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49.私のかみさま



 神様なんていない。



 小さな国の王族として生まれたヴァネッサは、物心がついた頃には離宮に閉じ込められ、一人寂しくひっそりと暮らしていた。

 彼女は、王族に代々伝わるという金色の瞳と髪を持っていなかった。そのため、その存在を煙たがられたヴァネッサは、生まれてすぐ離宮へと閉じ込められる事になったのだ。

 食事や生活のため、毎日何人かの人の出入りはあるものの、話し相手になってくれるような存在はおらず、一日中、部屋の中で独りで過ごしていた。中にはほんの数人、ヴァネッサの境遇を憐れんでくれた者もいた。一人のメイドは、数冊の本と古びた人形をくれた。一人の給仕係は、外で暮らす人々について教えてくれた。


 彼女がいつも過ごしている小さな四角い空間。この部屋に一つだけ取り付けられている小さな窓から見える外の景色は、とても色鮮やかで輝いて見えた。今、自分がいる、周り一面が壁で覆われている灰色の世界とは、まるで違って……。


「わたしも、いつか」


 ヴァネッサは窓へと向かって手を伸ばす。

 生まれてから一日中、この狭い空間で生きてきた彼女は、外の世界に憧れていた。いつか大人になる頃には、自分の足で、あの色鮮やかな世界に飛び込んでいける日がくると夢見ていた。

 だが、その念願が叶った日。生まれて初めてあの灰色の牢獄から外に出られたヴァネッサは、終戦のための人質として、死んでもかまわないという王族の判断で、敵国へ送り出されるものだった。


 神様なんているわけがない。


 神様がいるのなら、どうして神様は私にこんな境遇を与えているんだ。


 敵国への移送中、ヴァネッサは終戦を妨げるため敵国に雇われた組織に襲われた。自分と歳のそう変わらない小さな少年が前線で両手を上げ、あたり一面を破壊していく。轟く雷鳴。燃え上がる炎。人々の泣き叫ぶ声。その光景は、まさに地獄と言えるものだった。


 ヴァネッサがずっと夢見ていた外の世界は、ちっとも鮮やかで綺麗なものではなかった。


 少年が起こした爆風で、ヴァネッサは遠く離れた森林の川に飛ばされた。咄嗟に、一緒に流されていた壊れた木箱に必死でしがみついた。これまで、一日中あの狭い部屋に閉じ込められ、まともに体を動かした事が無かった彼女の体力は限界を迎えており、木箱を握る手は震え始めた。意識も朦朧とし始めた時、あの離宮の中で読んだ一冊の本を思い出した。


──『守護龍と赤の戦士』


 昔々、大昔のお話。

 その地には、圧倒的な力で民たちを守る赤の戦士がいた。

 赤の戦士は、村に襲い来る魔物から、人々を守るために戦い続けた。毎日、毎日、ずっと。

 しかし、ある日、赤の戦士は強大な敵にやられてしまう。ボロボロの状態で村にたどり着くも、人々は赤の戦士の姿を見て驚愕し怯える者ばかりで、手を差し伸べる者はいなかった。

 赤の戦士は、命を懸けて、ずっと人々のために戦い続けていたのに、いつのまにか、人々にとっては、それが当たり前の事になっていた。

 赤の戦士はボロボロのまま、村を去った。

 やがて、あてもなく彷徨った森の先で、赤の戦士は傷ついた巨大な龍と出会う。自分には、戦い、他者を傷つける事しか出来ないと思っていた赤の戦士。自分には、この龍を助けることは出来ないと悟り、巨大な龍に微笑み寄り添って座った。

 一匹で最期を迎えるよりは、寂しくないだろうと考えたのかもしれない。

 あるいは、自分自身が一人で最期を迎えたくなかっただけかもしれない。

 巨大な龍のすぐ隣で、赤の戦士は昔話をした。巨大な龍にとっては、取るに足らないつまらない話であった。しかし、その話の中で、赤の戦士は一つだけある願いを口にした。

 赤の戦士の話が終わる頃、気付けばそれを黙って聞いていた巨大な龍の体には、傷一つ無くなっていた。驚いている赤の戦士の目の前で、巨大な龍は傲慢な態度で笑いながら言った。

 「私がお前の守護龍になってやる」と。

 なんの気まぐれか、その瞬間から赤の戦士を寵愛した守護龍は、彼女を連れて旅に出た。普通の人間では到達することが出来ないだろう、高く寒い大空の雲の上。果てなど見えない青が輝き広がり続ける、海の真ん中。月明りだけがあたりを照らす、神秘的な夜の鍾乳洞。守護龍は、赤の戦士に自分が見てきた様々な世界を見せた。

