42.違いが分からない
「私はこの世界とは違う……別の世界で、貴方があの術式を使うのを見た事があるんです」
その記憶を頼りに、見様見真似でやってみた。それで、術式を逆展開して魔法を無効化するあの技を扱うことができた。と、そう正直に話したアイヴィーを前に、ハオシェンは少し驚いた様子を見せた。
「……それは、予知の能力がある、という事か?」
「ん──……」
アイヴィーはあいまいに微笑む。それをどう捉えたのか、ハオシェンはハ……と気の抜けたような声を漏らした。
「そうか……。ならば、君は知っているのだな」
「…………」
「私が研究している、求めている禁術と、その末を」
ハオシェンと向かい合ったアイヴィーは、静かに頷く。
「未来で……私は、それを」
少し見開いていた目をふっと逸らしたハオシェンは、話している途中で言葉を詰まらせ、ゆっくりと口を噤んだ。
「いや、やはり、いい……」
そのまま視線を落としたハオシェンは、俯いて固まった。
「……」
……よくある話、と言ってしまえば、そうなのかも知れない。
彼は過去に大切な人を二人失っている。
その人達を、その人達との記憶が、思い出が徐々に自分の中から消えていくのを感じていたハオシェン。彼は自分の生を終える前に、どうにか二人ともう一度会うことができないだろうか、と思い悩んだ末、禁術と言われている時を遡る魔術を研究し始めたのだ。
だけど、その術式は……。
アイヴィーは前世で見た原作の彼の未来を思い浮かべた後、ふっと頭を振った。
「……未来は、何も決まっていません」
膝の上で重ねていた両手にぎゅっと力を入れたアイヴィーは、そっと視線を落としながら口を開く。
「実際に、私が見た未来と、今のこの世界は異なる点が多くあります」
それは、まずアイヴィー自身。
自らが死なないために、幼い頃からその原因となる要因を全て排除するため行動してきた。その中で、知り合って、関わってきた人たちと、生まれた絆。原作を読んでいただけでは知る事のなかった、キャラクターたちの感情や行動原理。
「人は、人との関わりの中で、その考えも生き方も、大きく変わっていくものです」
「……」
「あなたが、この先もずっと、それを求めていくのかどうかは、私にも分かりません」
「そうか……、そうだな」
穏やかな表情で微笑んだアイヴィー。そんな彼女から視線を外したハオシェンは、ゆっくりと前を向いた。
「……明日、この街を出る」
そう言ったハオシェンは、パッと立ち上がった。
「今度は、もう少し南へ向かおうと思っている」
ぐぅーーっと片手を上げて伸びをしながら、南の方で見たこともない術式を扱う者を見た!という噂を聞いてな、とハオシェンは振り向きながら楽しそうな声で言った。
「あぁ、しかし惜しいなぁ……」
はーーっと大袈裟に息を吐いたハオシェンからは、先ほどまでの暗い雰囲気はもう感じない。
「君のような覚えの早い、術式を扱える人間なんてそういない。この先の旅も共にしたいし、なんなら母国にこのまま連れて帰りたいくらいだ」
それは、術式研究の助手として、という意味だろう。
アイヴィーは、ハオシェンの口説きを笑って聞き流した。
煮え切らないアイヴィーの返答に首を傾けたハオシェンは、口をへの字にして目を瞑って続ける。
「だが君は、あの男に気があるようだし」
──ん?
