挿話5.説得
アイヴィーの入院生活の話。
それは、アイヴィーの入院から二週間ほど過ぎた日の事。
「本来であれば、魔法治療を使えば最長でも一ヶ月で退院できるはずです」
アイヴィーは担当医となった男性医師の元へ、退院を早めてもらえるようお願いに来ていた。
「貴方には魔法治療を行っておりません」
「だから!急に現れた魔術師様に治してもらえたんです!」
ほら!とスクッと立ち上がったアイヴィーは、その場で足踏みやくるくると歩き回って見せて、何の問題もなく足が完治したことを伝える。しかし、そんな様子を目を細めて見ていた担当医は、スッと視線を机の上に戻し、書類を見始めた。
この反応、さてはお父様に……。
アイヴィーは、ふむ、と考えるポーズをとったあと、「はぁ……」とこれ見よがしなため息をついた。
「……先生」
「なんですか?」
手元の書類に目を通しながら返事をした、メガネをかけピシッとした清潔感のある担当医に、アイヴィーはふっと微笑みかける。
「リハビリ科の、あの茶髪で童顔の先生、かわいいですよね」
「…………」
表情は変えず、しかし、視線をこちらへ向けた担当医に、にこにこと笑ったままアイヴィーは続ける。
「それと、受付の髪を二つに結っている子」
「…………ッ」
その言葉で、アイヴィーの考えを完全に理解した担当医は、それでも動揺を隠すように無言で視線を送っている。しかし、担当医の目がピクリと反応し、息を飲んだのを見逃さなかったアイヴィーは、うっすらと少しだけ目を開いて、身を乗り出しそっと囁くように告げる。
「ねぇ先生」
「な……ん」
「私は、どれくらいで退院できそうでしょうか?」
口を横一文字に結び、体を少し引いた担当医。そんな彼の薬指へと視線を向けながら、アイヴィーは追い詰める。
「三ヶ月もここにいると、暇で暇で仕方ないわ」
「…………」
「でも、仕方ないですよね」
ふぅ、と息を吐き、俯きながら言ったアイヴィーのその言葉に、担当医の緊張が少し緩んだのを感じる。俯いたままのアイヴィーの口角が上がる。
「暇すぎるあまり、いろんな人とたくさんお話をする中で、思わず……つい言わなくてもいい事を言ってしまうのは」
すっと体を起こし、少しだけ頭を傾けながらそう言ったアイヴィーの顔は、確かに笑っていた。だが、まるで担当医を深い闇で貫くような瞳をしたアイヴィーの姿は、まさに“悪役”が浮かべるような、真っ黒な笑みだった。
こうして説得に成功したアイヴィーは、それから数週間後の、丁度一ヶ月で退院することができたのであった。
──ふん
詰めが甘いわね。
病院に圧力をかけても、付け入るスキがある担当医を見逃していたスペンサー公爵。入院3日後には、フロア全てを見つくしてしまったアイヴィー。ベルに治してもらった足で、自由に動けるようになったのをいいことに、軽い変装をして他の階へ紛れ込んでいる内に、ついつい別に知りたくもなかった情報を得てしまったわけだけれど、こうして役に立ってよかった!
担当医がスペンサー公爵家へ向けて震えながら書いた手紙が運ばれている中、アイヴィーはすがすがしい気持ちで病院を後にしたのだった。
なお、その後の病院の先生たちの事情は、アイヴィーは何も知らない。






