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44.同見解



「……はぁ」


 皇宮の一室には、執務机に肘をつき、見るからにふてくされているレオナルドの姿がある。大量に積まれている書類の山から一束手に取った彼は、上から順に目を通しながらも、どこかいつもとは違うやる気のない動作で紙をめくっていく。

 ヴァネッサが長期休暇の申請を出し、皇宮を出ていったのは知っている。そして、その行き先も。

 レオナルドはこうなった原因になるのであろう、昨日のやり取りを思い出す。


『まぁ、レオナルドには関係のないことですが』

『…………』


 何気ない会話の中で、何か彼女の気分を害してしまったのだろう。レオナルドに鋭い言葉を突きつけたヴァネッサ。それ自体は最近よくあることではあったのだが、彼女に理由を訊ねた時の事だ。


『なぁ。いつからか、お前の俺への当たりがキツくなったのは何故なんだ』

『レオナルドがグレイソンを使って女性を利用し始めてからです』

『……』


 自身の問いかけに、間髪入れずスパッと答えたヴァネッサを、レオナルドは無言で見つめる。


『彼女たちの代わりに、私はレオナルドに厳しく当たらねばならないと神からのお告げがありました』

『……ヴァネッサ、君は確か無神論者だったと記憶しているが』

『人は誰しも己の中に、自分だけの神を宿しているのです』

『…………』


 しれっとした態度で訳の分からない事を答えたヴァネッサに、レオナルドは軽く目を細め、口を噤んだ。しばらくの沈黙の後、レオナルドがボソッと言葉を零した。


『意味が分からん』


 そこからである。

 彼女の言葉の弾丸は、機関銃のように室内に響き渡った。

 普段は、無言で彼女の言い分に耳を傾けることが多かったのだが、その日は虫の居所が悪かったこともあり、レオナルドも言い返してしまった。次第に大きくなってゆく二人の喧嘩の声は、幸いにも咄嗟に展開していた遮音魔法で部屋の外に聞こえることはなく、「もういい、喉が渇いた」というレオナルドの言葉で終わりを告げた。共に部屋にいたはずのグレイソンの姿はいつの間にか消えており、またヴァネッサも静かに部屋を出ていった。

 そして、本日。

 レオナルドは皇宮の使いから、ヴァネッサが長期休暇を申請し、それが通ったという報告をきいたのだ。


──アイツ、俺じゃなく陛下直属の部下に申請したな。


 ヴァネッサはレオナルド直属の部下である。しかし、書類上は皇室に仕える帝国騎士としての所属であり、帝国このくにの頂点に君臨する皇帝陛下直轄の組織へ申請が通ってしまえば、レオナルドを介することはなく、事後報告と言う形で今回のように使いが来るだけであった。

 冷静になった後、何がそんなに彼女の逆鱗に触れてしまったのか、と考えたりもしたのだが、おそらくあそこで言い返したことが、ここまで事を荒立てた原因だろう。

 トントン、と読み終わった資料を机の上で整えながら、眉間にしわを寄せたレオナルドは、黙々と仕事を続けているグレイソンに向かってぼそりと呟いた。


「あいつ、ちょっとかわいい顔をしているからって、何を言っても許されると思っていないか?」

「…………」


 これまで書類精査のほとんどを彼女に任せていたため、なかなか思い通りに進まず、終わらない目の前に積まれた課題に加え、今のレオナルドのこの態度。出会ってこの方、特にヴァネッサをかわいいと思ったことはないグレイソンは、何も答えず、静かに資料を棚へ片付けていた。











 皇宮に、どんよりと重い空気が漂い始めていたのと、同時刻。

 スペンサー公爵邸には、陽気な笑い声が響き渡っていた。


「あはははっ嘘でしょ! 嘘ですよね!? ふふっ」

「それでその後、泣きべそをかいたレオナルドが」

「イヒヒッちょっと待って、待ってくださいお腹痛いっ」


 片手でお腹を押さえながら、ふるふると小さく声を震わせるアイヴィーの前で、ヴァネッサは能面な表情のまま話を続けている。

 つい先ほど、邸内の説明を半分ほど終えたアイヴィーは、初日という事もあり、まだ慣れないだろうヴァネッサをティータイムに誘った。始めは困惑と抵抗を示していたヴァネッサであったが、「邸内で働く方達とは、必ず一度はこうやってお話しするようにしているんです」と言ったアイヴィーに頷き、今はテーブルを突き合わせ、互いに向き合って腰を下ろしている。


「あー、面白かった」

「それはよかったです」


 ヴァネッサとは、以前も街で出会った際に、こうして互い向き合って会話したことがある。その時、レオナルドとは幼い頃から共に過ごしていた事や、彼に対する小さな愚痴を聞いていた。今回も話の中でレオナルドの名前が出ると、彼女の口は軽くなり、やがて止まることなく、主である彼の恥ずかしいエピソードまで漏らしてしまっていた。

