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33.もしかして



「世話になったな」


 公爵邸の玄関先で、扉を背にハオシェンが言った。

 彼の前には、今朝早くから仕事のため家を出ていったスペンサー公爵に変わり、アイヴィーと数人の使用人が見送りに集まっている。


「また皇宮に戻られるのですか?」

「いや、まだこの国を見て回りたいと思っているから、しばらくはこの辺りに留まるつもりだが、今日は街でできた友人のところに世話になるつもりだ」

「そうですか」


──食べ過ぎて皇宮の食糧備蓄が尽きる前に追い出されたんじゃ……


 なんて冗談を思いながらハオシェンを見ていたアイヴィー。そんなアイヴィーの視線に気づいたハオシェンが、そっと傍に寄る。

 彼は街で初めて会った時のように、ぱっと手にいくつかの花を出現させると、今度は懐から取り出したハンカチで軽く結んで、可愛らしい小さな花束を作った。そしてそれを、器用だな……と眺めていたアイヴィーの手にそっと握らせ、至近距離で静かに囁く。


「この国を去る前に、もう一度貴方とゆっくり話がしたい」

「…………」


 これは。

 昨夜、本来知るはずのない、まだハオシェンの構想段階の術式をうっかり漏らしてしまったアイヴィー。その失言によって、アイヴィーはさらにハオシェンの興味を煽ることとなった。あの時は、途中で部屋に入ってきたレーラによって切り抜けられたと思っていたが、どうやら彼は逃がしてくれる気はないらしい。チラリと視線を合わせれば、あの夜のような普段とは違うギャップのある大人の顔で微笑んでいるハオシェン。少しの沈黙の後、「機会があれば、ぜひ」と答えたアイヴィーに、ハオシェンはニカッっと八重歯を見せて笑った。



「モテモテですね」


 ハオシェンが去ってから、ぽそりと呟かれたその声の方を振り向く。レーラが何くわぬ表情で立っていた。


「そういえばあなた、あの時ためらいもなく私に爆炎球ぶっ放してきたわね」

「え、」

「危ないじゃない、しかも室内で……もしも壁や物に当たって壊したらどうするつもりだったの」


──そんなことになったらお父様にどれだけ怒られるか知ってる⁉


 レーラに向き合って人差し指を突きつけ、ジッと咎めるような視線を送るアイヴィーだったが、レーラはけろっとした様子で答える。


「お嬢様なら簡単に弾き飛ばせるじゃないですか」

「…………」


 そりゃ、そうだったけど。

 皇宮での襲撃時に彼女が放った爆炎球を、アイヴィーは剣で弾き飛ばしていた。でも、今回は剣なんて持ってなかったし。


「それに結局、あの時も今回も簡単に打ち消されてしまいました」


 今回、以前よりも威力が上がっていた彼女の攻撃魔法。しかし、ハオシェンはかざした片手で術式分解を展開し、初見でそれをほぼ無効化させていた。


「やっぱりもう少し、一回の攻撃でガツンと魔力量を出せるように特訓しないと!」


 ほんの一瞬、ふぅと息を吐いて落ち込んだようにも見えたレーラは、すぐさまパッと顔を上げ、魔術訓練に対するやる気を見せていた。

 フンッと息巻いて玄関先から離れていくレーラを、アイヴィーは目を細めて見送った。








 数日後。

 公爵邸内で、もはや見慣れたアルロの姿を見つけ、アイヴィーは彼を呼び止めた。


「なんだ?これ」

「南の地方で作られた新しい特産物らしいわ」


 アルロはアイヴィーの手に握られている瓶を見て首を傾けながら、しかし興味津々な様子で眺めている。


「少し前に弟が領地へ戻った時、初めて見つけてお土産に買ってきてくれたものなんだけど、まだ市場には流れていないみたいで。けれど、とても美味しかったし、見た目もこんな風に綺麗だからきっとすぐ特産物になるだろうって」


 だから、こうしてまた取り寄せたのだけど。

 アルロにはこの前、ハオシェンを迎えた際、東の国の料理を振る舞う時に使った調味料やレシピを譲ってもらっていたから、そのお礼に、とそれを差し出したアイヴィー。


「アルロこういう珍しいもの好きじゃない?」

「スペンサー……お前、意外といい奴だったんだな」

「ん?」

「あっウソウソ!めちゃくちゃいい奴!」


 手渡そうとしていたそれを、フッっと上にあげて微笑んだアイヴィーに、慌てて訂正をしたアルロ。


「でもその錬金術師?にお前迫られたらしいじゃん」

「…………なんで」

「レーラが言ってたぞ」


──なんでレーラとそんな話を。


 いつの間にそんな仲良くなってたんだ。

 アイヴィーは、受け取った瓶詰の中をじっと見ているアルロを前に、ふと思い考える。

 そういえば、公爵邸で働く他の使用人たちからも、アルロはやたら好意的な目で見られているわね……。学園では変人扱いされていることが多いのだが、アルロはその好奇心の強さから、この国で普通に生きていくだけでは知るはずもない、様々な雑学を知っている。しかし彼は、決してその知識をひけらかす事はせず、時折話のネタとして混ぜたり、知らない人相手でも困ったり悩んでいる人には、その知識を解決策として提案したりしていた。