 やがて、赤の戦士は金色の王子と出会う。彼に導かれるようにして、赤の戦士はそこを安住の地とした。赤の戦士と金色の王子は互いを支え合い、その国で生涯を共にした。守護龍の寵愛を受けた赤の戦士がいたその国は、それからもずっと、幾年もの間、争いも災いもなく、皆が笑って楽しく暮らしました、と。


 それは、近隣諸国に古くから伝わる伝承が元になって作られた本であったらしい。


「ふ……」


 私の髪が、金色じゃなかったせいで。

 私の瞳が、金色じゃないだけで。


 ヴァネッサは生まれてからずっと、何も好きだと言えるものはなかった。食べ物も、人も、洋服も、何もなかった。

 ただ、金色だけは大嫌いだった。


 ヴァネッサが冷笑を浮かべ、壊れた木箱から手を離しかけた──その時。


「おい! だいじょうぶか!」


 はっきりとよく通る声が聞こえた。ゆっくりと声がした方へと顔を向けるヴァネッサ。すると、立派な服を着た一人の少年が、川へ飛び込んできた。そして、木箱から川の中へ飲まれそうになっていたヴァネッサの手を握った。


「もうだいじょうぶだ! がんばったな」


 小さいけど、力強くあたたかい手。

 少年に握られたその手は、震えて上手く動かせなかった。意識もボンヤリとして、目の前にある顔もよく見えなかった。だけど、自分を救ってくれたその少年の、太陽の光を反射してキラキラと輝いている髪だけは、不思議と目に入ってきた。


「ひとりでよくがんばったな、えらいぞ」

「…………ッ、う」


 体は冷え切っていて、寒いのに。目からは熱い雫が溢れて、背中に回され優しくたたかれた手のひらは、あたたかくて。

 簡単には言葉にできない感情が、胸の中をずっと渦巻いていた黒いモヤモヤが、スッと、体から抜けていくようで。


 神様なんていない。

 金色なんて大嫌い。


 でも、キラキラと金色に輝いているこの記憶の中で、優しく手を差し伸べてくれたあの姿が、……私にとってのかみさまで。


 その日から、私の中には金色のかみさまがいるんです。



「──と、これが、幼い日の私と殿下の出会いです」

「でええぇえぇえ……」


 ヴァネッサが公爵邸へ来て、二週間ほど時が過ぎた日の事だった。

 午後のティータイム。アイヴィーの座る席のすぐ傍に控えて立つヴァネッサ。至近距離からの熱い視線が気になり、アイヴィーが同席を勧めるも、ヴァネッサはいつもの能面の顔で断った。しかし、彼女の視線は強くテーブルに並べられたお菓子へと注がれている。「座って?」「いえ」「ヴァネッサさん」「結構です」と幾度目かのやり取りの末、「このままではお菓子が余ってしまって、もったいないわ」と言うアイヴィーの言葉に観念したヴァネッサは、アイヴィーの前の席へ腰を下ろし、ケーキを食べ始めた。

 そして始まった二人のトークテーマは、彼女が皇宮を飛び出した理由から、いつの間にか彼女の生い立ちへと膨らんでいた。


「最後めちゃくちゃいい感じに話してくれたけど、だったらどうして貴方は殿下にその態度なの?」


 どう考えても貴方、殿下の事が好きよね⁉と、持っていたカップを揺らしながら顔を向けるアイヴィーに、沈黙するヴァネッサ。しかし、しばらくしてから「……だって」と口を開いた。


「むかつくじゃないですか。どんなに思いを募らせたところで、私のこの気持ちが報われる事はないんです」


 だから、だったらせめて。という抵抗です。と言った後、ヴァネッサは追加で用意された苺のケーキを口へ運んだ。


「それに、殿下はあなたとの婚約を望んでいます」

「…………」


 スッと顔を上げ、じっと目線を合わせながら言ったヴァネッサの言葉に、アイヴィーは黙り込む。

 それは、そうだが…………いや?

 ふと、左上に視線をずらし、これまでの記憶を思い返すアイヴィー。

 あれから少しずつ打ち解け始めたアイヴィーとレオナルドは、以前よりずっと砕けた話もするようになっていた。その中で、確か訊いたことがある。


『どうして、そこまでして私を選ぶんですか』

『……君は、俺の事を好きではないだろう』


「…………」


 アイヴィーは考える。

 確かに私は、レオナルドの事を好きでない。最近でこそ、彼に対する感情は以前よりずいぶん和らいできており、彼もまた、昔のようなトゲトゲしい裏のある表情や言い回しはしなくなっていた。しかしそれは、互いを恋愛対象として見て意識している、というわけではない。あくまでも、友好的な協力関係を築いている、というだけだ。それは互いに雰囲気で感じている。

 それでもちょくちょく、皇太子妃になれと言われている。


──ふむ


 もしかしてアレは、レオナルドが私と婚姻を結んだところで、私が彼に()()()()()()()を強く求めることはないだろう、という考えが強くあっての事だったのではないだろうか。

 今までであれば、小賢しいそういった令嬢とのやりとりを、ただ単にを嫌って合理的に選んでいるのかと思っていたのだが……。


──もしや奴には、特別に想っている人が既に居る、という事ではないだろうか。


 そして、それは自分の立場上、簡単に…………ん?


