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16.なかま



「出てくる信者たちの様子がおかしい?」

「あぁ」


 あれから行われるようになった、レオナルドとのお茶会のため、アイヴィーは本日、従者であるベルを連れて皇宮まで来ていた。

 部屋に通され、案内されたソファーへ腰を下ろしたアイヴィーは、サッと遮音魔法を施したレオナルドから、早速「例の教団」についての新しい情報を聞かされていた。


「それはどういった……」

「集いの扉から出てきた者たちの多くは、どこか意識がはっきりしていないような、呆けているような雰囲気をしていたらしい」

「はぁ……」


 もしかしたら、何か違法な薬でも使われているのではないか、とレオナルドは考えているようだ。「例の教団」については、アルロから話を聞いたスペンサー公爵も独自で調査は行っていた。公爵家の部下でも、レオナルドから聞いていたものと同様、信者たちが集まる扉の前までは行けるものの、その中へ入ることはできなかったようだ。仕方なく、そこに集まっている者たちを個別で洗ったが、何も問題がない。それどころか、以前よりも元気なった、明るくなった、という報告を受けていることもあり、現段階ではさほど重要では無いだろうと、調査を打ち切っていた。

 アイヴィーもベルに頼んで、集会場の様子を見に行ってもらっていたのだが……


「どうだった?」

「楽しそうだった」

「……?」


 レオナルドの言う「呆けた雰囲気」をベルは「楽しそう」と感じたらしい。


「扉は?」

「解除は、難しい」


 でも壊していいのなら、行ける。と言ったベルをアイヴィーは止めていた。正直、「例の教団」に関しては現在、何も被害が上がっていないため、アイヴィーもスペンサー公爵と同様、それほど危険だとは考えていなかったのだ。

 レオナルドは何故、それほどまでに「例の教団」を気にしているのか、むしろそっちから探った方がいいかもしれない。

 ふむ、とレオナルドを見て考え込むアイヴィー。

 少しの沈黙が続いた後、話は「例の教団」から、皇宮襲撃の犯人であるレーラへと移った。


「そういえば魔法事故の犯人も彼女だったな。おそらく学園でも何度か君を狙っていたのだろう。それなのに、君は彼女を」

「えっ」


 魔法事故とは以前学園で起こった、専門棟の窓ガラスが割れ、アイヴィーの近くへ降ってきた爆炎球の事だ。

 あれはグレイソンとの接触のために用意されたものではなかったのか……。じゃあ、もしかしたら本当に当たってたかもってこと……?結構危なかったんだ。推しとの接触に気が動転して頭が働いていなかったな……。

 予想外のアイヴィーの反応に、レオナルドは不思議そうに顔を歪め言った。


「君は頭が切れると思っていたんだが、思ってたよりも」


 思ってたよりも、なんだ。

 アイヴィーは白い目でレオナルドを睨んだ。

 そんなアイヴィーを見て、フッと息を漏らしたレオナルドは、ソファーに深く座り直した。


「今日は、あの騎士ではないのだな」

「…………」


 レオナルドは頬杖をついて、ベルを見る。


「彼はもともと、私の騎士ではありませんから」

「そうなのか」


 そう言ったレオナルドの表情からは、この前のような嫌なものは感じない。しかし、何を考えているのかまでは分からず、アイヴィーは少し警戒をしていた。だが、そんな心配の必要はなく、他愛のない話を少々した後レオナルドは席を立ち、今回のお茶会はお開きとなった。


 部屋を後にする時、扉を出てすぐの場所に待機していたグレイソンと目が合った。思い出すのは、つい先日の学園の校庭での、彼とのやりとり。相も変わらずいつも通り無表情のグレイソンに、流れるように完璧令嬢の仮面を被り、軽い挨拶をしてアイヴィーはその場を後にした。


「く……ッ」

「……」


 馬車に乗り扉が閉まった途端、心臓の前の服をクシャッと握り前かがみになったアイヴィーを、ベルはなんとも言えない顔で見守っていた。







 従者を引き連れ去っていくアイヴィーの後ろ姿を、グレイソンは黙って見つめていた。



『当日は、スペンサー公爵家として私も警備に当たります』

 

 レオにそう宣言していたらしい女は、式典の当日、華やかなドレスではなく、公爵家のシンボルカラーの騎士服で会場に現れた。

 正直、式典でレオのパートナーになるのを逃れるためだけに、騎士の真似事をしているのだと思った。


 以前から何度もレオの誘いを拒絶していたあの女。レオも途中からは、そんな女の態度にムキになって闘志を燃やしているように思えたが。

 何故そんなにも、レオの婚約者となるのを拒んでいるのかは分からなかったが、俺の接触がコックス伯爵家を探るための色仕掛けであったと気付いていたあの女だ。明らかに何か、他の令嬢とは違う事はわかっていた。しかし、所詮は箱入りの貴族令嬢。式典の前に、グレイソンはレオナルドからある事を言いつかっていた。


