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15.責任と変化


「彼女の魔術は強力です。魔力量ではなく、魔法を扱う技術面でも他者を抜きん出ています」

「それで?」


 皇宮の一室。向かい合って座るアイヴィーから視線を外さず、レオナルドは粛然と催促する。


 あの後、レーラは公爵邸へ訪れた。父と一緒に応接室へ入り、一時間ほど話し込んでいたようだったが、どうやら身の振り方が決まったらしい。父も、レーラの魔術をこのまま捨ておくのは得策ではないと考え、公爵家で面倒をみる事を是認した。いや、むしろ、実力至上主義な所がある父は、表情は崩さず凛々しい顔つきをしていたが、その裏でレーラの訪問を喜んでいるようにも見えた。

 仮にも娘を攻撃した相手だが……?

 アイヴィーは自分が望んだ結果になったはずなのだが、なんか釈然としない、と父に白い目を向けていた。帰り際、ぺこりと頭を下げていったレーラを見て、胸の奥に小さな痛みを覚えたアイヴィーに、スペンサー公爵はしれっとした態度で告げる。


「明日の午後、殿下に謁見を申し込んでおいた」

「はい」

「遅れるなよ」

「は……えっ、なんで私が!?」

「お前が彼女を動かしたのだろう」


 最後まで責任をもて、という父。も、もともとの責任の在処はどこかなぁ?と不満タラタラの表情をして見せたが、スペンサー公爵はそんなアイヴィーを気にすることなく、仕事へと戻っていった。


 そのため、アイヴィーは今日、スペンサー家の過去の摘発が原因で今回の事件が起こったため、責任は必ず取らせてもらう事と、彼女を一旦こちらで預からせて欲しい旨をレオナルドに伝えにきていた。


「この一件、わが公爵家に預けて頂けませんか」


 しばしの沈黙。

 互いに睨むように強い視線を交わしながら、レオナルドはゆっくりと口を開いた。


「警備隊での盗みに、皇宮内での爆破襲撃」


 レオナルドは足を組み替え、ソファーに深く腰掛けなおす。


「通常であれば、反逆として処罰されるべきの彼女を匿うというのは、難しいだろう」


 当然だろう。他でもない皇宮で起こった襲撃事件だ。しかも、皇太子殿下の誕生を祝う式典の日に。


「だが、まぁ……出来ないことはない」


 私ならな、とふんぞり返ったレオナルドの態度に、アイヴィーはイラつきを隠しながら頭を下げる。


「ありがとうございます」

「ふん、これで貸し一つだな」


──ぐっ……


 アイヴィーは、頭を下げた状態で眉間にしわを寄せ、歯を食いしばる。

 レオナルドに借りを作るなんて考えたくもなかった。

 だけど、ほっとけなかった。目の前のあの少女が、あの日、記憶を取り戻してから必死に抗って、回避してきた自分の……アイヴィーの未来を見ているようで。


──まさか今回の事で婚約者になれ、とか言わないよね……。


 警戒したアイヴィーがそろりと顔を上げるが、意外にもレオナルドが提示してきたのは、定期的なお茶会の誘いだった。それも、ただのお茶会というわけではない、主に例の教団に関する事など、情報を交換する場が欲しいと言ってきたのだ。それほどまでに例の教団にこだわりを見せるレオナルドに、自分が思っていた以上にアレは深刻なものなのかと、疑問を抱くアイヴィーだったが、まぁそれくらいなら、と承諾した。

 「私が公爵邸へ行ってもいいのだが」と言うレオナルドに対し、いや、皇族の人間が定期的にそれも一つの公爵家へと足を運んでいるなんて噂が立ってはたまらない!と、アイヴィー自身が皇宮へ出向くことになった。

 皇宮であれば、皇宮内にしかない図書資料もあるため、色々と言い逃れがしやすい。

 しかし、それでもこれからは定期的にレオナルドと顔を合わせねばならないという事実に、アイヴィーはほんのりと暗い気持ちになった。







「レイ?レイ~?」


 学園の校庭の隅、いつもの場所で彼女の名前を呼ぶアイヴィー。ここ最近、姿を見かけていない彼女。いつもならば定位置にいなければ、今日は会えないと諦めてその場を離れていたアイヴィーだったが。


「いた!」


 何食わぬ顔で、いつもとは少し違う場所で毛づくろいをしていたレイを見つけて、ほっと笑みをこぼすアイヴィー。

 よかった、避けられてるわけじゃなかった。

 先日、テオに構いすぎと指摘を受けていたアイヴィーは、心底ほっとしていた。しかし、思わず喜んで駆け寄ってしまい、ピクリと反応したレイは、タタッと花壇の花の間をすり抜けて、向こうへと行ってしまった。


──そんな!


 それをやっては逆効果だ、と思いつつも、ついついレイを追いかけてしまうアイヴィー。2つほど先の花壇の端に、ゆらゆらと動く黒を見つけた。そーっと足音に気を付けて近づいていく。


「レ、ひっ」


 曲がり角、首を傾けながらレイの正面をとった気で前に出たアイヴィーは、彼女の名前を呼ぶつもりが、奇妙な声を発してしまう。

 そこには黒猫のレイではなく、いつもの無表情の推しが居た。


「待て」


 思わず反射で踵を返したアイヴィーを、グレイソンが呼び止める。


「……なんでしょう?」

「あの時お前、何をしたんだ」


 タラリ、と首元を伝う冷や汗を感じながら、あの時とは何のことだろう、とアイヴィーは考える。


──あぁ!


