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63.建前



「いくつか、聞きたいことがある……あります」

「……構いません、けど」


 扉が閉まるなり、正面に座るアドルが早速口を開いた。

 タメ口の途中で中途半端に弱気になっているのが気になるが……。

 もはや意味があるのか分からない不審な敬語を使うアドルに、「話しやすい話し方で構いません」と告げたアイヴィー。じっと探るような視線を送り続けるアドルは、数秒考えた末、「わかった。そっちも話しやすい言葉でいい」と返してきた。


「……」

「…………」


 お互い、視線を交じり合わせた状態で、沈黙が続く。

 やがて、小さく口を開いたアドルが問いかけた。


「世界征服、とか、考えたりしてるか?」


──?


「してない……ですけど」


 世界征服……? どうしてそんな事を。

 突然の突拍子もない質問に、アイヴィーは心底理解できないと言った表情を浮かべている。


「本当か……?」

「えぇ」


 疑問に思うアイヴィーの正面で、じっと慎重に様子伺っていたアドル。話している途中、一度もアイヴィーの目から視線を離さなかった彼は、アイヴィーがそんなことを考えてはいないと分かったのか、小さく息を漏らした。


「っは──! ……よかった」


 ドカッと勢いよく背もたれに体を預けたアドルは、どこかホッとした様子である。緊張の糸が切れたのか、ずいぶん空気が和らいだのを感じる。やがて、もぞもぞと起き上がったアドルは、目の前に置かれているお茶をズズーッ、と音を立て勢いよく飲み始める。


「お前、転生者だろ」

「……!」


 ぷはっ、と口元からカップを離したアドルが、ずいぶん軽くなった口調で言った。それにピクッと反応したアイヴィー。


「あなたも、そうなんですね」

「うん」


 アイヴィーの問いにケロッとした様子で答えた彼は、ティーカップを机の上に置きながら「やっぱりなぁ」と声を漏らした。


 今二人が向かい合って座っているこの部屋は、先ほどアイヴィーがいた部屋の隣に、二間続きで用意されていた部屋である。ここを訪れた彼の目的は、おそらくこの話題だろうと感じ取ったアイヴィーは、外に会話は聞こえないよう遮音魔法を展開したのち、扉の向こう側にはベルに控えてもらっている。


──やっぱり、主人公アドルは転生者だった!


「このあたりさ、前に一回、様子見に来たことがあんだよ。そん時は、ほら……昔、スペンサー公爵が陥れられる事件あったじゃん」

「……えぇ」

「それがなんでか、解決はしてないにせよ、悪い貴族たちはおっぱわれてるし、なによりスペンサー公爵の雰囲気が全然違ったから、もしかしたら公爵に前世の記憶があるのかと考えていたんだけど……アイヴィー()の方だったんか」


 どうやら彼は、この世界に生まれてすぐ────つまり、赤ちゃんの頃から前世の記憶があり、両親が自身につけた「アドル」という名前から、自分がこの世界の原作『Heads or tails』の主人公に転生していると気づいたのだそうだ。

 そして、早期から魔術や剣術を駆使し、原作の中盤以降で手に入れるはずだった聖剣や特別な魔導具を手に入れ、今日の今日まで自身の領地の繁栄に生かして過ごしていたらしい。


「チートじゃん」

「チートじゃねぇわ! 小っさい頃にめちゃくちゃ特訓したんだわ!」


 アドルに転生したこの目の前の人間は、原作通りに家出て旅に行くことをしなかった。生まれた領地の繁栄のため、土地の開拓や新規商品の開発、様々な事業を計画展開し、「質素な村」と呼ばれていたハールメン領を、今ではちょっと豊かな、貿易が盛んな街へと発展させているらしい。


──なるほど。


 領地経営。めざせスローライフ!

 ……と言いながらも、何かとせわしなく生きることになる領地経営派か。


 アイヴィーは口元に手を当て、気分が乗ってきたのかペラペラと話し始めたアドルを見つめ、黙考する。


「いやー俺も、最初はまさかとは思ったよ。あの漫画は好きで最後まで読んでたし、劇場版まで見に行ったくらいだし」


──えっ


 驚いた表情を浮かべるアイヴィーに、アドルはかまわず話し続ける。


「でもやっぱ、後々のシリアス展開でボッコボコにされるって分かってて、普通にその道歩みたくないじゃん?」

「…………」

「痛いの嫌だし、だからレオナルドにヒロイン拾わせるように仕向けたり、ちまちまとフラグ回避しつつ、好きに生きてたわけよ」


 このアドルの口ぶり。自身に関わる重要な出来事フラグ以外は特に干渉せずに生きてきた、ってこと……?それなら、記憶を取り戻してすぐの頃、あんなに頑張らなくても、アドルたちは公爵邸に来なかったってこと……?

 私の苦労は……?

 いや、それよりも。


「え、待って、劇場版って」


 アドルはなんと、アイヴィーが見れなかった劇場版の内容を知っているらしい。


「驚いたわ。まさか劇場版の黒幕だけじゃなくて、ラスボスまでお前のそばにいるんだもん」

「え」


 黒幕と、ラスボス……?

