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48.不問



「殿下!? これは……」


 幾度も響き渡った魔獣の叫び声に、ようやく駆け付けてきた帝国騎士団。

 彼らの目の前には、見たこともない巨大な黒い球体に、傷つき血まみれのヴァネッサ。そして、宮に居るはずのレオナルドの姿を見て、動揺を隠しきれていない様子だ。


「あぁ……」


 ヴァネッサを抱えた時についた血で汚れてはいるが、レオナルドに怪我はない事を確認した帝国騎士。彼らは、少し呆けた様子のレオナルドの視線の先を追う。そこには、遠くの木々の隙間でボロキレの様なマントを被った者に、剣を突きつけているアイヴィーの姿があった。







 数分前。 


「ベル。テオと殿下たちをお願い」

「うん」


 目の座ったアイヴィーの言葉に、ベルはこくっと頷く。

 直後、アイヴィーは小さく囁き、目の前の魔獣に路地裏の時と同様、捕縛魔術を発動した。あたりに現れた黒い靄が魔獣を包み込み、やがて大きな球体となったそれは魔獣を完全に閉じ込めた。


「あれは……」

「……」


 見たこともない魔術を目の当たりにしたレオナルドは、驚きを隠せない様子で目の前の状況に息を飲む。

 しかし、そんな背後を確認する様子もなく、顔を歪めたアイヴィーはその場にしゃがみこんだ。


──二回目だけど、いけるか


 両手をそれぞれの足に這わせ、術式展開をする。


──身体


「能力向上」


 キィンッ、と高音でどこか柔らかい音が響いた。

 途端、立ち上がったアイヴィーは、先ほどまでとは比べ物にならない速さで球体の右後方、術者がいる茂みまで走りだした。


「……ッ!」

「捕まえた」


 魔獣が拘束されてすぐ、逃げる姿勢をとったボロキレの様なマントを身にまとった人間。しかし、アイヴィーが突き刺した剣が、丁度そのマントを木に食い込ませる形で動きを止めていた。


「っくそ!」

「!」


 はらり、と乱れ落ちたマントのフード。その中からはまだ成長しきっていない少年の顔が現れた。


「子ども……?」


 テオドールを傷つけられたことに対する怒りが、彼女をここまで狩り立たせていたのだが、相手がまだ年端も行かない子供という事実に、アイヴィーは少し冷静さを取り戻した。

 

「……あとで詳しく聞くわ」

「うっ。このッ離せ!」


 抵抗を見せる少年に向かって手をかざすアイヴィー。有無を言わさず捕縛術式を展開し、騒ぐ少年を半透明な球体へと閉じ込め、捕らえた。


「……っふぅ、……!」


 一息を突いた直後、アイヴィーはピタリと体の動きを止めた。


 身体能力向上魔法。

 アイヴィーはそれをここへ来る前、街で馬車を降りた時に、すでに一度使っていた。自身の体に魔法をかけ、一時的に通常の身体能力を大幅に上回割らせるこの効果は、近接戦、短期戦で大きく力を発揮する。しかし、アイヴィーは普段からあまりこの魔法を使うことはなかった。なぜならば……


──~~~~ッッ……痛い……もう来た……ッ


 魔術により無理矢理、一時的に身体能力を向上した反動が、術後に筋肉痛と成長痛が重なったようになって現れるからであった。


──いつもは翌日に来るのに、今日は二回も使ったから……


 加えて短時間に捕縛魔法をアホ程使った。もう魔力が底をついている。カラカラである。

 ふるふると膝を揺らしたアイヴィーは、ゆっくりとしゃがみこもうとする。しかし、途中でカクンッと膝を曲げてしまった。電撃のように走った痛みでその場に倒れ込みそうになる。だが、背後から回されたベルの手に腰を掴まれ、なんとか無様に転ばずにすんだ。ホッとしたアイヴィーの顔を確認したベルは、流れるような動作でアイヴィーを横抱きにして持ち上げた。


