53.ブレねェな
そして、現在。
本日は市街地で、民たちに向けた婚約披露パレードが行われている。
ライアンとは、さっきたまたま、屋台メシを堪能している所でばったり出会ったアイヴィー。街へ降りてくる時の定番、いつもの商人の娘スタイルのアイヴィーを見て、ライアンは一瞬驚いた表情を浮かべていた。しかし、これまでの間、生き生きとしたオタク姿のアイヴィーを間近で見てきていた彼は、何かに納得した様子で特にそれについて触れる事はなく、他愛のない話を始めた。しばらくすると、パレードの音楽が大きく流れ始め、レオナルドたち御一行が近づいてきたのが分かったため、最前列からは程遠い隅の方で、一緒に並んでみていたところだ。
「欲しいならさっき買えばよかったじゃない」
「お前が旨そうに食うからだろ」
「……」
差し出された手を避けながらそう言ったアイヴィーに、食い下がるライアン。2人の攻防は、手に持つ最後の一本の串肉をアイヴィーがぱくっ、と咥えたところで決着がついた。
「ケチくさ」
「へひははい」
もぐもぐと頬を動かしながら串肉を味わうアイヴィー。その横に立っていたライアンは、目を細めてアイヴィーを見た後、ふと視線を上げながら声を漏らした。
「あれ、レオナルドじゃねェか?」
「ング……ッ⁉︎」
口いっぱいに串肉を頬張っていたアイヴィーは、ライアンの言葉に思わず噎せ返る。そっと視線を向ければ、人混みをかき分けこちらへ向かっている一人の人間の姿があった。淡い色の麻布を身に纏っているものの、そこからかすかに見える金髪は、太陽の光を反射してキラキラと輝いて見える。アイヴィーはハッとして、持っていた串を慌ててライアンに渡した。
「まさか、こんなところで会えるとはな」
周りには気づかれぬよう、フードを深くかぶり小声で話すレオナルド。口に手を当てあてながら、頬をモゴモゴさせているアイヴィーの横で、ライアンが問いかける。
「殿下こそ。まだパレードの途中では?」
「あぁ、顔が攣りそうだから少し休ませてくれと言われてな、今は休憩中だ」
ヴァネッサさんか。
この前の披露会の時も思ったけど、綺麗に笑顔を作ってたもんなぁ。
さっき一瞬だけ見えたパレードの真ん中でも、優しい笑みを浮かべながら手を振っていた。いつもの能面スタイルを知っているだけに、思わずワオ……と心の中で感嘆が漏れたほどだ。
口の中の肉をようやく飲み込み、会話に入ろうとしたアイヴィーと目が合ったレオナルドは、ふっと口元を緩めた。
「上から見えていたぞ」
「!」
「驚くほどいつもとは雰囲気が違うな。一瞬目を疑った」
全く貴族とは思えんな、と続けて言ったレオナルドに、アイヴィーは一度唇をかみしめた後、口を開く。
「殿下こそいいんですか、こんな所へ。護衛もつれずに」
「あぁ。ここは私の庭だからな」
そういえば、レオナルドも幼少期から城を抜け出して、よく街で遊んでたんだっけ。
アイヴィーが彼の過去について思い返している中、ライアンとレオナルドは話に花を咲かせていた。
「パーティ?」
「あぁ」
どれくらいの間か続いていた立ち話。その中で、ふと視線を向けたレオナルドは、柔らかい表情でアイヴィーをパーティへと誘った。しかし、考え事をしていたせいで、半分ほど話を聞いていなかったアイヴィーは、首を傾ける。
「式典はもう終わったのでは?」
「公式のはな」
「?」
当日は警備をしていた為、直接挨拶をすることはできなかったが、二人の婚約披露会はしっかりと見ていた。
どういうことかと疑問を顔に出したアイヴィーに、レオナルドは続ける。
「あのアイドル……をやっている、カノンを知っているだろう」
「えぇ」
「彼女たちが、街の仲間を集めてパーティーを開きたいと言っていてな」
なるほど。