「この国の皇太子殿下も、君との婚約を狙っていると聞いていたが……難儀だな」
「……」
……分かっていて、今まであのアプローチをしていたのか。この男。
──無邪気で楽観的な面も、意外と計算が含まれていたのかもしれないな。
ふぅっと息を吐いたアイヴィーが静かに口を開く。
「殿下も……貴方も、私に興味があるわけではありませんから」
貴方が興味があるのは、私が扱えるこの術式技術でしょう?と、指先に先日彼から教わった小さな術式を展開しながら顔を上げたアイヴィーに、ハオシェンはふっと口元を緩める。
「それは君も同じだろう」
一度ゆっくりと瞬きをしたハオシェンは、目を細め少し意地の悪い顔でアイヴィーを見つめる。
「君は初めから、私の考えているその術式が知りたくて愛想をよくしていた」
「……」
──……見破られていたとは。
……なんだろう、このムズムズ感。
ハニトラがバレてたって気づいた時のグレイソンはこんな感じだったのだろうか。いや、……うん。心の内を相手に知られていながらも、いい顔をしていたと知るのは、とても恥ずかしい。
不格好に口角を上げ、生まれてきた羞恥心から顔を反らしたアイヴィー。
「……貴方にはきっと、この先の未来にもっといい人が現れますよ」
「それは、例の予知夢のようなもので見たのか?」
「さぁ、どうでしょう」
顔を背けながら呟いたアイヴィーを覗き込むようにハオシェンは問いかけた。その視線を感じたアイヴィーは、恥ずかしさを誤魔化しながら意味深に笑って答えた。
*
翌朝。
旅支度を整えたハオシェンは、専門棟一階にいた。
なんと彼はあの学園祭の日以降、ずっとこの棟の一室に住んでいたようだ。その間に彼の作ったであろう魔導具や荷物が、部屋の端にまとめられていた。
──思い切り部外者なのに、学園に住まわせていてよかったのか……?
でも、陛下の食客として招かれていたほどだし、学園も丁度休みだった上、そもそもこの学園は国の管轄だから……特別に、なのかな。
前日に今日の門出を知らされていたアイヴィーは、最後の挨拶にとこの場に訪れていた。他にも、ハオシェンが陛下の食客として招かれていたこともあり、レオナルドとグレイソンの姿もある。きっとハオシェンは、本来であれば皇宮に戻って過ごす予定だった期間を、ずっとこの専門棟に籠って過ごしたのだろう。
「この国に留まってその技術を生かしてほしかったと、陛下も惜しんでおられた」
「ははっ、何を言う。ここにもう十分すごい男がいるではないか!」
パシッと隣に立つライアンの背中を叩きながらそう言ったハオシェン。すると、レオナルドがスッとライアンの方へと顔を向けた。
「そう言っておられるが」
「……俺は誰かの下で魔導具を作る気はねェからな」
「と、毎回振られてしまっていてな」
そうだったんだ。
レオナルドとハオシェンの雑談を聞きながら、アイヴィーは考える。
もしかして、前ここの教員室でレオナルドとグレイソンを見かけた時も、その話をしていたのかな……。
「では、そろそろ」
よいしょ、と大きな荷物袋を持ち上げたハオシェンは、どこか視点をずらして考えて込んでいるアイヴィーへと視線を向けた。コツ、と足音を立てながらアイヴィーの目の前にまで移動したハオシェン。真ん前に感じた気配にハッとしたアイヴィーは顔を上げる。
「……なんでしょう?」
「一晩寝て、気でも変わってないかと思ってな」
ニコニコと満面の笑みでアイヴィーに正面から問い掛けるハオシェン。
変わってないなぁ、残念ながら。
「どうだろう、君も私と共に南に行かないか?」
「……また、機会があれば」
彼の言う「口上」を口にしたアイヴィー。その意味を正しく捉えたハオシェンは笑いながら息を漏らした。そして次の瞬間、ぼふっと両腕いっぱいに紫色の様々な種類の花を出した。
沢山の花を結構な勢いで出現させた影響で、辺りにいくつもの花びらをひらひらと舞い散らせている。その中心で、ハオシェンはアイヴィーへその巨大な花束を手渡した。
初めて会った時の一輪の花とは違い、とんでもない量の花を前に、思わず目を見開いて驚いていたアイヴィー。そんな彼女の表情に、ハオシェンはニンッと満足げな顔をする。
「では、またいつかこの地を訪れた時。その時は、話し相手になってもらえるだろうか?」
「はい、その時はぜひ!」
