34.真相
──いや、
まさか………!
テオドールを置いたまま、レオナルドと話していた部屋を出たアイヴィーは、徐々にその足の速度を速め、走った。階段を駆け上がり、見慣れたいつもの扉をノックもなしに、バンッと開けた。
「おう、来たのか」
「……」
「ちょっと待ってな、今調整してるから」
専門棟の一室。いくつもの作りかけの魔導具が床に置かれているこの部屋の端には、いつものように手にした魔導具を弄りながらニッと笑うライアンの姿があった。ここへ来て最初の時に見せてもらった、あの音楽を選択再生できる魔導具の調整を行っているらしい彼は、アイヴィーの姿を確認したあと、視線を手元に戻しながらそう言った。
ポゥ……キィン……
魔法発動時に聞こえる独特の高音だけが空間を支配する。
アイヴィーはじっとライアンの手元に視線を合わせながらも、どこかふかんで部屋全体を見ているような感覚になる。
「……ねぇ、先生」
「ん?」
数秒後。
こちらを見ずに魔導具を弄っているライアンに向けて、アイヴィーは意を決して問いかけた。
「もしかして、平民の女の子使ってなんかやってる?」
ピタリ、と動きを止めたライアン。
その姿を見て、アイヴィーはヒュッと息をのむ。
──やっぱり
「……どっから漏れた?」
ライアンは持っていた魔導具を机の上に置き、アイヴィーに向き直って、先ほどよりも低いトーンで問いかけた。
「お、お前──────ッ!」
公爵令嬢の仮面など、この男の前ではとうに脱ぎ捨てていたのだが、それでも今まで見せたことのない程の驚愕な顔をしたアイヴィーは、大声を出しながらライアンの前に走り寄った。
「うおっなんだよ、ビビるわ」
「お、お前、お前なに、してんの!」
「なんだよ、薄々感づいてんだろ?」
「……ッ」
アイヴィーはライアンの襟元を掴み、ガクガクと揺らした。言葉にならない感情をどうすることもできず、ライアンを見上げながら口をパクパクと動かす。ライアンはそんなアイヴィーの姿に戸惑いながらも、しかし、どこか楽しそうに自慢気に言った。
「アイドルをプロデュースしてるんだよ」
──バカ…………ッッ
確かにアイヴィーは薄々、例の教団の情報を聞くたび、何か既視感のようなものを感じていた。
集会所から出てきた信者たちの様子を聞いた時は、まるで前世で好きなアーティストのライブや作品のイベント会場を後にした参加者たちのようだと。そして、公爵邸のような特殊魔法をがかけられた扉を知り、アイヴィーが考えた「生体認証」にそっくりな魔術を見た時、これをかけた者はアイヴィーと同じ世界の知識がある転生者である可能性が高いと。
はぁ、と大きなため息をついたアイヴィー。
「……ソレ、殿下達が完全に危ない集団だと思って、近々奇襲をかける計画まで立ててるよ」
「マジ?」
襟をつかんだアイヴィーを見下ろしながら、軽めの口調で言ったライアン。
「上手く誤魔化せてたと思ってたんだけどなぁ」
「…………」
人差し指でぽりぽりと頬をかきながら、う~ん、と考えるそぶりを見せるライアンに、アイヴィーは脱力しかけていた。
その時、再びバンッと勢いよく扉が開けられた。アイヴィーは、ライアンの胸ぐらをつかみ引き寄せている状態のまま、音がした扉へ振り向く。そこには、おそらく自分の後を走って追ってきたのだろう、息を切らしたテオドールと何故かグレイソンの姿があった。
「……姉さん」
「……」
魔女を蘇らせるとうたわれている謎の宗教団体の正体……。その教祖が分かった、とおそらくその教祖の元へ単独で向かって行ったのであろうアイヴィーを心配したテオドールは、別れた直後、ハッとしてアイヴィーの後を追いかけていた。
「ここへ来る途中、サーチェス卿に会ったから事情を説明してそのまま一緒に来てもらったんだけど……」
テオドールが冷めた目で二人を見る。
「まさか逢瀬中だったとはね」
「えっ?違……」
「なんだ?愛しの姉ちゃんが奪われてショックか?」
なんでお前はノリノリなんだ。
アイヴィーは、さっきから妙にテンションが高いライアンをジッと半目で睨みながら、そっと襟元から手を放す。
「……あんた」
「ん?」
アイヴィーはすぐ隣で得意げに笑っているライアンの腕をとり、そのまま捻りあげる。
「いでででっおい!」
「教祖確保」
「おい!」
目の前で繰り広げられている二人のやりとりに、困惑するテオドールと、顔をしかめているグレイソン。
「この男が、例の教団の教祖です!」
「え……?」
「オイバカ!やめろって!」
アイヴィーが腕を前に突きつける。体を捻らせて、離せっておい!と騒ぐライアンを前に、テオドールは思わず吐息のような声を漏らした。
*
数十分後。
ライアンが借りている専門棟のこの一室では、先ほどのメンバーにレオナルドが加わり、説明が行われていた。
「あの教団は……いや、そもそも教団ですらなく、あれはこの男が作った娯楽場だったんです。」
「娯楽場……?」
それは、平民の女の子に無理を強いるものではないのか、とレオナルドから鋭い視線を向けられたライアン。
アイドルという文化がないこの世界で、アイヴィーはできるだけわかりやすく説明していく。
昔は、オタクという生き物はそれだけで迫害をされて生きていた。
