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12.殿下と式典



「え、じゃあ姉さんは当日、会場にいないの?」

「えぇ」


 あの日、グレイソンが初めて公爵邸を訪れた日に旅立っていたテオドールは、遠く離れた領地から、予定から2日程遅れて公爵邸へと帰ってきた。着いたのが夜遅かったこともあり、その日はすぐに休むことができたテオドールだったが、翌朝、勢いよく開けられた自室のドアの音に叩き起こされていた。

 貴方が居ない間にこんな事があったのよ!とアイヴィーは溜まった鬱憤を晴らすかのように、話を聞いて欲しいとテオドールへと詰め寄った。グレイソンの突然の訪問に対する興奮は軽く聞き流され、話は、もう直前となったレオナルドの誕生日を祝う式典に移っていた。


「……サーチェス卿の傍にいたいから、とかじゃないよね」


 レオナルドのパートナーなれという誘いは断り、スペンサー公爵家として会場警備に当たると宣言したというアイヴィーに、怪訝そうな疑いの目を向けるテオドール。そんな彼にアイヴィーは、「殿下のパートナーになりたくないからよ」と言い、紅茶をすする。


 あれ以降も、学園内でしつこくパートナーになれと食い下がってくるレオナルドに、アイヴィーはテコでも首を縦に振ることはなかった。そんなアイヴィーの態度にしびれを切らしたレオナルドは、ふぅ、と息を吐いてこう言った。


「どうしても警備に当たりたいというのなら……そうだな、グレイソン。当日はお前も彼女と一緒に会場警備に当たってくれ」


──は!?


 何を言ってんだ、こいつは……。

 レオナルドの突然の命令に、アイヴィーは思わず固まってしまったが、グレイソンは無表情のまま、はいと返事をしている。そんな二人のやりとりを呆然と見つめるアイヴィー見て、レオナルドはニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。

 な、なんなのよ!!!



「でもいいの? サーチェス卿って殿下の護衛騎士でしょ?」


 殿下の元を離れて会場警備なんてして、と言うテオドールにアイヴィーは「そうなんだよね……」と、大きなため息をつく。


 グレイソンは皇太子であるレオナルドの護衛騎士だ。その実力は一度でも彼の剣裁きを見れば、誰もが納得するほど。しかし、彼が優れているのは剣の腕だけではない。これまでに何度かアイヴィー自身も体験した、彼のハニトラの演技。グレイソンの本性を知らなければ、簡単に騙されていた事だろう。それ故に、彼はあのような方法で情報収集をしたり、陰で暗躍する事が多い。護衛騎士など名ばかりのもの。ただそれでも、グレイソンはレオナルドにとって誰にも代えがたい、絶対の信頼がおける人物である事に変わりはない。

 アイヴィーによるグレイソンの説明をふ~んといった様子で聞いていたテオドールは、「とりあえずさ」と話を遮った。


「着替えたいんだけど」


 起き抜けにアイヴィーに突撃され、寝間着姿のままで話を聞かされていたテオドール。アイヴィーはといえば、途中から持ち込んだお菓子を取り出し、優雅に紅茶を飲み始めていたのだ。


「……? どうぞ?」


 あっけからんと言うアイヴィーに、テオドールは震えながら「出てって!!」と叫んだ。







 そんなこんなで、迎えた式典当日。

 一通り外回りを確認し終えたアイヴィーは、小休憩に入り、一旦会場へと足を運ぶ。会場内のあちらこちらに金で出来た装飾品があり、天井には大きな光り輝くシャンデリア。煌びやかな世界の中、ちょうど二階の扉付近で休んでいるテオドールを見つけ、アイヴィーは傍に向かう。


「姉さん、お疲れ様」

「テオも! 綺麗ね」


 宣言通り、会場警備にあたっているアイヴィーとは違い、テオドールはきちんと正装して式典へと参加している。


「……綺麗って」


 不服そうなテオドールの反応に、アイヴィーはハッとして「かっこいいよ!」と言い直した。

 二人で並んで会場を見渡せば、特に人が集まっている場所に、貴族たちと談笑しているレオナルドを見つける。遠くに見える彼は、繊細な刺繍に、普段より沢山の装飾が施された衣装を着ていて……キラキラしている。まさに今日の主役たる姿だ。

 それにしても、レオナルドの性格が難有りな事を知っているから、今まであまり彼を好意的に見ることはできないでいたが、こうやって見ると本当に……。


「王子様みたいね」

「殿下は皇子だよ」


 何を当然なことを、といった顔を向けるテオドール。

 アイヴィーとテオドールがレオナルドを見ながら会話を続けていると、レオナルドがふと振り返り、目があった。話していた貴族と別れを告げこちらへ向かって歩いてくるレオナルド。