確かに先日行われた婚約披露会と、今行われている街頭パレードはどちらも皇族としての責務である。そういった表立ったものではなく、レオナルドと幼い頃からの仲間たちを集めた内輪のお祝いパーティーを開く、ということか。
でも……。
「そこに、私が行ってもいいのですか?」
「あぁ、ヴァネッサが是非と言っていた」
そう言ったレオナルドの顔は、年相応か、それ以下に感じるほど無邪気な笑顔だった。
デ、デレデレやんけ……。
毒気を抜かれたアイヴィーの前で、レオナルドは隣に居たライアンへと視線を向けた。
「サンダーズ先生もいかがだろう?」
「え、俺?」
「カノンも喜ぶと思う」
レオナルドの言葉に、少し考えた後、「あーじゃあ……」と気の抜けた返事をしたライアン。
「で、それはいつやるんだ?」
「それが……」
ヴァネッサを加護する守護龍が味方に付き、防御能力は今までとは桁外れに上がっている。とはいえ、魔物召喚の一件で、レオナルドは勝手に皇宮を抜け出していることがバレてしまっていた。そのため、現在は公的な催し以外で、外に出る事を厳しく制限されているそうだ。
「なら、俺ン家使うか?」
「え」
「この前、新しく一軒家を建てたんだ。魔導具が収まンなくなってな」
セキュリティ方面は問題ないし、人も大勢はいるぜ。と続けて言ったライアンの提案で、パーティ会場に続いて日時までスルスルと決まっていった。
「いやぁ、今の家が手狭になってな」
「今の家って、十分広くなかった?」
「魔石がなぁ」
「魔石が、そんなに……?」
ライアンの新居についての話題で盛り上がった後、やがて、「では、私はそろそろ戻る」と爽やかに消えて行ったレオナルド。
よく見れば、彼の手にはこの辺りで有名なお菓子のお店のマークが入った袋が握られていた。どう考えても、ヴァネッサのためのものだろう。
「し、尻に敷かれている……」
「言ってやるな」
去って行くレオナルドの背中を見送りながら、乾いた笑みを浮かべたアイヴィーに、ライアンはすぐ横でやれやれと呟いた。
「あ! なんで食べてるの!?」
言葉尻に違和感を感じて顔を上げたアイヴィーが、わっと声を上げた。
レオナルドの突然の出現により、とっさに渡していた串肉の最後の一つを、ライアンはいつの間にか口に入れて、平らげてしまっていたのだ。
「ンだよ、いらねぇんじゃなかったのか?」
「持ってって渡してただけ!」
「うっせーな、買ってやるから」
「もうないの! 売り切れ直前の最後の一本だったのに」
賑わいを見せる街の片隅で、小競り合いの声がしばらく続いていた。
*
迎えた内輪のお祝いパーティー。
会場となったライアン邸には、個人の家の一室とは思えないほどの広さの部屋に、思ったよりたくさんの人が集まっていた。見るからに普段着の平民の姿の者もいれば、見たことのある商人や貴族の姿もある。
レオナルド。交友関係、幅広……
その隅でそっと佇んでいたアイヴィーに、ライアンは首を傾けながら尋ねる。
「あれ? さっきの従者は?」
「ベルはあっち」
きょろきょろと周りを見渡したライアンに、アイヴィーは端っこの方で気配を消しているベルへ視線を向けながら答える。
「なんであんなところに居るんだ。こっちくればいいだろ」
「人見知りなの」
ベルの事はそっとしておいてあげて。慣れたらその内ひょっこり来るから。
というか。
──どう見てもあれって、ステージよね。
アイヴィーはこの部屋に入った時から気になっていた、今いる場所から対角線上にある、少し高くなっているゾーンに目をやる。
「なんで自分の家にライブステージ作ってるの?」
「転生した俺は、前世夢だったアイドル活動を全力で楽しむことをモットーに生きてるだけですが、何か?」
呆れ気味に言ったアイヴィーに、視線をステージへと向けたライアンは、しれっと答えた。
長いタイトル風に変な返しすんな! 返しづらいわ!