──コミュ力おばけか。


 その高すぎるコミュニケーション能力が、彼を変人と言わせてしまっている最も大きな原因とも言える。目を細めて何とも言えない視線をアルロへ送るアイヴィー。


「まースペンサーは殿下の側近とデキてるんだろうけど」

「別にデキてないから」

「でもあんまりその気もない男に、適当に受け入れる態度はとらない方がいいぞ」

「話聞いてる?」


 アイヴィーの話なんて、まるで聞く耳を持っていないといった様子のアルロは、手に持った瓶を顔の上にあげ、底から覗き込む。


「それにしてもすごいな、光に反射してキラキラ光ってる」

「……熱には弱いから、日の当たらない涼しいところに保管するのよ」


 私との会話よりもそれに夢中みたいね。

 アイヴィーから渡された小瓶を気に入ったのか、アルロは、おう!と返事をして鼻歌でも歌いながらスキップでもしそうな陽気さで公爵邸を後にした。









「スペンサー嬢、少しいいか?」

「殿下」


 放課後。

 教室を出たアイヴィーは、自然な流れで専門棟へと足を向けた矢先、少し暗い面持ちのレオナルドに通路で声をかけられた。

 学園内でこんな風にレオナルドから接触をされたのは、あの日、グレイソンのハニトラが終了した直後以降初めてである。周りはアイヴィーとレオナルド以外、誰も見当たらない。少し離れた所から人の気配はするが、おそらくレオナルドの護衛の者だろう。敵意や嫌な視線は感じない。

 アイヴィーはレオナルドに案内され、近くの部屋に入った。扉が閉まり、すぐに遮音魔法を展開したレオナルドは、アイヴィーを呼び止めた時より少し和らげた表情で口を開いた。


「先日はあの錬金術師の世話、ご苦労だったな」

「……はい」

「皇宮でもかなりの料理が吸い込まれていったが、そちらでも相変わらずだったそうだな」

「ふふ、はい」


 ハオシェンの食事中の姿でも思いだしたのか、レオナルドは面白おかしく話しながら、胃もたれでも起こしたような顔をしている。


「……」


──なんだろう。


 今のレオナルドからは、初めて学園で呼び出された時のような高圧的な態度は感じない。それどころか、以前よりかなり打ち解けたような柔らかささえある。だが、彼の話し方からはどこか緊張を感じさせた。

 しかし、それは彼の口から出た次の言葉に、アイヴィーは、あぁ……と納得させられた。


「例の教団についてなんだが」


 再びレオナルドの顔が曇った。彼が新たに掴んだ情報によると、例の教団の集会所から出てきた信者たちは、そのほとんどが男だったようだ。以前の情報にあった通り、異常な興奮状態な者もいれば、目は輝いてて、まるで楽園から出てきたかのような、ぼわっとした奇妙な雰囲気の者もいたという。そしてなにより、今回彼の表情をこれほど暗くさせたのは、例の教団の集まりがある少し前には、決まって若い女の子が何人かその場所を出入りする姿が確認できた、という事だった。


「以前様子を見に行かせた時もそうだったんだが、……数日前から、何人かの平民の女の子の出入りが多くなっている」

「……」


 女の子たちは一度集会所の中に入った後、毎回数時間後には外に出て、それぞれ家に無事帰ってはいるという。そのうちの一人の女の子に接触し、話を聞こうとしたのだが、女の子は驚いた表情を見せて逃げるようにその場を去り、話を聞かせてはもらえなかったそうだ。

 しかし、この口ぶりだと、随分と前にその実態を把握していたと言う事になるが、レオナルドからこの情報を聞いたのは今回が初めてだ。

 どうして意図的に女の子の話を今……。


 そう考えたアイヴィーはハッとする。


 何故レオナルドが、こんなにも例の教団について気にかけているのか。


 それについて一つ、レオナルドのこれまでの行動とその周辺を調査して、分かった事がある。

 どうやら彼も、アイヴィーのように幼い頃から頻繁に街へ行っていたようで、今でも何人かの平民と特に親しく交流をもっているらしい。その中の一人の女の子が、最近特に羽振りがよくなったと仲間伝いに聞き、不安になりこっそりと調べた先で例の教団にたどり着いたようだった。