 アドルの発言に、動揺を隠せないアイヴィーは恐る恐る口を開く。


「く、黒幕って……?」

「テオドール。お前の義弟の」

「え⁉」


 アドルの声を遮るようにして声を張り上げたアイヴィーに、ふぅっと息を吐いたアドルはさらに続ける。


「ちなみにラスボスってのは、あっちの部屋に居るお前の従者だよ」

「ベル⁉」

「あ、あぁ。そんな名前だったか? 映画だと違った気がするけど」


 コードネームとかだったんかな、髪もなんかサッパリしてるし……と首を傾けるアドルの前で、アイヴィーはあんぐりと口を開いて固まっている。


 嘘でしょ⁉

 そんな……ベルとテオが劇場版の悪役⁉


──やっぱスペンサー公爵家(うち)って、完全に敵陣営ダークサイドじゃん!!


 わなわなと震えているアイヴィーの前で、カチャンと音を立てティーカップを置いたアドル。


「劇場版のテオドールは、自らの裏切りが原因でアイヴィーを失ったことを悔いて闇落ちすんだよ。……救われてなかったんだよ、あの後……結局」


 テオ……。

 今聞いている話は、この世界のテオの事ではない。けれど、胸の痛みを覚えたアイヴィーは顔をしかめながらも、アドルの話に耳を傾ける。


「そんで、アイヴィーが使ってた裏社会に身を落として、そこで……えっとベル? と出会って契約みたいなことすんだよ。アイヴィーを奪った原因になる主人公おれたちと、あと主にグレイソンとレオナルドだな、この二人を狙って襲撃すんの。最後には、自分の命引き換えにしてもかまわないって。特殊魔法契約まで結んで」


 特殊魔法契約……?

 それは違法な何かなんだろうか。


「それと、グレイソンとレオナルドの過去の話もあったな」

「…………!」


 そっ、それ!!

 アイヴィーはそれが何よりも気になっていた。

 なんせ、推しがメインに話に絡んでくる劇場版。アイヴィーはそれを観ることなく命を落とした……前世の大きな心残りだ。

 一瞬、目を露骨に輝かせたアイヴィーを前に、ぱちぱちと瞬きを繰り返したアドル。少し真顔で黙考したあと、口を開いた。


「あーちょっとまって。この前新しく覚えた、俺の記憶を見せるやつ……」


 アドルは瞳を閉じ、片手を自身の額に触れた。そして、もう片方の手をアイヴィーへと向け伸ばした。


──……?


 急に変なポーズを取り、ンンン~~、と唸り始めたアドル。その前で、アイヴィーは真っすぐ彼を見つめる。


「いった?」

「なにが?」

「んんん……?」


 なにも来てないが、とやや冷めた目に変わり始めたアイヴィーの前で、「あれ、どうやんだっけ……」と頭を抱え始めたアドル。

 大丈夫かコイツ……。

 はぁ、とため息をついたアイヴィーが目を瞑った瞬間、突如、脳裏に幼い黒髪の少年が映った。


「あ!」

「お、いった?」

「っぽい!」


 んんん、とさらに唸り声をあげるアドル。


「は……はわ……あわぁ……」


 アドルから送られる記憶映像に、アイヴィーは自然と自身の口角が上がっていくのを感じた。緩みだした口元からは、気の抜けるような声が漏れる。

 映像の男の子は、ぱっちりとクリクリした瞳で周囲を見ている。やがて、お目当ての人を見つけたのか、振り向いた彼は思い切り溢れ落ちそうなほどの笑顔を見せる。その光景は、とても幸せそうだ。


「ま、まさか……これ」

「そう、これはグレイソンのショタ期」

「は……はわ…………」


 普段であれば、幼少期って言いなさい!とツッコムところだが、今脳に映っている映像があまりにも可愛くて、尊くて、守りたいこの笑顔……すぎて、もう言葉にできない。

 アイヴィーの語彙力は、息をしていなかった。

 映像が途中で、ぷつんと途切れた。


「ね、これで劇場版分、全部みせてよ」

「鬼か? お前は」


 はぁ、はぁ、と息を切らしながら悪態をつくアドル。

 今見せてくれたこれは、どうやら慣れない魔術だったらしい。額から汗を流している彼は、酷く疲れている様子だ。「そんな細かく全部覚えてねぇし、ナチュラルに海賊版を要求すんじゃないよ」と言ったアドルは、ふぅっと息を吐いた後、残っていた紅茶を一気に飲みほした。


「それに今のは、ほんの一瞬のいいとこだから……内容結構えぐかったよ」

「余計に気になる……」

「まぁ、口頭でいいなら簡単に伝えるけど」


 ふぅっと一息をついたアドルの言葉に、アイヴィーは考える。

 これからの未来、もしかしたらその情報の中には、知っておいた方がいいものがあるかもしれない。

 そう、これはもしものため。

 決して、己の欲のためだけではない。

 アイヴィーはしっかりとアドルを正面から見つめ、背筋を伸ばした。



「よろしくお願いします!!!」



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― 新着の感想 ―
[一言] 同郷だったけど。関係者じゃなかったぁ! でも、良い奴でよかったぁ (о´∀`о) だがしかし。 やっぱり、ダークネスな家系だったのね、、、 さすが、アイヴィー。 全くそんな雰囲気無くて…
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