あと文末懐かしいな!
口を半開きにし、露骨に変な顔をしたアイヴィーに、ふっと笑ったライアンが口を開く。
「それよりなんかお前、今日はいつもと感じ違うな?」
「あら、わかっちゃいましたか」
胸元に手を当てたアイヴィーは、嬉しそうに微笑みながらくるりとその場で回って見せた。
「今日はなんと、全身推し色カラーです!」
本日のアイヴィーは、これまで着たことのない、深みのある真っ赤なドレスを着ていた。この深紅は推しであるグレイソンの瞳の色であり、イメージカラーである。腰と首まわりに施された装飾のリボンは黒色で、こちらは推しの髪色である。
「いつもは差し色に、ワンポイント程度に推しのイメージカラーを入れていたんですが、こんなにも全身推し色カラーを身につけるのは初めてで、正直ドキドキしています」
「ブレねェな」
このドレスの色とデザインは、昨今の流行からは大きく外れている。加えて、他のドレスよりも露出が高めであったため、今まで一度も着た事はない。なんなら、購入時に既に分かっていた。きっとこれを、外で着ることはないのだろう、と。
しかし、抗えなかったのだ!
目の前に出されたものの中で、圧倒的に飛び込んできた、推し色のドレス!
目を奪われた推しをイメージするドレス!
それを前に、購入しないという選択肢はなかった!
これがオタクの性! オタクの業……!
だから本日、こうして公式ではないパーティーでこのドレスを着ることができるのが、とても嬉しかった。
ニッコニコで楽しそうにそう語ったアイヴィーに、やれやれと言った様子でライアンは見下ろしていた。
「あ」
「? なに?」
「んーー、いやぁ……?」
ライアンの視線を追っても、辺りには人、人、人で何を見て声を上げたのかは分からない。
なんなんだ、この間から。
アイヴィーがライアンに不審な視線を送った矢先、場内で小さなざわめきが起こった。
「?」
注目が集まる方へと視線を向ければ、そこにはレオナルドとヴァネッサの姿。しかし、本日のヴァネッサは森で祝福を受けた後の本来の姿ではなく、これまでの、この世界で初めて見た時のような、桃色の髪と瞳をしていた。
パチッとヴァネッサと目が合ったアイヴィー。
すると、彼女はレオナルドの元を離れ、こちらへと近づいてきた。
「!」
「おい」
アイヴィーのすぐ前まで来たヴァネッサは、スッとその身を下ろし膝をついた。レオナルドが制止を促していたが、ヴァネッサは構わずアイヴィーの前で跪く。そして、アイヴィーの手を取り、額に持っていく。次に、自分の顔の左右へ持っていったあと、最後に手の甲に口づけをした。
──これは……
それは、この国での騎士の誓い。
「アイヴィー・シャーロット・スペンサー様。貴方に加護と祝福を。そして──」
突然のヴァネッサの行動に、思わず固まってしまっていたアイヴィー。この能面のような表情に加え、淡々とした口調で告げられる誓いの口上。原作で知っていた彼女とは、かなり違っている今のヴァネッサ。
「──剣であり盾になり、貴方を守ることを誓います」
「……」
でもこの行動は、多分。
──とても喜んでいるってこと、なのかな。
皇宮付近で負傷してから、レオナルドの婚約者となり民への披露を追えるまで、ヴァネッサと言葉を交わすことがなかったアイヴィー。それもそのはず、アイヴィーがレオナルドに彼女の真実を告げてから、怒涛の超高速展開だったのだ。婚姻を結ぶことに関しては、事前にレオナルドが手を回していたとはいえ、きっと目が回るほど忙しさだっただろう。
──と、いうか。
皇太子の婚約者となった、守護龍の加護を受けている彼女に守ると言われてしまった。
守備力最強じゃない……?
