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17.堪える思い



 学園の一室。

 窓際と扉側でそれぞれ向き合って目を合わせている二人。

 先ほどまで流れていた軽快な音楽はピタリとやみ、ほんの一瞬の沈黙が流れる。


「お前……」



 男の名前は、ライアン・リオ・サンダーズ。この学園の卒業生で、現在は魔術科の教師としてここへ通っているらしい。担当の授業がない日は、借りているこの棟の一室で新作の魔導具の開発を行っているとの事だった。


「いやぁ、まさか同じ境遇の奴がいるとは」

「私も思わなかった!しかも同類なかまだなんて!」


 ライアンはどうやら、前世でアイヴィーがあの世界を去った時より、10年ほど前にあちらを去ってこの世界で目覚めたそうだ。そして、ライアンも前世、アイヴィーと同等にどっぷりと両足が浸かっているオタクだったらしい。

 初めて顔を合わせたにもかかわらず、お互いの口調は慣れ親しんだ友達に向けるものに近い。


「あれから、あそこは徐々に衰退したわ。」

「あ――、素人同士がワイワイ楽しんでる所に、金の匂いに目を付けた企業が介入して、盛り上がりを加速させ、やがて荒れ果て、そして誰もいなくなった……ですね、分かります。」

「……うん」

「ははっ、ワロスワロス」

「…………」


 アイヴィーは、まさか同じ転生者に会えるとは思っていなかった事と、前世で大好きだったオタク話ができる事に、懐かしさと……それ以上に、嬉しさで胸を躍らせていた。だが、10年の差は思っていたよりも大きかったらしい。話し口調に妙なジェネレーションギャップを感じる。10年でオタク世界も変わったんだなぁ……。


「ぴえん」

「……?なンそれ?」


 膝を抱えて俯きながら零したアイヴィーの言葉に、ライアンは頭を傾けていた。


「そういえば、あの漫画はどうなった?」

「……まだ、完結してなかったわ」

「…………そっか」


 変わらないこともあるらしい。


「それ……なに作ってるの?」

「これか?音楽を選択再生できる魔導具」


 アイヴィーは、話をしながらも器用に手先を動かして、魔導具をいじってるライアンに問い掛けた。

 短い時間にはなるが、この世界にも音を録音・再生する魔法は存在する。しかし、前世にあった音楽プレイヤーのような、たくさんの曲を入れられて、その中から好きな曲を選んで聴くことが出来るようなものは、この世界にはない。そのため、ライアンは自らの魔法と魔導具を使い、それを作り出している最中だという。


「思い出して、昔の曲を弾いてた」

「人の曲じゃない」

「聴きたかったんだよ」


 アイヴィーの耳に届いた曲は、前世でアイヴィーも何度も聴いていた曲だった。遮音魔法をかけ忘れていたらしく、突然現れたアイヴィーに驚いたライアンは、その後、慌てて魔法を展開していた。


「俺のオリジナル曲も聴くか?」

「……じゃあ」


 聴いてほしいのだろう。ライアンはそわそわしながらイヤホン……のような魔導具を渡してきた。


「どう?」

「ん~~」


 流れてくる曲を聴きながら、曖昧な返事をするアイヴィー。


「なんだよ、好みじゃなかったか?」

「そうじゃなくて」


 前世では様々な音楽を聴いていたが、好んで聴いていた曲のほとんどが歌付のものだったアイヴィーは「歌が入ってないとよく分からない」と伝えた。それを聞いたライアンは、なるほど、と納得した様子で視線を手元に戻して作業を進めていた。


「ていうかお前の声、マリンちゃんに似てるよな」

「マリンちゃん?」

「ほら、アイドルの」


 アイドル……?って言っても10年前に流行ってたとなると……。

 マリン、マリン………あ、もしかしてあのか!


「あ、あーー……」

「やめろ、その顔で何か悟っちまった」

「はは」


 綺麗な記憶は綺麗なままにしておこう。

 二人はそれからもしばらく、アニメや漫画の話をしたり、好きな楽曲の話で盛り上がった。アイヴィーは途中、完全に授業をすっぽかしている事に気付いたのだが、この世界で目覚めてから初めて、自分と同じ境遇の人間と出会えたことの興奮の方が勝ってしまい、結局、日が暮れるまで話し込んでしまった。







「え⁉……ライアン・リオ・サンダーズ⁉」


 公爵邸へ帰ったアイヴィーは現在、テオドールと一緒に夕食を頂いている。


「えぇ、偶然巡り合って意気投合したの」

「なんでそんな人と……」


 テオドールは酷く驚愕している。知ってる人なの?と聞けば、「むしろ何で知らないの!?」と勢いよく返された。


「ライアン・リオ・サンダーズっていえば、10年前、学園に主席入学・主席卒業。在学中も学問、魔術、両方の分野で常に歴代最高得点を叩き出し続けてた、生きる伝説だよ!」

