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65.檻の中の男



 ある日の深夜。

 ふと目が覚めたグレイソン。

 妙に意識がはっきりとして、眠れそうにない。

 グレイソンは起き上がり、ベッドから出て扉を開く。

 通路へ出る。何故か、いつもより空気が重い。

 その中を、妙にふわふわとした不安定な地面を歩いているような、不思議な感覚のまま進む。

 見慣れた通路を、ただ歩いていく。


──誰かに見つかったら……また、叱られる。


 そう思いながらも、まるで何かに呼び寄せられているかのように、足が動く。

 やがて、屋敷の人間に、以前から何度も「ここから先へは、決して立ち入らないように」と言われていた、錆びた銀扉の前にたどり着いた。

 そっと手を置き、扉を開ける。キィ、と小さな音が響いた。


「…………ッ」


 重い、淀んだ空気。息がし辛い。

 どこか不気味なその扉の奥へ、ゆっくりと進んでいく。

 しばらくすると、目の前に階段が見えてきた。どうやら、地下へとつながっているようだ。



──そういえば昔、あの男たちが何か言っていた気がする……


 壁に手をつきながら、ゆっくりと、音を出さないように気を付けて階段を降りていく。


──この下に、いったい何が……


 階段を下りきると、再び扉。今度はさっきよりも、ずいぶんと小さい。

 扉を開け、さらに奥へ入る。


「…………っ!」


 壁に取り付けられていた魔灯が光った。

 ほんのりと明るくなった室内には、壁に沿っていくつもの鉄の檻が並んでいる。そして、その檻の中には、様々な形態の魔物がひしめき合っていた。

 檻の中を観察しながら足を進めていたグレイソン。部屋の中央辺りまで来たところで、ハッとして立ち止まる。

 ぐっと拳を作り、息をのむ。

 グルルルル、と低く唸り声をあげている一匹の魔獣。その檻の前まで近づいて行ったグレイソンは、そっと柵へと手を伸ばす。


「やめておけ」


 突然聞こえてきた声に、ビクリと反応したグレイソンは、慌てて声がした方へ振り向いた。真後ろの壁も一面、鉄の檻が並んでいる。その中に一つ、ゆらりと動く影が見えた。それは、魔獣の形とは違うようだ。


「悪いやつだな。ここには入っちゃダメって言われてただろ」

「…………にんげん?」

「魔獣に見える? ……ガオッ」

「…………」


 陽気に顔の傍で手を広げてそう言った男は、目線は合わせたまま無言でピクリとも動かないグレイソンに対して「無視かい」と呟いた。


「それより、そこ。あんま近づかないように気ィつけな」

「……?」

「そいつは特別、狂暴だからよ」


 男は、檻越しにグレイソンの目の前に居る魔獣を見ながら、「この前も、見回りに来た奴が勢いよく噛みつかれてたぜ」と言った。

 見回り……。


「オクサマが言ってたよ。“あの新しい子を捕まえるのは苦労したのよ”って」


 それを聞いた時、グレイソンはすべてを悟った。

 忘れもしない。

 今、男が言いながら目で指した────グレイソンの目の前にある檻の中にいたのは、あの日、グレイソンが住んでいた村を襲った魔獣であった。


「……はっ、」


 危険な魔獣をコレクションしている、奥様。

 騙して人を連れ去り、年端もいかない少女に手を上げる、旦那様。

 それにおかしいと思いながらも愚痴をこぼすだけで従う、大人の使用人たち。

 それら全部がまかり通る、貴族。



「こいつらぜんぶ、いっきに外にだせば……ぜんいん、……せるかな」

「…………そりゃ、大騒ぎになるだろうな」


 淀んだ目をしたグレイソンが、ボソリと言った言葉に、檻の中の男は静かに答えた。


「おじさんは、なんでつかまってるの」

「オ、ジサン……?」


 お兄さんの間違いカナ?と、檻の中の男はひきつった笑みを浮かべている。


「俺は愛した女に裏切られて、売られてしまったかわいそうな男さ」

「……」

「無視かよ」


 聞いといてそりゃないだろ!と声を上げる男に、グレイソンはスッと冷めた目を逸らし、魔獣がいる檻を見る。


「やめといた方がいいぜ。この柵と、お前が入ってきた、あの扉。その両方には、魔物用の結界が張られてるんだ」

「……」


 無反応のグレイソンに、は──っ、とこれ見よがしにため息をついてみせた男は、投げやりに続ける。


「人間以外の魔物が触れると反応して、オクサマ達に知られてしまう。んでもって、無理やり壊そうとすると、電撃浴びて酷けりゃ……あぁなる」


 男が指した檻の中には、黒く焦げた塊が見えた。


「……でたくないの? おじさん」

「そりゃ出たいに決まってる。お兄さんです」


 グレイソンは男が囚われている檻の前まで行き、そっと開閉部分に手をかけた。


「……あかない」

「そりゃそうだろ、鍵掛かってるもん」

「……カギ」


 グレイソンが視線を上げると、手を伸ばしてギリギリ届きそうな位置にひとつ、手のひらサイズの鍵がついていた。どうやら、それには魔法が利きにくい鉱石が使用されており、簡単には壊せないらしい。


「鍵はオクサマが持ってんだよ」

「オクサマ……」

「ま、とりあえず今日はもう帰りな。見つかるとマズイだろ」


 檻の中の男は、笑いながら手をひらひらとさせている。

 グレイソンは無表情のまま、何も答えない。

 しかし、彼がまとう雰囲気には、どこか憤りを感じさせるものがあった。


「またここに入ってこれたら、そん時は話し相手になってくれよ」

「…………」

「こいつらはウ~~とかギャォオンばっかりで、何言ってるかわからねーし」

「……うん」




 その日から、グレイソンは何度も夜中に部屋を抜け出すようになった。地下室へと降りていき、あの檻の中の男と話をする。

 男の話は、どこまでが本当か分からない。

 常に飄々とした話し方をしており、くだらない冗談をよく言っていた。この男が住んでいた所とか、自分を売った元恋人の話とか、いろんな話をした。それからもう一つ、オクサマの部屋について。


