28.親子
公爵邸の執務室。
そこには、紫の髪を後ろでひとくくりにして揺らす部下──フェシリア・バーンズと、机に向かって書類をめくりながら、一月ほど前に学園で起こった爆破未遂事件について話すスペンサー公爵の姿があった。
「でも、どうしてそれで学園が狙われると思ったのですか?」
「私が奴らならそうするからな」
奴らの行動を先回りするには、奴らと同じ思考でものを見なければならない、と言ったスペンサー公爵に、フェシリアは「なるほど」と納得した様子で、持っていた資料を机の上に置いた。
「……はぁ」
珍しくスペンサー公爵のため息をこぼす姿を見たフェシリアが、尋ねる。
「アイヴィー様ですか?」
「…………」
まさか事件を追っていった先で、炙りだした犯人と交戦中にベルが現れ、アイヴィーが一人で爆弾を回収してしまっていたと聞いた時は驚きはしたが、どうせまた勝手に資料でも盗み見ていたのだろうと呆れもした。だが、いざ現場に駆けつけて見れば、その犯人が差し向けた魔物を一人で倒していたものの、その場に倒れこみ、あのような負傷を負っていたアイヴィー。そんな姿を目の前で見た時……。
「なぜアイツは、ああも成長しないんだ」
「ハハ」
頭を抱えてそう零したスペンサー公爵に、そんなことはないと思いますけどね、と柔らかい口調で言ったフェシリア。
「ずっと近くにいるから気が付かないだけじゃないですか?私なんかは、数か月ごとに顔を合わせる事が多いので、そのたびにアイヴィー様の成長をみてほっこりしてますよ。」
「…………」
「それに」
綺麗に整頓された棚から、何冊か本を取り出していたフェシリアは、くるっと上半身だけ向きを変え、スペンサー公爵の方へ向き合って言った。
「最近どうやら、アイヴィー様にも春が来たみたいですし」
「…………」
ニカッ、とチャームポイントのえくぼを見せて笑いかけるフェシリアに、無言でただ鋭い視線を送るスペンサー公爵。
「はー、早いですねぇ!少し前まで、まだこんなに小さかったのに、今はもう立派なレディになられて」
そんな視線には構わずと、大袈裟なジェスチャーをつけて煽り続けるフェシリアに、ハッと息を吐いたスペンサー公爵は、「レディ……ねぇ?」とまるで小馬鹿にしているような態度を見せる。
「誰に似たのか、」
「誰って、公爵様そっくりじゃないですか」
「…………」
完全にフェシリアのペースに飲まれてしまったと感じたスペンサー公爵は、「無駄口はいいから、手を動かせ」と口にしたのだった。
*
病院を退院後、即日学園復帰をキメたアイヴィーは、案の定、公爵邸に帰ってすぐ、スペンサー公爵に呼び出された。
公爵邸に帰るまでは、してやったりと随分陽気な様子だったアイヴィーだが、時間が経つにつれ、じわじわと増えてくる冷や汗に、無意識のうちに緊張し始めたのを実感する。執務室の前についた頃には、すっかり数時間前までの陽気さはどこにも無く、まるで死刑台に上る罪人のような気分であった。ぐっと奥歯をかみしめ、覚悟を決めたアイヴィーは、ノックをした後執務室の扉を開いた。
「失礼します」
「あぁ」
──ウッ
執務室へ入って早々、スペンサー公爵の鋭い視線に貫かれたアイヴィーは完全に怯んだ。しかし予想外に、学園での負傷から病院を抜け出したことに関しては、さほどお咎めはなかった。それよりも、学園でとらえた犯人たちと、爆発物についての話がメインのようだ。
「なぜ爆弾の位置がわかった」
「私ならそこに置くからです」
「…………」
「敵を知るには敵の思考に近づかなければいけませんから」
──本当は原作を読んで、大体の目星がついていたのだけれど。
しかし、偶然にも先ほどのスペンサー公爵と同じような発言をしたアイヴィー。それを、彼の後ろに控えながら見ているフェシリアは、口元に手を持っていきプルプルと震えている。そして、そんなフェシリアを、スペンサー公爵は鋭い視線で一瞥する。
少しの沈黙の後、スペンサー公爵は資料に目を落としながら、告げた。
「お前が回収した爆弾6つは、今も調べている所だ」
「え?」
6つ……?
