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それを初恋と人は言う〜ゲーヲタの初恋〜  作者: 中村悠
セカンドラブの二週間
19/26

五日目 援護射撃



 昨日はすみれと話せなかった。自分の行動力のなさに呆れた。気付けば三人で帰っていく後姿を教室の窓から確認し、また、呼び出そうとも思ったが昨日は塾で長く時間は取れない。諦めて窓からぼんやりと楽しそうな背を眺めた。

今日は比較的時間が取れるから、放課後誘ってみようとドキドキしながらすみれの姿を探す。なのにそういう時に限って、話しかけるタイミングがつかめない。そうこうしているうちにあっという間に午後の授業だ。このままだと放課後しか残されていない。授業が終わったらすぐに席を立とう。周りの様子なんて窺っている余裕はない、心に強く決意を固めたところで窓の外に夏樹の姿を見つけた。


なんで?早退してやがるぞ、あいつ。ということは、だ。放課後すみれは茉莉花との二人っきりになる可能性が高い。これなら声が掛けやすいかも。自分の考えにほんの少し安心し、とりあえず最後の授業が終わるのを待った。





 カバンに荷物を詰め込むこともしないで、とりあえずすみれのクラスへと急いで向かった。約束を取り付けるのが優先事項だ。荷物なんて、後でいい。

すみれたちの教室まで来ると、部活動に向かう生徒たちがバラバラッと出てきて、「悠一くん、バイバイ」とみんなから声を掛けられる。

「また明日ね」と笑って見せるが、内心焦りまくり。今の俺に声かけてんじゃねえよと心の中で毒を吐くが表面上は穏やかなまま。


 教室を覗くと、すみれと茉莉花が帰り支度の最中だった。よかった、間に合ったと思ったのも束の間で、「茉莉花ちゃん、今日は一緒じゃないんだ~」「さっき、早退してたよね~」と揶揄う女子の声がする。


 途端にひゅっと息を飲み込んで俺は心臓がバクバクするのを感じた。二年前の悪夢のような現実を思い出す。何も考えられなかったが、俺は教室へと踏み込んだ。



「そうなの。一緒に帰る予定だったんだけどね」



 茉莉花がちょっと拗ねたようにクラスメイトへと返した。

ただそれだけの事だったのにほっとしたような、だけどまだ不安で得も言われない心持ちになる。



「じゃあ、夏樹くんが俺様なのってホントなんだ」



「俺様?」



 女子たちがきゃあきゃあいいながら茉莉花を質問攻めにしているが嫌な顔はせず、むしろ嬉しそうだ。言葉を選びながら、丁寧に返しているのがわかる。気付けば後ろの方で禎丞がニヤニヤしながら聞いているのが目に入った。




「ああいう静かめの男子にクールボイスで言われちゃったら、キュンキュンするよね」


「夏樹くん、普段全く喋んないからわからなかったけど、理知的なイケボだよねー」



 途中から茉莉花そっちのけで盛り上がり始めた。茉莉花は若干戸惑いを隠せないようだ。見ているうちに、くっと笑いがこみあげてしまって俺も夏樹を異常に持ち上げたくなってしまった。




「実際、夏樹は数学とかめちゃくちゃ出来るからね。声も見た目もまんまの理系クール男子だよ」




 後ろから声を掛けた俺の発言に女子たちはまたキャアキャアしだして、俺は茉莉花に睨まれた。



「悠一くんは、夏樹くんと知り合いなんだ」


「知り合いっていうか、友達。幼馴染だし」


「全然一緒に居ないから、知らなかった」


「あいつ、人がいっぱいなの、好きじゃないから、な、茉莉花」


「……うん」


「頭いいから回転早くって会話も面白いのに、人いると全然喋んないからな」



「そうだねー。茉莉花と二人で会話してるとすっごくしゃべってて夫婦漫才みたいなのに、私が混ざるだけでも相槌程度になっちゃうもんね」



 すみれが分かっているのかいないのか、援護射撃してきた。



「けどさ、喋んないだけで行動がスマートなんだよね。この間三人でハンバーガーショップ行ったとき、私たちドリンクだけ頼んで席着いたんだけど、夏樹くん、ポテトとかつまめるサイドメニュー頼んでくれて何も言わずに私たちの前に差し出してくれたんだよ。めっちゃかっこよくない?」


「「「カッコいい」」」


 くっ、カッコよすぎるぞ夏樹。俺はそれ以上の行動は何も浮かばない。真似るのが関の山だ。途端に心音がドクンドクンと鳴り響く。



「だよね」

「わかった。わかったから、もう帰ろう。行くよ!すみれ。悠一も」



 帰ろうとした茉莉花を無視して今まで黙って聞いていた禎丞が乱入してきた。



「俺は、夏樹のとっておきの武勇伝をいくつか知っている」



 とっておきがいくつもあるんだ、さすが禎丞だなとニヤリとするが、禎丞は至って真面目に話している。



「その中でも、アレが一番だったな」



 禎丞の言葉に茉莉花が反応したのが分かった。過去の事件を知っているからこそ気づけたぐらいの小さな震えだっだ。



「あれは忘れもしない。俺が幼稚園の年長さんだった時、公園の木に大きなハチの巣ができていて、俺は興味津々で近づこうとしたんだ。そしたら夏樹が、ヨッシーは近づいちゃだめだっ、黒いTシャツを着ているから狙われるよ、そう言ったんだ」