年々、その存在や概念は浅く広く、時に深く知れ渡るようになり、アイヴィーがあの世界を去る頃には、オタクというだけで、理由もなく理不尽な強い非難を浴びることはかなり少なくなっていた。だが、アニオタ・ドルオタという言葉に、あまりいい顔をされなかった時代を生きた前世の意識が強く残っているライアンは、このアイドル活動を広く一般に知られることを恐れ、会場扉には入場時に登録された人間しか入ることはできない生体認証の魔術を編み出し施していた。その徹底した姿勢が、今回このような誤解を生む原因になったのだが……。
「それならば、コックス伯爵が多額の寄付をしていたというのは」
「あーあれなぁ。いつからか貴族が紛れ込んできたなぁとは気付いてたんだが、まぁ様子見もかねてそのままにして置いたんだよ。そしたら、ある時期から急に金払いがよくなって……どうやら推しができたみたいだな。」
「推し……?」
ライアン曰く、彼がプロデュースしているこのアイドル活動は、ステージ上で歌って踊る以外、握手会等の客と直接触れ合える場は設けていないそうだ。しかし、半年ほど前、入場に合わせて特別に追課金したお客に向けて、舞台の上から担当の子のファンサ──ウインクや狙い撃ちのポーズをとる等──の時間を増やすシステムを導入し始めた頃……。
「カノンちゃん一人だけ、ぶっちぎりで売り上げが伸びたから、えらくつぎ込んだやつがいるなぁと思っていたが……まさか不正した金が使われていたとはな。そこから足がついたのか。」
「…………」
「不正は良くねぇよな。対策考えねーと」
次から気をつけよっと、軽口で言うライアンに、周りは未だ唖然としていた。
「では、女の子に無理を強要したり、禁止された薬物を使用したりはしていないと?」
「なんで俺がそんなことを?」
先ほどよりは少し緊張が緩んだ様子だが、瞳はしっかりとライアンを捉え探るように放たれたレオナルドの問い。だが、当の本人はきょとんとした顔で答えた。
前世のようなライブという概念がないこの世界で、あの場を後にした参加者の興奮状態は、非常に危険に見えたのだろう。どう説明すればわかってもらえるか悩むアイヴィーだったが、この騒動の元凶の男は意気揚々と語り始めた。
「そもそも俺は金を稼ぎたかったわけじゃない。」
ライアンはスッと目の前のレオナルドを見つめ、真剣な顔で話し続ける。
「かわいい服を着て、歌って踊る楽しさ。その姿を、その子の笑顔を見て元気をもらう人たち。平凡に過ぎていく毎日の中で、心から楽しいと思えるような幸せを、弾けるような刺激を、この世界で生きる人たちに知ってもらいたかったんだ。」
なんか聞こえがいいように言っているが、この男、それがないこの世界に痺れを切らして、自ら作り出しただけである。
それを知っているアイヴィーは一人白い目を向けていた。
「魔女をよみがえらせる、というのは……?」
「魔女ォ……?あー……それはあれか、去年の秋ごろにやった、魔女っ娘少女の衣装のライブがまた見たいってことじゃねーか?」
「は?」
戸惑いの色を見せながら問い掛けたレオナルドに、あ──……と頭をかきながら思い出すように瞳を閉じて言ったライアン。
「あの時はまだ、観客が本当10人いないくらいの時だったからなぁ。古参ファンが新参のやつらに言ったんだろうよ。ンで、新参のやつらは何としてもその魔女っ娘衣装ライブを見たいと奮起してんじゃねーのかなぁ」
「……」
──こいつ……。魔女をよみがえらせる、なんて物騒な噂になってるとも知らずにいけしゃあしゃあと……
ライアンの説明を聞きながらも、話している内容はイマイチ理解できていない様子を見せるレオナルド。しかし、ライアンの態度から悪意を持って行われているものではないというのは伝わり、少しずつ肩の力が抜けていく。
「そうか……」
やがて、ほっと息を漏らしたレオナルドが問い掛ける。
「それとは別に、一つ気になっていたのだが……スペンサー嬢は頻繁にここを訪れているようだが、一体何をしているんだ」
ピシッ、と空気が固まったのを感じた。
「……魔導具を、使わせてもらってたんです」
「魔導具……?」
「ン~~?」
ライアンを肘で小突くアイヴィー。
あぁ、と何かに気付いた様子のライアンは、スッと上半身を反らせて傍にあった魔導具を掴む。ボタンを押し起動させれば、遮音魔法が施されており今話している者の声以外、何の音もしなかったこの室内に、懐かしのあのメロディが流れ始める。アイヴィーとライアンにとっては懐かしく、しかし、それ以外の者にしてみれば初めて聴く曲調の音楽。ライアンは再び魔導具を触って、何曲かの別の音楽を続けて流す。
しばらく黙って流れている曲を聴いていたレオナルドは、「これが、その音楽か……」と口にした後、アイヴィーに顔を向けた。
「スペンサー嬢も、彼のこのアイドル……?という音楽に興味を持ったという事か」
「…………ま、まぁ……」
本当はこの部屋で、とても貴族令嬢とは言えないような姿で思い切り大声を出して熱唱していたり、あまり人には聞かせられない話題でライアンと盛り上がっていたアイヴィー。レオナルドの質問に対して、どう切り抜けようかと悩み、ふわっとした受け答えをした。
「……なに」
「興味あるなら今度のライブ、お前も一緒に歌う?」
「…………ッ」
隣でじっと視線を送ってきたライアンに、ジトッとした目を向ければ、この陽気な発言。アイヴィーは少し震えた後、黙って隣の男に肩パンをかました。






