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36.再構築



「これが、術式の再構築だ」


 両手を正面にかざし、一つの巨大な魔法陣を浮かべたハオシェンが、アイヴィーの方を振り向いた。


「さぁ!やってみてくれ」


 ニカッと無邪気に八重歯を見せながらそう言った彼の横で、アイヴィーはおそるおそる両手を上げた。








 例の教団の謎が解け、ライアン主催のアイドルライブへと四人で仲良く参加した日から、幾日が過ぎたある日。スペンサー公爵家へ一通の手紙が届いた。

 差出人は……初めて見る名前だ。封を切り、中を確認する。


「これは……」


 アイヴィーは、手紙を読み進めていくうちに察した。

 内容は、──先日は世話になった。あの日、君が言っていた術式が完成したから、近日お披露目に行きたい。──というものだった。


「……ハオシェンだ」


 おそらくこの差出人は、ハオシェンと友人になったという街の人間だろう。ハオシェンの性格からして、こうして事前に訪問の連絡をよこすとは考えにくい。

 大方、術式が完成しテンションが上がった末、そのままの足で公爵邸ここを訪れようとする彼を捕まえて、連絡してくれたんだろう……。可哀想に。

 アイヴィーは顔も知らない手紙の差出人であり、ハオシェンが現在厄介になっているだろう家主に労いの念を送った。


「お返事はなさいますか?」

「うん。お願い」


 傍に控えていたロージーは、分かりました、と言うと、さっと便箋を取りに行くため部屋を後にした。









「──と、言うわけで明後日の放課後、空き教室を一室借りれますか?」


 専門棟2階の教員室。

 アイヴィーはハオシェンへの手紙の返事に、日時の他に場所を学園に指定していた。そのために今、教室の使用許可を貰おうとライアンの元を訪れた。


 公爵邸うちでもよかったんだけど、どのくらいの規模の魔術になるのか分からないし、学園の専門棟の方が広さもあるから安心なんだよね……。


「おーいいぞ、5階の端の大教室使えよ。キー渡してあるだろ」

「はい」


 まさか、こんなに早くこれを使うことになるとは……。特に事件でも何でもないのに。

 今までのライアンとの会話の中で、専門棟の大部屋はいつも結構ゆとりがあり、よっぽどな事がない限りは埋まることはない、と聞いていたので事後報告になってしまったが……空いていてよかった。


「俺もあとで顔出すわ」

「え?なんで?」

「だって、すごい錬金術師なんだろ?」


 俺もちょっと気になるし、と言ったライアンは、机の上に積まれていた書類に視線を戻した。


「それ、学園祭の資料ですか?」

「おー」


 各出し物や企画書などをチェックしているのだろう。パラパラと内容を確認しながら、適宜ペンで書きこむライアンの様子をジッと見る。


「ンだよ」

「なんか普通に先生してるなぁって」

「うっせーな。はよ行け」


 ……照れてる。

 どうやら、アイドルをプロデュースしているとカミングアウトしたあの日から、ライブ当日までのライアンは、いつもとは違い結構ハイになっていたらしい。好きな事に熱中して気分が上がっていた時の自身の態度を、クールダウンしている今は少し恥ずかしいと感じているのだろうか。


──別に変な意味で言ったわけじゃないのに。


 アイドルライブの日以降、学園祭が近づいてきているのもあり、忙しくなったライアンとは以前のように頻繁に話すこともなくなっていた。先ほどから視線を落としている生徒たちの企画書類の確認に加え、自分自身の制作発表を控えているらしいライアン。

 アイヴィーの要望通り、教室の使用許可はくれたのはいいが、彼の机の上にはまだ未確認の書類の束と思われるものがどっさりと置かれていた。本当に忙しそうだ、と感じたアイヴィーは、「はーい」と気の抜けた返事をして教員室を後にした。









「ほーー!ここが学園か!」


 二日後の約束の日。

 学園に足を踏み入れたハオシェンは、いつかのスペンサー公爵家を訪れた日と同様、瞳を輝かせ学園内に施されている魔術を一つ一つ興味深そうに眺めながら、専門棟へとやってきた。


 アイヴィーに案内され、五階の大部屋へと入ったハオシェン。この部屋も他の場所と同様、一通り施されている魔術をまじまじと確認したハオシェンは、くるりと振り返ってアイヴィーに言った。