「……おんぶがいい」

「人前、だし……スカート切れてるから、今はこっちの方が」

「……確かに」


 ふと自分の恰好を見直したアイヴィーは、ベルの言葉に賛同した。


「申し訳ありません、殿下」


 黒い球体を囲むようにして立つ帝国騎士の間を抜け、レオナルドの前に来たアイヴィーは、しっかりと目は合っているものの、どこかまだ呆けている様子の彼に向って頭を下げた。アイヴィーの声に目を見開いたレオナルドは、ハッと我に返る。


「このような格好での発言、お許しください。」

「かまわん」

「先ほどのような魔獣が街にも何体か出現し、我が公爵家は総出で今回の魔獣の対応に向かうと思われます」


 チラ、と球体に視線を移したアイヴィーは、話を続ける。

 捕縛魔術についての簡単な説明をし、この場で捕らえた魔獣と召喚術者の対応を決める。やがて、話がまとまったところで、アイヴィーは瞳を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


「見ての通り私はこの状態ですし、しばらくは邸内が騒がしくなると思います」


 ですので大変恐縮ですが、と続けながら瞳を開いたアイヴィーは、未だ横たわっているヴァネッサへ視線を向けた。


「彼女にとって公爵家は、心休まる場所にはならないかと思いますので、皇宮そちらでゆっくり休まれることをお勧めいたします」

「あ、あぁ」

「…………」


 体を自由に動かすことができなかったアイヴィーは、形だけでも瞳を閉じ、挨拶をする。ベルが再び歩き始める瞬間、スッとヴァネッサに向けて微笑んだアイヴィー。それに気づいた彼女は、何も答えずただじっと視線を合わせ、小さく頷いた。


 ベルに運ばれながらレオナルドたちの元を離れ、馬車へ向かう途中、スッと顔を両手で覆い隠したアイヴィーが、力なく呟いた。


「うう……恥ずかしい」

「アイヴィーの恥ずかしい基準は、未だに分からない」


 ベルは片眉を下げながら、少し呆れた様子でぼそりと答えた。





「テオ……大丈夫?」

「別に平気だよこれくらい」


 馬車の中に入ってすぐ、テオドールの頬の傷を見つめたアイヴィーは、心配そうに様子を窺がっている。しかし、テオドールは、「姉さんの方こそ、その恰好は全然大丈夫じゃないでしょ」と少し怒った様子で答えた。そしてその間、ベルは指先を伸ばしテオドールの頬の傷を治していた。


「申し訳ありません」

「え」

「私が至らないばかりに、テオドール様にお怪我をさせてしまい……」


 彼の護衛騎士である、オーウェンが頭を下げ謝った。膝の上に置かれた拳はグッと握られ、小さく震えている。


「オーウェンのせいじゃないよ。あの時、小さな魔獣に向かっていた攻撃を弾いて、守っていたじゃないか」

「……優先すべきを間違えました」

「僕はオーウェンの、そういう優しいところが好きなんだよ」


──え


「お」


 震えながら、思わず漏れたアイヴィーの言葉。


「何」

「お姉ちゃんは!?」


──好きって、そんな簡単に口にできるの!? テオ!


「お姉ちゃんのことは!?」

「……そういうとこ、ちょっとうざい」


 馬車の振動すら筋肉痛に響き、涙目になっていたアイヴィーを、ふわふわと魔法で浮かせていたベルがそっと口を開く。


「俺はアイヴィーの事、好きだよ」

「……! 私もだよぉ……」


 テオドールにフラれたアイヴィーは、彼の寵愛(?)を受けているオーウェンが座る目の前でめそめそと──筋肉痛による痛みで──涙を流している。そんなアイヴィーを気遣って、ベルが微妙な顔で微笑んでいた。


「何この空間……」


 事の発端は、自分の護衛騎士に対する「好き」発言であるのだが、三人が向かい合って座り一人は浮いた状態で、好意を伝えあっているこのちょっとおかしな現状に、ふぅ、とため息をこぼしたテオドールであった。