──ちょっとまって……!


 アイヴィーは視線を戻し、ヴァネッサの顔をじっくりと見つめた後、口を開いた。


「ねぇ、ヴァネッサさん。さっき貴方、殿下に森の中の川で助けられたって言ったわよね」

「……? はい」

「それって、クスタードの森?」

「ええ、何で知ってるんですか?」


──……!


 アイヴィーは驚いた表情のまま、おそるおそるもう一つ、ヴァネッサに質問をする。


「ヴァネッサさん、もしかしてその名前って……生まれた時の名前ではない?」

「はい。レオナルドがつけてくれました」

「最後に一つ、不躾なお願いなのだけど、一度目をぱっちりと開いてもらってもいい?」

「……? こうですか?」


──!!!!!!!!!!


 確定だ。

 アイヴィーは前世で何度も読んだ原作を思い出した。それもずいぶん昔に読んだ単行本の1巻。原作の1巻収録分で、戦場から運よく逃げることが出来たヒロインは、その先で主人公の男と出会う。そして、その男に恋をしたヒロインは、主人公と共に旅をすることになった、という過去が描かれていた。当巻はまだギャグメインであったため、主人公が「川で拾った!」と面白おかしく紹介されている過去回想であったが……。


──ヒロインじゃん!!!


 ヴァネッサ・ディアスなんて全然違う名前と、なぜかいつもこの能面のような表情をしているせいで気付かなかったけど、よく見たらこのぱっちりと開いた瞳、ふわっとした髪、伸ばしたらまんまヒロインになるじゃん!!

 どういう訳か分からないが、本来、主人公が助けるはずだった彼女の窮地を、レオナルドが助けてたって事⁉


 アイヴィーは混乱を隠せない顔で、固まったまま黙考する。そんなアイヴィーの様子を見たヴァネッサも、何が何だか分からない様子でアイヴィーを見返している。


 アイヴィーは考えていた。

 原作のレオナルドと、この世界げんじつのレオナルドとの違いを。

 原作では、あの後、主人公と共に旅に出たヒロインは様々な活躍していたし、アルバ帝国側からしても、皇族との婚姻対象として受け入れられるどころか、歓迎されるものであった。だが、今のこの世界では、ヒロインであるヴァネッサはレオナルドの直属の部下。他国の姫としての身分も失っており、平民出身の中流貴族の養子として扱われているため、簡単に婚姻を結ぶことができないんだ。


──だから、レオナルドはあんな態度だったのか!


 レオナルドは過去、自身の命令でグレイソンに色仕掛けをさせた際、それに反応して表情を崩していたアイヴィーをバカにするような発言をした。そしてその後の、苦虫を嚙み潰したような表情。

 あの時は、「お前もヒロインと出会ったら、こうなるんだよ!」と心の中で叫ぶことで、怒りを鎮めていたアイヴィー。ヒロインと出会ってからの、どうにもできない感情に悩まされる彼を、原作を読んで知っていたから。でも。


 レオナルドはヒロインと出会ってないわけでも、これから出会うのではなくて、もう出会ってたんだ。それもずっと前に!


──うん、両片思いだね、確実に。


「ヴァネッサさん」


 立ちあがったアイヴィーは回り込んでヴァネッサの手を取り、女神のような美しい微笑みを向ける。


「殿下のアレは、そういうものではないわ」

「…………」

「私は、貴方を応援します」


 そう言ったアイヴィーは瞳を閉じ、とても穏やかな表情でヴァネッサに告げた。


「絶対に、大丈夫。うまくいくから」


 原作を知っているアイヴィーは、ヒロインであるヴァネッサのとある秘密を知っている。それさえ明るみに出れば、二人が結ばれることはそんなに難しいことではないだろう。


「私を信じて」


──でも


 レオナルドには今まで散々、グレイソンを使って面白おかしく茶化されてきたし。二人がくっつく前に、


──ちょっとくらい……仕返し、してもいいよね?


 先ほどまでヴァネッサの手を取り、優しく微笑んでいたアイヴィーの表情は、ニヤリ、と浮かべた悪い顔で黒く濁っていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの既にヒロイン出ていた!!w 個人的にベルとヴァネッサが一緒になると思ってたので驚きましたw でも全然アリ!!っていうかむしろイイ!w アイヴィーは恋のキューピットd(*・ω・*)b…
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