「では始めようか」


 完成した魔術を早く見せたくて仕方ないのだろう。ソワソワとした様子の彼を見て、アイヴィーはふっと笑みをこぼした。


「はい、よろしくお願いたします」


 ぱっと表情を明るくしたハオシェンはサッと両手を上げ、それぞれの手に一つずつ、二つの魔法陣を浮かび上がらせた。


「まずは二つ。それぞれの手に同じ術式を展開する」


 簡単に言うが、同じ魔法陣を2つ同時に発動させる事ができる人間は、そうそういない。


「そして、発動させたこの二つの術式を一度分解して」


 ハオシェンがかざしていた手の指の力を抜く。すると、浮かび上がっていた魔法陣の文字が綺麗に整っていた円から離れ、空中でふよふよと漂うように動き、乱れる。


「これを、合わせる」


 言葉でも説明をしながら、今度は左手の甲に右手のひらを重ねたハオシェン。その瞬間、ぶわっと辺りに強い風が巻き起こり、バラバラになっていた二つの術式の文字が重なり合った。バチバチッと音を奏でながら術式文字が組み替わり、やがて一つの大きな魔法陣が生まれた。


「これが、術式の再構築だ」


──……すごい。


 今、アイヴィーの目の前で、前世で何度も読んでいた原作のハオシェンの大技が披露されたのだ。それも、こちらの世界に来てから、アイヴィー自身、何度か見よう見まねでチャレンジしてみたが、悉く失敗に終わっていた技。


「君が言っていたものだが、あれからしばらく籠って研究していたのだ!本当は、もっと早く見せたかったのだが……」


 術式が完成した瞬間、その足で公爵邸へ向かうため家を出ようとした所で、友人に止められて来るのが遅れてしまった、と語ったハオシェン。

 ……やっぱり。


「この術式が再構築された魔術は、これまでの術式とは比べ物にならないほどの威力を持つ上、他者に簡単に壊爆されることは、まずなくなる。」


 それはつまり……相手に術式分解を使われても、簡単に無効化させることができないという事。


「さぁ!やってみてくれ」

「…………」


 ハオシェンは振り向きながら、いい笑顔でそう言った。

 その、強くなるという理屈はわからないが、やり方は分かった。

 アイヴィーはハオシェンが術式を操作している時、体の動きや視線を集中して見ていた。


──前世で読んだ断片的なシーンでは分からなかったけど……これなら。


 ゆっくりと両手をあげたアイヴィーは、先ほどのハオシェンの動きを真似て、二つの魔法陣を発動させた。

 そして、両手を近づけ、重ねる。


「………ッ」


 その場から風が生まれた。そして、先ほどのハオシェンの時と同様、バチバチッと強い音がなり、二つだった魔法陣が一つの大きな魔法陣へと変化した。


「………こう、ですか?」


 振り向きながら尋ねたアイヴィー。視界に入ったハオシェンは目を見開いており、次の瞬間、信じられない!と声を上げ、キラキラと瞳を煌めかせてアイヴィーへと近寄ってきた。


「すごいぞ!私が考えた術式をこんなにすぐに理解してもらえて、しかも実際に成功させる人は初めてだ!」


 パッとアイヴィーの両手を取り、興奮した様子で告げるハオシェン。

 おそらくこの魔術で一番難しいのは、同じ二つの魔法陣を同時に出現させることだ。ハオシェンは軽い態度でやってみろ、とアイヴィーをけしかけたのだろうが、一度目で見ただけで、難なく新作の魔術を扱えてしまったアイヴィーに感情を高ぶらせていた。


 ……術式二つを同時に展開するまでは、これまでも何度も練習していたから、できるようになっていたんだけど……。分解して合わせる時の動作が分からなくて、いつもそこで失敗してしまっていた。


「君を今すぐ国へ連れて帰りたい。」

「…………」

「もしくは、このまま共に世界を旅したい。」


 この真っすぐで純粋なハオシェンの瞳と言葉は、アイヴィーへの恋心などではなく、完全に魔法の術式を扱える技術へと向けられている。

 なまじ顔がいいから、原作の彼を知らなければうっかり勘違いしてしまいそうになるな……。


「……そうですね、機会があれば」


 アイヴィーはあいまいに笑って答えた。









「アイヴィー」

「はい、何ですか?ハオシェンさん」


 あの術式の再構築を再現できた当たりから、興奮した彼は流れでアイヴィーを名前で呼び始めていた。アイヴィーも、あわよくば原作を読んだ記憶だけでは再現できなかった、彼の他の技も教えてもらえないだろうかと目論んでいたため、それを受け入れていた。


