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41.荒野の戦場で



「あの荒野で、私は争いに巻き込まれていました。そこに突然、貴方が現れたんです」


 ティーカップを両手で包み込むようにして持ち、水面を眺めながらぽそりと話し始めたヴァネッサ。


「その時は、ただやみくもに魔法を発動されられ、私はそれに吹き飛ばされただけなのだと思っていました。でも、時がたち当時の事を思い出すたび、次第に、もしかしたら私はあの時、あの少年に助けられたのではないかと考えるようになったんです」


 続けてそう語った彼女の前で、アイヴィーの表情は徐々に険しくなっていく。


──まさか、ベルを知っている人間だったなんて。


 しかも、10年前の荒野での戦場。彼女はそう言った。

 それはつまり、彼女は……私と出会う前の、私が知らないベルと出会っていたという事。

 アイヴィーがベルと初めて会ったのは、幼い日の賑やかな祭の夜。アイヴィーがスペンサー公爵の元を離れ、一人で彷徨った先で見つけた大きな檻の中である。その時のベルは、戦闘奴隷として無理矢理魔法を使わされ、それでもと抵抗をし続けていたせいで全身を拘束されている酷い状態であった。その当時のベルのことを、彼女は知っているという。


「あの時……貴方の、強大な魔法で吹き飛ばされる前に、貴方と目が合った気がしたんです」

「…………」


 アイヴィーはそっと視線をベルに向けるが、彼は特に表情を変えることもなく、黙ってヴァネッサの話を聞いていた。


「ただ爆発させれば、それだけで済んだのに。私に向けられたのは狂ったように強力な、風魔法でした」


 ティーカップを手に持ったまま、ヴァネッサはひとつひとつ思い出すようにぽそりと話し続ける。


「突如として戦場となったあの場所から、貴方の魔法で遠くへ吹き飛ばされた私は、とある森の中の川に落ち、そのまま下流に流されて戦地を脱出できました」


 昔、ベルを使っていた組織が介入し発生したという荒野での戦場。彼女はそこに居合わせていたらしい。そして、ベルの放った魔法で結果的に戦場から遠ざかることができた、と……。

 アイヴィーはヴァネッサの話を聞きながら当時の状況を思い浮かべてみる。荒野での戦場から、森の中へ飛ばすほどの強い風魔法。それも、幼い姿のヴァネッサだけに狙いを定めて。小さな頃は、魔力の制御が上手くできないといくつもの魔力制御のリングを付けていたベル。


「皇宮で、貴方を見かけた時……もしかして、と思い、最近になってあの時の組織について調べました」


 ベルを皇宮で見たという事は、レオナルドとのお茶会の時だろうか。

 ふむ、と記憶をたどって考えていたアイヴィーは、顔を上げたヴァネッサと目があった。


「あの組織は壊滅させられていました。スペンサー公爵家……貴方の御父上の手によって」


 ぱちり、と瞬きをしたアイヴィー。

 ヴァネッサは再び、両手で掴んだカップへと視線を落とし、小さな声で言葉を繋いだ。


「あのままあの場所に居れば、きっと私の命はなかった」

「……」

「だから、一度会って、きちんとお礼を言いたかったんです」


 俯きながら微笑んだ彼女は、ゆっくりと顔を上げてベルを見る。


「あの時は、ありがとうございました」


 ベルにそう告げた後、ヴァネッサは不器用に微笑んでから再び頭を下げた。

 表情を変えず、始終ほとんど淡々と話し続けていたヴァネッサ。だけど、今のこの言葉からは、彼女の感情が痛いほど伝わってきた。


「……どう、いたしまして」

「ふふっ」


 シン、とした空気の中で突然噴出したアイヴィーに、二人の視線が集まる。


──さっきは全然知らないって顔してたのに。


「……ヴァネッサさん、ベルも一緒に座ってもいいかしら?」

「はい」


 ヴァネッサの了承を得たアイヴィーが、ベルの分も含めた追加のお茶とお菓子を頼む。しばらくして届いたお気に入りのケーキとお茶のおかわりを頂きながら、三人で他愛のない話をした。

