第1話 爺さん、神と出会う 改
自己満足レベルで改訂しています。
改訂済みには 改 と付けました。
ストーリーに大きな変化はありません。
順次改訂予定です。
私の名前は戍亥 仁。
ひとり暮らしの中年男である。
昨年妻を亡くし、息子は社会人になり家を出た。
妻は息子が家を出た1週間後に交通事故でクルマごと谷底に落ちた。
妻は男とのドライブの途中だったらしい。
私の知らない男だった。
周囲は不倫と騒ぎ立てたが私は信じなかった。
妻は家を守り、子供を大切にする良き母であった。
しかし、真実は葬式の後に判明した。
妻の遺品を整理していた時に見つけた日記には、私の批難と複数の男との赤裸々な情事が綴られていた。
私は妻に愛されていなかった。
仕事一辺倒で家庭を顧みない夫を憎んでさえもいた。
共に暮らす理由はただ息子のため。
独立したら離婚をする。
それまでは不満を解消する為に浮気で憂さを晴らす。
そのような事が書かれていたと記憶している。
私は息子に生前の妻の様子をそれとなく尋ねてみると母の浮気を知っていたと答える。
しかし、毎晩のように咽び泣く母の声を聞いて話す気にはなれなかったと言った。
「父さん、確かにママのしたことは世間一般的に許されることではありません。
僕もママのしたことを軽蔑します。
ですがママのことを放置し仕事に逃げた父さんの自業自得ですよ。
ママは最後まで幸せになれなかった。
それが子供としてとても悔やまれます。
しばらくの間、お父さんの顔を見たくありません。
お達者で。」
私は絶望した。
妻に息子になにより自分自身に。
会社を退職し財産の全てを処分した後、息子の口座に振り込んだ。
そして自由人になった。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「これが私の最期か・・・」
自由人になってから10余年、私は今まさに息絶えようとしている。
傍らに自分で作った祠が見える。
贖罪を込めて作った小さく粗末な石の祠だ。
自由人になった私は自暴自棄となり死ぬ覚悟で山の生活を始めた。
山の生活は厳しく非情である。
それでも、雄大で美しい自然は荒んだ心をいつしか癒していた。
いつしか自分を責めることもなくなり、しがらみや欲が消えていくことに安らぎを覚えた。
死に対しての恐怖も感じなくなっていた。
次第に食が細くなり体が満足に動かなくなる。
月明かりが差し込む晩秋の夜、呼吸をすることをやめた。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
何も無い空間に浮いていた。
死後の世界だろうか。
そう認識した瞬間、色とりどりの光り輝く世界が広がる。
どこかで聞いたことのある美しい旋律の音楽。
心を落ち着かせる甘い香り。
そして目の前の老人を神と確信した。
「数百年振りだな。ここに至る稀有な人よ。」
力強く優しい老人の声が直接頭の中に響いた。
「ここは神格を持つ物にしか到達できぬ領域である。
只の人の身で到達するとはさぞ特別な運命を背負わされているようだな。」
「そのようなものは知らない。」
私のぶっきらぼうな態度に老人は興味を持ったようだ。
「其方、神になりたくはないか?」
「興味はない。」
「人の世でもう20年修行すれば、悟りの智慧を得ることができるであろう。
そうすれば神になれるであろう。その機会を捨てるのか?」
「私はもう死んだ身だ。無駄な情報でしかない。」
「まあ、そんな怖い顔をするでない。
人がここに至るのは本当に稀なのだ。
そのような逸材を輪廻に飲み込まれるのが惜しいのだ。
だから其方が神になれるように協力したい。」
「私を神にする?あまりにも胡散臭い。」
「うむ、ならば其方を異世界に転移させよう。
そうすれば信用して貰えるのではないかな?
ただ普通に修行するのではつまらないな。
寿命を延ばし健康で強靭な体を与えよう。
儂の加護も与えるし力も授けよう。
それと飢えないように聖餐も好きなだけ与えよう。
どうだ破格の条件だ。
新しい異世界ライフを満喫するには充分だと思うぞ。」
「待遇が良すぎて逆に怪しすぎるぞ。
何か裏があるのだろう私に何をさせたい?何が目的だ?」
「勿論目的はある。儂の願いを叶えて欲しいのだ。」
「願いと何だ。」
「転移先の世界は剣と魔法の世界だ。
勿論亜人やモンスター、妖精といった類もいる。
八百万の神々が統治し人々の生活を保護しているが、時折魔神と化し全てを無に帰してしまうことがある。
そのような時は其方が魔神を討伐して欲しい。
勿論それを成しえるだけの力を授ける。
どうだ?とてもワクワクするセカンドライフではないか?」
「何故自分で行わないのだ?万能の力を持っているのだろう?」
「儂が人の世に直接関わることは、理に反する。
どんなに力を持っていても許されんのだ。」
神を許さぬ力とは?
私はしばし考えを巡らせた後、ある可能性について神に問うた。
「神よ、転移後の世界で私が間違いを起こす可能性を考えないのか?」
「其方に限っては心配いらんだろう。
其方には悪意ある思考と邪な感情が抜け落ちている。
仏頂面をしているがとことん優しくお人好しのようだな。
まるで心を漂白して子供に戻ったかのようだ。
そして長年培った知恵と経験が世界の歪みが何たるかを判っている。
間違いを起こすとは思えんよ。」
「ハハハッ!買い被り過ぎだ。」
私は隠していた本性を見透かされ正直驚いた。
虫も殺せぬ性格だと自分でも自覚している。
何しろ蟻を踏み潰さないように配慮する程なのだ。
自分の事ながら呆れかえってしまう。
そして、私は不覚にもこんな性格を認めてくれた事に感動してしまった。
ここまで信用され任せようとするのならば、応えてあげなければと思ってしまった。
「よかろう、これも何かの縁だな。引き受けよう。」
「よし、契約は成立した。
戌亥 仁よ、これより其方は儂の御使いとして自由に生き事を成す事を許す。
次の人生を人の幸せと己の幸せのため有意義に生きられよ!」
神の宣告がされると私の頭上に祝福の光が優しく降り注ぐ。
流れ込んだ神の力に全能感を感じた。
「よし!済んだぞ。」
服装が長年着込んだジャージから道着に変化している。
自分が最強と思っている漫画の主人公がイメージされたようだ。
体中に力が漲るのを感じた。
「素晴らしい。」
私は思わず呟いた。
「力は移転先で確認すると良い。
道着の懐に収納を設けた。
手に持てる大きさならばいくらでも収納できよう。
聖餐もそこに収納しておいた。
それとな死んでしまうと輪廻の流れに飲み込まれる。
現世に転生してしまうでな、忘れる出ないぞ。」
「ありがとう、神よ。
あなたの御心に沿うよう精一杯生きると誓おう。」
かくして戌亥は異世界に転移した。
新しい人生に夢と希望を託して。