「あの教団を調べた事で、もしかしたら俺ではなく、スペンサー嬢が襲撃を受けるかもしれない」


 だとすれば、敵にとって今回の式典は最適だろう。そう憮然たる面持ちで言ったレオ。


「その時は、彼女を守ってやってくれ」

「……分かった」


 式典前半、会場の外を回る俺の数歩後ろにいるあの女は、黙ってついて来てはいるものの、チラチラと庭園の景色を眺めていた。


──呑気なものだ。


 グレイソンは内心ため息をついていた。


 しかし、式典も後半へと差し掛かった時、室内を巡回している途中、襲撃を受けた。さっきまでそこにいたはずの、自分たちを呼びに来た騎士の気配が消えている。ハッとしたグレイソンは、髪をなびかせ爆風が起こった方向を見ているアイヴィーの腕を掴んで引き寄せ、腕の中に抱える。

 ガキン。襲撃者の剣を受け止め、薙ぎ払う。


──軽い……だが、


 一人ではない。

 周囲はまだうっすらと煙が漂っていて、視界ははっきりとしないが、複数人、それも前後で囲うようにいる。まだ広い野外であれば幾らかやりやすいのだが、この狭い通路では動きにくい。加えて、この女を守りながらになれば、尚更……。

 グレイソンは思わず顔をしかめた。

 奇襲に騒いだり怯えたりせず、大人しいだけまだましか……と思っていたグレイソンだが、アイヴィーは身じろぎ、引き寄せて抱えた事により密着していた胸元に手を置き、グレイソンを押し返した。


「ありがとう。私は大丈夫です」


 こんな時でも落ち着き払っている。

 大したものだ、と思ったが、続く彼女の行動にグレイソンはさらに顔をしかめることになる。

 彼女は胸元のリボンを解き始めたのだ。そして、それでさっと髪をまとめ、床に落ちていた先ほど俺が弾き飛ばした敵の剣を拾って言った。


「サーチェス卿は前方をお願いできますか」


 彼女のしようとしていることが分かり、何をバカなことを止めようとしたが、こちらに背を向け敵へと向かうアイヴィーの構えを見て、思わず動きを止めた。


──あの構えは……。


 それからは怒涛の展開だった。

 敵を次々と薙ぎ払っていくアイヴィー。降りかかる剣は弾き飛ばし、敵の体の中心を一刺し。グレイソンも前方の敵を相手にしながらであったため、横目に確認する程度であったが……。


──強い。


 この時代、貴族のご令嬢が剣術を学ぶことは、そこまで珍しいことではない。

 だが、あれは違う。

 貴族のお遊びの稽古で、身についたものではない。


 あの剣は、俺と同じ…………。


 グレイソンは思考しながらも、剣を振り続ける。その時、後方で魔法が発動される際に放たれる独特の高音が聞こえ、振り返る。騎士服の奴は全員倒したのか、最後の一人がアイヴィーに向かって手をかざしていた。放たれる無数の爆炎球。


──しまった。あのフードは魔術師だったのか。


 強い炎と速度で飛んでくるそれを、彼女は一つずつ確実に剣で弾き飛ばしていた。その光景にも信じられない思いであったが、前に向き直り、己の敵を切り倒すことに集中するグレイソン。しかし、バキンッと剣が砕かれる音に、グレイソンはもう一度視線を戻す。アイヴィーの持つ剣の刃は折れていた。

 グレイソンは最後の一人を切り捨て、急いでアイヴィーの元へ向かった。しかし、その瞬間あたりが眩い光に包まれて、思わず目を閉じてしまう。


──何が、起こったんだ


 うっすらと、再び目を開けた瞬間の光景は、きっと忘れられないだろう。


「…………」


 まるで町の破落戸のようなアイヴィーの言動に、グレイソンは唖然としていた。急に窓から現れた従者から魔導具を受け取った彼女は、それを目の前の魔術師に付けている。しかし、隙をついた魔術師は、窓から飛び降りて逃亡してしまった。本来であれば、目の前で敵をみすみす見逃すなんて事はしないグレイソンであったが、予想外のアイヴィーの言動に、自分で思っていた以上に頭の中は混乱していたらしい。逃げていく魔術師と、その後を追う従者を見送ってから、ようやく動き出したグレイソン。

 カチャ、と剣を収める音を聞いた彼女は、ハッとしてこちらを振り返り、青い顔をしていた。




 後日、胸の奥で何かがつっかえているような、スッキリとしない感覚のまま、学園へ来たものの、教室へ向かう気は起きず、校庭の端で転寝をしていた。

 レオナルドは事後処理等もあり、しばらく皇宮で過ごすようだ。グレイソンも傍に仕える気でいたのだが、「彼女の様子でも見てきてくれないか」というレオナルドの命令で、一人で学園まで来ていた。


