挿話13.××好きなメイドたち
「68.何故」でグレイソンと話していたメイド達。
「きゃ~~ッ!」
「ねっ、ほら言ったじゃない」
皇宮の一室の扉の前では、互いの顔を見合わせ、小声でささやき合う二人のメイドの姿があった。
「やっぱりあの二人は、もしかして」
「ねぇ……?」
「うん」
つい先ほど、グレイソンが入って行った扉を見て、ふふ、と目を細めて笑うメイド達。彼女たちはレオナルド直属の部下でありながら、普段は皇宮でメイドとして働いている。今も、主君の命を受け、スペンサー公爵家のご令嬢であるアイヴィーの世話を任されていた。
しかし、半刻ほど前にハールメン辺境伯が彼女の元を訪れた際、従者であるベルに立ち入りを禁止され、締め出されてしまっていた。アイヴィー本人の希望でもあり、同じ部屋には彼女の従者もいるため、二人のメイド達はしぶしぶ部屋へ入ることを諦めていたのだが……。
好奇心が抑えきれなかった二人は扉に頭を当て、中の音に耳を澄ませた。しかし、部屋の中から一切、物音がしない。しばらくして、意を決したメイドの一人が扉をノックすると、中からはベル一人が顔を出した。その際、部屋の中を覗き見ていたもう一人のメイドは、気づいてしまった。
この部屋の中に、あの二人が居ない。
そして、即座に二間続きとなっている奥の部屋にいるのだ、と理解した。
扉が閉まり、シン……とした通路でメイド達は小さく震え始める。
「ど、どうして……」
「そんな……」
そんな時に通りかかったのがグレイソンであった。
「庭園でだって、アイヴィー様ご自身がその身を犠牲にしてまで、騎士様を助けられていたそうだし」
「そうよ、なにせ名前を呼んでいらしたもの!」
「えっそうだったの!?」
いいなーっ見たかった~!と騒ぐメイドに、「いやでも、あの黒い靄、かなり気味悪かったわよ」と告げるもう一人のメイド。
「それにしても、これは本当に……」
「今だって、一刻部屋にこもりっぱなしって言ったら、すごい勢いで中に入って行ったしね」
「本当は半刻も経ってないのを、ちょっと盛って言っちゃったけど」
「でも、本当何のためらいもなく開けたわよね」
メイド達が再び扉へと視線を向けた瞬間、ガチャ、という音と共に扉が開いた。
反射的にピシッと姿勢を正すメイド達。
「あの、すみません……濡れタオルとかって用意してもらえます?」
「え……?」
開かれた扉からは、少し眉尻が下がったアドルが顔を出した。
そんなアドルを見上げたメイド達は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
──追い出された男!
──追い出された間男だわ!
「ア……スペンサー公女が、話してる途中にまた具合が悪くなってしまったようで」
「えぇっ」
「それは大変です。今すぐ準備しますわ」
どこか落ち着きのないアドルの言葉に、メイドの一人はパッと身をひるがえし、傍に置いてあったカートから水とタオルを取り出した。そして、手際よくタオルを濡らし、絞った。
「はい、ではこれを」
「あ……はい、え? 俺が渡すの?」
「えぇ……わたくしたちは立ち入りを禁じられていますので」
「…………」
眉間にしわを寄せ、渋い顔をするアドル。しかし、その数秒後。覚悟を決めたのか、ぎゅっと瞳を瞑った後、アドルは部屋の中に戻って行った。
扉の向こうからは、小さな悲鳴が聞こえた。
「ねぇ、どうして私たちで持っていかなかったの?」
てっきり私たちのどちらかが部屋へ入り、直接タオルを届けるものだろう。そう思ったメイドが問いかける。すると、アドルに濡れタオルを渡したメイドは、ニッと不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。
「ハールメン辺境伯様に、あの二人の姿を見てもらうのよ」
「?」
「見せつけるの」
軽く首を傾けたメイド。
その横でカートに飛んだ水滴を拭きながら、彼女は続けて言った。
「殿下とヴァネッサ様が公認になられてから、私たちの楽しみは減ってしまったじゃない?」
「えぇ……そうね。楽しみは減ってしまったわ」
「殿下は……以前にもまして尻に敷かれてる気がするけど」
「本当よねぇ」
「でもこれからは!」
「えぇ!」
──スペンサー公爵家のご令嬢と、殿下の護衛騎士のグレイソン、二人の身分違いの恋を追える!
二人の感情はぴったりと一致していた。
彼女たちは胸元に手を置き、瞳を輝かせている。
「それなのに、いくらアイヴィー様を救ったとはいえ、あんなポッと出の男に」
「えぇ、それに辺境伯様だと、微妙につり合いもとれなくもなくて……嫌だわ」
メイド達は今、巷で噂の身分の壁がテーマのロマンス小説にハマっていた。
そして、そのフィルターを通して現実を見ていた。
以前は殿下と護衛騎士。そして今は、公女様と護衛騎士。
お互い強く想いあっていながらも、世間が、社会がそれを許してはくれない。それでも強く求めあってしまう。そんな恋愛事情に、最高に燃えていた……。
「殿下とヴァネッサ様が結ばれたのは、本当におめでたい事なのだけれど」
「えぇ、なのにどうしてかしら……」
──この胸の熱は、収まってしまった。
お互い強く想いあっているのに、許されない恋。
結ばれてほしいのに、結ばれない。
そんな歯がゆい、複雑な感情を強く胸に秘めていたメイド達。彼女達は、いざその二人がくっついてしまった後、急激にその熱が冷めてしまった事に困惑しながらも、落ち込んでいたのだ。
二人を祝福していないわけではない。
しかし、それとは別に、胸の奥をトキメかせていたあの熱量は、どこかへ消えてしまった。
「でも」
そんな時、見てしまったのだ。
知ってしまったのだ。
──最近、騎士様が公女様を気にして見ている姿を!
──公女様が、今までのような鉄壁の張り付いた綺麗な笑顔ではない、どこか熱のこもった瞳で騎士様を見ていた瞬間を!
二人が思い出に浸り始めた時、ガチャッと音を立て、扉が開いた。
再び顔を出したアドルの表情は、何故かやつれているように見える。
「……」
「…………」
二人のメイドは顔を合わせ、コクリと頷いた。
「えっ、え? 何? なんなの」
「いいから、ちょっと一緒に来てくださいませ」
一難去ったと思っていたアドルは、酷く一方的な熱量を持ったメイド二人に捕まってしまった。そして、部屋の中での出来事を根掘り葉掘り聞かれ、一刻近くの時間を奪われる羽目となるのであった。