 どうやらヴァネッサも、カノンたちと同じように幼い頃からレオナルドと共に過ごしていたらしい事が分かったアイヴィー。話の中で、しれっとレオナルドの軽い愚痴を結構な数挟んでくるヴァネッサに、思わず吹き出して笑ってしまっていた。ヴァネッサは会話の途中もあまり表情は変えなかったけれど、特にお菓子を口にしている時なんかは嬉しそうにしているように感じられた。

 湿っぽい空気は完全に消えていた。

 ベルは甘いものばかりで胃もたれでも起こしたのか、途中から険しい顔をしていたけれど……。







「あ──いっぱい喋った!」

「……いっぱい食べたね」


 ヴァネッサさん、意外と面白い人だったなぁ。

 公爵邸へと帰る途中、ニコニコとあたりに花でも咲いていそうな程、上機嫌に話すアイヴィーとは対照的に、ベルは少しげっそりしてた。


「甘いものばっかりだったから、最後に辛いの食べてく?」

「……もういい」


 胃の上に手を置きながらそう答えたベルを見て、アイヴィーはふふっと笑い声を漏らした。


「あ、レイだ!」


 公爵邸の敷地内へ入ろうとした時、アイヴィーの目は一匹の見覚えのある黒猫を捉えた。

 学園外で見たのは初めてだ!こんな所までくるんだ。

 アイヴィーはそっとしゃがみこみ、「レイおいで~」と声をかけた。すると、ピクッと耳を動かして振り向いたレイは、珍しくちょこちょことこちらに向かって歩き始めていた。


「……!」


 しかし、アイヴィーが思わず顔を綻ばせたその時、後ろから突然冷たい気配を感じた。それ察したのか、レイはピャッと体を縦に震わせた後、一目散に逃げ出してしまった。

 振り返ったアイヴィーがベルを見上げる。


「なんで、そんな意地悪するの」

「……意地悪じゃない」


 ムスッとした顔で振り向いて抗議すれば、少し間をおいてベルが口を開いた。


「ベルは猫、苦手だったっけ?」

「……アレは苦手」

「ふーん」

「…………」


──?


 眉間にしわを寄せてそっぽを向いたベルを見ながら、アイヴィーは首を傾けた。

 めずらしいな。ベルが何かを拒絶するのは。









 学園祭後から半月ほどある学園の休み期間。

 アイヴィーはその殆どを、スペンサー公爵がいない事をいいことに、一日中街へ遊びに出かけたり、裏庭で思う存分魔法の特訓を行ったりして過ごしていた。そんな中、届いた数通の手紙。

 公爵邸の自室に入ったアイヴィーは、机の上に束ねられていた手紙の中から、パサッと落ちた一枚の紙を拾い上げる。


「ン?なにこれ」


──HELP……?


 そこにはアイヴィーが見慣れていた前世の文字で、簡潔に助けを求める内容と日時と場所が記されていた。


「……」


 その手紙を読んだアイヴィーは、顎にしわを作り少し考える表情を作った。



 そして数日後。アイヴィーは指定された日時である本日、学園の専門棟のいつもの扉の前まで来ていた。


「どーぞ」


 コンコン、と扉をノックすれば、中からライアンのやる気のないという声が聞こえてきた。


「なにやら私と先生の仲を変な感じに勘ぐっている人達がいるようなので、ステルス魔法で誰にも見られないようにして来ました」

「なにそれ……俺も知りたいその魔法」

「まあ嘘ですけど」

「ンだよ」


 ガラッと扉を開けて中に入ったアイヴィーの目に映った、少し眠そうな目で魔導具を弄っていたライアンは、期待させやがって……と、ため息をついている。


──透明人間。一度くらいなってみたいよね。


 ベルならできるかな?今度聞いてみよう。

 アイヴィーが来て早々いつもの陽気な軽口を叩いていると、ライアンだけかと思われていたこの部屋の中にもう一人、別の気配を感じた。ふと視線を向ければ、一つにまとめられた三つ編みを揺らし、首をこちらへ傾けて見上げている男の姿があった。


「やあ!」

「え」


 ライアンの向こう側、棚に背を預け胡坐をかいてハオシェンが座っていた。彼は片手をあげ、ニカッと人懐っこい笑顔で声をかけてきた。


「どうして……」


 アイヴィーが驚いてそう声を漏らすと、澱んだ目をしたライアンがぼそりと話し始めた。

 学園祭で、ライアンの魔導具に大きな興味を示していたハオシェン。どうやら彼は、ライアンを探してあの日の夜──アイヴィーが退場した後の専門棟教員たちの秘密の宴に、途中から参戦していたらしい。そして、どうやら酔っ払った彼が次から次へと大規模な魔術を発動させ、夜が明ける頃には宴の会場であった専門棟一階のあの教室を半壊させていたそうだ。


