【5:赤根さんはやって来る】
◆◆◆
「先生に呼ばれたと思って職員室に行ったら、呼ばれたのは私じゃなくて他の子だった。勘違いしちゃったよ、あはは」
なんだそれ。
赤根さんっておっちょこちょいだな。
この前も数学と地学の教科書間違えたし、ちょくちょく勘違いするよな。
「無駄な時間使っちゃったから、急いで来たよ」
「なんで?」
「なんでって?」
「『転ゴブ』はもう観終わったのに、なんでここに来たの?」
「えっと…… 来たら迷惑……だった?」
「いやいやいや。全然迷惑なんかじゃないよ!」
「じゃあ……嬉しいとか?」
「へ?」
「あわわ、ごめん! 今のナシ! 変なこと言っちゃった」
赤根さんは耳まで赤くなってる。
まさか照れてる?
いやいや、ここまで走って来たから顔が火照ってるだけだろ。……だよな?
両手で顔をパタパタと仰いでるし、暑そうに上着を脱いだし。
「失礼しまーす」
誤魔化すように赤根さんがベンチにぴょこんと座る。相変わらず動きが可愛い。
エアクッションも主人が現れて、心なしか嬉しそうだ。
うわ、擬人化キッモ。今俺、めっちゃキモいこと思ってしまった。今のナシ。
赤根さんは何事もなかったように、弁当箱を開いて食べ始めた。
「あのさガタニ君。私、『転ゴブ』を観るためだけにここに来てるって思ってた?」
「ああ、まあね。だって教室とかじゃ、全然話さないし」
「あ……そうだね、ごめん。嫌な思いさせたね」
「別に嫌な思いはしてないよ」
「ガタニ君って優しいね」
別に優しさで言ってるんじゃない。
教室で話しかけられないのは、なんて言うか、当たり前すぎて嫌な思いもなにもない。
「教室で親しげに話しかけたらガタニ君に迷惑かけるかなって思って、気をつけてんだ」
「迷惑?」
「うん」
赤根さんはなぜか少し悲しそうな顔をしてる。
「ホントは私だって仲のいい友達とは普通に喋りたいんだよ」
「仲のいい友達って誰?」
「いや、ガタニ君のことだからっ! ……あれ? そう思ってたのはもしかして私だけ!?」
「え? いやそんなことは……」
うわ、俺失礼なこと言ったかな。
俺のこと、友達って思ってくれてるんだ。
いや、同じクラスなんだし友達と言えば友達か。
でもこうやって親しく話をして、仲のいい友達だって言ってもらえるのは嬉しい。
「もしかしてガタニ君としては、やっぱり友達じゃ満足できない的な……?」
「え? どういうこと?」
変なことを言われた。
意味がよくわからない。
俺が赤根さんと友達以上の関係を望むなんてあり得ないのに。
「いやいやいや! 別に! 何でもないからっ!」
なんか赤根さん、焦ってる。
もしかしたら俺が赤根さんを好きなんだと勘違いされたのかもしれない。
人気女子だから男子が何人も言い寄ってきて、困ってたもんな。そう思うのも仕方ない。
だけど俺は大丈夫だ。
俺には可愛い嫁(ただし二次元)と猫がいるんだから。
「えっと……話の続きだけど、私だって仲のいい友達であるガタニ君と、教室でも話はしたいんだけどね」
やっぱり俺のことを、仲のいい友達って言ってくれてる。嬉しいけどちょっと照れる。
「だけどみんなの前で私が親しく話しかけたら、ガタニ君が周りから……その、色々とさ。不都合があるかもって心配してるんだ」
「うん。言いたいことはわかるよ」
つまり俺が、他の男子達からやっかまれるということだろう。
申し訳なさそうな顔を見たら、赤根さんが本気で俺を心配してくれてるのがわかる。
「わかってる。だから俺は嫌な思いなんてしてない。赤根さんが気にすることはないよ」
「うん。まあこうして二人で話もできるしね」
「そうだね」
それからしばらく二人とも無言で弁当を食べた。
そして食べ終わると──
「あのさ。ガタニ君がめっちゃ面白いって言ってたラブコメ。観てみたいな」
あ。なんだかんだ言いながら、赤根さんはアニメ動画観るのが一番の目的でここに来てるんだ。きっとそうだよな。そうに違いない。
俺と仲良くしたいため、なんて妄想はあえて心の奥に無理矢理押し込める。
「うん、わかった」
スマホを取り出して動画を開く。
赤根さんは、もはや当たり前のようにイヤホンの片方を自分の耳に入れた。
何度も一緒に観て少しは慣れたけど、やっぱりそれでもこんな可愛い女の子と顔を近づけるのはドキドキする。
恥ずかしくて、目線を彼女の横顔からふと下に落とした。
ふわっ……
やべ。上着を脱いでるから、ブラウスを押し上げる胸の膨らみがはっきりわかる。
こういう服装の女子を間近で横から見るのはダメなやつだ。
えっと……思ったよりも大きいな。
いやいや、なに言ってんだ。
つい引きつけられる目線を無理やりひっぺがして、動画に移す。
ふう、落ち着け俺。落ち着け。
残念ながらこの日は、アニメの内容はまったく頭に入ってこなかった。
何度もヘビロテして観た推し作品だから、まあいいか。