「……本当に君は」
今度はにこやかに笑ってそう言ったアイヴィーに、ハオシェンはフッと小さく笑い声を漏らす。その笑顔から、新しい術式を知った際にはぜひ!という意味も込められているのを感じ取ってくれたらしい。
目の前で身をかがめたハオシェンは、アイヴィーの頬にそっと別れのキスをした。
「じゃあな、アイヴィー」
「……お元気で」
ハオシェン。
なかなかに大変な人だったけど、楽しかったな。原作を読んだだけでは知ることのなかった彼の一面も知れたし、そしてなにより、前世の記憶だけでは再現できなかった、彼の魔法の術式も教えてもらえた。いい収穫であった。
そんなことを考えながら、ハオシェンの姿が見えなくなるまで扉の向こうを眺めていたアイヴィー。ふと視線を感じて顔を向ければ、ライアンが口元に指を置き何やら考え込んでいる様子で立っていた。
「なんですか?」
「ん~~、いやぁ……?」
なんなんだ。
ライアンの方へ寄ろうと体の向きを変えたアイヴィー。しかし、その瞬間、ハオシェンが大量に放った花びらの束を踏んで、靴を滑らせてしまう。
「わっ」
バランスを崩したアイヴィーは、パッと掴まれた腕の方へ身を傾ける。ドンッと頭が何かに当たり、なんとか倒れることだけは免れた。
「った……」
「……」
ぶつけた額に手を当てゆっくりと顔を上げれば、ジトッとした冷めた視線で見下ろしてくるグレイソンと目が合った。
──お、おわ……。
至近距離でローアングルの蔑み顔の推しを前に、アイヴィーは思わず目を見開いて固まってしまった。握られた腕に少し力が入れられたのを感じて、ハッとしたアイヴィーはじわじわと頬が染まっていく。
「あ、あり」
「カマトトぶってんのか?」
転びそうになったところを助けてもらった。そう思ってお礼を口にしようとしたアイヴィー。しかし、そんなアイヴィーを真上から見下ろしていたグレイソンから投げられた言葉は、ひどく鋭いものだった。
「……………………」
──"カマトトぶってんのか"……?
カマトト、ぶってんのか…………?カマトト……のか……。
アイヴィーの脳内でグレイソンの言葉がエコーする。
やがて、俯いたアイヴィーは小さく震え始めた。
「…………」
グレイソンはそんなアイヴィーの様子を、いつもの冷めた目でじっと見ている。
「え、あっ! ね、姉さん!」
すると、後方からぎょっとした様子でテオドールが顔を出した。丁度本日、学園の図書館に借りていた本を返しに行くため、行きの馬車に同行していたテオドール。用事を済ませ現れた彼に、慌てた様子で手を引かれ、アイヴィーは回収されていった。
──あ、危なかった……。
「……ありがとう、テオ。来てくれて」
グレイソンから離れ、馬車へ向かう最中にアイヴィーは小さな声を漏らした。
「あのままでは、興奮のあまり奇声を上げながら床を転げ回るところだった」
「……そりゃ間に合ってよかったよ」
公爵家の名前に変な傷がつかなくて、と付け加えたテオドールがはぁ、と溜息をつく。
「ハァ……ッ」
どうしよう興奮を抑えきれない……。
アイヴィーはドクドクと高鳴る心臓の前をぎゅっと握る。そして、そんな姉に訝しげな視線を送るテオドール。
「テオがいてくれてよかったわ。私しかいなかったらこの先、公爵家の未来に不安しかない」
「自覚はあったんだ」
遠い目で見つめてくるテオドールの前で、アイヴィーはそっと目を閉じて先ほど言葉を反芻する。
だって、カマトトぶってんのかって。
カ、カマトトぶってん……。カマトトって……
最近めったに聞かない言葉だったけど……
「ワードチョイスがかわいい!!!」
「…………」
──素の推しに、あんな顔で、そんなこと言ってもらえる世界線ある!?
ん────ッ ここにある!!!
グレイソンから酷い言葉を投げられたにも関わらず、頬に手を置きどう見ても嬉しがっている自身の姉の姿を見て、テオドールはふぅ、と半目で息をこぼした。
「落ち込むポイントと喜ぶポイントの違いが分からない……」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
感想、評価、ブクマ、そして誤字報告をくださった方々、ありがとうございます!また挿話を少し挟んでから続く、先のお話も楽しんでいただければ幸いです。(t)






