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19.裏庭



 バン、と勢いよく扉を開けたアイヴィーは、朝日を取り込むためにカーテンをあけようと窓際に立っていた部屋の主に、勢いよく言った。


「ベル!久しぶりに裏庭行こ!」

「え……」


 アイヴィーの言う裏庭とは、公爵邸から少し離れた所にある、幾多もの木々が生い茂る小さな山の事だ。

 公爵邸の壁の抜け穴──アイヴィーが子供の頃にあけて、ベルが魔法で隠している穴──を使って二人は外に出た。


「ふー、疲れた~」


 久々にたくさん歩いた気がする。

 ちょっと休憩しようか、と近くの木陰に入りながらそう言えば、ベルは少し考えた後、アイヴィーの前に背を向けてしゃがみこんだ。


「?」

「乗って」


 もう少し進んだ所に休憩スペースがあるから、休むのならそっちの方がいい、と言うベル。


「だったら歩くから大丈夫だよ!」

「…………」


 なんだろう、背中が寂しいと言っている気がする。

 そういえば最近、色々あってベルとゆっくり話せてなかったなぁ。裏庭に連れ出したのもそのためなんだけど……。

 じゃあお言葉に甘えて、と言ったアイヴィーはベルの肩に手を乗せ、背中に体重を預ける。スクッとベルが立ち上がれば、思っていたより高い視界に「おお!」とテンションがあがる。


「……あぶないから、もっとしっかり摑まってて」


 そう言われ、ふと視線をそこに向ければ、いつの間にかたくましくなっているベルの背中。感慨深くなる。


「…………なに?」


 思わず頭を2,3回優しくなでると、ピタ、と止まったベルは、振り返ってそう言った。アイヴィーはベルが振り向いた方と逆側に頭を出し、ぎゅっと首に抱き着く。


「よし!行くよベル!全速前進!」

「え」


 前方を指さし、そう命令するアイヴィーに、一言漏らしたベルだったが、コクリとうなずいた後、本当にとんでもない速さで走った。


「お、おわああ、わ、うおわ」


 風が、風の音がすごい。まるで扇風機の前で声を出したかのような、ぶるぶると揺れた自分の声が耳元に届く。顔面にも強い風圧が感じられ、口を開いていたら、舌を噛んでしまいそうだ。


「ちょっとベル!魔法使ってる⁉」

「うん」


 魔法によって通常の人間の走る速さではない速度を体感しているアイヴィーは、ガタガタと体が揺れ、驚いて緩めてしまった手をもう一度力を込めてぎゅっと握る。 

 すごい……まるでこれは、


──ジェットコースター!!



 結局、休憩スペースは通り過ぎ、頂上まで一気に駆け上がった。目的地に着くと、アイヴィーは目をキラキラさせ、楽しかった!!と喜びをベルに伝えていた。ベルは、ならよかった、とアイヴィーを見て言った後、乱れた服を整えていた。

 しまった、私が楽しんでどうする。


 ここへたどり着くまでの道のりは、たくさんの木に囲まれていたこの山だが、頂上はのどかな草原が広がっていて、端っこのこの場所からは、スペンサー公爵邸と街が一望できる。

 アイヴィーはサッと敷布を敷くと、持ってきていたランチバックから、サンドイッチを取り出し、ベルに渡した。


「…………」

「それはロージーが作ったやつ」


 アイヴィーからサンドイッチを受け取ったベルは、難しい顔をして固まっていたが、調理者が自分ではないと告げたら、すっとそれを口に運んだ。


 昔、夜に猛烈にサンドイッチが食べたくなったアイヴィーは、厨房へ侵入し、ゆで卵とマヨネーズがあれば簡単にできる、たまごサンドを作ったことがある。しかし、マヨネーズだと思って卵と共に混ぜていたものは……マスタードであった。作りたてを二人で食べようと、せーので一緒に口に含んだ時の、あの時のベルの顔は今でも忘れない。

 ベルはきっと、その記憶が蘇っていたのだろう。


──あの時は暗くて間違えただけだし……。


 結局、あまりの辛さに獣のような叫び声を上げてしまったアイヴィーによって、深夜の厨房侵入がバレて叱られることになったのだが、後日、メイドのロージーが空き時間においしい本当のたまごサンドを作ってくれた。

 ベルに、深夜に食べる罪の味を教えてあげたかったアイヴィーだったが、とんだトラウマを植え付ける結果になっていたのだ。すぐ隣で「おいしい」と言って食べているベルの声が聞こえ、アイヴィーは眉を下げた。