「レイ?」


 ふと、誰かの呼ぶ声で目が覚める。

 その声は少しずつ近づいてくる。しばらくすると、一匹の黒猫がタタッと目の前を通り過ぎていった。

 この猫の事を呼んでいたのか。

 グレイソンはぼんやりとしながら、体を起こす。花壇の向こう側から、少しずつ足音を殺して近づいてくる気配がある。


「レ、ひっ」

「…………」


 声の主がワッと花壇から飛び出し、体を傾け覗き込んできた。瞬間、目の前に居るのが俺だと気づいた彼女は、踵を返して去っていこうとしたため、その腕を掴んで呼び止めた。お前には聞きたいことがある。


「……なんでしょう?」

「あの時お前、何をしたんだ」


 いつもよりも表情を崩している事から、動揺しているのが読み取れる。聞きたいことはたくさんあったが、まずは何よりも魔術師と対峙した時の彼女の行動だ。

 グレイソンの問いにしばらくの間、複雑に表情を動かしていたアイヴィーは、やがて、ヘラッと笑って答えた。


「秘密です」


 それはまるで、あの日の俺への意趣返しのようだったが、しばらくじっと観察していると、次第に焦り始めたのか、彼女はそわそわと不安げに瞳を動かし始めた。

 ふっ。

 思わず漏れた音に、自分でも驚いた。

 彼女も驚いたように目を開いて俺を見上げていた。


 悶々としていた頭の中を整理する。

 誰もが思ってもみないほどの力を持っている、目の前に居るこの女。

 公爵家とはいえ、貴族令嬢である彼女が、どうして、あれほどの実力を持っているのか。隠しているのか。そして……何故そんなに、俺を好意的にみているのか。

 ふと、レオナルドに言われた言葉を思い出す。


『金なんかよりも、お前がちょっと迫るだけで何でも答えそうだな』


 目の前のアイヴィーを見る。

 ほんのりと頬を赤らめて、まるで周りに花でも飛んでいるかのようだ。


「…………」


 試しに、以前とは違う形で迫ってみる。

 すると、アイヴィーは今までに無いほどの、明らかに誰でも見れば分かるような動揺を見せた。


──こっちの方が好みなのか?


 以前は控えめな好青年であり紳士を意識していたが、今は少し傲慢で意地の悪い印象を与えているだろう。


「ならば俺は、またこうして聞き出さなければいけないのか」


 グレイソンは手を伸ばして、アイヴィーの口を覆い掴んだ。彼女は俺の手に阻まれてくぐもった声を出しながらも、必死に何かを訴えている。そんな彼女をじっと見降ろし、しばらくしてから手を離して解放してやる。


「……魔法です」


 頬をさすりながらそう答えたが、それ以上は言う気がないのか、無言になったアイヴィーにグレイソンはもう一度手を伸ばす。すると彼女は、俺が口を掴めないように顔の前で腕を交差させ、思いきり後ろへと体を反らした。


 ……おもしろい。


 さっきの躊躇いはなんだったんだという程、スラスラと答えるアイヴィーをじっと見つめる。目が合った瞬間、彼女はまたピクリと体を強張らせて固まった。


「どうやらお前から得られる情報は、まだ沢山あるようだな」


 聞きたいことはまだ残っていたのだが、また口元が緩みそうになったの感じたグレイソンは立ち上がり、その場を離れる事にしたのだった。









 お茶会から数日後の学園。


 アイヴィーは専門棟での用事を済ませ、南棟へと戻るための通路を歩いていた。


 レオナルドが気にしている「例の教団」。

 アイヴィー自身はそれほど重要視はしていなかったのだが、ベルでさえ解除不可能という扉にかけられている魔法は気になる。今度、実際に見に行ってみようか。

 悩んでいたアイヴィーだったが、どこからか聴こえてくるポップでリズミカルな音楽に耳を澄ませて、ピタリと立ち止まる。


「え……この、曲……」


 とても懐かしいメロディ。

 アイヴィーはこの音楽に、確かに聞き覚えがあった。ハッとしたアイヴィーは、身を翻して音のする方へ走る。階段を駆けあがり、音が漏れ聴こえる一室の前にたどり着いたアイヴィーは、息も絶え絶えにバンッと勢いよく扉を開け、叫んだ。


「ボカロ……⁉」


 そこには、いくつかの魔導具らしきものを並べながら窓際に胡坐をかいて座り込む、深い赤色の髪にオレンジの瞳を煌めかせた一人の男が居た。


「お前……」

「あなた……もしかして」



──『転生者なかま…………⁉』




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― 新着の感想 ―
[一言] まさか… ライブ…⁈ww
[一言] すごく好きな小説の更新待ちの暇つぶしに斜め読みしていたはずだったんですが(ごめんなさい♡)、話を重ねるごとにどんどん面白くなり、気づけばこの小説の更新がとても楽しみに…!! アイヴィーがただ…
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