──あの時、騎士と教員達でモメてたのは、この人のせいだったのか……。


 全く気付かずに朝まで爆睡してしまっていた自分も、なかなかだけど。そういえばライアンも、面倒なヤツに~~とか言っていたな。


 結局、その夜ハオシェンはずっとライアンにかじりつき、新作の魔導具について根掘り葉掘り質問をしていたらしい。あまりにもしつこかったので、ライアンはまた明日にしてくれ、と朝日が昇る頃にはなんとか彼を帰らせていたのだそうだ。

 そして、ハオシェンはきっかりと翌日に再び現れ、その日から今日までずっと、ライアンの研究室に入り浸っていたらしい。


「どっかの誰かさん以上だよ」

「……」


 フゥッと遠い目をしてため息をついたライアンは、片膝に手をつきながら立ち上がった。


「でも丁度タイミング良かったわ、ちょっとコイツ見張っといて」

「え?」

「今から会議あんだけど、コイツ一人にしといて勝手に魔導具触られて壊されたらたまんねーし」

「壊しなどしないぞ!」

「分解して中見るのは壊すっつーんだよ」


 一つ魔導具を持ち上げながら抗議するハオシェンに、だから勝手に触るな!とそれを取り上げているライアン。

 ……大変そうだなぁ。でも、なんだかんだ言いつつ、追い出したりせずに話相手になってあげてるっぽいし。押しに弱い、というか。頼まれたり頼られたりしたら断われない体質というか……そんなんで大丈夫か?

 アイヴィーは自身の事を完全に棚に上げ、ハオシェンに付きまとわれ振り回されているであろうライアンに、同情のこもった視線を送った。


「じゃあ頼んだわ」

「あ……うん」


 パタン、と音を立てて扉が閉まった。ライアンが部屋を出ていくと、さっそく床に散らばっている彼の魔導具を物色するハオシェン。

 あれ、そういえば用事があったんじゃ……?まさか「HELP」ってコレの事?


「? これはどうやって使うんだ?」


 小さな球体の魔導具を手にしたハオシェンが、角度を変えたり下から覗き込みながら魔導具を観察していた。

 壊しはしないだろうけど、分解はされるかもしれない……のか。仕方ない。

 アイヴィーはハオシェンの傍まで行き、彼の持つ魔道具の使い方を簡単に説明する。部屋いっぱいに広がった様々な色の光線を見たハオシェンは、目を見開いて興奮し始めた。しばらくその魔道具を弄っていた彼は、ふっと顔を上げてアイヴィーを見つめる。


「どうしました?」

「なに、君とこうやってまた話す機会ができて嬉しいと思ってな!」

「……」


 ニカッと笑ってそう言ったハオシェン。

 屈託のない彼の顔を見て、毒気を抜かれていたアイヴィーであったが、再び別の魔導具を手に取ったハオシェンは、今度はそれを掌で弄び始める。


「あの時、結局聞きそびれてしまったのだが……なぜ君は、そんなに術式に詳しいんだ?」


 魔導具から視線を逸らすことなく、ハオシェンは話し続ける。


「君が知っていた私の使う術式は、東洋の方だけで……それも、まだ最近になって広まり始めたばかりのものだ」


 術式文字も我が国のものであった。それをほぼ完璧に扱うことができる人間がこの国にいるなんて、思いもしなかった。と語るハオシェン。


「しかも、まだ完成していない術式の存在さえも知っている君は……」


 コト、と持っていた魔導具を床に戻したハオシェンは、ゆっくりと顔を上げ、アイヴィーを捉える。


「まるで、私の頭の中でも覗いているかのようだ」

「…………」


 今までの様な、ただ錬金術に対する好奇心だけを映している顔ではない。微かな希望のような、不安と警戒のような、複雑な感情が入り混じってそうな表情。そこから感じた彼の心境を考え、アイヴィーは小さく口を開いた。


「──私は、」



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