【3:私は彼のことをこう考える】
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「ねえくるみん。一緒に帰ろっか」
私の名前をあだ名で呼ぶのは秋星唯香ちゃん。
中学から一緒で、今も同じクラスの大の親友だ。
小柄で小動物みたいに可愛くて、しかも優しくてとてもいい子。彼女にはホントに色々と助けられてる。
放課後もガタニ君と話そうと思ってたけど捕まっちゃったか。
まあいいや。友達は大切にしなきゃいけないし、彼とは明日の昼も約束してる。
あまりに何度も近づいて、彼にウザがられるのも嫌だし。
「うん、いいよ」
校門から出てしばらく下校路を歩いてたら、唯香が突然訊いてきた。
「くるみんさぁ。昼休みはどこ行ってたん?」
「え? いや別に。外でお弁当食べたら美味しいかなって思って、そうしてた」
「へぇ、いいね。じゃあ明日はあたしも外で食べてみよっかなぁ」
「あ、うん。だけど私は一人で食べたいから、一緒には無理だよ?」
「ん……?」
やっば。疑わしい目で見られた。
いきなりそんなこと言ったら、やっぱり変だよね……。私ってどんだけ言い訳下手すぎるのか。
「うん、わかった」
私を覗き込むようにしていた唯香はニコリと笑った。
変に詮索しないし、ホント助かる。
ありがとう唯香。
「ところでさ、くるみん。男性恐怖症はちょっとはマシになった?」
「ん、鋭意努力中」
男性恐怖症なんて言うとちょっと大げさだけど、私は男性と親しくなるのが怖い。
中学3年の時、たまたま出たテレビ番組のせいでSNSで顔写真が拡散して、色んな人からDMが来た。
会いたいとか好きだととかいうものが多かった。
私は中学生の頃、恋愛というものに興味がなかった。だから好きだと言われても戸惑うばかりだった。
さらには変なメッセージもたくさんあった。
家に来るとか、遠くから見てるとか。
だから怖くてSNSのアカウントを消した。
そんなことがあって、余計に恋愛というものに拒否反応を持った。
男の子と普通に話す分には全然大丈夫なんだけど、深く仲良くなるのはやっぱり怖い。
普段は明るく振る舞ってるけど、本当の私は臆病なウサギのように繊細な心の持ち主なのだ。
だから中学校でも男子からの告白はすべて断った。
告白されること自体もストレスだった。
「なるほどぉ、努力してるんだ」
「努力って言うかさ。もう私も高校生だし、男子とも普通に仲良くできるくらいにならなきゃね。唯香にも迷惑かけるし」
あの頃。私が告白されるのを嫌がってるって知った唯香が私を守ってくれた。
『赤根さんは恋をしない女の子だから、告白したり誘ったりしないで!』
そう言って言い寄る男子を追い払ってくれたのだ。
彼女は気が強いタイプだから、その効果は絶大だった。
唯香とは同じ高校に進学して、たまたま同じクラスになった。
高校に入学した頃、私に気づいた男子が近づいてきた。中学の時話題になったSNSを知ってたらしい。
その時も唯香が同じように追い払ってくれた。
なんてイケメンな女の子なんだろう。
それ以来私は周りから『恋をしない女の子』と呼ばれている。
人によっては『恋をしない姫』なんて呼ぶから恥ずかしいけど。
だけどおかげさまで告白をされることは数人で済んでる。そしてすべて断った。
逆に高嶺の花感が出てしまってるみたいだけど、今は仕方ないと思ってる。
「いつもありがとね唯香」
「は? なにが?」
「いや、色んなこと」
「突然どうしたの? ははは、くるみんって変な子」
だけど私ももう高校生。いつまでも唯香に頼るわけにはいかない。
少しは男子とも普通に関われるようにならなきゃいけない。
そう思ってたところに、ガタニ君が『俺は赤根が好きだ』と叫ぶのを聞いた。
不思議と嫌な気持ちにならなかった。全然怖く感じなかった。
それどころか、今までにないドキドキを感じた。
なぜなのか自分でもわからない。とても不思議だ。
それは彼の真面目で誠実そうな人柄のせいかもしれない。
それによく見ると案外可愛い顔してるし。
「いやん」
ガタニ君のことを考えていたら、恥ずかしくて思わず変な声が出た。
「なにが? どうしたのくるみん?」
「いや、なにもない」
「今日のくるみん、おかしいよ。いや、いつもか」
「いつも言うな」
私は彼がどんな人なのか気になって近づいてみた。
いやいや、これは恋なんかじゃない。それはわかってる。
だけど彼と話すことで、もしかしたら男子と話すことに慣れるのではないか。
──そんな気がしてる。
彼は想像通り真面目で誠実な人だった。
異世界アニメとかいう、私の知らない世界も知っている。あれ、ホントに面白かったなぁ。
「ねえ、くるみん。なにニヤニヤしてるん? キモいぞ?」
「いや別に。なんでもないし」
「ふぅーん……くるみん、なんかいいことあった?」
「ふにゃん」
「なに、ふにゃんって? ははは。くるみんって相変わらず面白いね」
しまった。図星を突かれて思わず変な声が出た。
唯香ってば名探偵のように鋭い。
うーむ……唯香に隠しごとするのは心が痛む。
仕方ない。言っちゃおう。
私はガタニ君のことを正直に話した。
*
「へぇ、なるほー ついにくるみんは恋に落ちたと」
「あ、あのさ唯香。別に好きとかじゃないから。どんな人なのかちょっと気になって、確認したいだけだから!」
「はいはい、わかってるって。冗談だよ。くるみんはお子ちゃまだからね。『恋を知らない女』だし」
「お子ちゃまじゃないし!」
「あはは、ぷんすかすんなし。そういう態度が既にお子ちゃまなんだよー」
「んもうっ!」
からかわれた。ムカつく。
でも変に大げさにとらえられるよりも気楽でいい。
ホントは心配してくれてるくせに、ごちゃごちゃ言わないところもありがたい。
「人によっては『恋をしない姫』なんて呼んでるよね。男子なんか、『恋をしない姫』に恋をさせるのはどこのイケメンだ? なんて言ってるし」
「その話、恥ずかしすぎるからやめてよ。それに私、別にイケメン好きってわけじゃないから」
「あはは、知ってる。でもくるみん。その男の子と接することで、男子への抵抗感が薄れるといいね」
「うん、そうだね。ありがとう」
持つべきものは親友だ。
いや──持つべきものは唯香のような親友だ。
ありがとう。