク』の封印を無視出来るんだ」
「えっ」
英也は驚きつつ、その場合の懸念点に言及する。
「ちょ、ちょっと待って。そうすると、フィギライトを使えばあちこちの『スレイク』を操作できるってことだから、既に『神人大戦』の引き金になっててもおかしくないってことじゃないか」
黒野は首を横に振る。
「それは大丈夫」
黒野は黒いフィギライトを二人に見せながら続ける。
「神々が恐れていたのは『スレイク』による猛攻もそうだけど、その本質は、当時使われていた量産型のフィギライトにあったんだ」
黒野は続ける。
「『神人大戦』の終戦について、歴史ではどう習ったか覚えてる?」
黒野は英也に質問する。
「えーと、確か人類が神々に攻撃しなくなって、それで神々も攻撃しなくなって……ある日を境に争わなくなった、みたいな感じだったのは何となく」
「そう、合ってるよ。その通りで、神と人、それぞれがお互いに急に戦わなくなったんだ」
海花は頭をかかえて机に突っ伏す。
どうやら歴史は得意ではないようだ。
「その戦わなくなった日なんだけど、……実は『ハードレム・スレイク』が創成、起動された日と重なってるんだ」
「それって」
「うん。人類が攻撃を止めたんじゃなくて、『ハードレム・スレイク』によって戦闘の要だった『スレイク』の力が封印されたためだったんだ」
黒野の解説が歴史の裏事情を埋めていく。
英也はその情報の出所が気になりつつも、今は可能な限り理解を深める方に注力する。
「なるほど……。で、でもさっき、フィギライトは封印を無視出来るって……」
「それが『今この世界で使われている』って前置きした理由でね」
黒野は机の上からフィギライトを一つ手に取り、黒い覚醒済みフィギライトと横並びにして説明する。
「量産型のフィギライトは今のこのフィギライトとは違って、各地の『スレイク』と対になるように同時に作られたもの。つまりその『スレイク』が力を封印されれば、当然連動して使えなくなったんだよ」
そして黒野は未覚醒のフィギライトを机に戻す。
「ということは、もしかして今使えてるこのフィギライトたちは……」
英也は一つの答えに辿り着いた。
「そう。これらは『ハードレム・スレイク』創成の際に併せて作られた、封印されていないフィギライトなんだ。……でも神々にとっては、数の知れているフィギライトなんてその保持者をピンポイントに狙うだけで済むからね。十分な脅威とは認定されないみたい」
「……なるほど。大戦に発展するほどじゃないってことなんだね」
『神人大戦』の引き金にならない、というよりは神にとってそこまでの脅威とは言えない、と言うのが正しそうだ。
「……ほへー」
海花は次々と出て来る新しい情報に目を回している。
「あ、青井さん、大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないけど……。結局のところ、昔々あるところに人と神様がいて、人が『フィギライト』使って『スレイク』で神様におりゃーってやって、怒った神様が『ハードレム・スレイク』作って戦い終わり!んでなんか新しい『フィギライト』は未封印!ってこと?」
黒野と英也は目を丸くして驚いた。
「そ、そうだね。大体合ってる」
「海花ちゃんって要点まとめるの上手だよね」
褒められてはにかむ海花。
「えへー、それほどでも」
海花のおかげで理解が急速に定着した英也は、今後どうするのか黒野に相談する。
「黒野くん、情報ありがとう。とても分かりやすかったよ。とりあえず、今知りたいことは聞けたかな。……それで、今度はこれからの話になるんだけど」
「そうだね。本当は、こうなりたくはなかったんだけど……」
黒野は俯く。
おそらく戦いのことだろう。黒野も英也も、今はただ使命感と義務感に突き動かされている。
「まず、『ハードレム・スレイク』が機能を失えば、当然、各地の『スレイク』の封印が解除されて力を取り戻す。ここまでは大丈夫?」
「うん、大丈夫。黒野くんの説明のおかげで理解できるよ」
「あ、ありがとう。それで、例の組織、ゼツボウは『世界の保護』を目的だと言っていた」
「世界の、保護……?」
「……彼らはこの世界を、『スレイク』の力で神々から切り離そうとしてる」
「ご、ごめん黒野くん、ちょっとついていけなくなっちゃった。どういうこと?」
黒野の言う『切り離す』の意味が理解出来ない英也。海花も首を傾げている。
「ご、ごめんね!えーと……」
慌てて黒野が説明しようとしたところで、ホームルームのチャイムが鳴った。
「あ……、と、とりあえず、昼休みにまた聞かせてもらえるかな」
登校して来たクラスメイトの視線がいつの間にか他クラスの黒野に集中していることに気付いた英也。
黒野を教室のドアまで送る。
「そ、そうだね。また、あとで」
黒野も視線に気が付いたようでそそくさと隣の教室へと戻って行った。
いつもより静けさの増した廊下を一瞥し、英也も教室に戻った。
朝のホームルームが……始まらない。
いつもならもうホームルームが終わってもおかしくない時間になり、流石に何かおかしいのではないかとクラス全体がざわつき始める。
「あれ、先生は?」
「そういや今日先輩達の姿見てねーな」
「あ、そうそう!いつもなら朝練やってる部活も今日はやってなかったね」
「もしかして昨日あんなことがあったから?」
「え?あー、そういや窓割られたんだったな」
まるで休み時間のような状態だ。
それから数分後、ようやく担任の教師が来たのか、扉が開いた。
「ごめん、遅れましたー!はいみんなおはよう!」
その教室にダンボール箱を抱えて入ってきたのは副担任教師だった。
「お、おはようございます。先生、それは?」
女子生徒の一人がダンボールについて尋ねる。
「あぁこれはね、って、わっ!ちょっとごめんね!今持ちますねー」
副担任の教師が説明しかけたところで、担任教師もダンボールを抱えて教室へ入ってきた。
教壇に足を取られて転びそうになった担任を副担任がギリギリで支える。
「おっ……と、危なかった。ありがとうございます。助かりました。みんな、おはよう!」
クラス全員に挨拶し、ダンボールを開封し始める担任教師。
「あの、先生?」
質問を流されたままのクラスメイト。担任は彼女に数枚のタブレット端末を手渡した。
「すまない、これをみんなに配るの手伝ってもらえないかな?」
「え?あ、はい。分かりました」
答えてもらえないことに若干困った顔をしつつ、端末を配り始めた。
「あ、僕も手伝いますよ」
英也も教壇に歩み寄り、担任から端末を数台預かり、配り始める。
そして数分もしないうちにクラス全員にタブレット端末が行き渡った。
「先生、これは何ですか?」
どこからともなく当然な質問が飛んだ。
最初に質問を投げた生徒も首を縦に振って答えを聞きたそうにしている。
「はい。この端末は、リモート授業のためのタブレットです」
突然の発表に一瞬静まり返るクラス。
「え?あ、あの、リモートになるんですか?」
クラスメイトの一人がそう聞くと、担任教師は副担任教師とアイコンタクトを取って頷き、割れたままの窓を指さして言った。
「昨日のことがあって、急遽、これからしばらくの間はリモート授業になりました」