*



 街の端にひっそりと佇んでいる小さな教会。

 その協会と同じ敷地内に建てられている、これまた小さな孤児院。本人立っての希望で、ここを休養場所に決めていたヴァネッサを見舞うため、レオナルドはグレイソンと共に数年ぶりにこの地へ訪れていた。


「…………」

「見舞いだ」


 孤児院の奥の小さな部屋には、数人の幼い子供たちに糸を使った遊びを教えているヴァネッサが居た。そして、その扉を無遠慮に開いたグレイソンは、手に持っていた紙袋をバッと彼女へ向けて投げた。


「殿下は」

「ラスカ達に囲まれている」


 ラスカはここの孤児院で、最年長の優等生だ。昔からよく、レオナルドが来ると喜んでいた。彼が大好きなのだろう。

 ガサガサと紙袋の中を開ければ、街で有名な一口サイズの茶菓子が入っていた。

 内心かなり嬉しい差し入れにも関わらず、あまりそれを表情には出さぬよう淡々と礼を言ったヴァネッサは、グレイソンの顔をじっと見上げている。

 

「…………」

「なんだ」


(この顔が……いい、のか?)


 グレイソンとはなんだかんだ、子供の頃からの長い付き合いだ。もしや、近くにいすぎて逆に、顔をじっくり見ることもなかったのだろうか、と今こうして見ている。だが、やはりヴァネッサの感覚では、彼の顔についての良さがよく分からず、首を傾けた。そしてグレイソンもなんだ?と、訳が分からない様子で軽く睨んでくる。

 しばらくして、騒がしい声が扉の向こうから聞こえてきた。グレイソンが扉を開くと、数人の子ども達と共にレオナルドが入ってきた。


「すまないが、子ども達の相手をしてやってくれないか」


 テンションが上がりすぎているのか、俺には手がおえん。と言ったレオナルドに、少しためらった後、こくっと頷いたグレイソンが出ていく。その後を追う子供たち。


 酷な事を。

 レオナルドが手に負えない子ども達を、グレイソンがどうにかできるわけないだろうに。


 しかし、黙って従うグレイソンの背中を目を細めて見ていたヴァネッサは、あの全肯定YESマンのせいで、レオナルドの性格がちょっと変わった所もあるんだ、と内心悪態をついていた。


「体は平気か」

「はい。もういつでも復帰できます」


 ヴァネッサの傷は元々、あの日、ベルに完全に塞いで治してもらっていたため、翌日には比較的自由に動くことが出来ていた。しかし、ヴァネッサが魔獣出現の報告のため、制服を着用し騎士団の収集がかかった宮殿へ向かう途中、その姿を発見したレオナルドに、半強制的に休養を取らされたのであった。

 ならば、せっかくだから孤児院に行きたいと言ってみたら、これまた許可されたのが一昨日の事だ。


「気にするな。休暇はあと一週間ほど残っているだろう」

「5日だったと思いますが」

「なら、それまで休め」


 部屋の棚に飾られている、子供たちが作ったオブジェを手に取ったレオナルドは、それを眺めながら話を続ける。 


「あぁ、そうだ。それと……」


 手に持っていたオブジェをコト、と棚上に戻したレオナルドは、ゆっくりと振り返り、ヴァネッサを見てフッと口角を上げて言った。


「俺を庇ったことで、お前の茶菓子強奪罪は不問にしておこう」

「……」


 あの日は、許さんと言っていたのに。

 意見をコロコロ変える男は……と口にしかけて、やっぱりやめた。

 思わず、幼いあの日の、茶菓子を食べられて泣いてしまったレオナルドを思い出してしまったから。 


「はい」


 緩んでしまった口元をそのままに、にこりと笑ったヴァネッサ。

 久しぶりに見た彼女の笑顔を前に、レオナルドも穏やかに笑っていた。



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