25.学園爆破事件①
「おめでとう、テオ」
「ありがとう」
本日、学園では新入生の入学式典が行われていた。新入生のみで行われる式典とオリエンテーションのため、在校生は本来、来る必要はないのだが、アイヴィーはかわいいテオの制服姿を見るため、そして、ちょっとした野暮用のために学園に来ていた。
式も終わり、学園の説明を聞くオリエンテーションまでには、まだ結構な休憩時間を残しているテオドールに、あっそうだ!とアイヴィーは、何かをひらめいた顔を向けた。
「せっかくだし、ライアンの所いく?」
「え、いいよ流石に」
「……?」
ライアンを紹介するため、専門棟の職員部屋へ案内すると言ったアイヴィーに、テオドールの反応は思っていたよりもドライで、嬉しそうではない。
──この前まで、夕食時にあんなに嬉しそうに話してたのに……。
……?ふむ、と考えるアイヴィー。
あ!もしかしてテオは、憧れの人とそんな気軽に会いたいタイプではなく、一線を引いた程よい距離感で尊敬していたいタイプのファン心理の持ち主なのかもしれない!
「わかった、じゃあ私だけ行ってくるね」
「え、ちょっと」
テオは適当に休憩しててね!とアイヴィーはその場を去っていった。
*
専門棟2階。ここは、いつもの魔導具がたくさん散らばっている、ライアンが借りている作業部屋ではなく、学園から与えられている教員室である。本来何人かの先生が同じ部屋に割り当てられるのだが、専門棟の教員は人数も少ないため、ほぼ個人部屋となっている。
「せーんせ……」
一応したノックの後、返事も聞かずに扉を開けたアイヴィーは、陽気な声でライアンを呼ぼうとしたが、扉の向こう側の光景に思わず声が小さくなっていく。
部屋の中に、確かにライアンはいた。しかし、その目の前には、レオナルド。そして、その背後に立つグレイソン。推しの鋭く冷めた視線がアイヴィーに突き刺さる。
──グ……ッ
「……失礼」
話し中だったのを、思いっきり邪魔してしまったアイヴィー。レオナルドが話を切り上げ、二人が目の前を通り過ぎて去っていくのを、アイヴィーは顔を伏せながら待った。
──おおおお、おお
「で、殿下がこんなの所まで何の用だったんですか?」
「お前こそ何の用だ」
二人の姿が遠くなったのを確認し、扉をそっと閉めたアイヴィーは、振り返ってライアンに問いかける。しかし、ライアンの口調がいつもより少し強いような気がする。あれ……ちょっと不機嫌?
「……推しがいた事に心を奪われてしまい、何の用があったか忘れてしまいました。まぁ、それほど大事ではなかったのでしょう」
「帰れ」
瞳を閉じて推しを思い浮かべて恍惚の表情をしているアイヴィーに、ライアンはピシャリと言い放つ。
「あ、思い出した!これですこれ」
アイヴィーは、ライアンの教員用のマスターキーを取り出す。以前のようにライアンの用事のために鍵を預かって先に作業部屋へ入っていたアイヴィーが、返し忘れて家まで持って帰ってきてしまっていたのだ。
今さら……?と言いたげな顔でこちらをみているライアンは、少し考えるようなそぶりを見せた。
「あー……それ、お前持ってていいぞ」
「え?」
「俺は別になくてもあけれるから」
どういうことだ、いう顔をするアイヴィーに「だってそれ俺が作ったから」とサラッと答えるライアン。
ええぇ……!確かに、この学園に入学してから、他では見たこともないキーが使われているなと思ってたけど、この男が開発した魔導具だったのか。
「いや、でも私が持つ意味がないです」
「まーまー、なんかあった時にあると便利だろ」
「なんかって……」
なんかすごい事件とか、と軽い口調で答えたライアンに、アイヴィーは「事件なんてそうそう起きませんよ。学園内じゃ」と答えた。ライアンは、はっとした顔をする。
「そいえばお前は、この先に起こる事を知ってるんだったな。」
「はぁ、まぁ……」
この世界の原作の、この先の展開……。と言っても主人公たちと行動を共にしている訳でもないアイヴィーは、ストーリー上に頻繁に登場しているメインキャラでも準レギュラーキャラでもない。初登場回と、ストーリーの後半で主人公たちを陥れようと本格的に自身が行動を起こすまでは、主人公たちと直接関わったエピソードはそれほど多くはないため、原作を知っていてもあまり意味はないのだが。
「俺が言えた事じゃないが、そういう場合って、その知識を上手く利用して生きて行こうとか考えたりするもんじゃねェのか?」
「そうですね……もし私が中高生の時に転生していたら考えたかもしれませんが」
大人になって社会へ出て、人間の傲慢さと面倒くささと闇とを知ってしまった今、なぜ私がわざわざ他人のために動かねばならないのか。やりたい人だけ頑張ればいいと思いまして……と、急に冷めた表情で視線を反らしていったアイヴィーに、ライアンは苦笑した。
「そーだな。ま、今すぐに世界が滅びるなんてことにならなきゃいいよな」
「はは…………あ」
「え?」
……そういえば、一歩間違えばこの学園が爆破されて消し飛んでいたかも、というエピソードが一つ、あったな。
「お、おい、まさか、あんのか?そんな事……」
突然ピタリと動きを止めて黙り込んだアイヴィーを見て、ライアンが焦りだす。
アレは、本来はアイヴィーが悪役として主人公たちの邪魔をしていたから、明るみに出た事で、解決した事件。
原作で、アイヴィーが陰で企てていた悪事の後を追って、主人公たちはこの入学式を利用して学園へ潜入してくる回があった。その日、実はアイヴィーとは全く関係のない別の人間が、学園の爆破を企てていた。建物に爆弾を設置していた男が、偶然通りかかった主人公たちと出くわしたことで、その事件は被害が大きくなる前に無事解決されたのだが……。
──主人公たち、来てないねぇ……。
そりゃあ、今の私は何も悪い事してない。むしろ、どちらかと言うと、父であるスペンサー公爵も悪を倒している側だし……。
「…………」
原作のアイヴィーのせいで、偶然にも結果的に別の事件を解決した今回の話。つまり、主人公たちが来なかったら、普通に学園爆破されちゃうんじゃない⁉
幸い原作を読んだ時、爆弾を取りつけられた場所も数も見ていて、大体分かる。……ベルに来てもらって、一緒に探すか。
「……おい?」
「他人なんて割とどうでもいいですが、せっかく推しと同じ空気を吸えているし、まぁおまけですけど、先生に会えたんです。このまま学園が無くなるの嫌ですから……」
ずっと黙り込んでいたアイヴィーが、突然ぱっと顔を上げて話し始め、ライアンは少し困惑した表情をしている。
「ちょっと学園、救ってきます!」
そう言ったアイヴィーは、人差し指と中指を立てて、額にコツンと当てると、颯爽と部屋を出て行った。
「あいつ……」
ちょっと買い忘れた豆腐買ってきます、ぐらいのテンションでアイヴィーがスタッと消えていった扉を見て、ライアンは、ハッ……と乾いたため息を零した。
*
「べ……」
「どういう事だ」
「えっ」
胸元に手をやり、ベルを呼ぼうとしたアイヴィーは、背後から現れた仏頂面で見下ろしてくるグレイソンに、驚いて声を上げてしまった。
──!