「最近はルイスが居なくて落ち着くわね」


 ベルはアイヴィーを見て、コクリ、とうなずく。

 現在、ルイスはスペンサー公爵の仕事について回っているようで、最近は全く顔を合わせていない。


「ルイスがいると本当に大変……特にグレイソンを見た時なんか、目の色を変えて絡みに行くし」


 いつヤツの本性がバレてしまうのか分からない、と頭をがっくりと下げたアイヴィーを、ベルはしばらくじっと見つめていた。


「アイヴィーは、あいつのどこが好きなの?」

「グレイソンの事?」

「うん」


 アイヴィーはあごに手をあて、う~ん、と悩んだ後「顔!」と答えた。


「…………」

「あっ何その顔」

「別に、アイヴィーが好きならそれでいい」


 スッと視線を前に向け、街を見下ろしながら言ったベルを見て、アイヴィーはふふっと笑った。


「ベルはグレイソンが嫌い?」

「……別に」


 ベルはほんの少し、視線を下げて続ける。


「ただちょっと、公爵様に似てる」

「えぇ……」


 や、やめてよ……萎えるじゃん。

 ベルの予想外の発言に、一瞬浮かんできたスペンサー公爵と推しの姿が重なる。


「ん~~でもそうか、グレイソンがパパ……」


 ふむ、と再び考えるポーズをとるアイヴィー。


「きっと奥さんは控えめで大人しくて、殿下殿下で仕事人間のグレイソンをそっと心配してるのよね。それでもって子供は絶対、女の子!」


 突然始まったアイヴィーの妄想劇を、ベルは黙って聞いていた。


「いってらっしゃいにも、あぁ、って答えて、おかえりなさいにも、あぁ、って答えそうでしょ。すごくそっけない態度なんだけど、でもある時、任務の帰りに立ち寄った──……」


 まるで流れる川の水かのように、妄想垂れ流し続けるアイヴィーをじっと見ていたベルは、しばらくしてふっと息を漏らした。笑っている。

 どこか笑うポイントはあっただろうか?我ながら途中から気持ち悪いだろうな、と思うほどの妄想を口にしてしまっていたが……。

 楽しそうに微笑んでいるベルを見て、アイヴィーもまた笑った。



「……何かあった?」

「……うん、ちょっと……昔の事、思い出して」


 あの日、ベルが学園を訪れてから、どこかいつもとは様子が違うベルを気にしていたアイヴィーは、静かに問い掛けた。


「色々、考えてた」

「……そっか」


 少し、しんみりとした雰囲気になったのだが、その話題を反らすようにベルが尋ねる。


「今日は叫ばないの?」


 アイヴィーは子どもの頃から、もう何度もベルと一緒にここを訪れている。その時に、この山から街をめがけて大声で叫ぶことで、前世とこの世界とのギャップに毎日少しずつ溜まっていたストレスを発散していた。

 それも、歳を重ねるにつれ、うまく心の中で感情の整理が出来るようになり、だんだんと回数は少なくなっていったのだが……。


「ん~~せっかくだし、叫ぼうかな。」


 何を言おっかな~、と考えるアイヴィー。

 あ!と思いついたアイヴィーは、立ち上がって大きく息を吸い込んだ。


「────!─────~~!!」

「!」


 途端、ベルが一瞬ピクリと反応し、その後すぐに表情を崩して笑い始めた。


「あはははっ」


 あ、声出して笑ってる。

 ベルの笑い顔を見て、したり顔をするアイヴィー。

 それにしてもベルは、昔からよくわからない所でツボったりする。最近、顔色も良くなくて元気がないように感じていたけど、ちょっとは元気でたかな。


 その後も二人は他愛のない話をして盛り上がったり、アイヴィーを見るベルの顔が何とも言えない表情になったりしていたのだが、おやつが食べたくなってきた、というアイヴィーの言葉でそろそろ帰る事となった。

 行きの加速魔法が楽しかったから、帰り道もおぶって欲しいと甘えたことを抜かすアイヴィー。ベルは構わないという態度で背を向けてしゃがみこんだが、あ!帰りは肩車がいい!と言ったアイヴィーに、「それはやだ」と答えていた。


