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14.失墜と羨望


「まったく無茶しないでよ」


 公爵家の庭園。一番眺めの良い場所に用意されたガーデンテーブルで、アイヴィーと向かい合って座るテオドールが紅茶を飲みながらそう言った。


「うん……ごめんね」


 あの後、駆けつけてきた本物の皇宮警備隊と、レオナルドの部下たちと合流したアイヴィーとグレイソン。案内された一室で、汚れた服と身を清めさせてもらったアイヴィーは、しばらくしてから現れたレオナルドと共に、用意された部屋で一通り状況の説明をした。


「魔術者は今、私の方で後をつけております」

「そうか」

「魔術封じの魔導具をつけたので、おそらくもう襲ってはこないと思いますが……」


 取り逃がして申し訳ありません。そう言って頭を下げるアイヴィーに、「いいや、君が無事でよかった」とレオナルドは真剣な顔で答えた。

 その後、無事終わらせた式典に合わせて、アイヴィーたちも公爵邸へ帰ることになった。皇宮を離れるその瞬間まで、アイヴィーに刺さるように向けられるグレイソンの視線は痛かったけど……。

 帰りの馬車へ向かう途中、数時間前までの騎士服ではなくシックなドレスを身にまとっていたアイヴィーに「なんで?」と疑問をぶつけたテオドール。カタカタと揺れる馬車の中で、アイヴィーは事のあらましをテオドールへと伝えたのだった。


「でも、お嬢様がご無事でよかったです。」

「うんごめん。せっかくロージーが用意してくれた騎士服だったのに……汚しちゃって」


 あの時の戦闘で、ロージーから貰った騎士服は、返り血と思われた魔導人形の泥と変な液体で汚れてしまっていた。


「そうじゃなくて、怪我がなくてよかったって話だよ」


 テオドールが呆れたようにアイヴィーに伝える。

 うん……。と答えたアイヴィーが、心配してくれてありがと、とテオドールの頭を撫でようと手を伸ばす。しかし、その手をスッとよけ、立ち上がったテオドールは、「ご馳走様」と言ってこの場を去って行ってしまった。


「……テオが最近……いえ、もう少し前から、なんだかそっけない気がする」


 アイヴィーの悲しむ声に、ロージーはう~んと悩むそぶりをみせた後、おかわりの紅茶を注ぎながら話し始める。


「お嬢様は、テオドール様を大変かわいがっていらっしゃいますが……」


 コトリ、とティーポットを置いたロージーをじっと見つめるアイヴィー。


「テオドール様も男の子ですからね。多感な時期に過度な接触をされれば、自然とああいった態度になってしまうのかもしれません」

「え……」


 過度な接触……?

 確かに、思い返してみれば、幼い頃出会ったテオドールはかわいくて、それはもう本当にかわいくて、アイヴィーは溺愛していた。何をするにしても頭をなでて褒めてあげていたし、遊ぶ時も転ばないように手を繋いであげていた。勉強の時間もティータイムだって……


「もしかして私、テオにかまい過ぎ?」

「……はい」


 控えめに肯定したロージーに、アイヴィーは固まった。

 つまり、今の私は、今までテオに必要以上に鬼絡みしてきたせいで、触れられる事を受け付けないレベルに拒絶してしまう存在……ということ?


──ハッ


 テオドールのあの反応に、前世での記憶……。あれはまるで。


──前世で言うところの、娘を溺愛するあまり構い過ぎてウザがられ、生理的に無理と言われるレベルにまで落ちてしまった父親ポジションってこと……!?


