挿話2.公爵邸にて、爆散。
ベル視点。過去話。
あれは、今から五年ほど前。
おれが公爵家へ来てから、しばらくたった頃の事だった。
「ねぇねぇ、ベル」
集中できなかったのか、読んでいた本をパタンと閉じたアイヴィーは、退屈そうにそれを机に置いて、振り返りながらベルを呼んだ。
「なに?」
「人を傷つけないで、服だけを一瞬でチリヂリに爆散させる魔法ってないかな」
「…………?」
何に使うの?と聞けば、怒ってる人に急にそれをやれば、面白くなって笑うんじゃないかな、と。その隙をついて逃げれられると語るアイヴィー。
「よけいに怒られると思うけど」
「まーそうだよねぇ」
はぁ……とため息をつくアイヴィー。
面白いのになぁ、せっかく魔法が使えるのになぁとぼやいているアイヴィーの傍で、ベルは考える。
時折こういった、意表をついた謎の発言をする事があるアイヴィー。その魔法、どう考えてもいい事には使われないと思うけど……。
でもまぁ、アイヴィーが望むのなら、とベルは少し思索してみることにした。
*
「アイヴィー、できるようになった」
「へ?」
数日後、ベルはアイヴィーの元へ行き報告する。この前話していた、服だけ爆散する魔法を扱えるようになったという事を。
「……誰に向けてやったの?」
「人形」
自分で言っておいて、心配そうな顔をしてそう確認したアイヴィーは、ベルの答えを聞いてほっと胸を撫でおろしている。
「でもそっか!ン~、だれにしようかな~」
しかし、すぐにニタニタと悪い顔を浮かべたアイヴィーは、酷く楽しそうだ。こんな事をして、どうせ後で公爵様にバレて叱られる事になるだろう。そんな未来、簡単に想像はつくのだけれど。
それでも、アイヴィーが楽しいなら。
一緒に怒られるのも悪くはないかなぁ、と思ったベルは、あ!と閃いた顔をして駆けていくアイヴィーについていくのであった。
そこは、公爵邸の玄関に近い植え込みの陰。この場所は玄関からは死角になっている。
定期的に湧いてくる、スペンサー公爵をそそのかし、悪事に利用しようと悪だくみをする者。そのうちの一人が性懲りもなく本日、公爵家を訪れていた。以前の穏やかさなどカケラも見せないほど、まるで人が変わったかのようだと言われているらしいスペンサー公爵に、激しく叱責されたその者は、ちょうど今、公爵邸の玄関から出てきた所だった。ひょろっとしたその男は、公爵邸側からは見えない角度で、ギリッと歯をかみしめている。
「ベル、今よ!」
アイヴィーの合図にコクリと頷き、ベルはその男に向けて手をかざす。
数秒後、パスッとした乾いた音と共にその者が着ていた服が、まるで細かくナイフで引き裂かれたかのようにチリヂリになり、四方八方へと散っていく。
やった!成功よ!と喜んでこちらを振り返るアイヴィー。服を爆散された男は、何が起こったのか理解ができておらず、自分の体と舞い散る服の切れ端を交互に見て、あたふたと混乱している。そして、そそくさと乗ってきた馬車まで駆けて行った。
「悪いことをすると、罰が当たるのよ」
アイヴィーは得意げに、楽しそうに「ねっベル」と笑った。
「姉さん……」
その時、護衛騎士を連れた彼女の義弟──テオドール・スペンサーが、少し離れた所からこちらへ近づいてきた。
「テオ」
「こそこそしてて、怪しいと思ったら……」
あきれた様子で彼女を見るテオドールに、アイヴィーは「違うのよ、あの人は悪党だったの!お父様を悪の道へ引きずり込もうとした悪いやつなの!悪党を懲らしめただけ!」と弁解している。
「ベルも姉さんの言うこと、全部きかなくていいから」
「…………はい」
「父様にバレても知らないからね」
テオドールが、スペンサー公爵に報告をする気がないと分かったアイヴィーは、ほっとした様子で胸に手を当てていた。
「は~~笑った!楽しかった!」
部屋に戻る途中、これだから悪戯するのはやめられない、と先ほど「悪党を懲らしめた」と言ったその口で宣うアイヴィー。
その後も、調子に乗って公爵家を訪れる悪党の服を何度か爆散していたのだが、案の定、数度目の爆散時に、異変を感じていたスペンサー公爵に見つかり、アイヴィーとそろって叱られることとなった。
アイヴィーは公爵様に叱られながらも、いまよ!いま!使って!と必死に視線を送ってきたのだが、おれはそっと見ないふりをして頭を下げていた。