「なんで、へやをしってるの」

「なんでって、そりゃ俺はそういう目的で買われたから」

「……そういう」


 使用人たちは仕事の合間に、よく話をしていた。表情も変えず、普段から口数が少ないグレイソンが傍に居た所で、何も問題はないだろう、と下世話な話すら。その中で何となく得た知識で、この男が買われたという理由が分かったグレイソン。


──だったらどうして、こんな所に


「…………」


 一体……何をしたんだ。この男は。

 グレイソンの冷たい視線を浴びながらも、男は何が楽しいのか愉快そうに笑っている。


「それより」

「!」


 柵の間から手を伸ばした男が、グレイソンの前髪をかきあげる。


「やっぱ怪我してんな。どうしたんだよ」

「…………ころんだ」

「打たれたのか」

「……ぶたれて、ころんだ」


 グレイソンの額の擦り傷を見た男は、顔を歪めながら問い掛ける。


「最近なかったじゃねぇか……何ヘマやらかしたんだよ」

「オクサマのへやに入ったところを、みつかった」

「はぁ!?」


 思わず大きな声を出してしまった男は、ハッと手を自身の口に当てる。


「なんで、そんな事してるんだよ」

「……カギ、さがしてた」

「…………」


 無表情でありながらも、どこか落ち込んでいるように感じられるグレイソンを前に、男はふぅっとため息をついた。


「オクサマは、こんな地下室へや作って、人様には言えないヤバいコレクションをしてはいるが、表では慈善活動として孤児院への寄付を積極的に行ってる」

「…………」


 突然話し始めた男の内容に、グレイソンは首を傾ける。


「だがそれは、表向きというだけじゃない。あの人は実際、子供が好きなんだ」

「……」

「でも、あの旦那との間に子供はいない。……多分、」


 だから……と続けた男は、ふと口を閉じ、黙り込んだ。


「オクサマにもっと子どもっぽくせっしてれば、すきが出てへやに入れてもらえるかもしれないって事?」

「……お前は、どうしてそう」

「わかった」


 男の声を遮るようにして、グレイソンは立ち上がって言った。


「オクサマをだまして、カギをもってくる」





*





 半月ほどが過ぎた。


 オクサマが、次第に俺に笑いかけてくれるようになった。

 今日は午前の仕事の後に、こっそりと、一緒にお茶もした。

 でもその後、旦那様に見つかって打たれた。

 頬を腫らしたグレイソンが、檻の中の男に言う。


「もうすこしだったのに……」

「そうか」


 檻の男は、渋い顔をして笑った。


「はやく、ここにいる悪いやつら、ぜんいん……」

「…………」

「……なに」


 男は柵の間から腕を出し、俯いていたグレイソンの頭をガポッと片手で掴んでいる。ジトッとした目で、下から見上げるグレイソン。


「はなしてよ、おじさん」

「お・に・い・さ・ん」

「……」


 ぐぐぐ、と軽く手に力を入れた男。

 グレイソンは、その腕を両手で掴む。引き剥がそうとするが、びくともしない。


「…………」





*





「グレイソン」


 いつも通り、午前の仕事を終えたグレイソンは、オクサマに呼ばれた。

 控えめな返事をし、オクサマの傍へ行く。


「母と呼んでくれるかい?」

「…………」


──きもちわるい。


 長い爪。香水臭い。頭を撫でる手の感触。

 口元のしわも。あたたかさも。

 違う。

 何もかも、母さんとは違う。


──お前なんて、母さんじゃない。


「はい、おかあさん」


 グレイソンの言葉を聞いたオクサマは嬉しそうに笑って、再び頭を撫でた。


──きもちわるい。きもちわるい。きもちわるい。


 胸の奥に、ぐちゃぐちゃでドロドロの黒いものが溜まっていく。


 体が重くて、吐きそうだ。






 その日の夜、不快感が晴れず寝付けなかったグレイソン。

 夜の通路。

 いつものように部屋を抜け出したグレイソンは、男がいる地下室に続く扉へと向かう。

 しかし、今日はどうも様子がおかしい。

 いつもと、何かが違う。


「!」


 その時、小さな明かりと人の気配を感じたグレイソンは、慌てて柱の陰に身を隠した。


「──で、えぇ、例の薬で地下室を」

「あぁ、アイツの趣味も、そろそろ──」


 男たちが何かを話している。

 柱から少しだけ顔を出したグレイソンは、そのうちの一人が、この屋敷の旦那様であると気づいた。

 男たちの会話に、耳を澄ませる。


「この薬で興奮した魔獣たちをやむなく処分、という話でしたね」

「声が大きい」

「も、申し訳ありません」


 薬……? 魔獣の興奮剤……


「日程はお変わりなく?」

「そうだ。三日後に」


 明かりと、二人の足音が遠ざかっていく。


「……」


 男たちが去り、完全に姿が見えなくなったのを確認したグレイソンは、歩きながら考える。

 旦那様は、元からオクサマの趣味にはいい顔をしていなかった。

 そういえば最近は、深夜に鳴き続ける魔獣も増えていた。きっと、それに腹を立てている旦那様が、事故を装って地下室の魔獣たちを殺そうとしているんだろう。


『三日後に』


──……!


 今しがたの男たちの会話を思い返したグレイソンは、ハッとして立ち止まる。


──檻の中の、あの男が危ない。



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