 ひとしきり言い終わったヴァネッサは、どこかスッキリとした空気を出しながらカップに口をつけている。


──この調子じゃ、本人を前にも遠慮なく色々言ってそうね。


 それにしても、カノンちゃんの時といい、一度これまでの皇太子殿下としてのイメージが外れたレオナルドは、本当にギャグ要素が強いな。原作通りだ。

 ふふっ、と思い出し笑いをしてしまったアイヴィー。口元から手を離し、少し冷めてしまっただろう紅茶を飲むため、手を伸ばす。すると、すぐ傍から声が聞こえた。


「あれっ」


 顔を上げると、窓の向こうに少しラフな格好をしているルイスとベルの姿があった。

 最近、公爵騎士たちは皆忙しそうであまり顔を合わせていなかったが、どうやら今日、彼は非番らしい。


「お嬢様!こんな所でお茶なんて珍しいですね……って、人がいらしたんですね。失礼しました」


 窓枠に身を預け、顔を出して話しかけてきたルイスが、ヴァネッサの存在に気づき、ハッとして姿勢を正した。


「ヴァネッサさん。こちら、当公爵家の騎士、ルイスです」

「ヴァネッサ・ディアスです。よろしくお願いいたします」


 ヴァネッサが挨拶をすると、何故かルイスは眉間にしわを寄せ、目を細めた。一度、彼女に顔をぐっと近づけた後、今度はスッと身を引いて顎を上げた。そして、指でなぞるように唇の下を擦りながら、首を傾けジロジロと彼女を観察している。


──なにそれ、どういう感情?


 まさか……グレイソンに似て無表情気味な彼女に、ドSの雰囲気を感じ(ビビッとき)てるって訳じゃないよね……?


「ルイスです。よろしくお願いします」


 アイヴィーがゴクリと唾を飲み込んだ直後、ルイスはにこやかに笑って挨拶をした。

 ……なんだったんだ。 

 ルイスとヴァネッサが向かい合って握手をした、その時。


「あぁっ! すみませんお嬢様! 避けてください!」


 背後から、レーラの焦った叫び声が聞こえた。

 振り向けば、彼女が扱っていたであろう魔導人形が、超高速でこちらへ向かって走ってきていた。

 ヒッ。


「……お下がりください」

「え」


 ヴァネッサがアイヴィーを制し、前に出る。こちらへ向かってくる魔導人形に狙いを定めたヴァネッサは、顔は前へ向けたまま、体を横向きに構える。スピードは落ちることなく、高速で近づいてくる魔導人形。二人の影が重なり、ぶつかる──と思った、その瞬間。

 ダンッ、と鈍い音が辺りに響いた。

 目を向けると、魔導人形が空を見上げる形で、勢いよく床に叩きつけられていた。


──すごい。


 ヴァネッサは無駄のない最小限の動きで魔導人形を転がし、剣を使わず無効化した。アイヴィーは初めて見る彼女の力に、目を奪われた。

 皇太子であるレオナルドの直属の騎士であるヴァネッサ。彼女が優れているのは剣術だけではない。体術も相当だ。

 構えを解いたヴァネッサはふぅ、と息を吐き、床に倒れピクリとも動かなくなった魔導人形へ視線を向ける。


「……え」

「…………? あっ!!!」


 声を漏らしたヴァネッサが見つめる先……おそらく、レーラが上手く操り切れず、暴走してしまったのであろう魔導人形を見たアイヴィーも、思わず声を上げた。


──この魔導人形!グレイソン(推し)の顔してるやつじゃん!!


 アイヴィーの顔がサァ──ッと青くなる。


「す、すみません……複数体をバラバラに動かす練習をしてたら……っ、なぜか、一体だけ……っ」

「……」


 はぁ、はぁと息を切らしながら走ってきたレーラが状況を説明をする。


「この顔……」

「え、あ。あぁ、殿下の護衛騎士の方です。お嬢様の命令で……」

「ちょっと!」


 ストップ!それ以上は言ってはダメ!と、レーラの言葉をアイヴィーが遮る。

 じっと魔導人形を見つめていたヴァネッサは、かすかに眉間にしわを寄せた。


「……差し出がましい質問かと思いますが、アイヴィー様は何故、グレイソンを?」

「顔が好きなんだって」

「ちょっと! 言わないでよ!」

「はぁ……」


 アイヴィーの後ろから、ひょこっと顔を出したベルが会話に入ってきた。

 魔導人形との衝突を回避するため、魔法で浮かせていたティーセット一式をどこか軽快な様子でテーブルに戻しているベルを、アイヴィーはじっと見る。

 珍しいじゃない。ベルが自分から会話に入ってくるなんて……なんか機嫌よさそうだし。


「い、言わないでくださいね」


 照れ臭そうに、ほんのりと染まった頬に手を当てたアイヴィーが、ヴァネッサを見上げる。しかし、彼女はじっ、と自身が倒したグレイソン顔の魔導人形を見下ろしたままだ。


「顔……これが……」

「いえ、違うわ! それはレーラが作った方ね!」

「………………?」


 魔導人形の顔を見てハッとしたアイヴィーが、「こっちの方が似てるでしょう⁉」と、ベルが上書き修正した方の魔導人形を引き寄せ、彼女の目の前へ差し出す。しかし、ヴァネッサは顔を微妙にしかめたまま、ゆっくりと首を傾けた。

 その表情はまるで、さっきの魔導人形とどう違うのか分かっていない、と言っているかのようで。


──嘘でしょ⁉ 小さい頃からの知り合いなのよね⁉


 アイヴィーが、わなわなとヴァネッサと向かい合っている、そのすぐ後ろ。窓越しに瞳を煌めかせたルイスが、アイヴィーが引き寄せている魔導人形を見つめながら口を開いた。


「レーラ。その魔導人形、一体オレにいただけませんか?」

「……ッ!? ダメ! 絶対ダメ!!」



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