あの時回収した爆弾は全部で7つのはず。原作でもその数だった。あの時、爆弾は全部ベルが持っていったはず……。
黙り込んだアイヴィーに、「なんだ?」と不審な目を向けたスペンサー公爵。アイヴィーは、いえ、とごまかしてその場をやり過ごした。
執務室を出て、自室へ向かう途中で向きを変え、ベルの元へ向かった。部屋の中に居たベルのすぐ傍まで行き、アイヴィーは小声で問いかける。
「ベル、爆弾一つどこにやったの?」
「……知り、合いが……みたいって」
「知り合い?」
アイヴィーに詰め寄られたベルは、あいまいな表情を見せて、少し困っている様子だ。
回収した爆弾を勝手に人に渡すのは……。いや、それよりも。
──ベルに、知り合い……?
あの爆弾には、確かに珍しい魔法の術式が刻まれていた。よくある爆弾は振動に反応したり、時限式に作られているけど、あれは……。でも、それを見たいってことは、魔術関係の人ってことよね。いつのまにそんな知り合いができたの?
「…………」
無言で顔をそらしているベルを、じっと見つめるアイヴィー。いつもならば、困った時も、どんな時でも、きちんと顔を見て話してくれるベルが、そっぽを向いている。
*
「ベルに隠し事をされてる」
自室に戻り、ソファーに腰を下ろしてふてくされたようにそう言ったアイヴィーに、レーラはコポポポと器用にお茶を注ぎながら視線をよこした。
「そりゃあベルさんだって、隠したいことの一つや二つあるんじゃないですか?」
「…………」
「そうですよ!お嬢様、ベルだって男の子なんですから」
お嬢様に知られたくないことの1つや2つや3つや4つあってもおかしくないです!とにこやかに告げてくるルイス。
「……なんでルイスがここにいるの?」
「ひどい!お嬢様のせいなのに!」
何が私のせいだって?
ルイスのもみあげをぐっと掴みながら問いかければ、「いたたた酷いお嬢様!」と言いながらも、ちょっと嬉しそうな顔に変わり始めたのでスッと手を離す。
「お嬢様が勝手に一ヶ月で退院なんてするからですよ」
ルイスによれば、スペンサー公爵はアイヴィーの退院日、病院からの謝罪の手紙を読んだ直後、ルイスに「今から二ヶ月間はアイヴィーの専属護衛騎士として、ぴったりと極力傍にいるように」と命令したそうだ。
「……」
アイヴィーは白目をむいて口を半開きにし、露骨に嫌な顔を向けたのだが、「そんな顔しないでください」と嬉しそうに言うルイスに、視線を背けてはぁ、とため息をこぼしたのだった。
*
「お嬢様、どこに行くんですか?」
「図書室よ」
「お嬢様、どちらへ?」
「……ロージーを探しに」
「お嬢様、どこへ?」
「………………お手洗いよ」
トイレの扉を閉めたアイヴィーは、パッと周りを確認する。
あれから、本当に、四六時中、おはようからおやすみまで、ルイスは文字通りにピッタリとアイヴィーの傍について回っている。
だけどこれは、さすがに。さすがに……!
──いけるかな……、ここ使うのは久しぶりだけど。
アイヴィーは、そっと部屋の上部に取り付けてある小窓に手をかける。
バチッ
途端、アイヴィーの手は音を立てて、勢いよく弾かれた。
──遮断魔法……?なんでこんな所に。
アイヴィーは弾かれた手をもう片方の手で押さえながら、窓を睨みつける。
「おじょーさま~~?」
「……!」
扉の向こうから、ルイスの呼ぶ声が聞こえて、ビクリと反応したアイヴィーは、あわてて返事をし、その場を後にした。
「お嬢様、もしかして窓に触られました?」
「え」
「その手」
部屋へ戻る途中、ルイスは少し赤くなっていたアイヴィーの手に視線を送りながら、そう問いかけた。どうやら図星だと感じたルイスは、だめですよ~、と軽い口調で話し始める。
「なんか先々月、何者かが邸宅内に侵入した痕跡があったようで、あれから大分邸内のセキュリティレベル上がってるんですから」
外からの侵入を防ぐのもですけど、一旦入ったら簡単には出られないようにしたみたいです。とルイスは語る。
なにそれ。物は言いようで、実際には私が抜け出せないように魔法強化されてるってことなんじゃ……。
──いつの間にか、公爵邸が要塞化から牢獄化している気がする
「普通に外出したいなら、オレを連れてってくださいよ~」
別に、外出を禁止されてるわけじゃないんだし、と言って後ろを歩くルイスに、アイヴィーは恨めしい表情を向けていた。