 禎丞……、年長さんって言い回しがかわいいなおい。しかもヨッシーって。



「そんなこと言われたら、確かめなきゃ気が済まない俺は、勇猛果敢に蜂の巣に向かおうと思ったんだけど、そのとき夏樹が、危ないって言って身を挺して守ってくれたわけ。あ、あと、他にはさ…」



禎丞の狙ってやってるのか、わかっているのかわからない過去再現Vに茉莉花も安心したのか、囲む空気が柔らかくなった気がした。なんか、一気に力が抜けたよ、ヨッシー。あん時、お前、巣に向けて走り出して夏樹に服を引っ張られ、首元が締ってぐえーって倒れたんだったよな。俺は黒い戦隊レンジャーだから大丈夫とか言ってたんだっけ。


 まだまだ続きそうな禎丞の話に見切りをつけて茉莉花はカバンを無造作につかむと教室を出て行ってしまった。茉莉花の背中を視線で追いかけた後、すみれと目が合い互いに微笑む。



「じゃ、みんな、またね」



 女子たちにバイバイってつげると教室にカバンを取りに急いで戻る。大慌てで机の上に広げたままの道具をツッコミ、駆け足で生徒玄関へ向かった。





 下に降りると茉莉花が心ここにあらずといった様子で、佇んでいた。隣ですみれがしきりに声を掛けているが、まるで聞こえていないかのようだ。俺は茉莉花の肩をポンと軽く叩き「ほら、帰るぞ」と茉莉花を促す。

茉莉花は道中百面相で、思いがあっちに行ったりこっちに来たりと彷徨っているのが手に取る様にわかった。何も話せずにゆっくりと歩く。

「じゃあな」と茉莉花の家への交差点で声を掛けると、はっとした様子でばいばいと小さく答えた。




「ちょっと、やりすぎたかな」



俺が小さく呟いた声をすみれは拾ったようで



「事実を述べたのだから、問題はないでしょう」



と至極全うな答えが返ってきた。



「そっか。でも茉莉花を送っていけばよかったかな。あいつ家の前を通り過ぎそうだ」


「通り過ぎてもいいんじゃないかな。恋ってそういうもんでしょ」


「そうなのか?」


「あるあるでしょ?」


「俺は一度もない」


「ボーッとして気づいたら山手線一周とか、終点のバス停まで行っちゃったとか」


「ここでそれをやったら山の中か隣県だがな。......すみれは、その、そういうこと、あったのか?」


「もちろんあるよ、乙女ゲームで!」


「デスヨネ」


「私は恋愛の達人だよ。ね、この後、なんか予定ある?せっかく一緒に帰っているのに、このままバイバイじゃもったいないよね」


「タツジンガ、テトリアシトリ」


「クエ、ナラネ」


「デスヨネー」



 馬鹿な会話がめちゃくちゃ楽しいけど、いつかゲーム抜きで話せる日がやって来るんだろうか。恋の話とか、ね。







******







「悠一は、週末は忙しいの?」


「今週は土日、模試が入っている」


「そっか。残念。一緒にゲームできたらと思ったけど」


「日曜の夜とかじゃ駄目?模試終わって息抜きしたいからゲーム一緒に出来るなら嬉しいけど」


「いいの?ふふ。じゃあ、日曜ね。ログインできるようになったら連絡してね」


「わかった。夕方には終わるけど、夕飯食べてからがいいだろ。途中飯挟むより」


「そうだね。そうしてもらえればうれしい。うち、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんだから、夕飯の時間早いんだよね。だから、夕食後は勝手にログインしてるよ」


「お前の場合は一日中してるじゃねえか」


「ソウトウモイウ。ってかさ、明日模試なのに今日こうして遊んでていいの?」


「模試に一夜漬けなんて無いだろ。日々の実力が問われるだけだ。前日にあがいたって意味ない」


「模試の達人は、違いますなー」


「茶化すな真実だ。お前のゲームと一緒だろ?」


「ソウデスネ。……じゃあ、日曜楽しみにしてる」


「ああ、俺も。じゃあ、またな。後で連絡する」




 よかった。次の予定を確定させたから、俺は家の前を素通りしないで済みそうだ。いや待てよ。妄想が膨らんで素通りする可能性もあるか。しっかりと気を引き締めて帰らねばと、アホな思考に占拠される。

まずいな。明日は、模試だっていうのに勉強に身が入らなそう。ああは言ったが、前日に苦手分野をしっかりきっちり見直しておかないと不安な俺。平常心平常心と呪文のように唱えた。









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