 ランチバックを手に持ち、アイヴィーを背中に乗せたベルがゆっくりと話し始める。


「アイヴィーが俺を拾ってきた時に」

「拾ってきたって」

「公爵様に怒られてるアイヴィーをみて、ちょっと羨ましかった」


 そう言ったベルに、えぇ……と一瞬、まるでルイスを見るような目を向けてしまったアイヴィー。違う、そうじゃない、とベルは振り返ってアイヴィーに訴えていた。


 あの時の事は……、今思い出しても結構恥ずかしいのだけれど。


 あの日。公爵邸にベルを連れて戻ってきたアイヴィーは、部屋に入ってすぐにスペンサー公爵から事態の説明をさせられていた。その後、色が変わってきていたアイヴィー左腕を見て、怪我をするような無謀なことはするな、と怒られたのだ。


「できると思ったから、やりました」

「それでその怪我か?」

「かすりきずです」

「ほお」


 スペンサー公爵は、アイヴィーの左腕をぎゅっと握った。


「いったーーいいたい!!」


 涙目になって握られたところを庇うアイヴィー。


「私の知っているかすり傷とは違うようだ」

「しんじられない……こどもになんてことを」

「お前はもう子ども扱いしない事にした」

「…………」


 ぎり、と睨むが、スペンサー公爵にそれ以上の鋭い眼力で見降ろされているアイヴィーは、徐々に背中がまるまっていく。


「…………さい」

「ン?」

「ごめんなさい!!」


 叫ぶアイヴィー。それを静かに見下ろすスペンサー公爵。


「本当に反省しているのか?」

「……っ」


 謝ったじゃん!他に何すればいいの!

 見上げながら、そう思っていたアイヴィーは小さく震えている。そんなアイヴィーの表情を見てスペンサー公爵は、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「私は今、お前をいじめていると思うか?」

「……おもいません」

「何も助けるなと言ってるわけじゃない」


 その声は低く響く。


「自分の力を見誤った行動はするな」

「…………」

「自分の実力と周りの状況、その先に起こりうる可能性を考えろ。」


 それは、幼い子供に言う内容ではないように思うのだが、スペンサー公爵は諭すようにアイヴィーに告げる。


「一人で完遂できないと思ったら、その時は誰かに協力か助けを求めろ」


 アイヴィーはぎゅっと拳を握りしめた。


「わかったか」

「……はい」


 アイヴィーが反省したのを確認したスペンサー公爵は席を立ち、アイヴィーに背を向ける。しかし、その動きは途中でピタリと止まった。ひらりと舞った上着の裾を、アイヴィーが掴んでいる。


「……ごめんなさい」

「あぁ、次は気をつけなさい」


 ポンッとアイヴィーの頭に軽く置かれたスペンサー公爵の手。先ほどよりも幾分か口調もやわらかくて、そのせいで、アイヴィーは胸の奥がギュッと痛くなり、じわじわとした熱いものがこみ上げた来た。

 ポタリ、と床に作っていくシミを、ぼやけた視界で見つめる。

 恥ずかしい。泣くなんて。

 本当は、もうずっと前に成人してる、いい大人なのに。


 目をこするアイヴィーは、スペンサー公爵と入れ違に入ってきたロージーに止められ、そのまま一緒に治療をしてもらうために別室へと向かったのだった。





『力もないのに、口先だけで正義を語るな』


 そういえば、昔からよくそう言われてたな……。何故か今ではもうそれが家訓みたいになってるのだけれど。


「公爵様は、口調は厳しいけど、優しい」


 ベルが歩きながら前を向いて言った言葉に、アイヴィーは何も返せなかった。


 その後は行きと同様、ベルの加速魔法でものすごい速さで山を下りて行った。

 前方が開けてきて、そろそろ森を抜けるという頃にアイヴィーはベルに降ろしてもらい、公爵邸までの帰路を並んで歩いた。

 周囲を確認し、抜け出した時と同じ穴を通って敷地内へ入り、ふぅ、今回も無事バレずに済んだと安心したアイヴィーが、自室の扉を開けた、その時。


「おかえりなさいませ!お嬢様!」


──!?


「旦那様の命で、本日から、アイヴィーお嬢様の専属侍女として働かせていただくことなりました!」


 扉を開けたその先、アイヴィーの部屋の中には、落ち着いた空色の髪をサラッと揺らしてにこやかに笑う、皇宮襲撃の犯人──レーラがいた。


「…………え?」


 間の抜けたアイヴィーの声は、廊下に小さく響いていた。




──何考えてるの、スペンサー公爵(おとうさん)……⁉



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― 新着の感想 ―
[一言] 拾ったものには責任がつきまとうわけですよw そろそろ推しのかっ…っっこいいところがみたくてたまらんです…
[一言] まぁ、なんと言いますか。 自分で撒いた種〜!
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