「君もそうかしこまった言い方はせず、ハオシェンと呼んでくれないか?」

「……善処します」


 しかし、他者から必要以上に親密な関係に見えてしまうのは避けたいアイヴィーは、穏やかに微笑みながらそう言った。先ほどまで、まるで子供のような顔で無邪気さ全面に出していたハオシェンは、その言葉を聞いた後、ぱちりと大きく開いた瞳でアイヴィーを見つめている。


「? どうかしましたか?」

「いや。君の言葉は、私の国の人間が使う口上に似ているなぁ、と」

「……」


 善処しますというのは、アイヴィーの生きていた前世では、あまり乗り気ではない時にやんわりと濁した答えとして使っていた言葉でもある。この反応を見るに、もしかしたらハオシェンの国でも、体のいいお断りの言葉として使われているのかもしれない。


 錬金術で頭がいっぱいの、錬金術馬鹿だと思っていたけれど……。


 大人びた表情で、まるでこちらの心を見透かしたように口元だけ笑っているハオシェンに、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまったアイヴィー。

 どう答えようか、と頭を働かせていたその時、コンコンと控えめな音が室内に響いた。


「あ、先生」


 音がした方を振り向けば、扉のところに立っていたライアンと目が合った。ハオシェンをその場に残し、入り口まで駆け寄る。


「今見に来たんですか?もう結構教えてもらい終わっちゃいましたよ」

「……ちょっと前から見てたけどよ」


 ライアンはアイヴィーの前でそっと身をかがめ、ボソッと言った。


「下心はねーんじゃなかったのか?」

「あれは純粋に、魔術を扱える技術者としての興味です」


 どうやら、アイヴィーが再構築以外の術式も見せてもらっていた際に、ちょくちょく挟まれたハオシェンの熱烈勧誘アプローチをライアンは見ていたらしい。


「そうだ、先生! ハオシェンさんを学園祭に招待したらどうかな」

「んー?」

「二日目に先生の魔導具発表もあるんでしょ?」


 いい考えじゃん!と両手を合わせ、にこやかに話すアイヴィー。


「ハオシェンさんはもともと錬金術師で、魔導具の方が専門だし。今日たくさん術式教えてもらったし。今回のお礼もかねて」

「なんでお前の礼を俺がしなきゃいけねンだよ」


 呆れたように言ったライアンに、「え~~」と絡むアイヴィー。すると、後方からハオシェンの声が聞こえた。


「学園祭……?」

「えぇ、もう少しで行われる学園の催しなのですが、出店や発表をするのは学園の生徒だけではなく、先生方もたくさんいらっしゃるので、もしかしたらハオシェンさんの好きな分野もあるかもしれません」

「そうなのか」


 そもそも学園祭と言っても、この学園のそれは普通の学園祭とは少し違う。特に二日目に行われる発表会では、他国からも訪れる来賓や起業家に向けてのプレゼンテーションも兼ね、生徒だけではなく教員たちも多く出し物がある。

 そして、このもはや伝統となりつつある二日目の盛り上げを作ったのが、今から10年前、ライアンが学園祭で新作の魔導具を初めて発表したその日だと言われている……。

 あごに指を当て、何かを考えていた様子のハオシェンは「ふむ」と呟いた後、スッと顔をあげた。


「そうか、貴殿が……噂はきいている」

「そりゃどーも」


 おぉ……。

 異国の大錬金術師と、生きる伝説の邂逅……。

 いや、邂逅ではないか。


 二人向かい合ったこの独特な雰囲気に、ほんの少し緊張したアイヴィー。軽く挨拶を終えたハオシェンは、ニカッと八重歯を見せながら笑った。


「その学園祭に、私も参加してもいいのだろうか」

「…………」


 ハオシェンの問いに、ライアンはチラッと一瞬アイヴィーを見た後、小さく口を開いた。


「んー……まぁ、お前がいいならいいけど」

「?」


 ライアンのその言葉の意味がまだ分からなかったアイヴィーは、軽く頭を傾けていた。




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