手にした日
暗い。冷たい。……寂しい。
寂しい?
……。
…………。
◆◆◆
この世界には『スレイク』と呼ばれる円形の巨大な絵のようなものが存在する。
丁度いい言葉で表すなら魔法陣といったところだろう。
どうしてこんなものが存在するのか、それは数千年前まで遡り──
「いてっ」
「こら、授業中だ。昼寝は休み時間にな」
「すみません」
歴史の授業はどうも眠くなってしまう。
「なぁなぁ、どんな夢見てたんだよ」
後ろの席から小声でそう質問するのは親友の黄瀬鉄仁。ユーモア溢れる性格で人脈も広い。
「た、大した夢なんて見てないよ」
「嘘つけ。結構うなされてたぞ」
「こーら、そこ!私語が大きい。話すならもうちょっとバレないようにだな」
「はーい」
この高校は生徒の気持ちを第一とする校風で有名だ。
何でもこの校舎の立地が関係しているらしく、若者の活気が溢れれば溢れるほど成績含めて諸々の成長が促進されるとかなんとか。
学校紹介にそう書いてあっただけだが。
「それで、どんな夢だったんだ?」
先ほどよりも声のボリュームを落として興味津々な鉄仁。
「えーと……思い出せないや」
夢なんて大抵そんなものだろう。
「マジか……、忘れるような夢でもあんなに芝居がかった動きするんだなぁ」
「え、僕そんなに変な動きしてた?」
「冗談だよ」
「な、なんだよ焦ったなぁ」
何気ない授業中の会話。
声の大きさが許容範囲なのか、教師も黙認している。
「お、そろそろ時間だな。じゃあ今日はここまで。日直、黒板だけ消しておいてもらえるかな」
「はいはーい」
直後にチャイム。
日直の軽すぎる返事に何かを言おうとした教師だったが、半ば諦めの表情で苦笑いして教室を出て行った。
日直の青井海花は黒板消しを手に依頼を達成すべく教壇へと上がる。
文字を消し始めた海花だったが、身長が足りず。黒板の上の方の文字を消すためにぴょんぴょん飛び跳ねる。
「手伝うよ」
「わーお、これはこれは英也くん。さては海花ちゃんポイント稼ぎに来ましたな?」
彼女はいつもこんな調子だ。
「そのポイントがお店とかで使えるならいくらでも稼ぎたいけどね」
主人公こと白道英也も黒板消しを手に上の方の文字を──
消せない。自分も身長が足りていない。
「ぷぷぷー、届いてないじゃーん!こりゃあポイントあげられませんなぁ」
ポイントはいらないがこれは正直恥ずかしい。
「みーちゃんのお困りごとはこの俺、鉄仁にお任せを!」
鉄仁は海花のことが好きである。
あまりにも堂々としているのでジョークと思われがちだが、これは本当。
「よーし英也、この黒板を先に綺麗にした方が勝ちゲームしようぜ」
「黒板一枚しかないんだけど」
「負けた方は好きな人カミングアウトな」
「それ僕にしかデメリットないんだけど」
そうこうしているうちに時間は昼休みになった。
昼食時の購買は争奪戦。日々行われる高校のバトルロワイヤルだ。
「あっ、えっと、あぁっ……」
人に揉まれてなかなかパンを手に出来ていない生徒がいた。
英也は声を掛ける。
「黒野くん、大丈夫?」
「えっ、あ……ま、まぁ、その、だ、大丈夫……?」
聞き返されてしまった。
「ここいつもすごいよね。焼きそばパンとか売り切れ早すぎてもはや幻の商品だし」
「そ、そう……だね」
黒野真治と会話している間に鉄仁が人混みを掻き分けて購買から出て来た。
「やっと買えたぜ……。ほい、これが英也ので、こっちが黒野のやつな」
戦利品のサンドイッチが黒野の手にポンと置かれる。
「え、こ、これ」
「あーいいのいいの。それは俺の奢りよ。黒野が購買パンなんて珍しいじゃん」
英也からはサンドイッチ代を貰いつつ黒野に話を振る鉄仁。
「あ……、ありがとう。き、今日はちょっと、朝バタバタしてて」
歩きながら昼食に良さそうなスペースを探しつつ話を聞く二人。
「寝坊でもしちゃったとか?」
「い、いや、そういうのじゃないんだけど、えーと……。あ、そ、そうだ!」
黒野は急に何かを思いついたらしく、制服のポケットからペンのような棒を数本取り出す。
「こ、これが今朝、いきなり光り始めて」
英也と鉄仁は顔を見合って首を傾げる。
目の前の棒はただの灰色をした細長い石のようにしか見えない。
「あぁ、や、やっぱり、し、信じられないよね……」
黒野の手からひょいっと一本手に取る鉄仁。
「これがピカーって光ったのか。そいつは確かに驚きだな」
英也も黒野の手にある棒を見ながら分析する。
「光を反射するようにも見えないから、これ自体が光ったってことになりそうだね」
英也と鉄仁の言葉を不思議そうに受け止める黒野。
「お、おかしい、とか、思わないの?」
「そりゃあ信じられない現象だなぁとは思うけれど、黒野くんが嘘をついてるとも思えないからね」
黒野は黙り込む。
そして、意を決したように話し始めた。
「二人に、ちょっと聞いてほしい話があるんだ」
そこにはつい先ほどまでの弱々しさはなかった。