 それにしても。


──今まで街で会わなくてよかった……


 お互い軽い変装をしていたにせよ、何度も街へ降りて遊んでいる中で、よくぞ今まで顔をあわせなかったと、アイヴィーはその奇跡を噛みしめていた。

 確かに二人が顔を合わせたことはなかった。だが、レオナルドは数度、街で平民を装った服装で自由に動き回るアイヴィーを見かけている。遠くから普段とは違うアイヴィーの様子を見て、首を傾けていたレオナルドは声をかけたりはしなかったため、アイヴィーがレオナルドを認識することはなかったのだ。


「君が前回の情報共有の場で話してくれた集会所の扉について、考えて……思ったのだが」

「!……はい」


 レオナルドの声に意識が引き戻されたアイヴィーは、あの街で爆弾事件が起こった日、騒ぎが起きる直前、例の集会所の扉に触れ直接見た、そこに刻まれた術式を思いだす。


『…………これは』


 そこに刻まれていたのは、スペンサー公爵家の扉にも刻まれているものによく似た術式だった。扉に触れた人の指紋や扉の前に立つ人の虹彩を測定し、予め登録している記録と一致した者でなければ開けることが出来ないよう、特別な術式が施された扉。


「それほどまでの高度な魔術を使って、その中の実態を見せない徹底ぶり。もしかしたら、かなり大きな犯罪が隠されているかもしれない」


 レオナルドは真剣な表情で続ける。


「三日後、例の教団の集まりがあるという情報を得た」


 三日後と言うと、ちょうど学園が休みの日だ。


「その日を狙って奇襲をかけようと思っている」

「えっ」

「一応、スペンサー嬢にも伝えておこうと思ってな」


 奇襲。

 確かにそう言ったレオナルド。

 もしも俺が考えている最悪の通り、違法な薬が扱われていたり、平民の女の子が利用されたりしているのであれば、これ以上看過することは出来ない。そう言ったレオナルドは、アイヴィーを見て少し眉を下げながら口元を緩めた。


「今まで情報の共有、感謝する」

「あ……え……は、い」


 レオナルドは珍しく戸惑っている様子のアイヴィーを見て、幾分か穏やかな口調で礼を言った後、「急に呼び止めてすまなかった」と部屋を出ていった。



 なんだろう、心の奥に、何かが引っ掛かっている。

 開きそうで、開かない。胸の奥がざわざわする。



「姉さん」

「テオ……」


 レオナルドが扉を開け出ていった先から、テオドールが顔を出した。どうやら扉の近くで丁度レオナルドとすれ違ったようで、彼が出てきた部屋の中にアイヴィーの姿を見つけ、少し驚いた表情を浮かべている。


「なんで殿下とこんな所で……二人きりだったの?」

「そう、なん……だけど」


 テオドールは神妙な面持ちですれ違ったレオナルドと、同じくいつもとは違う様子のアイヴィーを見て、心配した様子で問いかける。


「殿下に限ってないとは思うけど、何かされたわけじゃないんだよね……?」

「え、うん……例の教団について話してただけ」

「教団って……あぁ、なんか街で流行ってるってアレ?」

「うん……」


 アイヴィーは先ほどレオナルドから聞いた情報と、これまでの情報を頭の中に思い浮かべて整理する。




 魔女を蘇らせるとうたっている謎の宗教団体。


 集会所から出てきた直後の信者たちの状態。


 大多数が男の信者。


 集会日の前に出入りが増える平民の女の子たち。


 そして、特別に認証された者しか入れない、まるで……スペンサー公爵邸に施されているような認証魔法の術式が埋め込まれている、集会所の扉。


──前世の知識を生かしてアイヴィーが考えた、『生体認証』型の扉。──





 アイヴィーの頭の中に浮かび上がった、今まで得た情報が線となり、そして一つの結論へと導かれていく。


──まさか、 


 アイヴィーは俯いたまま、口元へ手を持っていく。

 そして、ゆらりと体を揺らし、足を扉へと進めた。


「姉さん……?」

「……教祖、分かったかも」

「え」

「ちょっと……行ってくる」


 そう言ったアイヴィーは扉を開け、廊下を蹴った。


「えっちょっと待って!姉さん一人じゃ……」


 後ろから放たれたテオドールの制止の言葉。聞こえてはいたが、それよりも、アイヴィーはこれから目指す先にいる人物の事で頭がいっぱいになっていた。




 だって、あれは



 もしかして──




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