も、もしかして、さっきの話を聞かれてた……?
ライアンと会っている時はいつも遮音魔法がかけられた部屋ばかりだったから、ついついその感覚で普通にしゃべってしまっていたアイヴィー。ジ、と突き刺すような鋭い視線を送るグレイソンに、アイヴィーはおずおずと聞く。
「え、と、どこから聞いて……」
「……空気を吸うとか」
えっ微妙……な所からだ。
真顔で焦っているアイヴィーを見るグレイソンの視線が、ヒンヤリと冷たい。
視線を反らして誤魔化してみたものの、行く手を阻むようにアイヴィーの進行方向に立ちはだかったグレイソンからは、逃がす気がないと痛いくらいの視線を感じる。心の中で、ふぅ、とため息を吐いたアイヴィーは観念して、現在、爆弾犯が学園にいる可能性が高い事と、爆弾が取り付けられた場所をいくつかは割り出せたから、今から自分が回収しに行く事を話した。
「どこだ」
「え?」
もしかして、一緒に回収しに行くつもりなのかな……?んー、でもそうなると……。
「サーチェス卿は、殿下のお傍にいた方がよろしいかと思いますが」
「…………」
「犯人は一人ではなく、おそらく複数です。」
睨むような探るような目つきのグレイソンに、アイヴィーは落ち着いた口調で説明する。
「この爆弾がメインとは限りません。爆発の混乱に乗じて、殿下が狙われる可能性だってあります。」
確か原作で、主人公たちに見つかった犯人の一人が、逃げながらもその先でレオナルドを襲おうとしていた。まぁ、傍にいたグレイソンに瞬殺されていたのだけれど……。うろ覚えだけれど、その時はグレイソン以外にレオナルドの側近はいなかった気がする。だから、ここで二人を引き離すのは得策ではないだろう。
「私の情報、今まで間違っていたことありました?」
話にレオナルドを出しても、納得してない様子のグレイソンにダメ押しでそう言えば、しぶしぶだが彼は頷き、おそらくレオナルドの方へ向かって行った。
……ふぅ。
アイヴィーは、ホッと一息をついて、グレイソンとは反対方向へと足を進める。それじゃ、ちゃっちゃと解決しに行くか!と問題の場所へと向かって行ったのだった。
……結果。
「全治三か月だねぇ」
負傷箇所、額と頬と左腕の擦り傷と、右足の骨折。
公爵邸よりは狭いが、白を基調として整えられた部屋のベッドの上で、アイヴィーは白衣のオジサン医師から、ぐるぐるに包帯が巻かれた右足の説明を受けていた。
「……なにやってんの」
アイヴィーが横たわるベッドのすぐ傍。簡易な椅子に座ったテオドールは、過去に何度もアイヴィーのこんな姿を見ているため、心配はしてくれているものの、もう慣れたといった様子で、呆れたように言った。
遅れて病室へ駆けつけたライアンはと言えば、アイヴィーの様子を見て、あんぐりと口を開けて固まってしまっていた。そして何故か、ライアンに続いて病室に訪れたレオナルドとグレイソン。二人とも眉をひそめて厳しい顔をしている。推しはずっと無言の上、なんかちょっとピリッとしてる気がする……。
そりゃそうだ。
──あの時、さも1人で十分ですって態度で同行を断っておいて、このざまだもんなぁ……。
気まずさに視線をスッと逸らしながら、どうしたものかと、少し遠くを見ていたアイヴィーに近づいてきたライアンは、すぐ傍に立って見下ろしながら言った。
「あんな気軽に出てくから、ササッと解決できるもんだと思ってた」
ぱちり、と目が合ったライアンの表情は真剣だ。
「まさかこんな傷を負う程の事だったなんて、知らなかった…………悪い。」
「……どうして、先生が謝るんですか」
先生が気にする事じゃありません。そう言ったアイヴィーは、心配させないよう穏やかな顔をしているように見えるが、内心は酷く焦っていた。
言えない。
言えるわけがない。
今更、こんな雰囲気の中で
──この傷は敵から受けたものじゃない、なんて……!