何か、差し迫った脅威に対抗する強い意思を剥き出しにしたような、そんな気迫があった。
少し戸惑った二人も、黒野の真剣な表情に気を引き締める。
「あ、で、でも、黄瀬くんはもう大丈夫かな」
急にハシゴを外される鉄仁。
「お、なんだなんだ?俺っちなんかやっちまった系か?」
そう言いながら黒野に棒を返そうとした。
「ご、ごめんね。そ、そういうわけじゃないんだ。それは君のもの、だから大丈夫」
黒野は言いながら残りの棒を扇のように広げて持ち直す。
そして今度は英也に向き直って棒を差し出す。
「し、白道くんも、一本どうぞ」
よく分からないが、黒野の話に必要なアイテムなのかもしれないと思い選ぶことにした。どれも同じ……と適当に選ぼうとしたのだが。
「ど、どうかした?」
何故かはわからないが、選ぼうと意思を持って棒を見ると、明らかに──
「……も、もしかして、一つだけ、他と違うように見えてたり……?」
「え、どうして分かったの?」
英也は黒野の言葉に驚く。
「やっぱり、君たちだったんだ」
黒野の言葉は誰に当てられているのだろうか。
状況が掴めない英也と鉄仁。
「黒野、もっと分かるように説明してくれよ」
「あ、あぁ、ごめんね、そうだよね。こんなんじゃ困るよね」
黒野は慌てて二人に向き合い直し、そして英也に一本棒を手渡しながら言った。
「こ、これから僕が話すことは、ぜ、全部本当のことだって、信じて欲しい」
英也は手渡された棒を見て目を丸くして驚きながら、黒野の言葉を信じることにした。
側から見ればどれもほとんど変わらない特徴のない棒にも関わらず、黒野は迷いなく英也が違和感を覚えたものを選んだのだ。
「ど、どうしてこれだって分かったの?」
「……まずは、そこから話すね」
校内のカフェテラスの席に座り、黒野の話が始まった。
「まず、この棒状の物体なんだけど、これは『フィギライト』と呼ばれる物質で作られた加工品なんだ」
「フィギライト?」
「うん。僕の一族が代々受け継いでる家宝、みたいなもので」
「か、家宝!?」
慌ててフィギライトを黒野に返そうとする二人。
「あ、ご、ごめん。そのまま、持っててくれないかな」
「いや、でも……」
「家宝とは恐れ入るなぁ。でもそれならさっきのこれが俺の物っていうのは一体?」
鉄仁の質問はもっともだ。
確かに黒野は鉄仁に渡ったそれを彼のものだと言った。
「えっと……。た、単刀直入に言うとね、このフィギライトには持ち主が必要で、そして、僕は持ち主を探していたんだ」
「持ち主って、家宝なら黒野くんがそうなんじゃないの?」
英也にそう聞かれ、黒野はポケットから一本フィギライトを取り出す。
「それは……?」
「ぼ、僕のフィギライトだよ」
それは黒く染まったフィギライト。龍のような模様まで彫られている。
「あ、あー。なるほど」
「まぁ、なんだ。俺らもそういう時期、あったよなぁ」
妙に納得した英也と鉄仁。
二人の対応が少しよそよそしくなり不安になった黒野は、懸念していた事態を思い出して確認する。
「……も、もしかして、なんだけど。痛い趣味、とか思ってたりする……?」
「え?あ、いやいや、そ、そんなことないない。趣味は人それぞれだし、痛いかどうかは他人がとやかく言うことじゃ……なぁ鉄仁?」
「お、おうよ。こういう技術も極めればプロモデラーとか、道はたくさん」
「違うんだ」
黒野が少し大きな声を出した。
怯んだ二人は再び顔を見合わせて首を傾げる。
「こ、これはそういうものじゃ」
「おい!校庭に何か入ってきたらしいぞ!」
「マジ?ちょっと見に行こうぜ!」
黒野の言葉を遮るように集団がカフェテラスを出て行った。
「ごめん黒野くん。ちょっと校庭見に行かない?」
英也は噂が気になるのと、正直なところ今の話題について行けそうにないのとで気分転換も兼ねて提案する。
「……そ、そう、だね」
少し悲しそうな表情でその提案に乗り、三人は校庭に向かった。
校庭には白いスポーツカーが停車していた。
その中から白いスーツの男が現れ、そいつは紳士な帽子を片手にしつつ校庭から校舎を眺める。
「……あそこか」
誰にも聞こえない独り言を呟き、そして次の瞬間。
響く銃声。割れる窓ガラス。
一呼吸あった後にどこからともなくあがる悲鳴。
「グェン、どうだ?」
「予想の位置より少しズレてはいるが、確かにここにあるみたいだぜ。ボス」
スポーツカーの二人は怪しげに話しながら校舎を見上げている。
「ここにあればいい。それが分かっただけで収穫だ」
車に乗り込み、二人組は去って行った。
「な、なんだ……?何が起きたんだ今……」
あまりにも突然のことで脳の処理が追いついていない。
しかし、一人だけこの状況で冷静な生徒がいた。
「やっぱり、こういうことだったんだ……」
黒野だ。
「黒野、お前何か知ってるのか?」
この騒動にも眉ひとつ動いていなかった。
「……まさかとは思うんだけれど、フィギライト、関係してる?」
英也は手渡されたフィギライトを見つめる。
黒野は静かに頷いた。