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【2:その日俺は彼女の衝撃的な言葉を耳にした】

◆◆◆


「えっと……なんとかガタニ君はいつもここでお弁当食べてるの?」

「御稜威ヶみいずがたにだ」


 やっぱまともに名前も覚えてもらえてなかった。

 赤根さんはカーストトップ女子だ。仕方ない。


「あ、ごめん。みいじゅ……っつつ、噛んだ」

「ああ、もうガタニ君でいいよ。無理すんな」


 この人、意外とおっちょこちょいだな。


 まさか赤根さん、ここまで俺を追いかけてきたのか?

 よっぽど強い恨みごとがある?

 うっわ、ヤッベ。……全然心当たりないけど。


「外で食べるのって気持ちいいね」


 ──え?


 なんでこの人、俺の隣に座って弁当広げてるんだ?

 隣に座っていいなんて返事してないのに。

 まあ別に俺の許可なんて必要ないけど。


 しかもちょっと固いけど笑顔だ。怒ってる感じじゃない。

 さすがに間近で見たらめっちゃ可愛いな。いい匂いがする。


 いや俺には嫁がいるんだ。浮気はだめだ。

 ……二次元だけど。


 二人並んで黙々と弁当を食べた。俺は当然、話しかける話題なんて持っていない。


 赤根さんもなぜか黙々と弁当食べてる。

 まあ俺みたいな地味で話し下手の男子と話すことなんてないよな。きっと他のベンチが空いてないから、仕方なく横に座っただけだ。


「ごちそうさまでした」


 赤根さんは食べ終わってきっちり手を合わせてる。礼儀正しいんだな。


 食事も済んだし、どっか行くだろ。

 俺も食い終わったし、ゆっくり動画の続きを観ることにしよう。


 赤根さんは隣でなぜか目を閉じて深呼吸をしている。そしてパッと目を開くと、いきなり話しかけてきた。


「何観てるの?」


 うわっ、俺のスマホを覗き込んでる!

 異世界アニメ観てるなんて、リア充女子からしたらキモいのひと言しかないだろ。見られたくない。


「えーっ? 隠さなくていいじゃん」


 俺がスマホを反対側に遠ざけたら、手首をぐいっと握られて引き寄せられた。


 女の子に手を握られるなんて初めてだ。女の子の手って華奢で柔らかいんだな。


 いやいや、それよりも!

 横から俺のスマホを覗き込むもんだから顔が近い!

 なんだこれ。爽やかで甘くて、くらっとするような香りがする。


 これだから陽キャ女子ってやつは……距離感バグってんのか?

 誰とでもこんな近い距離感なんだろうな。

 いや単に俺が異性だと思われてないだけかも。


 なんてことを考えてる場合じゃない。

 ヤバい。オタ趣味を知られてしまう!


 あたふたしてるうちに、スマホで流れる動画をガッツリ見られてしまった。


「へぇ〜これ、なんのアニメ?」


 異世界アニメだなんて答えたらキモがられるかな。

 いや、自分の好きなものを卑下する必要はない。


 堂々と答えてやろうじゃないか。そして堂々とディスられて、堂々と爆死してやろうじゃないか。


「あ、あの……異世界転生モノでさ」

「世界先生モノ? アメリカとかイギリスの先生?」


 あの……赤根さん?

 何をおっしゃってるんですか?


「そ、そうじゃなくて異世界転生モノだよ。『転生したらゴブリンでした』って言うんだ。略して『転ゴブ』。お、面白いんだよ……まあ興味ないと思うけどね……あはは」


 ぐはっ! 全然堂々と言えてない。死んだ。


「へえー……面白そう。ちょっと貸して」

「へ?」


 目の前に綺麗な指が伸びてきて、俺のイヤホンを片方取られた。

 そして彼女はそれを自分の耳にスポっとはめる。

 俺のイヤホンは両耳のイヤピースがコードで繋がってるタイプ。だから自然と二人の顔が近づく。


 いや待って。めっちゃ緊張する。

 学校で一番可愛い女の子と、こんなに近くに寄るなんて普通はない。


 しかも赤根さん、画面をめっちゃ食い入るように見てる。

 真剣な目つき。まつ毛長いな。

 いや待て。俺の好きなラブコメアニメの推しキャラの方が可愛いぞ。俺の嫁な。


 それにしても意外だ。こういうのに興味があるんだ。


「あのさ……なんなら最初から観る?」

「いいの? あっりがとー!」


 にっこり笑う赤根さんの顔が近い。

 さっきまでちょっと固い顔してたけど、嬉しそうな顔したらやっぱ相当可愛いな。


 オープニングまで早戻ししたら、彼女は子供みたいにわくわくした顔で一生懸命観始めた。


「お、このオープニング曲、アップテンポでいい曲だね!」


 赤根さんはリズムよく肩を揺らしながら俺を見た。

 ノリノリだな。


「お、そうだろ? 俺も好きなんだ」


 しまった。この曲好きすぎて、思わず食いついてしまった。キモがられてないか?