「ところでお嬢様、あの騎士服はいかがでしたでしょうか?」


 とても悲しい現実を突きつけられ、呆然としているアイヴィーに、「着心地などどうでしたか?」と、騎士服の出来を確認してくるロージー。アイヴィーは力なく、しかしちゃっかり「よかったけど、ブーツだけは少し動きにくかったから、普通のハイカットがいい」と要望を伝えていた。





 それから二日後。


 アイヴィーは今、学園の校庭の端にいる。癒しを求め、レイがいつもいる花壇まで来たが、彼女の姿はみえなかった。あたりを見渡すが、見当たらない。

 はっ、もしかしてレイも私が構いすぎて、姿を見せてくれてないんじゃ……。

 先日のティータイムでの衝撃の事実で、深手を負っていたアイヴィーの心は少し弱っていた。


「スペンサー様……?」


 力なく、レイといつも隣り合っていたその場へ座り込むアイヴィーに、一人の女子生徒が声をかけた。

 ハイネックに裾が広がっている制服、魔術科の制服だ。


「貴方、足を怪我しているのね」

「え……」


 突然のアイヴィーの言葉に、ピタリと動きを止めた少女。


「右足を少し、引きずっているように見えたから」

「……はい。実は」

「二階から飛び降りたんだもの、その程度で済んでよかったわね」


 少女はハッとした様子で、顔を上げる。いつの間にか、少女のすぐ目の前まで来ていたアイヴィーは、そっと右手を伸ばし、指先で少女の襟元を引く。


「あの時の魔術師は貴方だったのね、レーラ・シモンズ」


 少女の首にはあの日、アイヴィーが魔術師にした魔力制御のリングがつけられていた。

 表情を変えず、淡々と話すアイヴィーにレーラは気圧されている。


「何故あんなことを」

「……ッ、あんたが、スペンサー公爵家が憎いから」


 そう答えるレーラに、アイヴィーはさらに冷たい視線を送る。


 襲撃の後、ベルは彼女の後を追い、シモンズ家までたどり着いていた。

 シモンズ男爵。確か以前、禁止されていた薬物を国外から仕入れる仲介役をやらされたいた。始めは何も知らず流通ルートを利用されていたシモンズ男爵。後に真実を知り、信頼していた者に裏切られていた事と、自分が知らない間に犯罪の片棒を担がされていた事に苦悩する。しかし、分かった上で、知っていながらもその行いを改めることはできず、スペンサー公爵が上に報告し、爵位は剥奪された。

 そのため、学園を辞めざるを得なくなったレーラを始め、今、シモンズ家の雰囲気は最悪だった。

 あの日、アイヴィーと対峙した魔術師は、誰かに命じられたわけではなく、あの犯行を企てた彼女本人だった。


「私は……ッこんなに苦しんでいるのに、そんな事何も知らずに生きてるアンタを見たら、許せなくて」

「それで?」

「……ッ」


 レーラは、表情を変えず冷たく言い放つアイヴィーをキッと睨む。

 おそらく学園内で見られていた不審な影とは彼女の事だったのだろう。皇宮へも忍び込んで隊服を盗めるほどの魔術を持っていれば、学園侵入はそれよりも容易い。そこで、のうのうと生きている私の姿を見て、怒りが芽生えたのだろう。


「それで、貴方は何をしたの?」

「……は?」

「貴方の父が、悪事を働いている時、あなたは何をしていたの?」


 アイヴィーの冷たい視線と言葉に、レーラは何も言えず、こぶしを握り締めて震える。そんな彼女を見つめながら、アイヴィーは考える。


──似ている。


 悔しさに身を震わせ、行き場のない怒りを抱えているこの目の前の少女は、アイヴィーに似ていた。原作のアイヴィー・シャーロット・スペンサーに。幼い頃に父を裁かれ、身に降りかかる不幸に耐え切れず、主人公を恨むことで生き続けられたあのアイヴィーに。

 でも、


「見ないふりを、していたのでしょう?」

「……ッ」

「気付いても、貴方は自分で変えようとも、誰かに助けを求めようともせず、ただ見ないふりをしていたのではないですか?」


──貴方には、あれだけの力があるのに。


 ただ何もできず、泣き崩れるしかなかった原作の幼いアイヴィーとは違う。彼女には、現状から抗うための力があった。


 アイヴィーは、自分へと向けられた爆炎球を思い出す。魔術を習い始めた者であれば、初期の段階で学ぶ火の魔法。でも、あれはそれよりもずっと炎の勢いが強く、剣ではじいた時も酷く重く感じた。あれだけの魔力をひとつひとつに込めた爆炎球を作り出すのは、簡単に出来る事ではない。きっと、今までたくさん勉強して、努力して、その力を身に着けたんだろう。

