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一日目 ご飯デート





 枕元でブーっとスマホが振動した気配をうっすら感じ、ゆっくりと寝返りを打った。


 ああ、よく寝たなと思った瞬間、やばいと飛び起き頭がくらりとした。



 今、何時だ?と壁の掛け時計を見て声につまる。時計の針は十七時半近くを指している。スマホを手に取りロック画面に表示されている文字の羅列に襲われ息がつまりそうだ。緊張からか、起床時だからなのか、喉が異常に乾いてさらに息苦しい。



 マジやばい、夕方って一般的に何時までだ?



 スマホで検索をかけて、十六時から十八時、もしくは十五時からとある。あと三十分、どうにかギリギリセーフになるだろうかとスマホを見つめながら部屋を出た。

メッセージアプリを起動し、茉莉花からのメッセージを読む。



「起きたら連絡してね」から始まり、「一体何時まで寝てんのよ」が最後のメッセージだった。ぼーっとした頭で、でもかなりまずい事はわかってる。とにかく何か返事をしないと。



 今起きた、と入力しながら台所に向かう。この後、なんて打とうか、そう考えながら、冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを取り出した。



「おはよう」とすぐそばで母親の声がしたが構ってられない。


「うっす」とだけ返して、仕方なく「ごめん。今起きた」とだけ送った。



 ミネラルウォーターを飲み少し生き返ったような気がしたが、それがさらに思考の始まりだったようで気がつくと「やばい」と声が漏れた。



「なんか大変そうね」


「ああ、ガチでやばい」



 そう言った時、リビングで聴きなれない着信音がした。違和感に視線を彷徨わせると、そこにはえへへと悪戯っぽく笑う茉莉花がいた。



「おはよう」


「……うっす。何してんだ」


「みゆきさんとお茶」



 よくわからないこの状況に母親に視線を向ける。



「だって、こういう時の夏樹は、いつ起きるかわからないからさ。うちに来てればいいかなと思って」


「全く説明になっておりませんが」


「だって~。昨日家に戻ったら、茉莉花ちゃん、カップとか洗い物してるし、あんたは寝てるし。話聞いたら、今日の夕方会う約束したっていうんだもの。あんたからの連絡待ってたら待ちぼうけになっちゃうと思って、うちに来てなよって誘ったの。