「そうなんだ! 趣味が合うね」


 趣味が……合う?


 いやいや。赤根さんは中学の時に『歌うま番組』で準優勝したような子だ。

 彼女の歌好きのレベルと、俺の歌好きのレベルは全然違うよな。


「これなんて曲?」

「えっと……『君は弱くなんかない』」

「そっかぁ。応援ソング、って感じのタイトルだね」

「そうだね」


 最弱モンスターであるゴブリンがどんどん強くなっていくこのアニメ。確かに主人公を応援する内容の歌詞である。


 気がつけば赤根さんはまた画面に目を落として物語の世界に没頭していた。幼い子供みたいな感じで、なんだかちょっと微笑ましい。


「おおーっ……がんばれ!」


 突然赤根さんが可愛い声を出したからビビった。

 すごく心配そうな顔で、ゴブリン君がやられそうになってるのを応援してる。


 マジ? そこまで入り込んでるのか?

 しかもキモいとバカにされているゴブリン君を、こんなに一生懸命応援するなんて。


 学校イチ人気の美少女なんて、プライド高くて偉そうなんだろうって決めつけてたけど、この子はなんか違う。


 赤根さんのいいとこ、一つ見つけてしまった気がする。


「やった! 勝ったよガタニ君!」

「あ、ああ。そうだね。勝ったね。勝ったのは俺じゃないけど」


 なんか赤根さんが無邪気にハイタッチしてきたから、思わずハイタッチで返してしまった。

 学校イチの美人の手に触れてしまったじゃないか。どうしてくれるんだよ。


「コレ、面白いね!」

「だろ?」


 自分が面白いと思ってるものを認めてもらった嬉しさ。

 同じものを面白いという人への仲間意識。

 今まで遠い世界にいると思っていた赤根さんが、なんだか少し身近に感じる。


 ……あ、ダメだ。勘違いしてはいけない。

 たまたま同じアニメを気に入ってくれたからといって、それで彼女と俺が仲良くなれるわけじゃない。


 俺は友達が少ないから、こうやって共通の好みがあるだけで親しみを感じるけど、赤根さんは数多くの友達がいるんだ。

 たまたま同じエンタメを好きな友達なんて山ほどいるだろう。


 こちらが勝手に距離が縮まったと思っても、向こうはそうじゃない。変に勘違いするのは、彼女にとって迷惑なだけだ。


 そうだよ俺。わきまえろ。相手は多くの人に好かれている人気ナンバーワン女子なんだ。

 それに俺には嫁がいるから浮気はいけない。……二次元だけど。


 その時昼休みが終わる予鈴が鳴った。


「あ、しまった! 次の授業の教科書を忘れてきたから、他のクラスの友達に借りに行かなきゃいけないんだった」

「そうなの?」

「うん。次の授業って数学でしょ? 間違えて地学の教科書持ってきちゃった。えへへ」


 高校に入学してもう二ヶ月経ってるんだぞ。表紙が全然違うし、普通間違えないでしょ。

 赤根さんってしっかりして見えるけど、案外うっかりさんなのかな?

 しっかりとうっかりは一文字違いだし。

 ……って俺、何言ってんだ。テンパってんのかよ。


「だから私、先に行くね!」

「うん」


 赤根さんって誰にでも分け隔てなく明るく接してくれるんだな。美人な上にこの性格だったら、人気ナンバーワンなのも納得だ。


 そんな子とたまたま昼休みの時間を共有できて、しかもアニメを楽しめたなんて。

 もしかしたら俺、今日はラッキーデーなのかも。

 こんなことはこれからの人生において、今後二度とないだろう。


 今日こうしてたまたま学校イチの人気美少女と同じイヤホンを共有したなんて素晴らしき思い出は、人生唯一のできごととして墓場まで持っていくことにしよう。


「いつっ……」


 立ち上がった赤根さんが突然顔をしかめた。


「どうしたの?」

「熱中してて気づかなかったけど、硬いベンチにずっと座ってたからお尻が痛い。あはは」


 美少女の口から出た『お尻』という言葉。

 ドキッとした。

 赤根さんのお尻、きっとふにふにと柔らかいんだろうな。


 ──いや俺、なに言ってんだ。変なこと考えるな!


「じゃあガタニ君。明日の昼休みもここでアニメの続きを観せてね!」

「うん」


 彼女は笑顔で手を振って、先に教室に向かって行く。


 ……え?

 なんだって? 明日も続き?


 俺は呆然として美少女の背中を見送った。

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