挿話1.お茶会の帰りに
ある日、アイヴィーはしたくもないレオナルドとのお茶会──という名の、情報交換を行っていた。その帰り、皇宮を出て乗ってきた馬車まであと少しという所で、それは起こった。
「ひっ」
突然、後方でルイスが悲鳴のような声をあげた。
何事かと思ったアイヴィーが振り向くと、そこには、乗馬用の服を着て鞭を手にするグレイソンがいた。
──ングッ!
アイヴィーは動揺を隠し、ルイスを気遣うフリをしながら顔を逸らす。
そういえばレオナルドと向かい合っている途中、何度か馬の鳴き声が聞こえていた。それに気づいたレオナルドが、「失礼、今は乗馬訓練の時間だったな」と言って、遮音魔法を展開したのだった。
そんな二人を視界に入れたグレイソンは、いつものように無表情に無言で、こちらの様子をうかがっている。
(確か奴は元奴隷だったか……鞭に嫌な記憶でもあるのか。)
と、持っていた鞭を見て考えるグレイソン。
思い返すのは、以前からグレイソンを見れば、食ってかかる勢いで睨みつけてくるルイス。
「……」
グレイソンがバチンッと音を立ててその場で鞭を振るう。
「ひぃっ」
ルイスが再び情けない声を出し、飛び跳ねるようにしてから震える。
そしてそんな彼に駆け寄って、ルイス、と小声で呼びかけるアイヴィーの姿。
「我慢、我慢しなさい。早く馬車に乗って!」
あなたの痴態をここで晒すわけにはいかないの!とアイヴィーは必死に小声でルイスに言いつける。
「お嬢様だって興奮してるじゃないですか」
「ばか!」
私が興奮しているのは、原作でも数度しか見ることができなかったグレイソンの乗馬服姿によ……!あなたと一緒にしないで!
震えるルイスを支えながら、アイヴィーは馬車へと乗り込み、皇宮を後にした。
*
公爵家へ無事帰ってきたアイヴィーは、落ち着きを取り戻したルイスをじっと見つめる。
「お嬢様?」
きょとん、とした様子の彼に「ルイスは、」と訝し気な表情で問いかけるアイヴィー。
「痛いのが好きなの?」
「……違います、お嬢様。」
「………?」
予想していた答えではなく、否定されたことで不思議そうにルイスを見るアイヴィーに、彼はスッと片手をあげた。
「例えば、こうやって」
そう言ったルイスは、パシンッと小気味いい音を立てて自分の頬を叩いた。
ギョッとするアイヴィー。
「こういうのが好きなの?と、こう聞いてください。」
「へっ、?」
一瞬の出来事に状況を飲み込めず、気の抜けた声を漏らすアイヴィーに、さぁ、と顔を近づけてくるルイス。
「へ、変態……」
あ、嬉しそう。
こ……こいつ、何を言っても喜ぶ上、さりげなく相手にSを強要してくるなんて。
──上級者すぎる…………。
じりじり、と後ずさって行くアイヴィーを見ながら、ルイスはニタリと楽しそうな笑みを浮かべる。
「はぁ……お嬢をからかうのは、た~んのしいなぁ」
「……ほどほどにしておけ」
「ベルもそんな良い子ちゃんばっかしてないで、たまには素直に甘えてみたら?」
「……」
ひょうひょうとした様子で、グイッとベルの肩に腕を回すルイス。瞬間、バシュッっと鋭い風刃がルイスの顔のすぐ横を通る。
「ちょっと!?ベルもなんで魔法使って……ケンカしてるの!?」
慌てて駆け寄ってくるアイヴィーに「ごめん」と謝るベル。
「いや、どうせルイスがちょっかい出したんでしょ」
「はい!」
ジト、っと視線をベルから移す。予想通り、お仕置きを期待したキラキラした目で見てくるルイスを見て、なんとかコイツを本気で懲らしめる方法はないだろうか、とアイヴィーは考えるのだった。
後に、ルイスが嫌がって避けていると聞いた仕事を多めに振ってみたりもしたのだが、「いやよく考えたら、やりたくない事を無理やりやらされている、という現状を楽しむ術を忘れていました!」というルイスに、アイヴィーは言葉もなく、そっとその場を離れるしかなかった。