 ふ、服の装飾が明かりを反射して、眩しい。

 向かい合ったレオナルドに礼をして、口上を伝える。

 アイヴィーとテオドールの賛辞の言葉に「あぁ」と答えたレオナルドは、ふと視線をアイヴィーの胸元へと向ける。


「似合っているな」

「え……」

「その騎士服」


 あぁ。

 アイヴィーは今、騎士服を着ている。会場警備をするにあたり、動きにくいドレスを着るわけにはいかない。公爵家で用意されている騎士の制服を着て行こうと思っていたアイヴィーだったが、「お待ちください!」と興奮気味に現れたロージーに手渡された、アイヴィー専用に誂えたらしい騎士服。シンボルカラーは、公爵家の騎士服と変わらず、女性用に作られたそれは、薄地のパンツスタイルではあるが、上着が少し長く作られており、ミニスカートのようにも見える。ブーツもニーハイカットと、他の騎士より長いものとなっている。


「お嬢様がいつかその剣を披露するときのために、用意しておきました」


 誇らしげに服を差し出してきたロージーに、アイヴィーは戸惑いながらも礼を言ってそれを受け取った。


──披露する機会は、まず無いと思うのだけれど……



「いつものようなドレス姿も見てみたかったが」

「……ありがとうございます」

「今日は、あの騎士も警備にあたるのだな」

「え……?」


 そう言ったレオナルドの視線の先をアイヴィーも追って、ギョッとする。そこには、ルイス……またしてもグレイソンの傍で、彼を睨むように挑戦的な態度をとっているルイスが居た。


──あのばか~~!!


 アイヴィーは感情を抑え、ニコリと微笑むと「えぇ」と答え、「失礼します」と言って、サッとレオナルドの元を離れ、ルイスを回収しに行く。

 そんなアイヴィーの後姿を見つめるレオナルドに、テオドールは「申し訳ありません」と首を垂れた。


「何もなければいいのだが……」

「?」


 それは、どういう……。

 レオナルドの意味深な発言に、眉を顰めるテオドール。


「いや」


 なんでもない、楽しんでくれ。と言ったレオナルドは、戸惑うテオドールを置いて、会場の中心へと戻っていった。







 ここ最近、レオナルドは妙な胸騒ぎを覚えていた。


 皇宮で毒見係が倒れた際、使われた毒がどうやら新種のものだった事や、警備隊の隊服がいくつか無くなっていた等、ここしばらくの間、皇宮内が騒がしくなっていた。中でも、隣国の青い手紙は、アイヴィーからの情報でキャンベル夫人に確認をとって、問題がなかったことが分かったが……

 学園内でも魔法事故の件もある。


──例の教団とは関係があるのか。


 レオナルドは駒を使い、信者たちが集まる場まで行き、扉をこじ開けようとした事がある。もしもそれで、あちら側の人間が我々に気付いていたとすれば、むこうも同じように、教団を暴こうとするこちらの情報を探ってるかもしれない。そして、警告をされる可能性も。その場合、大勢の人が集まる式典の日は絶好の機会のはずだ。

 もしそうであれば、俺だけではなく、協力に応じたスペンサー家も対象となっているだろう。


 グレイソンを公爵邸へ送り、情報提供を求めた際に、どうしてそんな事まで知っているのかと不安になるほどの内容を、サラッと答えているというアイヴィーに、レオナルドは今までとは違う、強い関心を持ち始めていた。しかし、それと同時に、危惧の念を抱いた。

 この国の皇太子である自分は、こういった事には慣れているし、式典中はいつも以上に護衛には力を入れられるだろう。だが、公爵家の令嬢である彼女が狙われてしまえば……。


 レオナルドは、今回の式典でアイヴィーをパートナーとして傍に置くことで、自分と同等の保護下へ置こうと考えていた。しかし、ひねくれた物言いでそれは拒否され、挙句の果て、当日は会場の警備をすると言い出したアイヴィーに、内心頭を抱えていた。


 あの日、スペンサー公爵家へと訪れ、パートナーになれと直接言いに行った時に、この話をすればよかったのだが……。積年の敗北感から、レオナルドは素直に言うことはできなかった。それどころか、彼女の護衛騎士と彼女自身を嘲弄してしまった。


「……レオ」

「言うな」


 アイヴィーがルイスの手を引いて部屋を出た後、後ろに控えるグレイソンから名を呼ばれたレオナルド。その口調も声色も普段となんら変わりはないのに、まるで咎められているように感じたレオナルドは、分かっているからそれ以上は言わなくていいと、グレイソンを制していた。


「まぁいい、俺の思い過ごしかも知れないからな」

「……」


 そう言っていたレオナルドだが、結局、式典当日には自分が最も信頼しているグレイソンを傍につけさせるのだから、敵わない。



──警備に戻ったか。


 会場の中心で、貴族たちに囲まれているレオナルドは、会話の中でチラッと、先ほどグレイソンが居た場所を見て、その姿が消えていることを確認した。



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