で、予想通りでしょ」



「ソウデスネ」



「起こそうと思ったんだけど、茉莉花ちゃんが昨日起こしてしまったから、今日は起きるの待ってるっていうんだもん、優しいね~」


「いえ、昨日、申し訳無かったなって反省して」


「しかも、あんた。<お前帰れ>って言ったんでしょ。ひどい男だ」


「そんな酷い言い方……」


「夏樹したじゃん~。一語一句違わない!」


「ソウデスネ。キット、ニュアンスノモンダイカナ?」


「はいはい」


「だからうちに誘ったの。おしゃべりしながら待ってたら、楽しいかと思って」


「母さんがな」


「そう、私が」


「私も楽しかったですよ。みゆきさんのミルクティーも久しぶりだったし、美味しかった」


「で、名前呼びになってんの?」


「私が名前で呼んでって頼んだのよ。おばさんって言われるのはやだし、お義母さんじゃあ、さすがに気が早い?」


「はいはい、カアサン、はいはい」



 母はリビングに行くと茉莉花の傍に腰かけ、そのまま二人で楽しそうに話し始めた。

おいおい、俺は置いてきぼりかと息を吐くが、久しぶりの光景にじんわり心が温かくなった。



「母さん、夕飯の支度ってもうした?」


「まだ、なーんにも」


「じゃあ、俺、茉莉花と外で食べてくる。茉莉花、お詫びにご馳走させて」


「え、でも」


「時間的に無理?」


「それは大丈夫だと思うけど」


「じゃ、うちの人に連絡しておいて。俺、着替えてくる」




そう言って、急いで自分の部屋に戻った。

まさか、茉莉花が母親に俺の事「俺様属性」と告げていることも知らないで。










******









「何食べたい?行きたいとこある?」



「ない。夏樹と一緒ならどこでも楽しいよ。裕一郎んとこでも」

「そこはだめ」


「なんで?」


「記念すべき初デートに何が悲しくて裕一郎んとこ行かなきゃ行けないんだよ」


「デート?」


「これだって普通にご飯デートだろ」


「そっかそだね。ふふ」




「なんか普通に夏樹んちで話して終わりみたいに思ってたから、デートのイメージなかったな。夏樹が寝坊して良かった」


「家で話してたっておうちデートだろ。お前と一緒なら全部デートだと俺はそう思ってたけど、違うのか」


「違くない。夏樹って本当男前だよね」


「そうか?みんなそんなもんだと思うぞ。で、行きたい店浮かんだ?」


「全然。なんか、特別だと思ったら頭んなか、真っ白」


「ばーか。今日だけが特別なわけないだろ」


「そうなの?」


「俺にしたら、いままでずっと話さなかったのにこうやって話していることだけでも、もう、特別だって思ってるよ」


「……そうだね。いままでのこと考えると、なんか不思議な感じ。でも、その一方で当たり前のような感覚もあるよ」


「当たり前なら、ラーメン屋でいいか」


「やだ。ラーメン大好きだけど、今日だけはやだ」


「じゃあ、回転ずしかな」


「ダメ、大食いがばれる」


「そんなんもう知ってる。じゃあ、駅の南口で裏通りにあるパスタのお店、行ったことある?うち、家族でよく行くんだけど」


「行ったことない。じゃあ、そこにする。パスタいいねー」


「俺、昼前に寝始めたから昼飯食い損ねてさ。そこならパスタもピザも食べられるからボリューム的にいいかと思って。食後のティラミスもうまいし」


「ええ!デザートも食べていいの?嬉しい!やったー!じゃあ、歩くスピードアップだよ!急げ~」


「はいはい、食いしん坊、はいはい」






******






 裏通りにあるその店は、親父の友人がオーナーのこじんまりとした店で家族でも食べに来るし、両親が夜いない時に一人で夕飯を食べに来たりと気心の知れている店だった。なので、茉莉花とゆっくりするにはちょうどいいかなと決めた。



「いらっしゃいませ」


「こんばんは。二人なんですが」


「奥にどうぞ」



 顔見知りの店員さんが意味ありげな微笑みを向けてくる。こういうのは、知っている店だとこそばゆいな。盲点だったと思ったが、慣れない店で緊張するよりはいいと言い聞かせ、席に着く。

店員がオーナーに伝えたんだろう、厨房からオーナーが顔を出す。



「よ。いらっしゃい。今日のおすすめは時期的に春キャベツとか、豆類。あ、あと筍かな。二人だったら、取り分けながら食べれるデザート付きのもお勧めだよ。で。今日は何?デート?」


「デートです。後でチクってやろうなんて思ってるんだろうけど、彼女、さっきまでうちで母さんと二人でお茶してたから言ったって楽しくないですよ」


「なんだ。つまんないの。彼女、ゆっくりしてってね」


「は、はい。ありがとうございます」



 オーナーが消えると父の友人であることを伝え、メニューを決める。




「じゃあ、この二人分のコースでいい?パスタもピザもサラダも、茉莉花の好きなのでいいから」


「え。いいの?でもこんなに食べれるかな?」


「二人で取り分けるから大丈夫。それに俺、寧ろ足りなくて追加するかもだし」


「そうなの?そんなに細いのにね、びっくり」


「一応、普通の男子高校生だからね」


「一応ね」



 茉莉花が楽しそうに料理を選んでいる。たったそれだけのことなのに俺はとても幸せだった。

順番に運ばれてくる食事に茉莉花は目を輝かせて、一口食べては美味しいと、にこにこ笑顔を向けてくれる。そうだ。俺はこうやって笑顔を向けてもらいたかったんだと改めて思った。