「……先日の、殿下の式典でのことですか?」

「あぁ」


 あの時、アイヴィーは魔術を使った。魔術師のレーラに対抗するために。

 しかし、剣術を学んでいたことすら隠していたのに、魔術まで扱えることが知られてしまえば、もうアイヴィーには、もしもこの先、想定外なことが起きた時のために残しておきたい切り札がなくなってしまう。

 アイヴィーは少し考えた後、「秘密です」と笑ってごまかした。それは少し前、アイヴィーに香水の店を聞かれて誤魔化したグレイソンのように。推しを尊いものだと言っておきながら、推しの真似をしたくなってしまう。どうしようもないオタクのサガであった。


「…………」


 ちょっと調子に乗りすぎたか?と、不安になり、グレイソンを確認するアイヴィー。てっきり顔をしかめているかと思いきや、そのまま無表情で、じっと見つめてくるグレイソンに、内心焦りを感じ始める。怒っている顔より、無表情の方が何考えているかわからなくて怖い。

 前世ではそこがいい~~!と興奮し喜んでいたが、実際に目にしないと分からない事があるというのは、こういう事か……。


──急に怒って攻撃とか……してこないよね。


 アイヴィーは前世でさんざん考察していたグレイソンの性格を、思い浮かべる。

 多分殺されるようなことはないだろうが、殺される!と思うほどの脅しをかけてくることはあるだろう……。じんわりと背中に汗をかき始めたアイヴィー。

 しかし、聞こえたのは、ふっと口から漏れた吐息の音だった。


──え


 グレイソンが、笑っていた。

 それは、あの日ハニトラで見せてきた作られた好青年の笑顔でも、誘うような艶めかしい笑みでもない。無表情のあの顔から、眉と口元がほんの少しだけ上がっている、限りなく「素」で漏らされた吐息と表情。


──ヴォアッ


 あまりの驚きに、アイヴィーは固まった。その反応を見たグレイソンはスッと真顔に戻り、ふむ、と考える仕草を取る。

 あぁ、さっきの顔……すごい……よかった……私の心のカメラで連射したから今縮小表示で画面いっぱいに広がってる……。

 気持ちの悪いアイヴィーの脳内。

 するとグレイソンが、今度は先ほどとは違った、少し小ばかにしたような厭らしい顔をしてアイヴィーに近づいてきた。


「!?」


 見るからに動揺するアイヴィーに、グレイソンの表情はどこか満足げだ。


「ならば俺は、またこうして聞き出さなければいけないのか」


 そう言ったグレイソンは、アイヴィーの顔へ手を伸ばし、あごを掴んだ。

 ぎゅっと。グッと。


「……あぅぉ」


 言葉にならないくぐもった声をあげるアイヴィー。

 アイヴィーの右頬はグレイソンの親指、左頬は人差し指と中指で、ギュッと掴まれている。


「言え。あの時何をした」

「……は、はええはえん」


 しゃべれません、その手で!

 アイヴィーは必死の訴えでやっと解放された頬をさする。

 グレイソンは早くしろと目で訴えていた。


「……魔法です」

「それは分かる」

「…………」

「……」


 再びアイヴィーの顔へと手が伸ばされ、アイヴィーはあわてて両腕を交差し、身をのけぞらせる。


「術式分解!魔法の術式を逆に作動させて、魔法の発動を無効化しました!」

「……」


 この国では、魔法を無効化させるという概念がない。

 一度発動させられた魔法は、同等の魔力をぶつけて打ち消すか、反対属性の魔術をぶつけて威力を弱めるか、のどちらかで対抗するのが常識だ。しかし、アイヴィーは魔法発動時に、逆に作動させる術式を展開することで、魔法を無効化する方法を使っていた。これは全て、前世の記憶があるおかげなのだが……


「あの刺客達が、人形だった事には気づいていたのか?」

「……はい。剣が軽かったし、どれも同じ癖を持っていたので……」


 剣を学んだアイヴィーは、ひとりひとり、剣には癖があることを知っていた。しかし、あの時切り捨てた者たちは、どれも全く同じ癖をもっていたのだ。あれは、誰か一人の動きをトレースして、複製して作られた魔導人形の特徴だった。原作でも、アイヴィーが主人公たちを陥れるときに使っていた。

 先ほどの躊躇いは何だったのかという程、続けた問いにはすんなりと答えるアイヴィーを、グレイソンはじっと見つめる。


──な、なん……


「どうやらお前から得られる情報は、まだ沢山あるようだな」


 そう言って立ち上がったグレイソンの顔は、逆光で読み取れなかった。


 眩しくて……、見えない。


 聞きたいことを聞け満足したのか、アイヴィーをその場に残し去って行くグレイソン。その背中を見ながら、アイヴィーは掴まれた両頬へと、もう一度手をもっていき、はぁ……っとため息をついた。



 こうして始まるグレイソンのこれからの行動(ハニートラップ)は、以前とは全く違う形で、アイヴィーをさらなる興奮と混乱と推し摂取過多による苦しみに陥れる事を……アイヴィーはまだ知らない。




お読みいただきありがとうございました。

自分がこういったものが読みたい!というものを詰め込んで、勢いのまま書き始めた話でしたが、楽しんでいただけていれば嬉しいです。誤字報告をしてくださった方、本当にありがとうございます。


ここまで来てようやく推しのアイヴィーへの感情が、0%→7%くらいになった気がします。挿話をはさんでから続く先の話にはもう少しラブコメ感が出てくるかと思います。この先も楽しんでいただければ幸いです。 (t)


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[良い点] 全て! 更新が早くて幸せ死しそうです…(´,,•﹃ •,,`) アイヴィーイケメンw 次話も楽しみにしてます♪
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