 この子には、魔法を扱う才能がある。

 だけど、


──それをあんなことに使ってはいけない。


 行き場のない怒りを、内に秘めて。

 誰かを標的にして、恨んで、憎んで。

 そんな風にして生きては……


 その先に待ち受ける運命は、きっとあなたも。


 ざらり、と生ぬるい風が校庭を吹き抜ける。

 アイヴィーはゆっくりとレーラへ近づき、首元に手をかける。


「……ッ」

「解除」


 ビクリ、と身を震わせたレーラ。アイヴィーの呟きの後、リングはカチャリと音を立ててレーラの首から外れた。


「な、んで」

「もういいわよ」


 行って、と言い放つアイヴィーに、レーラは信じられないといった表情で震えた声を出す。


「こんな、今、外したら、貴方を滅茶苦茶に攻撃するかもしれないって、考えないの……?」

「大丈夫よ、私は貴方より強いから」


 冷たい表情でそう告げるアイヴィーに、レーラはぐっと唇に歯を立て、顔を下げる。皇宮での襲撃時、魔法勝負でアイヴィーに負けたことを思い出したのだろう。


「どうしてさっき、私に声をかけたの」


 俯いたまま動かないレーラに、アイヴィーは問いかける。


「本当は貴方、魔法を学びたいのでしょう」


 突然のアイヴィーの言葉に、レーラは顔を上げ、目を大きく見開いていた。

 学園を去っている彼女は、今までのように魔法を学ぶことはできないだろう。だが、平民たちの間でも魔法を学べる場はあるし、独学でもいくらでもやり方はある。例えば、姿を隠して学園に侵入する……とか。

 でも、このリングをしたままでは、魔法を扱うことはできない。


「学園に通う、たった数年間で、あそこまでの魔法を扱えるようになる人は、そうそういないわ」


 ほとんどの生徒は、教科書通りに、指導者から教わった通りの魔法を扱えるようになるだけ。だけどレーラが使った魔法は、本来習う魔法から、二つ三つと応用されていたものだった。


「貴方は、魔法が好きなのでしょう」

「……っ」


 そんな事、好きでなければできないし、やらない。


「貴方が今、学園の制服を着てまで、ここへ忍び込んできたのは……、私のもとを訪れて来たのは、このリングをとるためだったんじゃないの?」


 また、魔法が使えるようになるために。

 頭を下げたレーラは、小さくコクリと頷く。


「それでも貴方は罪を犯した」

「……ッ」


 息をのむレーラ。


「でも、幸い、死者は出ていない」

「……?」


 表情を変えず、そう話し続けるアイヴィーの真意が分からず、レーラは困惑する。


「スペンサー公爵家では、使用人も騎士も魔法が使えます」

「……え…………?」


 スペンサー公爵家が行った事が発端で、今回の事件が起こった。ならば、その責任をとるのも、スペンサー公爵家であるべきだろう。


「勤務時間外は、それぞれ希望のカリキュラムで魔術や剣術を学べます」

「は……っ、えっ?」

「文句があるなら、直接公爵家に言いに来てください」


 やり直す気があるのなら、誠意を見せに来い。まるでそう言っているかのような背を見せて、その場を去っていくアイヴィー。


 そんなアイヴィーを見て、混乱を隠せないレーラだったが、やがて小さく震えその場にしゃがみこんだ。


 か細く響く、嗚咽の音。


 大丈夫。

 きっと彼女はまだ間に合う。



 でも、そうか。

 父は……原作の、あの時の主人公と同じことをしているんだ。


 それに気づかされたこの出来事は、アイヴィーにとって、とても重要な事だったのかも知れない。



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