「あ、やだ。普通においしく食べちゃった。夏樹となんの話もしてない」



「してたじゃん。筍のパスタがあまくて美味しいとか、ピザのチーズがクリーミィだの、あ、一番はサラダのパリパリのポテトとベーコンに死にそうになってたじゃん。ん?これは死んでるから会話じゃないか」


「そういう話じゃない~」


「じゃ、何の話?」


「あの夏樹のいかがわしい?部屋よ」


「いかがわしくはない」


「普通ではない、男子高校生の部屋ね」


「だから俺の普通だから」


「ぷ、プロゲーマー?」


「だから、惜しい」


「もう、なによ。はっきり言ってよ」


「プログラマー、だよ」


「プログラマー?なの?」


「そう。っつってもアプリのね。今度、OSが大型のアップデートするっていうからそれに合わせてバージョンアップしたり、新機能つけたりと忙しかったわけ。まだ終わってはないんだけど」


「アプリ?」


「うん。でもすごい儲かっているとかじゃないよ。職業としては無理なレベル。ただ、高校生のお小遣いにはちょっと多いかなってぐらい」


「そう、なんだ。だからあんなにモニターいっぱい」


「んー、でもモニターの数はあんま関係ないかもね」


「そうなの?」


「まあ、プログラミングしたり、ゲームしたり、いろいろしてるうちにああなっただけ」


「……わたし、そんな時に起こしちゃったりして迷惑なやつだったね」


「そんなことないよ。茉莉花が凸ってなきゃ今日こうしてデートしてないじゃん」


「そう、だね。ありがとう。夏樹はいつも優しいね」


「茉莉花には、ね」




「甘いところ申し訳ございませんが当店自慢の甘ーいティラミスと食後のお飲み物、お持ちしました。どうぞごゆっくり」



 オーナーがわざわざデザートを持ってきてくれた、ニヤニヤしながらね。






******






 茉莉花を家まで送っていく。ただそれだけのことなのに、どきどきした。肩がぶつかったタイミングで、手を伸ばし茉莉花の細くて柔らかい手を掴んだ。茉莉花が俺の顔を見るから、わざと知らないふりをした。



「ねえ。私、やっぱりやな奴だ。こうして夏樹と付き合えた途端、すみれとも一緒にみんなでゲームできたらいいなとか、思ってる」


「そんなん、当たり前だろ。それに茉莉花の友達なら大事にしたいと思うよ」



「……ありがとう。そういえば、夏樹がプログラミングしてるの知ってるのって誰?」


「悠一、裕一郎。それと禎丞」


「でたな、禎丞」


「お願いだから、禎丞は俺の大切な友達なので、大事にしてくれ」


「うふふ。わかった。私の知らない夏樹の秘密、知ってたんだもんね」



 くだらないこと話しながら茉莉花の家まではあっという間だった。

いつもの田舎町の景色がたった一人隣にいるだけでこうも違うかよ、と自分自身にツッコミをいれる。星も街灯も自販機の明かりさえ、茉莉花を照らし出しているようだ。我ながらこの発想はキモいなって思った。



「茉莉花んちの親に挨拶していい?それとも迷惑?」


「迷惑じゃないよ、うれしい。その、大事にしてもらえてる感じがする」


「ばーか、大事にしてるよ」


「お前帰れっていうやつが?」


「あれは俺の主観で大事にしてたんだよ」


「???どこがっ」


「言いたくない」


「言って」


「セクハラ案件だ」


「余計に聞きたい」


「……一言でいえば、ホルモンバランスが崩れてる?」


「……ごめん、意味わかんない」


「疲れてたんだよ。寝てないんだよ。で、俺の部屋にお前がいる」


「うん、寝れば?」


「……寝ただろ」


「イミフ」


「これ以上説明したくないもう、ググれ」


「カス?」


「カスとは言ってないし思ってない」


「マジでググるよ」


「お好きにどうぞ」


 お馬鹿な会話が心地いい。ようやく本来の二人に戻れた気がする。




「ただいまー」



 扉を開けて、茉莉花が無邪気に声を張る。

茉莉花の幸せの空間にようやく踏み込めたと安心した自分がいた。











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