アイヴィーは思わず浮かべてしまっていた驚いた表情をスッと引き締め、口元は弧を描いた。そして、以前のような完璧な貴族令嬢のようなしぐさで応える。
「ヴァネッサ・ディアス卿。貴方と、貴方が愛するすべてのものに、加護と祝福を」
*
グラスのぶつかる音と響く笑い声で、ワイワイと賑わう室内。
当たり前だけど、いつもの貴族のパーティーとは雰囲気が全然違う。
気取った様子も張り詰めた空気もなく、ただ集まった者たちが笑いあっている姿があちこちで目に入る。その光景に、不思議とアイヴィーの心をほぐされていた。
なんだか、こういう雰囲気……ちょっと、懐かしいかもしれない。
パーティーが始まってしばらくたった頃。
グラスを片手に顔見知りの人間と談笑していたアイヴィーは、遠くの方から手招きをしているライアンに気づき、その場を離れた。
「な、頼むわ」
「エー……なんで私が」
ライアンに向かって、口をすぼめながら露骨にめんどくさそうな顔をするアイヴィー。丁度この会場の下にある保管庫に行って、あるものを取ってきてほしいと頼まれたからだ。
わざわざ呼び出して何かと思えば。
「我、公爵令嬢ぞ?」
「はっはっは」
冗談交じりに言った言葉を、大袈裟に笑って流したライアン。
彼は、未だ不満げな顔をしているアイヴィーの肩をガシッと掴むと、引き寄せて耳打ちする。
「この後サプライズ用意してんだよ。他のやつらはそれで手がいっぱいだから頼むわ」
「……うん」
サプライズ。
それはきっと、あの目立つライブステージに関係したことだろう。さっきからゆらゆらとカーテンが動き、人の影が見え隠れしている。
「お前の従者にも頼んである」
「えっ。いつの間にベルと仲良くなったの」
驚いたアイヴィーを前に、ライアンはニンッと笑った。
解せない。
結局、その場を離れ、おつかいのため一人で地下室へと降りて行ったアイヴィー。たどり着いた扉を開け中に入れば、室内は少しひんやりとしていた。
「あ、あった。これかな」
アイヴィーが棚に並べられている中から、お目当てのボトルを一つ手に取った。そして、ボトル片手に会場へ戻ろうと扉へと向かった。
ガチャガチャ
アイヴィーが扉の取っ手を掴む手を動かすが、ビクともしない。
「ん?」
ぐっと前に押してみる。ビクともしない。
「……?」
握っていた取っ手を思い切り捻る。ゴンゴンッ。何をやっても開かない。
試しに魔法を使って、扉を開けようと試みる。バチンッと弾かれた。
──あれ……?
アイヴィーが顔を近づけ、じっくりと扉を見ると、そこには細かい術式が刻まれているのが分かった。
えぇ……。これまさか、ライアンの魔術が掛かってる扉なんじゃ。
例の教団の集会所だと思われていた扉にも施されていた、ライアンの魔術。あのベルですら解除は不可能であったそれは、もちろんアイヴィーも解除はできない。
──仕方ない。破壊しよう。
アイヴィーは片手を扉にかざし、得意の風と水のドリルやいくつかの攻撃魔法を放った。だが、攻撃はすべて弾かれ、びくともしない。
うそでしょ…………
──閉じ込められてるじゃん!
せめて、どこかに抜け道とか!
そんなもの作っているはずはないとは思うが、扉以外の壁を慎重に見て回るアイヴィー。
──ここなら破壊できる……?
アイヴィーは通路がある壁面を見て、顔をしかめる。
いやまって……
──よく見たら壁一面に術式埋め込まれてない!?
目を凝らしてみれば、壁一面には小さな文字で様々な術式が刻まれていた。その中には、防御魔法もあれば、攻撃を跳ね返す術式も刻まれている。下手に魔法を放てば、数倍の力に変換されて自分へ返ってきかねない。
式が途中で途切れているものもある。おそらく、ここの家主はこの壁に術式を直接刻みながら、新しい術式や混合術式を考えていたのだろう。
紙にかけ!紙に!
──つ、積んだ……完全に積んでいる……。
「誰か早く来て……」
ヘロヘロと床に腰を下ろし座り込んだアイヴィーは、膝を抱えながら静かに助けを待つしかなかった。