「…………へ」


 あの男、そんなにすごいヤツだったのか……。

 へぇ~、といった様子のアイヴィーに、テオドールは信じられないという顔を向ける。


 それにしても、テンション高いな……。

 珍しく大きな声で話しているテオドールを前にしたアイヴィーは、そんなにライアンの事が好きなのか?お姉ちゃんよりも?と口にしたくなるのをぐっと堪えていた。

 あの日、ロージーに「テオに構いすぎ」と言われて以降、アイヴィーはテオドールといる時、頭を撫でたい、抱きしめたい、といった欲望を懸命に抑え、パーソナルスペースを意識するように心がけていた。すると自然と、以前のような嫌な顔を向けられることも、少なくなっていった。

 ……嬉しさ半分、悲しさ半分。


──世の中の娘を持つ父親は、こんなに辛いのか……


 アイヴィーはそっと、スプーンですくったスープを口へ運んだ。







「先生!」

「おう」


 学園の専門棟の通路。

 アイヴィーは、いくつかの魔導具を抱えたライアンを見つけ、駆け寄って行く。


「今日もまた行ってもいいですか?」

「いーけど、……お前友達いる?」

「……うるさいな」


 あれから、放課後を中心に頻繁にライアンの一室へ訪れているアイヴィー。そのたび、大好きだったアニメや漫画のオタクトークで盛り上がるのだが、会話中もずっと手元の動きは止めることはないライアン。しかし、アイヴィーの話をしっかりと聞いているようで、昔流行ったオタク用語を交えながらも、きちんと答えてくれていた。


「じゃあほい、コレ」

「……っ」


 ライアンが投げた何かをアイヴィーは慌てて両手でキャッチする。手を開くと、そこには小さな長方形のキー。


「今日はちょっと会議あんだわ。それで先入っといて」


 あ、置いてある魔導具には絶対触んなよ!と言い残して、ライアンはその場を去っていった。


「………これ」


 教員用のマスターキーじゃん……。

 アイヴィーはライアンに渡されたキーをくるくる回して見ていた。

 この学園の鍵は、魔導具でできており、一つのキーにつき登録可能な部屋数が決まっている。しかし、一部の教員だけが持っているマスターキーは、学園内ほぼすべての部屋をあけることが出来る。


──そんなもの簡単に生徒に渡すか?普通。


 あの男は……。

 アイヴィーは目を細めて、ライアンが去っていった方向を見上げた。


「!」


 前方から、グレイソンが歩いてきているのが見える。

 思わず姿勢を正すアイヴィー。


「……」


 一度目があった気がしたが、そのまま何事もなくすれ違っていくグレイソン。

 ック!


──今日も推しがクールでかっこいい。


 アイヴィーは痺れていた。









「おっ、わりィ」

「…………」


 両手に魔導具を入れた箱を持ち、後方を振り向きながら歩いていた男とぶつかりかけたグレイソンは、軽い態度で謝ってきたその男に冷えた視線を送る。男はそんな視線を気にする様子もなく、スッとグレイソンの横を通り、去って行った。

 赤髪にあの瞳、アイツは確か……。


──噂には聞いていたが、学園内で見かけたのは初めてだな。


 ふと視線を前に戻せば、手を動かして何かをじっと見ている、あの女がいた。

 しばらくして顔を上げたアイヴィー。その瞬間、ピクリと体を強張らせたのが分かった。あちらも俺に気がついたようだ。

 すれ違いざま、アイヴィーを一瞥する。



『貴方ほどではないですが、私もちょっとは強いんですよ。』



 そう言った彼女は、いつもの塗り固められた綺麗な笑みではなく、どこか優しく、そして悲哀を感じる表情をしていた。


 脳裏に蘇るのは、あの剣裁き。


 この前、彼女はあの襲撃者たちが皆、魔導人形であることには初めから気付いていたと言っていた。実際、あの時床に転がっていた核の人形は、ほぼ全てその中心を刺されていたが…。


 グレイソンは、アイヴィーに聞けていなかった事を思い出す。


──なぜお前は、あんな剣術を身につけている。



 目的の部屋の前に着いたグレイソンは、足を止め、扉に手をかける。その時、スッと視線を横へ向ける。彼女の姿はもうなかった。



──あの剣は、自分の身を守るためのものではなかった


 俺と同じ……




──人を殺すための剣だ




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[一言] それは、うん 推しの為、に覚えたのよ…!
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